二の腕がプルプルしなくなるまで《週刊READING LIFE vol,100 「1分」の使い方》
記事:篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
そろそろお腹周りがヤバくなってきた。
そう思って鏡で自分の腹を見る。見事にRIZAPの使用前みたいな腹だ。僕がトレーナーなら真っ先に「三ヶ月であなたの人生変えてみせますよ!」と全力で口説きにかかるだろう。それくらいの太鼓腹。
そうなっても仕方がない。
何せ大好物はラーメンに焼肉、ステーキ。趣味は食べ歩き。テレビ東京のドラマ「孤独のグルメ」が大好きで聖地巡礼(ドラマに出てきたお店に主人公の五郎が頼んだメニューを食べに行く行為)をするほどハマったアラフィフのおっさんである。
「孤独のグルメ」はそもそもずるい。放送されている深夜12時じゃなくても見れば腹が減るし、食べたくなるに決まっているじゃないか! 僕が最初に聖地巡礼をした店はシーズン1に出てきたお好み焼きのお店。当然五郎さんと同じ海鮮焼きの王様・牡蠣の香草バター焼き、ホタテのガーリック焼き、タコの広島ネギゆずポン酢を頼んだのは言うまでもない。
五郎さんはお酒が飲めない設定(主演の松重豊さんはお酒好き)のせいかよく食べる。しかも好き嫌いなし。アラフィフとは思えないくらい大量にメニューをオーダーしてすべて平らげてしまう。聖地巡礼するファンとしては五郎さん同様残すわけにはいかないので、お腹いっぱいでも残さずに食べてしまうのだ。
それが聖地巡礼のマナーの一つ。お店に迷惑をかけてはいけないという思いから出たマイルールでもある。だから放送直後にはできるだけ行かないようにしているのも僕が定めたマイルールだ。
どうしてか?
だって、『孤独のグルメ』はシリーズが進むごとに人気になってしまい、テレビ東京の看板ドラマになってしまうほどだもの。放送直後に行けば行列ができてしまい待たないといけない。しかもドラマに出てくるお店はどれも個人経営だから行列を捌くのに慣れていないと思われる。
そんな環境では美味しく食べることはできないし、お店だって儲かるのはいいけどお客さんへの目が行き届かないだろう。だから僕は時間を置いて聖地巡礼するようにしている。
シーズン3に出てきた横浜黄金町にタンとホルモン炒めとチート(豚の胃)のしょうが炒め、パタン(中華麺をたっぷりのニンニクで炒めた料理)を食べに行ったときも。
同じくシーズン3に出てきた世田谷の駒場東大前にあるマッシュルームガーリックとカキのグラタンを食べに行ったときも。
シーズン5に出てきた亀戸天満宮近くにある中華料理店の純レバ丼を食べに行ったときも。
どれも放送後、半年以上経ってからお店に行くようにしてきた。そうそう、シーズン4に出てきた清瀬市にある「もやしと肉のピリ辛イタメ」「味噌にんにく唐辛子入り」「ジャンボ餃子のハーフ」のお店にはあまりにも五郎さんと同じメニューを頼む人が多いから全部まとめて「五郎さんセット」なんてメニューにしたお店もあった。注文するときに助かったなあ。
そうやって好きな食べ物を好きなだけ食べてきたのだからデブって当然。まあ、こうやって生きていく方が楽しいだろう。
そう思っていた時期もあった。
しかし、イヤでも「見なきゃ現実を!」と言われるときがやってきたのだ。それは僕が住む相模原市で行った健康診断の結果が郵送されたときだ。特に大きな病気の兆候は見られなかったので目出度いが、封書の中にはある案内が書いてある用紙が同封されていた。
相模原市特定健康診査・特定保健指導
つまり、あんたデブっていて健康的にヤバいから保健所で一緒にダイエットしましょうという案内だった。大きなお世話だと思ったが、大好きな食べ歩きを続けるのにも健康でないといけない。仕方ないから役所が指定した日時に所定の場所へと向かった。一番近い場所は平日なので仕事で行けない。仕方ないから一番遠いけど日曜日やっている場所へ参加すると返信することになった。
いざ、参加日になると面倒くさい。最寄り駅から歩いて15分もかかる場所にありやがる。
「遠いな、面倒くさいな」
ブツブツと独り言を言いながら街中を歩くおっさん。周りからみたらさぞかし不気味な存在だっただろう。警察に通報されなくて良かった。見るからに怪しいもんな。感謝しよう。
着いた場所はいわゆるお役所ちっくな建物。お役所からの呼び出しなのだから役所ちっくなのは当たり前か。エレベーターに乗って4階が指定の場所だ。着くと僕以外に何人もいる。皆さん割と高齢で僕の親と変わらないくらいの年齢の人もいる。パッと見はどう見てもデブっているようには見えない人ばかり。
「なんだ。大したことないんじゃね?」
そう思った僕が甘かった。受付を済ませて空いてる席に座ると机には事前アンケートがある。見てみると一週間朝・昼・晩何を食べたのはすべて書かないといけない。普段何時に寝て、何時に起きるのかもすべて書かないといけない。しかも書いている途中に筋肉量とかBMIが測れる体重計でチェックされるの。ガチじゃん。
机に目線を落としてうんうん唸って記憶を呼び戻し、何とかアンケートを埋めた。すると、栄養士と名乗る役所で見かけそう風貌の女性が話しかけてきた。
今度はヒアリングというやつがスタート。
普段の生活とか何を食べていて、どんな運動しているのかを事細やかに聞かれた。
「アンケートに書いてあるのだから聞かなくてもいいじゃん」
なんて言わせない雰囲気の中で大人しく質問に答える僕は扱いやすい珍獣である。手のひらにコロコロと転がすくらい誰にでもできそうなくらいだ。そこで決まったのが半年間、毎月一回市役所から電話して状態をチェックすることと体重を申告すること。そして半年後に面談して成果を発表しましょうということだった。
なんてこったい!
お役所に自分の身体を管理されてしまうなんてイヤ! 絶対にイヤ! 自分でやるからいいよ! と言えなかった自分が情けない。しかし決まってしまったのだからやるしかない。
お役所との約束は、体重を半年で4kg落とすこと。
先ずは食事制限からスタートだ。実はそれはそんなに苦ではない。普段朝食は割と軽めだし、昼食は仕事しているときは玄米のおにぎり、レンチンしたブロッコリーサラダチキンに野菜がたっぷり入ったカップスープが定番だったのでつらくはない。夕食は糖質を摂らないのが当たり前。だいたい、ご飯代わりに豆腐。キムチ納豆におかずはサバ缶、コンビニの焼鳥(塩)、セブンイレブン限定で売っている「蒙古タンメン中本」の辛いカップスープがローテーションの中心。たまにお刺身をスーパーで買ってきて食べる感じなのでいわゆる低糖質高タンパクの食事だから問題ない。
しかし、つらいのは運動だ。
普段は仕事で家から駅まで15分ほど歩くので往復するだけで5000歩くらい軽く稼いでいたのだが、コロナ渦のおかげその仕事が打ち切りになってしまった。
穴埋めで始めた警備員のアルバイトは正直いって運動らしい運動は少ない。よって決定的に運動量が落ちてしまった。
ジムにも通っていたのだが、収入が落ちてしまったので辞めてしまった。
そうなると自分の部屋で運動するしかない。まずは空いてる時間に近所のウォーキング。幸いにしてサイクルロードがあるし、ジム通いしているときに買ったウォーキングシューズがあるのですぐに始められた。それでもできる時間は週に2回くらい。前の運動量より遙かに少ない。
そうなると部屋での運動は必須といえる。
そこで始めたのがゴムチューブを使ったトレーニング。100円ショップで売っているのを買ってきて見よう見まねで始めて見た。ゴムを引っ張って胸筋と上腕を鍛えたり、お腹の左右についてる筋肉を鍛えるトレーニングを始めた。
それともう一つ始めたのがプランクだ。
サイトで調べてみると腹筋や背筋、臀部、さらにはインナーマッスルまで、広範囲に渡る体幹全体を鍛えるエクササイズだとある。しかも毎日やっても問題ないらしい。時間も1分でいいとのこと。それならばやるしかないと思い、始めてみた。手順は以下の通りだ。
1.うつ伏せになって床にふせる
2.肘を90度に曲げて、肩の真下になるように床につける
3.前腕、肘、つま先を地面につけて体を浮かせる
4.頭から足が一直線になるようにキープする
たったこれだけ。楽ちん楽ちん。すぐに始めた。
10秒経過。
余裕だな。
15秒経過。
あれ? キツくなってきた。
20秒経過。
腕がプルプルしてきた。
25秒経過。
震えが止まらない。
30秒経過。
ダメだ! 限界!
1分どころか30秒くらいしか持たなかった。見た目は楽そうでもめっちゃキツい。途中で呼吸が止まりそうなの。終わった後もまだ二の腕プルプルしてるの。あかんわ。
こんなの1分もできるわけないだろと思いながらサイトを見ると
《最初はこのプランクだけを30秒×2セット行うだけでも十分です。中には最初は30秒キープすることが難しい方もいらっしゃると思うので、その時は15秒から始めてみるなど、時間を短くしてチャレンジしてみましょう。》
なんだ。30秒でいいのかと思い、言われた通り1回30秒にして2セットにしてやってみた。最初は30秒やるだけでもキツかった。2セットなんて無理と思ったけど毎日やってみた。筋トレは筋肉を疲労から回復させないといけないから休養日が必要らしいけど、プランクは毎日やっても問題ないらしい。
だからとにかく毎日やってみた。
何せトータルで1分でいいからね。すると、30秒やっても腕がプルプルしてこなくなった。調子に乗って40秒に伸ばしてみる。ちょっと腕が痛いけど耐えられそう。そこから1セット40秒にしてみた。
それから数週間後、40秒でも楽になってきた。今度は50秒に伸ばしてみた。
やっぱり最初は腕が痛くつらい。終わった後に息が上がってすぐに体勢を戻せなかった。それでも続けてみる。痛いけど、つらいけど、毎日50秒2セットでプランクをやった。
段々つらくなくなってきた。
もしかして1分間我慢できるかも?
そんな淡い期待が僕の中に生まれた。できるかもしれないと思い、チャレンジしてみた。プランクを始めてから3ヶ月くらいだったと思う。
ようし、やるか。
意を決してプランク1分2セットに挑戦する。
10秒経過。
余裕。
20秒経過。
楽ちん。
30秒経過。
まだまだ。
40秒経過。
少し腕がつらくなくなってきた。
50秒経過。
プルプルきた。
1分経過。
これが限界。
できた! プランク1分できるようになった! あれだけつらかったプランクが1分もできるようになったのだ。
めでたい!
やればできるものだ。30秒でもキツかった僕が毎日たった1分のプランクを続けるだけで①分間耐えられるようになったのだ。これはいばれることはでないけど嬉しい!
正直言えば見た目が大きく変わったわけではない。ハッキリ言ってデブいおっさんなのは一緒だ。でも、見えない部分でも変化があると自分に少し自信が持てるようになった。
体重も大きく変わったわけではない。コロナ渦さんのお陰で生活が大きく変わってしまい減量はできなかった。
でも、何か一つやり遂げたような気がする。
もっとプランクできる時間を伸ばせるようなったらもしかして見た目が変わるくらいになるかも。
そんなわけはない。自分でもわかっているが期待をしてしまう。今度はジム通いを復活させて胸や腕、脚の筋肉を付けるようにしよう。プロテインも買わないとね。
□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
現在、天狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。
初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。
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