週刊READING LIFE vol,115

「人たらし」の極意《週刊READING LIFE vol.115「溜飲が下がる」》


2021/02/15/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あなたはクビです」
 
私は勤めていた会社の社長から突然「クビ」を宣告され会社を辞めたことがある。ドラマや映画などでは見たことがあったが、まさか自分が「クビ」を言い渡されるとは思ってもみなかった。
 
これはいまから10年以上前の話しだ。
当時私は自分で起業した会社が上手くいかず、わずか一年で廃業させてしまい無収入になっていた。そのため人づてに仕事をもらって何とか生活費を稼ぐ暮らしをしていた。
そんな時にある女性と出会った。彼女は小さなコンサルティング会社を経営しており、社員数は15名程度のベンチャー企業の社長だった。
 
コンサルティング会社と言っても実際には社長と副社長の二人の女性が営業とコンサルティングをこなし、他のスタッフはそのサポート役で、社長が受託したコンサルティングの仕事を手分けして作業をしていた。しかし会社の規模を拡大するために社長は部下の管理をしてくれるマネジメントが出来る人を探していて、たまたま知り合った私に白羽の矢を立てたのだ。
 
私も直前まで行っていた仕事が終了するタイミングで次の仕事を探さなければいけなかったので、この話しは大変ありがたかった。また人を管理するマネジメントの仕事であれば、私の得意な領域でもあったので、それならお役に立てるのではないかと考え仕事を受けることにした。
 
入社してしばらくすると会社の様子が分かってきた。社長は一人で会社を立ち上げ、小さいながらも年商で数億円の売上を作っているだけあってやり手の経営者だった。特にクライアントの懐に飛び込むスキルが非常に高いのだろう。中小企業の「おじさま経営者」が彼女のオフィスにお菓子をもって遊びに来る姿を何度か見かけた。おそらく彼女は自分のファンを作り出す能力に長けていたのだ。
 
他の従業員に話しを聞くと社長は経営者仲間が集まる会合で仕事を受注してくることが多いのだと教えてくれた。私も自分で会社を経営しているときに若手ベンチャー起業家が集まる異業種交流会に参加していたので、そこで商談が進むことがあることは知っていた。社長は中小企業の社長が集まるいくつかの会合に参加し、そこで彼女のファンを作ることに成功していたのだ。
 
ところが社内にいる彼女は社員に対して別の顔を見せていた。社内ミーティングに参加すると、社長が一方的に話し、社長の考えにみんな頷き、誰も自分の意見を言う者はいなかった。たまに社長から促されて誰かが自分の意見を言うと「でもそれって、どうなんだろうね? 私は違うと思うわ」と社長からピシャリと反論され、それっきり黙ってしまった。
 
私は「なるほど、この会社では社長の意見に誰も反論してはいけないことになっているのだな」と察した。社長はいわゆるワンマン社長だったのだ。
しかしこれは当たり前のことだろう。社長はリスクを背負って会社を立ち上げここまで自分の力で会社を成長させてきたのである。この会社は社長のものであり、社長はこの会社の中では殿様なのだ。家来である部下は殿様に従うのは当然である。それは小さな会社であればあるほど、その傾向は強い。彼女はこの会社の「織田信長」だったのである。

 

 

 

入社して1か月がたったころ、私は社長から飲みに誘われた。社長は「うちの会社どう思う? みんな大人しくない? 私はもっとみんなが主体性をもって仕事をしてほしいと思ってるんだけど、全然意見も言わないし、私が指示しないとまったく動かないんだよね。私は社員全員が経営者と同じ目線で仕事をしてほしいと思ってるの。何とかみんなの主体性を引き出すようにあなたからみんなに働きかけてくれない?」と数杯目のハイボールを飲みながら社長は語った。
 
私は「なるほど、社長と社員の間にはかなり大きな意識の違いがあるが、その違いに社長自身が気づいていないんだ」と思った。この間を取り持つのが自分の役割だと理解した。
そこでまずはスタッフの意見を聞こうと全員とコミュニケーションを取ることにした。すると案の定みんなはかなりストレスを貯めていることが分かった。聞けば以前社長の意見に反対した人がいたが、その人は社長から目をつけられて何をしても怒鳴られ、結局会社を辞めてしまった。そういう人をこれまでに何人か見てきたため、多くの社員は社長が怖くて口答えすることを止めてしまったのだと教えてくれた。
 
そのため会社には社長のいう事を素直に聞くフォロワータイプの人材しか残らず、自らリーダーシップを発揮できるタイプの人材がいなかったのだ。
 
それからまた1か月たち社長とMTGする機会があった。そこで私は社長に自分なりに気づいたことを伝えた。まずは自分がスタッフの聞き役に回り意見をまとめて社長に報告すること、そして社員の希望を少しずつ叶えていって会社への帰属意識を高めていくことを提案した。社長は「確かに、そうだね」と笑って答えたが、今思えば目だけが笑っていなかった。その意味をその時の私は理解することが出来なかった。
 
それから私はスタッフとのコミュニケーションをそれまで以上に取るようになった。自分のこれまでの経験を伝えて、仕事のやり方を教えたり、悩んでいることを解決できるようにアドバイスを行った。私は社員との関係性を深め、彼らも私を信頼してくれていることが伝わってきた。
 
「この会社が変わるかもしれない」
 
そんな期待を彼らがしていることが伝わってきて、私もこの会社の変革期に携われていることにやりがいを感じていた。

 

 

 

入社して3か月が経とうとしたときに社長に呼び出された。私は入社してから一つのプロジェクトを任されていて、その仕事の成果物を出した直後だった。社長は私が提出したレポートを指して「これ全然だめだね。いや~なんか期待外れだな」とこれまでとは全く違う態度で突然私の仕事をダメ出しした。
 
私も「すみません、初めての仕事だったので上手くできてないところはあると思います。言っていただければ修正します」と伝えると「いや、もういいよ。これは別の人にやってもらうから」と突然仕事を副社長に全部引き継ぐようにと言われた。
 
私はわけが分からず理由を聞いたが、社長は「いや、もういいって言ってんの。辞めろってことなの、それが分からないかな」と激しい口調で言われたので、私も感情的になり「ならいいです、辞めます」と言って、その場を後にした。
 
翌日荷物を取りに会社にいき、嫌々ながら最後社長に挨拶をすると、彼女は目も合わせずに「ああ、はい」とだけぶっきらぼうに返事をした。そしてエレベーターの前に向かうと副社長が追いかけてきた。そして副社長は「ごめんなさい、あなたが悪いのではないの。社長はあなたがスタッフと信頼関係を築いて、自分から社員が離れたことが気に入らなかったの。でもあなたの立場でそれをするのは当たり前だと思うし、会社のためにやってくれたことも分かってる。でも社長はそういう人なの」と言って謝罪をした。
 
こうして私は3か月で会社をクビになったのである。

 

 

 

いまから振り返ると私も若かったなと思うところがある。
彼女のファンであるクライアント同様、私も社長に初めて会ったときには会社のビジョンや考え方に共感していた。しかし会社の中を知るようになり社員の声を聴くうちに、社長自身が変わらないとこの会社がさらに成長することは無いと考えてしまったのだ。
つまり私は社長を変えようとしていたのである。
 
実はここに大きな問題があった。
人を変えようとする行動はかなり慎重に行わないと人間関係を壊す、とてもリスクの高い行為なのである。
 
現在私はコーチとして仕事もしているが、人間関係が上手くいっていない人の多くが昔の私と同じような罠にはまっているのだ。
 
例えばあなた子供のころ親から「早くご飯を食べなさい」「早くお風呂に入りなさい」「宿題はやったの? ちゃんと勉強しなさい」と言われたことはないだろうか。これを聞いてあなたはすぐに「はい分かりました」と気持ちよく親のいう事を聞けただろうか?
 
おそらく多くの人は「何だよ、うるさいな」「いまゲームしてるんだよ」「放っておいてくれよ」と思ったのではないだろうか?
 
このやり取りの本質が何かというと「人は自分の考えを無視して、自分をコントロールしてくる相手を『敵』とみなす」という事だ。
 
母親は自分が早く用事を片付けたいから、子供に食事やお風呂を済ませるように要求してきた可能性が高い。もしくは、いま勉強しないと将来困ったことになるとか、子供が成績悪いと自分が恥をかくからという理由で子供に勉強するように言ってきたのかもしれない。
 
実はこの母親の思考の中には「子供がいま何を考えているか?」という視点が入っていないのだ。だから子供は自分の考えを無視されて、コントロールされることを嫌だと感じ、親を敵だとみなし反発心が芽生えたのである。
 
じつはこれと同じことが職場の人間関係でも起こっている。
私の例でいれば、私は社長の本心を理解せず、社長が望んでいないことを行ってしまったのだ。社長が社員に対して本心で望んでいたのは「主体性を発揮して自分のやりたいことを実行する社員」ではなく「社長の意見を汲み取って、社長の理想を実現してくれる社員」が欲しかったのだ。
 
それを私は社長に対して、社員の意見を聞き、彼らの考えを理解するように変わってほしいと考えていたのだが、社長は自分が変わることなど本心では望んでいなかったのである。
つまり私は、子供に口うるさく指示を出し、子供をコントロールしようとするお母さんと構造的には同じことをしていたのだ。
 
そして人間関係のトラブルの多くがこの構図になっている。
 
例えばあなたが仕事をしているときに、同僚の仕事が遅くて自分に迷惑が掛かっていたとする。その時にあなたは同僚に対して「もっと早くしてくれないかな」と考え、仕事を手際よく行うように暗に指示を出してしまった。すると相手はあなたが「自分の考えを無視してコントロールしようとしてきた」と感じ、あなたを敵とみなすようになるのだ。
こうなると人間関係はどんどん悪化していく。
 
ではどうしたらいいのだろうか?
 
実は人間関係が上手くいくためのコツがある。
それが「手助けによるコミュニケーション」という方法だ。

 

 

 

人は自分の考えを無視してコントロールしてくる相手を本能的に「敵」だとみなすようになっているとお伝えした。しかしその逆に自分の考えに気づいてくれて、それを「手助け」してくれる人を「味方」だと思うようにもなっている。
 
つまり相手のやろうとしていること、叶えたいと思っていることを「手助け」してあげることで、相手はあなたを「味方」だと思ってくれるということだ。
そのためには相手に「〇〇しなさい」と言うのではなく「何か困っていることない?」「私に何か手伝えることはある?」と聞くことで、相手が困っていることを聞き出すことが大事なのだ。
 
そして一人ではできずに困っていることを聞き出すことが出来たら、あなたはそれを「手助け」してあげよう。そうすると、相手はあなたに恩を受けたと感じるため、今度は恩を返そうとあなたの言う事を聞き入れやすくなるのだ。
 
これを「返報性の原理」と言い、人は恩を受けると、その人に恩を返そうとする人間心理なのである。
 
もしあなたが上司との関係に悩んでいるのであれば、上司を変えようとしたり、コントロールしようとする前に、上司がいま困っていることや、叶えたい理想を聞く努力をしてみるといい。もしそれを聞き出すことが出来て、あなたが「手助け」することが出来れば、今度は上司があなたに受けた恩を返そうと、あなたの意見に耳を貸してくれるようになる。そのタイミングで初めて、あなたは相手にお願いしたいことを伝えるのだ。
 
そうすれば相手はあなたの意見を聞き入れてくれる確率がぐっと上がる。
 
社長は会社の中では「織田信長」だと言った。しかし豊臣秀吉はあの織田信長でさえも上手にコントロールしたから、あそこまで出世することが出来たのだ。これは人たらしの極意でもある。
ぜひあなたも人間関係を改善したい人に「手助けのコミュニケーション」を行ってみてほしい。あなたの抱えていた悩みが解消し溜飲が下がり、心穏やかに仕事をすることが出来るようになるはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2021-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,115

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