週刊READING LIFE vol.91

愛想笑いという仮面《週刊READING LIFE Vol,91 愛想笑い》


記事:和田誠司(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
 
 
私は立川、48歳のICT企業に務める、サラリーマンである。こんな年ではあるが、もう出世コースからは外れており、プロジェクトリーダーはやるが、役職は主任どまり。この歳になってもプレーヤー業務に埋没している。
人のために仕事をする。傍を楽にすることが、私にとっての働く上で大切にしている信念である。
 
「よし、一通り仕事を終えたことだし、こっちの新しい企画に取り掛かるとするか」私が、自分のやりたい仕事に取り掛かろうとしたとき
ピコン
一通のメールが届いた。
「なになに、マネジャーからだ」
「この資料の作成を来週水曜日までにお願いします。お忙しいところ恐縮ですが、何卒よろしくお願いします」
「忙しいと知っているなら、頼むなよな。まぁ仕方がないか。これも人のためだ。承知しました。やらせて頂きます。送信と」
ふぅー。ため息を一つつき、
「このオズマリアさん向けの企画書はお預けだな。まぁ急ぎではないし、しょうがないか」
コーヒーを入れに行くとそこにはマネジャーがいた。
「小坂マネジャー。先程の件、引き受けます」
「そうですか。立川さんありがとうございます。いつもいつも引き受けて頂いて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、チームのためになるのであれば、喜んで引き受けますよ」
「そういって頂けると助かります。正直他のメンバーもパツパツの状態でして……」
「そうですよね、私で良ければいつでも使ってください」ニコ
「本当にありがとうございます」
そう言って足早に立ち去る小坂マネジャーの背中をみながら、姿がみえなくなるまで、愛想笑いを浮かべていた。
「小坂君とは随分差がついてしまったな。私よりも7個も下なのに」
社内で敏腕マネジャーと定評の小坂マネジャーの姿を思い浮かべながら、
「ふぅー」
またため息を一つつきながら、今の自分を比べてしまった。
「仕事だ仕事」
自分の愛想笑いという仮面を見ないようにするかのように、仕事に取り掛かろうとした。
 
やれやれ、さっきの資料に取り掛かるとするか。
「すいまーせん」
総務の栗田さんの声がオフィスに響いた。声はけっして大きくないが、よく通るため、みんなの耳に入ってきた。
「あしたの会議のために、会議室のレイアウト変更があるんですけど、どなたか手伝ってもらえませんかー」
みんな一斉にPCの画面に集中したり、席を外し始めた。
栗田さん可愛そうだな。と思いながら眺めていると
「立川さん、手伝ってくださいませんか」
栗田さんが、まんまるの目と顔を近づけながら、私に近づいてきた。
「あ、はい。手伝いますよ。どの会議室にいけば良いですか」
「ありがとうございます!」
どうせ誰も手伝ってくれないと思っていたのだろう。
その予想が外れたのがよほど嬉しかったのか、満面の笑顔を浮かべながら、栗田さんが道案内をしてくれた。
ふうー。今日も残業確定だな。とため息をつきながら、周りを見渡すと。
カチカチ、みんな忙しそうに仕事をしていた。
他の人達は、良かったと安堵している様子が伝わってきた。
今のご時勢、余裕がある社員なんていないはずだ。まぁみんなのためになったのなら、よかった。
「立川さーん。こちらですよー」
とよく通る栗田さんの声が聞こえてきた。
「すみませーん。今行きまーす」ニコ。
私は愛想笑いを浮かべながら、小走りに栗田さんのもとに向かっていった。
私はまた仮面をかぶり、自分も気持ちを抑え込んだ。
人のためだ。人のために、傍を楽にするために働くんだ。
 
「ふぅー。やれやれ今日も遅くなってしまったな」
今日だけで何回ため息をついたのだろう。そして、いつからだろう、こんなにため息をつき始めたのは。いつからだろう、愛想笑いという仮面を被ることが得意となってしまったのは。私は帰りの電車に揺られながら、考えてみた。
あれは30代半ばのころだっただろうか。
「立川さんが急に人当たりがよくなり、人が変わったみたいだ」
と周囲の人から言われるようになったのは。
 
それまでの私は、自分のため、特に自分の出世のために仕事をしていた。早く出世して、給料を上げていい暮らしをしたい。それこそが家族のためになるんだと思って仕事をしていた。いや早く出世をして、周囲の人から一目置かれたかったのだろう。30代でマネジャーになる。当時誰もやれていなかったこの目標を達成するために日々仕事をしていた。
新しいことを考えることが好きだったので、当時最先端と言われる技術はとにかく勉強した。それを取り入れた、新しい企画をバンバン立ち上げていった。
そのため、よく社内でも対立していた。あの時の私の口癖は
「そんな古いやり方、旧バラダイムのやり方ではこの会社はだめになってしまいますよ!」とか
「だからこの会社は、他社に勝てないぬるま湯の会社なんですよ!」
とか言って、同僚、先輩関係なく楯突いていた。
自分のために仕事をすることは楽しかった。企画が実現した時の喜びがまた私を仕事に没入させてくれていた。
仕事は麻薬、そんなことを思いながら、走り続けていた。
プライベートでも嬉しいことに、二人の子供に恵まれた。
仕事が終わってからもできるだけ家事を手伝うようにしていた。これこそがちゃんとした父親だと胸を張って言えるようにしようと、仕事も頑張り、家庭も頑張っていた。
毎日とても忙しかったが、とても充実した日々を過ごしていた。
あのときは、毎日終電帰りだったもんな。それなのに、夜遅くまで洗濯の畳物をして、朝には早く起きて子どもたちと一緒に、遊んであげていたりしてたな。共働きだから、俺も頑張らないと必死だったな。
 
「あの時の俺は頑張っていたなー。今でも頑張っているつもりだけど、あの時に比べれば全然大したことがないな」
「しかし、なんでそこから今みたいに。あーそうかそうか、そういえば」
ニンマリ。私は一人納得した。
 
あれは、和田と新企画を争っていた時だったけ。
アイツもなかなかの企画を出していたよな。当時はスマホが出始めのときで、そのアプリを開発するために、俺とアイツの企画どちらかをやる予定だったんだよな。
アイツの企画もなかなか面白かったから、俺も負けじと色んなことを考えて、いろんな人を巻き込んでいったっけ。1年以内に結果を出せば、本格的に事業部を立ち上げるという話だったもんな。俺も頑張ったなー。
そういえば、和田はその部の部長になったんだな。えらくなったもんだよ本当に。
 
私はそんな優秀な和田に負けないために、いつも通り深夜まで働いて、朝早く起きて、子どもたちと遊んでいた。遊び終わってご飯を食べようとした時、
下の息子の誠司が、
「朝に味噌汁は食べたくなーい!!」
と突然ワガママを言い出し、バシャーンと味噌汁をひっくり返していた。
思わず私はカッとなって、
「せっかくママが作ってくれたのに、なんてことするんだ!」
ガターン!
椅子が大きい音を立てて倒れた。
「ウェーンだってー!」
だだをこねる誠司に、さらにカッとなって、
「だってじゃなーい! ママに謝れー!!!」
と怒りが最高潮になった途端に、バターン。
どうやら私は倒れてしまったらしい。
充実していた日々が突然終わりを告げた。
倒れてしまった原因は明確で、
「過労ですね。2週間ほど安静にしてください」
と医者から言われた一言が昨日のことのように思い出せる。
この一言が私の企画の終わりを告げた一言だった。
 
私の心と身体はとうに限界が来ていたらしい。それを企画を成功させるため、家族のためにと、身体にムチを打ち続けた結果、倒れてしまった。
自分が倒れてしまってから、働き方を見直し、自分のためだけに仕事をするのではなく、自分のような人を増やさないために人のために仕事をしようと、心に誓ったのである。
それからは、人が変わったように、融和になっていった。大好きだった企画も控えて、人からの頼みごとを中心に仕事をするようになった。
「立川さんのおかげで助かりました」
と周囲から言われることも多くなり、悪い気分ではなかった。
悪い気分ではないのだが、なんだろうこの胸のモヤモヤは。
ピコン
またメールが来た。
「やれやれツールの進化は考えものだな。いつでも仕事のメールが来てしまう」
人からの依頼かもしれないと思い、急ぎメールを開くと
「新規事業開発案募集! 年齢不問です! アイディアがある人は誰でも応募することができます」
というタイトルのメールが届いてきた。
うずく私がいたが、もう自分のために仕事はしない、誰かのサポートをしようと、心に決めて仮面をかぶってしまった。
でも、本当に良いのだろうか。モヤモヤが晴れることはなかった。
 
モヤモヤが晴れないまま、休日を迎えた。
休日はいつもどおり、趣味の草野球をしていた。
これだけはずーと続いている私の趣味だ。
息抜きに来ているが、やっている本人たちは真剣そのもの。
今日も
「いやアウトだろ! 審判ちゃんと見てくれよ!」
「いや、セーフでした。タッチをしていませんでした」
「お前なー! 自分とこのチームを有利にするためにそれはないだろう」
「そんなこと考えていませんよ! 失礼な人だなあんたは!」
とケンカが始まってしまった。
「立川さん、また仲裁してもらえる」
「はいはい良いですよ。しかし、お互いケンカの多いチームですね」ニコ。
「本当に、お互い困ったもんですね」
愛想笑いが染み付いている私は、良くケンカの仲裁に駆り出された。
今日も私がなだめて、お互い納得したらしい。
 
「しかし、審判のいらない野球は早くできるようにならないかね」
「野村さんといいますと」
「いやね、プロ野球を見ていても、人間がやるよりコンピュータがやったほうが正確じゃないですか。アウトとセーフの判定ぐらいなら簡単にできると思うんですよ」
「ほうほう」
「ボール、グローブ、ベース、スパイクにそれぞれチップを入れて、それでアウトとセーフを判定するくらいならすぐにできると思うんですよね。そうすればこんなくだらない争いもなくなるし、プロ野球でも審判への不満はなくなると思うんですよね」
「確かにそうですね。水泳でも体操でもフェンシングコンピュータなしでは、試合は出来ませんもんね」
「立川さんの会社は、ITの会社でしょ。なんとかしてよ」
「いやー簡単に言われましてもねー」
「そうですね。まぁ素人のアイディアでしたわ」ニコ。
野村さんの笑顔に愛想笑いを返せない自分が居た。なんだ、この胸のモヤモヤは。
 
自分の胸のモヤモヤが気になり、家に帰るなり、メモ帳を取り出した。
これは本当に実現できないだろうか。
「いける。一番難しいのはグローブだが、この部分に組み込めばいけないこともない」
「これができたら、面白いことになるぞ。審判の組織がしっかりとあるプロ野球は難しいかもしれないが、草野球であれば浸透しやすいかもしれない。審判問題は悩みの種だからな。そうなる価格を抑えないと」
次々とビジネスアイディアが浮かんできた。ワクワクする自分がいた。
でも、自分のために仕事はしない。そう思うと、手が止まってしまった。
しかし、本当に良いのだろうか。
これは人のために立つのではないだろうか。
そうだよ、目の前に困っている人たちがいたじゃないか。
人のために、自分の趣味を役立ててれば、社会のためになるじゃないか!!
野球がもっと手軽に楽しめるかもしれないぞ!
人のためだけに仕事をするのではなく、自分のワクワクすることを探してやればいいだけじゃないか!
なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったのか。
それにもう、子供も手がかかる歳ではなくなっている。あの頃と全然違うじゃないか!
満面の笑顔を浮かべながら椅子にもたれかかった。
愛想笑いという仮面で自分を守っていたのは、自分自身だった。
夢中で企画書を書き上げた。
「送信と」
例の新規事業案に応募をしていた。とても充実した気分だ。
しかし、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。まぁ過去のことは良いか。全て自分に必要なことだった。
仮面を取った私は、人生で初めて自分らしい一歩を踏み出していた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
和田誠司(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-08-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.91

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