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週刊READING LIFE vol,116

どんな選択の結果も時空を超えて繋げることができる《週刊READING LIFE vol.116「人間万事塞翁が馬」》


2021/02/21/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
人生は選択の連続だ。
その時その時で最善の選択をしたつもりでも、「あの時、別の選択をしていたら今頃はどうなっていただろう?」と思うこともある。
 
そして、「あーあ、やらなきゃよかった」という後悔より、「あの時やっておけば……」とか、「あのまま続けていたら……」と思う時の方が、胸がチクチクとうずく。きっとそれは、一歩を踏み出せなかった自分、負けてしまった自分、諦めてしまった自分をどこかで許せていないからかもしれない。
 
でも、手放すことで新たな道が開けることもある。
 
今回私は、過去に挫折した経験を持ちながらも、それを乗り越え、新たな夢に向かって歩き出した一人の女性を取材した。心に刺さった小さなトゲと向き合いながら、自分の人生に責任を持って生きていこうとする姿を紹介したいと思う。
 
彼女はオーストラリア在住の彩子さん。海外生活はもう18年になる。海外に興味を持つようになったのは、中学1年生の時だったそうだ。
 
「アメリカ人の先生が教えてくれる英語の授業があったんです。その時、英語ができたらこんな風に違う国の人達と話せるんだと衝撃を受けて……。英語って楽しいな、いつかは英語を話したい、海外に住みたいと思うようになりました」
 
高校1年生の時、学校で交換留学のチラシを見た彩子さんは直感で「これだ」と思い、両親を説得し、猛勉強の末、高校2年生の時にアメリカへ1年間留学した。帰国後、大学進学にあたって彼女は両親と何度も話し合い、自分の思いを貫いて再びアメリカの大学へ留学した。
 
その大学で彩子さんはダンスと出会う。
 
「私は子供の頃バレエを習っていたことがあるのですが、日本ではこうしなさい、ああしなさいと言われ、いつも私はできない生徒で、怒られてばかりでした。でもアメリカは違いました。すごく自由に表現できて、先生の教え方も自分に合っていた。それで、ダンスを専攻しようと思ってハワイの大学へ編入しました」
 
ハワイの大学でアジア各地のダンスやダンス教育等を学んだ彼女は、大学卒業後、ハワイにあるホテルで1年間働いた。
 
ホテル内のスパで接客をする内に、お客様がマッサージやエステを受けて嬉しそうに帰って行く姿を見て、「こういう仕事いいな」と思った彩子さんは、もっと接客スキルを高めたいと思うようになったという。
 
帰国後、海外留学生向けのキャリアフォーラムでの就職活動を経て、彼女は5つ星ホテルへの就職を決めた。
 
「人と話すことが好き、楽しいというだけでなく、お客様が元気になったり笑顔になる場を提供するのが好きだったんだと思います」
 
入社して1年ほど過ぎた頃、彩子さんはレジャー部署に配属された。そこは、お客様の美と健康のためのサービスを提供する仕事だ。そこで彼女は、ストレッチのレッスンやダンスレッスンを担当した。それは彩子さんが大学で学んだことを活かせる仕事だった。
 
その他にホテルに来られたお客様の子供を預かり、子供向けのサービスを提供するプログラムの立ち上げに加わるなど、楽しく、充実した日々を過ごす彩子さんに、大きなチャンスが訪れた。
 
それは、「マネジメントトレーニー」への参加だ。将来のゼネラルマネージャー候補として、経験を積んでいくこの制度。試験は全て英語で行われるのだが、この難関を突破して、彩子さんは日本人初のマネジメントトレーニーに選ばれたのだ。
 
そんな大きなチャンスを掴んだ彩子さんだったが、内心は複雑だったという。
 
「それまでの私は、自分の中からあふれ出る「やりたい」というエネルギーに従って、迷いも怖れもなく進んできました。でも、この時は迷いがありました。自分がそんなマネージャーになんて本当になれるのかと思うと、ものすごく怖かったです。でもやってみたいという気持ちも一方にはあって、どうしようかとても悩みました」
 
悩んだ彩子さんは、たまたま来日していたハワイ大学時代の友人に相談した。コーチングの仕事をしていたその友人は、彩子さんの話を聞くと、「やりなよ」と背中を押してくれた。
 
怖かったけれど、「私はできる! 私はゼネラルマネージャーになる!」と自分に言い聞かせながら、日本人初のマネジメントトレーニーとして、彩子さんはバリ島に赴任した。
 
このマネジメントトレーニーの参加者は皆、専門学校や大学でホテルの経営管理等を専門に学んできた人達で、彩子さんは圧倒されたという。
 
「もうこの頃の私は、自信があると言っても、それはガラスの自信で、本心ではできるかな、できるかなと不安でいっぱいでした。わからないことだらけ、新しいことだらけで、とにかく必死についていきました」
 
そんな日々の中で彩子さんの心を癒やしてくれたのは、バリ島の美しい自然や人々の優しさだったという。
 
1年間のバリ島での勤務を終えると、次の赴任地であるオーストラリアのパースに飛んだのだが、彼女はここで初めて壁にぶつかった。
 
最初に直面したのは、文化の違いだった。日本やバリ島とは全く違う文化。そのうえ、英語に関して言えば、バリ島では自分にとっても相手にとっても英語は第二言語だったが、オーストラリアでは相手はネイティブだ。途端に自分は「英語のできない人」になってしまった。
 
「職場でも、まずはその場のやり方に馴染ませてもらい、そこで頑張っているのが認められて初めて耳を傾けてもらえるという感じだったのです。それでも私はゼネラルマネージャーの候補として赴任しているので、色々な部署を回ってやらなければならないプロジェクトもあり、私の言うことも聞いてもらわないといけない。でも私が期待するような反応が戻ってこない。電話対応等の実務もこなさなければならないけれど、やり方もよくわからないから上手くできない。でもマネージャーとして来ているのだから、上手くできなきゃと思って……。それが苦しかったですね」
 
外国からやって来た若いマネージャーに、職場の人達は冷ややかだった。誰かが職場の皆のコーヒーを買いに行く時も、彩子さんに声をかける人はいなかった。
 
「最初はシュンとしていたのですが、これは私から入っていくしかないって考えを切り替えました。誰かがコーヒーを買いに行く時、私も欲しい! と言ってみたんです。そうしたら、じゃあ何がいいの? って聞き返してきてくれて。できない、できないって言っていても仕方がないから、なるべく自分から話しかけにいくようにしたんです。特に仕事以外の話をしたりして、少しずつ距離を縮め、ここに居てもいい人だと認識してもらうように努めました」
 
そんな風に、落ち込んだり考え方を切り替えたりして頑張り続けてきた彩子さんだったが、パースで2年の任期を終える頃にはストレスで身体に変調をきたしてしまった。それでも頑張ろうという気持ちはあったという。だが、居並ぶトップの前でプレゼンをした際に厳しい一言を浴びせられた。
 
「あなたはホテル業界に情熱があるのですか?」と。
 
今まで「できるできる」と自分に言い聞かせ、自分を奮い立たせていた彩子さんだったが、その一言を聞いて、かろうじて持ちこたえていたガラスの自信が一気に砕け散ってしまう。
 
トップからの厳しい質問に、「ないです」という答えが口をついて出てきてしまった。
 
「もともと最初から情熱なんて無かったのかもしれません。留学や就職をした時のような、自分のやりたいという情熱そのままに突き進んできたのと違って、このマネジメントトレーニーは、やりたいという思いに突き動かされて参加したわけではなかったですし。その頃には、自分の中にゼネラルマネージャーになることに対して情熱が無いということにも気づいていました。それを見透かされていたのだろうと思います」
 
彩子さんは孤独だった。周りには相談できる人もいなかった。日本人初のトレーニーとして送り出されている手前、皆の期待を裏切るようで日本のスタッフに弱音を吐くこともできなかった。
 
彼女を苦しめていたもののひとつは、自分の描いた「なりたいマネージャー像」と現実の自分とのギャップだった。彩子さんは、マネージャーとは引っ張っていく立場の人だと思っていた。自分が発言すると、皆がついていきます! と賛同してくれ、なんでもエネルギッシュにこなし、接客も自信を持って楽しみ、仕事がバリバリできる人というイメージを描き、そんな存在になりたいと思っていたという。
 
「でも、現実の私はミスもするし、できないことも沢山あった。なんかもう、かけ離れていたんです」
 
結局彼女はマネジメントトレーニーを続けていくことを断念した。
 
そんな彩子さんに、「もし今の自分が当時の自分に声をかけてあげるとしたら、どんな言葉をかけてあげたいですか?」と質問すると、静かに考えた後、彼女はこう答えてくれた。
 
「そんなに自分じゃないものにならないでいいよ。なるべき私になろうとするのではなく、その時その時に楽しいと感じること、私らしいと思うこと、嬉しいと感じることを積み重ねていった先を目指して進めばいいよと言ってあげたいです」
 
何かを諦めた時、救いとなってくれるのは新しい学びや挑戦だったりする。彩子さんは自分の「やりたい」と思う情熱の種を、新たな学びの中に見出した。
 
それは、アートやダンスなどのクリエイティブな活動を通じて、身体と心を整えていくセラピーだ。
 
「クリエイティブなことをして没頭している時は、脳にも良い影響があるそうです。そして、そうした時に、ふと何かが思い浮かんだりすることがあります。その時に、それを人に言うというプロセスを通して、段々と自分と繋がっていけるようになる、そのための安心安全な場を提供したいと思っているんです。人は自分のことは自分ではなかなか見えないものですから、私が鏡となっていければいいなと思っています」
 
そのセラピーでは自分の感じたままに身体を動かすダンスをするのだが、その「即興ダンス」には、ハワイの大学時代に学んだことが生かされている。
 
そして、ホテルで働き始めた頃、彩子さんは「お客様が元気になったり笑顔になる場を提供するのが好きだ」と感じていたけれど、今はまたセラピーを通じてお客様にそうした場を提供している。
 
その時その時にやりたいと思って楽しみながらやってきた点と点が繋がった先に、今の彩子さんが居る。
 
「あの時もしマネジメントトレーニーを辞めていなければ、今頃どうなっていただろう」と考えたり、当時お世話になった人達に対して後ろめたさを感じることもあったという彩子さんだが、あの時辞めたからこそ別の道が開け、楽しいと感じること、自分らしいと思うこと、嬉しいと感じることを積み重ねていった先の世界に自分を連れてくることができたのだと私は思う。
 
ただ彼女の立つ舞台が変わっただけだ。
 
今生きている人生は無数の選択の結果だ。どの選択が正しかったかなんて、誰にも分からないし、そもそも、正しいとか正しくないというものでもない。
 
あのまま彩子さんが諦めずにトレーニーとして仕事を続けていたら、今頃はバリバリのゼネラルマネージャーになっていたかもしれないし、身体を壊してしまっていたかもしれないのだ。何が良かったかなんて分からない。だから、自分の選択を信じ、今この時をただ精一杯生きていけばいいのだ。
 
それでも、「あの時……」という小さな後悔のトゲで胸がうずく時は、そのまま続けていた先の未来を想像してみるといいだろう。
 
私たちは途中で辞めたとしても、経験したことであれば、「あのまま続けていたらどうなっていたか」を想像し、感じることはできる。
だから、辞めずに続けた先の自分に出会ってみるといい。
そこに居る自分は何を得ているだろうか?
何に囲まれているだろうか?
今の自分に何と言ってくれるだろうか?
 
そこで得ていたであろう経験や感情を、今の自分に繋げていけばいいのだ。
 
「研修を受けていた頃は、ついていくだけで精一杯で、習ったことをあまり理解できていなかったのですが、当時のノートを今見返してみると、すごく使える情報が沢山あるんです」という彩子さんは、今後はセラピーの仕事だけでなく、世界を舞台に活躍したいと思う人を応援する活動を広げていこうとしている。
 
成功も挫折も味わった彩子さんだからこそ、できることが沢山あるはずだ。どんな経験も、どんな選択も全ては繋がっていくと私は信じているし、夢に向かって歩む彩子さんを心から応援したいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人の背中を押せる存在になることを目指している。

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2021-02-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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