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週刊READING LIFE vol,115

インターホンと私の、仁義なき戦い《週刊READING LIFE vol.115「溜飲が下がる」》


2021/02/15/公開
記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
ピンポーン。
 
とある休日の夕方、「そろそろ食事の準備をしようかな」と思っていたその時に、インターホンが鳴った。
誰だろう?
隣でくつろいでいた旦那さんと顔を見合わせる。
のそのそと立ち上がってモニターの前に行くと、そこには若い男性が立っていた。
疑問に思いながら “通話” ボタンを押す。
 
「……はい」
「お待たせしました! ピザ〇〇です」
 
……待ってないし、そもそも頼んでいない。
 
一瞬二人の間に沈黙が走り、私が
 
「うちじゃないですよ」
 
と言うと、配達のお兄さんは
 
「すいません! 間違えました!」
 
インターホン越しにぺこりと頭を下げて、去って行った。
 
「間違いだったよ」「なんだろうと思ったよ」と旦那さんと言い合った。
それが始まりの合図だったなんて、その時の二人はこれっぽっちも思っていなかった。

 

 

 

その日から、間違いピンポンがぽつりぽつりと来るようになった。
時には宅配の荷物であったり、書留の郵便物であったり、出前であったりした。
タイミングはバラバラだけど、彼らはいつも私が忘れた頃にやって来る。
 
私たちがこの賃貸マンションに引っ越してきたのは最近の話だ。
この土地はどうも田んぼを埋め立てて宅地造成した土地のようで、築浅のこの物件はGoogleマップで検索してもはっきりとした場所が表示されない。
そのため、配達の方々が迷ってしまうのだろう。
間違いは誰にでもあるし、仕方の無いことだ。
一度訂正すれば、同じ方はもう間違えることは無いだろう。
そう思ってインターホンが鳴る都度出て、「うちじゃないですよ」というのを根気強く何度か繰り返した。
 
何度か繰り返して、少なくなっていくはずだった。
だが、おかしい。
三か月経ち、四か月経っても、一向に間違いピンポンは減らない。
平均して月に3、4回ほど、多い時はそれ以上のこともあった。
 
なぜだ?
 
ある時気付いた。
 
「配達の人、毎回違うじゃないか……」
 
そう、私の「うちじゃないですよ」を聞いているのは、毎回違う配達員さんなのだ。
なぜか。
それはデリバリーの方だから。
うちに来る間違いピンポンの相手は、数か月経つうちに出前だけになっていた。
毎度違う人が配達に来て、毎度新鮮に間違えているだけなのだ!
私とは初対面(インターホン越しなので私の顔は相手に見えていないが)の方たちばかりだったのだ!
毎度対応していた私の努力は無駄だったのか! なんてことだ!
 
うちに間違いピンポンが来るということは、近くに本当にそれを頼んだ人がいるということだ。
数か月経つうちに、本当の依頼主は隣のマンションの同じ号室の住人であるだろうことが分かってきた。
ここの住人は、どうも出前がお好きらしい。
新型コロナウイルスの蔓延によって、飲食業界は大打撃だと聞く。
その飲食業界に日夜貢献されているのだ、間違いピンポンごときで怒ってはいけない。
ここは冷静にいこう。
しかし、どうやったらこの間違いが減るようになるのだろうか?
私は対処法となる作戦を考え始めた。
まずは問題を突き止めるところからだ。
そもそも、なんで配達員さんは間違えるのだろうか?
確かに、Googleマップでこのあたりの住所はハッキリ表示されない。
それにしても、マンション名を見れば分かることなのに。
……もしかして、配達伝票にマンション名が書かれていないのか?
そうかもしれない。
毎回違うところに出前を頼むということは、依頼主は毎回お店に自分の住所を伝えているのかもしれない。
そうなると面倒くさくて番地と号室しか伝えていないということがあり得る。
そうだ、きっとそうなのだ!
だから配達員さんはマンション名が分からず、迷った挙句、一番手前に建っているうちのマンションのインターホンをとりあえず押してみているのだ!
でも、どうしよう。
それが分かったからと言ってこちらでは対処のしようがない。
どうやって依頼主にマンション名を書いてもらえるように伝えたらいいのだろう。
いっそ、こちらが表札に名字を書くか?
いや、それが早いかもしれないけれど、ここは賃貸マンションだ。
表札に名字を記載している人は一人もいなくてうちだけ書いたらちょっと目立って嫌だな。
周囲に小さい子供もたくさんいて、「宅配ボックスにいたずらしないでください」の張り紙もいつか貼られていた。
そういえば、うちの郵便受けに小さな石ころが入れられていたこともあったっけ。
子供のいたずらだから大したことは無いと思うけれど、あんまり目立つようなことはしたくない。
たまにセールスっぽい人も来るし、その人たちに名前を知られるのはあんまりいい気がしないしな、一体どうしたらいいんだ……。
 
相変わらず、間違いピンポンはぽつぽつと来ていた。
苦悩しながらも、私は出口が見つけられずにいた。
 
更に引っ越してから半年以上経ち、世の中の雲行きが怪しくなってきた。
新型コロナウイルスが寒さと共に再度広がりを見せ、ついに緊急事態宣言が発令されてしまったのである。
けれど結果的に、緊急事態宣言が再発令されて少し経った頃、事態は動きを見せることとなった。
 
ピンポーン。
 
またか、と思いつつインターホンを見ると、やっぱり出前の荷物を持ったお兄さんだった。
お約束の「うちじゃないですよ」「すみません」のやりとりをした。
「自分で頼んだものじゃないと分かっているのなら、インターホンに出ないで無視すればいいじゃないか」と言う方がもしかするといらっしゃるかもしれない。
確かにそうだ。
夕食用のささ身の筋取りをしている、脂でギトギトの手をわざわざ洗ってまで、間違いピンポンに対応しなくて良いかもしれない。
でもなんか、反射で出てしまうのだ。
「もしかしたら間違いじゃなくて本当のうち宛の荷物かも」と思ってインターホンまで見に行ってしまうのだ。
そして、見に行ったら最後、 “通話” ボタンを押してしまうのだ。
だって、せっかく手を洗ったんだし、止めない限りずっとピンポンピンポン鳴り続けるじゃないか。
自分の習性にちょっと悲しくなりながらも、結局毎回出てしまうのだ。
もしかすると、あの ”ピンポン” の音には、人を動かす何かがあるのかもしれない。
 
ともかく、その間違いピンポンが来た数日後、今度は牛丼の〇〇の配達が来た。
そのまた次の日、今度は某ショッピングサイトの段ボールを持った方が来た。
さらにまたその数日後、その日は21時頃にウー〇ーイーツさんが来た。
全部間違いピンポンで、毎回違うお兄さんたちと私の間で「うちじゃないですよ」「すみません」が繰り返された。
さらに次の日。
さすがに今日は無いだろう。
今日来たら、この2週間足らずの内にもう5回になる。
そう思っていた19時過ぎ。
 
ピンポーン。
 
また来た。
 
その時、私はあることを決心していた。
 
インターホンの向こうには、明らかにピザ屋さんと思われる帽子をかぶったお兄さんが待っていた。
 
「はい」
「お待たせしました! ピザ〇〇です」
「うちじゃないですよ」
「すみません、間違えました」
「待ってください! その配達先、マンション名は書かれていますか?」
去って行こうとするお兄さんを呼び止めて聞いた。
そう、配達時に届け先のマンション名が伝えられているのか確認したかったのだ。
依頼主の方は、間違い防止対策を施してくれているのだろうか?
この回答次第で、私にはひとつの考えが浮かんでいた。
 
隣のマンションの同じ号室の方のポストに、お手紙を入れてみるのはどうだろう?
 
「間違いの荷物が届くので、もしも配達依頼時にマンション名をお伝えされていないようでしたら、伝えていただくことは出来ないでしょうか? 既に対応されている場合はすみません。うちも配達を頼む時にはマンション名を書くようにしますね」
こんな感じの手紙を書いたらどうだろう?
あくまでも、丁寧に。
でも隣のマンションの住人がちょっと怖い人だったら嫌だな。
 
そんなことを考えながらドキドキしている私に、ピザ屋のお兄さんは伝票を見ながらこう答えた。
「えーと……書いてありますね。△△マンションA棟……」
というところまで読み上げて、お兄さんははっと顔を上げた。
どうやら、自分の確認不足に気付いたらしい。
「ありがとうございます。書いてありますか……間違いが多いんですよね」
「すみません、気を付けます」
“通話終了” ボタンを押して、私は落胆した。
一つの可能性が消えた。
配達伝票にマンション名は書かれていた。
ピザの宅配時にもマンション名を伝えるような依頼主だ。
他の荷物や出前の際にも、マンション名まで伝えている可能性が高い。
お手紙作戦は実行に移せないことが分かった。
……でも、先走って手紙を出す前に確認して良かった。
 
私は次なる作戦を考え始めた。
配達先のマンション名が書かれているということは、単純に配達員さんが間違えているということだ。
どうやったら、配達員さんが気付いてくれるのだろうか?
やはり、表札記入作戦を実行するしかないのか?
出来ればこの作戦は実行したくなかったのだがやむを得ないか……
けれど、配達伝票にマンション名が書かれているのなら、なにも表札を書かなくても建物と建物名が一致すれば問題ないのでは?
そもそも、なんで配達員さんはうちのマンションでは無いと気付かないのだろう?
 
そう思って、表に出てみた。
マンションの周りをぐるりと一周する。
……あれ?
もう一周する。
そうか、分かった!
 
次の日、私は自身のマンションの管理会社に電話した。
「すみません、ちょっとお願いがあるのですが……」
「どうされましたか?」
電話対応のお姉さんはにこやかにそう言った。
私はこれまでの経緯を説明した。
隣のマンションの同じ号室宛と思われる間違い荷物が頻繁に届くこと。
配達員さんに間違いを訂正しているがなかなか無くならないこと。
そして、インターホン付近にマンション名の表記を足してくれないかということを。
 
そう、すべての問題はここから始まっていたのだ。
うちのマンションは、マンション名の表示が分かりにくい。
もちろん、名が記されたプレートのようなものはあったのだが、建物の隅の方で、生い茂った植木の陰に隠れてしまっていたのだ。
これでは配達員さんが気付かなくても致し方ないかもしれない。
ただでさえ、配達員さんは少しでも暖かい状態で食事を届けようと急いでいるだろうし、お隣のマンションの方が出前を頼むのはほとんどが夜だ(たまに昼もあったけれど)。
夜道の暗い中だと、このプレートは更に目立たなくなる。
そこで、配達員さんが絶対に目にするであろうインターホン付近に、マンション名の表記をつけ足してくれないか、管理会社に依頼する作戦を考え付いたのだった。
「そうですね……分かりました。担当の者に伝えます。後程こちらから結果をお電話するようにいたしますね」
お姉さんにお礼を伝えて電話を切った。
 
我ながら良い作戦だと思った。
しかし、もしも対応してもらえなかったら、やはり最終手段の表札作戦を実行するしかないか。
 
数時間後、今度は担当と思しき男性から電話がかかってきた。
「ご用件は伺いました、ご迷惑をおかけいたしまして……」
「いえいえ、あなたが悪いわけではないですよ」
なんてやりとりをして、結果的にインターホン付近にテプラでマンション名の表記をしていただける、ということで落ち着いた。
心の中でガッツポーズをした。
これで、ようやく間違いピンポン地獄から解放される……!
「でも、なんだかおかしいんですよね」
喜びもつかの間、担当の男性は首をかしげる様子が見えそうな感じでそう言った。
まだ、何かあるのか?
私はドキドキしながら聞いてみた。
「何がですか?」
「付近にあるマンションの中で、△号室だけなんですよ、荷物の間違いが多いというのが。最近荷物の配達員さんが変わったんでしょうか? でも、どうして△号室だけなのでしょう……」
うちの荷物も間違って隣のマンションに届いて、それで隣のマンションの方からも苦情が来たんですか? すみません、と言うと、男性は「違うんです」と言う。
「実は、お隣のマンションはA棟とB棟がありまして、そのB棟の方から先日、『間違いの荷物が届く』というご連絡をいただいたんです。でも、そういった電話をいただくのが今日のこのお電話を含めて△号室だけで、他の号室の方からは来ないのでどうしてかと思いまして……」
……なるほど!
間違いピンポンの被害者はうちだけではなかったのだ!
配達員さんはうちに間違いピンポンをした後に、さらにB棟の同一号室の方にもチャレンジして玉砕していたのだ……!
「たぶん、△号室の方が頻繁に出前を頼まれるからだと思いますよ。普通の荷物であれば配達員さんが変わることはあまり無いと思いますが、出前とかであれば毎回配達員さんが違うので」
私の数か月のリサーチ結果を伝えると、「なるほどそういうことですか」と男性は電話口で納得し、数日中に対応しますと約束してくれた。
お礼を伝えて、電話を切った。
電話をかける前は「クレーム電話みたいなものだし、なんか嫌だな……」と及び腰になっていた私も、なんだかものすごく良いことをしたような気分になった。
どうやらうちと隣のマンションは同じ管理会社の管轄のようなので、全ての棟にテプラ対応をすれば、B棟への間違いピンポンも無くなるかもしれない。
自分の身を守るための私のこの提案は、実は二家族を救うものになったかもしれない。
 
翌日、インターホンを見てみると、しっかりとマンション名の表記が貼られた上、「押す前に再度確認をお願いします」というような注意喚起の文字まで貼られていた。
 
担当のお兄さん、グッジョブ!
 
かくして、私の長きにわたる間違いピンポンとの戦いは終止符を打った。
対応してもらってからしばらく経つが、今のところ間違いは来ていないので作戦は成功したと言えるだろう。
とはいえ、この戦いの勝利は私だけの力によるものではない。
先にあったB棟の方の訴えや、管理会社のお兄さん、さらに実際にテプラを貼りに来て下さった管理担当の会社の方など、たくさんの方の力添えがあってのことだ。
そうそう、配達伝票にマンション名が書かれているか教えてくれたピザ〇〇のお兄さんも、私に力を貸してくれた。
そして、インターホンを押す前にテプラを見て、一呼吸おいて届け先を確認するようになってくれた配達員さんの協力も欠かせない。
多くの方の協力により、二家族が救われた。
なんて素晴らしいことだ。
 
始まりのピンポンからもう半年以上、こんなに長きにわたる戦いになるとはあの時は全く予想していなかった。
あの苦悩の日々から解放されて、今では平穏な暮らしを送ることが出来ている。
 
なにはともあれ、
あー、すっきりした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,115

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