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週刊READING LIFE vol,104

「後悔のない人生」の本当の意味《週刊READING LIFE vol,104 私を支える1フレーズ》

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記事:深田 千晴(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
人生の節目に、何度も唱えてきた言葉がある。
 
「何かをすることは、つねに、何かをしないことなんだよ」
 
20歳のころ、大学で教育学の講義中に聞いたものだ。
季節は冬、北向きの教室で16時からの授業だったので、その授業はいつも室内が暗く、古い暖房のにおいと、教授の雑談交じりの話が眠気を誘った。
私もたいがい不真面目な学生だったので、その授業の内容の多くは記憶のかなたに消えてしまった。しかし、この言葉だけは、もやのかかった洞窟の中で見つけた原石のように、ずっと頭の中で輝いている。
 
教授はそのあとをこう続けた。
「学校に行く、一生懸命授業や課題をやる、よい成績をとる、よい進路をめざす、というのは一つの価値観に過ぎない。学校に来ていない子は、『不登校』として問題にされるけれど、その子が学校に行かず過ごしている時間は、もしかしたら大変実のあるものなのかもしれない。不登校の子の教育を受ける権利が十分に守られていない現状、現場の人間としてはやはり学校に来るよう促しがちだが、そういう視点を、忘れてはいけない。
かくいう私だって、大学を卒業してしばらくの院生時代は、彼女に食わしてもらっていたよ。そういう時代があって、今があるんだ」
もう名前も思い出せないのだが、灰色でよれよれのスカジャンを着た、40代半ばの色黒の男性で、しかし目だけは涼しく、実業家のような雰囲気があった。
大学を卒業して、その研究に一生取り組もうとする人は大学院に進学し、修士、博士課程と進んで、だいたい20代後半になるころまで研究室で下積みをしながら研究を続ける。著書が売れたり、研究成果にスポンサーがついたり、大学で授業を担当する立場になったりすれば研究者として生きていけるが、研究にかけた時間がほとんど収入に結びつかず、その道を諦めていく人も多い。社会に出て経済的に豊かになっていく同期を見ながら、20年を研究に費やすというのはどんなものだろうと思った。
 
――あのとき、ああしていたら。
 
自分の人生を振り返って、そう思ったことのない人はいないだろう。
過去を振り返ると、その時の自分の成功と失敗はとてもよくわかるから。その時、ほしかったものを手に入れるためにどうするべきだったか、とてもよくわかるから。
かくいう私だって、この30年あまり反省ばかりの人生だ。ダメな奴だと、自分で思いながら生きてきた。
集中力がコントロールできず、何をやっても中途半端で、周囲に認められる実力は何もない。
一生懸命やっているつもりなのに、成果が出ない。最初に気がついたのは、中学校で吹奏楽部に入った時だった。自分が思ったように演奏ができない。仲間たちとの違和感があるのはわかるのだが、「どうすればいいんだろう」「困った」「これもできてない」と感じるだけで頭にもやがかかったようになり、成果がでないのに疲れてしまう。人間関係も悪くなり、つらい気持ちを抱えながらも、「時間を掛ければ、いずれ解決するかもしれない」と、辞めることだけはせずにいた。
自分の思考はスペックの低いパソコンのようで、人からどう思われているかとか、恥ずかしいとか、余計なことにばかりメモリが使われ、やるべきことをすばやく集中して行うことがとても難しい。「余計なことを頭の外に出す練習」が必要だと気づいたのはずっと後のことだ。
その傾向は高校、大学、社会人でも変わらなかった。優先順位の低いことに気を取られてやるべきことに集中できず、提出物を期限に間に合わせられない、時間に間に合わない、すぐにキャパオーバーして体調を崩す、ということを繰り返してきた。逆に、目の前のことに集中しすぎて、他の重要な案件を忘れてしまったこともある。集中すると、他のことはほんとうに見えなくなり、メモしてもそれを見ることすら忘れてしまうのである。家族からも呆れられ、「もう駄目なんじゃない?」と言われたのはとても苦しかった。
 
余計なことを頭の外に出すにはコツがいる。たとえば、出発時刻ギリギリになってから、やっていない家事に気づいたとき。そんなときはまず「時間に間に合うことが大切だ」と基本原則を頭の中で唱え、「家事をこのままやらなかった未来」をイメージする。家事をこのままやらずに外出し、帰ってきてから乱れた自宅を目にする。疲れているのに、タスクが山積みなのは嫌だが、一方で、「誰かに迷惑を掛けて信用を失うわけではない。ゆっくり片付ければいい」とまた確認する。
自分の脳に、価値観をプログラムしなおさなくてはならないのだ。
全ての人がそんな面倒なことを必要とするわけではないらしい。一度気になったことも、うまく記憶にとどめたり、メモで確認したりして忘れないようにしたりできるらしい。
スペックの低いパソコンのような自分。
すべてが過ぎ去ってから急に、「あのとき、ああしておけばよかったんだ」と、急にわかることがある。その時の失敗はとても解像度が高く頭の中で再現され、うまくやれなかった自分の姿に、また落ちこむことがある。
そんなとき、私はあの言葉を唱える。
「何かをすることは、常に、何かをしないことなんだよ」
効率が悪くても、回り道でも、そのときに期待した成果が得られなかったとしても。
みんなが認める正解の道を選ばなかった代わりに、自分の道を進んだことで、得たものは何かしらあるはずだ。そうやって自分に言い聞かせて、前を向いてきた。
 
私は、大学を卒業して、特別支援学級の教員になった。
配属先の特別支援学級は、知的障害のある生徒が通う特別クラスなので、自分が生徒として受けてきた授業内容とは全く違う。同じ授業に出ている生徒でも課題が異なるため、一人ひとりに合わせてそれぞれ違う内容のプリントを用意したり、中学校なのに職業やコミュニケーションなどの実学的な授業科目があったりと、初めてのことばかりであった。しかし意外にも、生徒たちからは評判がよかった。
「先生の指導では、なぜ、そうするべきなのかがよくわかる」
「うまくいかないことについて、対策をはっきり示してもらえて助かる」
そんなふうに言ってもらえることが多かった。なんのことはない、私自身が、「あたりまえのことがうまくできない」という悩みをずっと抱えてきたからだった。中学生なのに、勉強がうまくできない、友達とうまくやりとりできない。そんな自分が恥ずかしいと思ったり、周囲からの目に傷ついてきたりする彼らと私は同士なのだ。
彼ら一人一人に向き合い、それぞれの課題をかみ砕いて、対策を考えることや、時間をかけて納得してもらうことは苦にならなかった。勉強が苦手な子に「楽しい」と思ってもらえるような指導をするためなら、授業を練るのが夜中までかかっても、何度やり直しになっても構わなかった。同僚からも、その点だけについては感心された。
こんな自分だったから、彼らによい学びの時間を与えることができたのかもしれない。自分が悩んできたこと、選んできたこと、一生懸命やってきたことは、人生のどこかに使い道がある。
 
「こんなにダメな自分じゃ、生きててもしょうがないんじゃないかと思うんですよね」
 
中学生からそんなつぶやきを聞くこともある。大人でも、そう思ってしまう瞬間はあるだろう。
私たちは、自分の価値を「まわりのみんなが評価するかどうか」で決めがちだ。そうすると視野が狭くなり、苦しくなるけれど、そんなときにこそ、この言葉を思いだしてほしい。
「何かをすることは、常に、何かをしないことなんだよ」
あの人とあなたが違うのは、違う選択をして生きているからだ。そこに優劣はない。あなたの手にはきっとあの人と違う成果がある。やりたいことがあるのに寝過ごしてしまった朝には、すっきりと健康な体があるし、勇気が出なくてあきらめた目標の代わりに、あなたにはそれを悔しく思う心の焔がある。
「後悔のない人生」とは、一度も間違わない人生ではない。どんな選択をしても、生きていれば、得たものがどこかで活きる日は必ずくる。その日まできちんと生きて、あのときの自分に、「大丈夫だったよ」と言ってあげること。
だから、今日も前向きに日々をつなぎましょう。私も、諦めないから。
 
 
 
 
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2020-11-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol,104

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