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週刊READING LIFE vol,116

「ClubhouseにCQ、CQ」《週刊READING LIFE 「祭り」》


2021/02/22/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
今話題のClubhouseの画面。聞こえてくるのは乙武さんの肉声。
 
もともとざっくばらんな人だけれど、テレビカメラのないところはこんな話し方をするんだ。一緒に話しているのは同じくテレビのアナウンサー。これまたテレビカメラに向けた声とは違う、まるで友達と話すような気楽さで話している。
 
スマホの画面に乙武さんの写真のアイコンがピコピコ動いている。音声だけのSNSなのに、なぜだか画面をじっと見てしまう。あまりのざっくばらんな言葉のより取りに、プライベートな電話を盗み聞きしているような気分になってくる。
 
なぜだろう。声を聴いているとその人をとても親しく感じるのは。
 
1月の最終週辺りから「Clubhouse」という言葉をよく耳にするようになった。正確に言えば目にする、だろうか。Facebookに「Clubhouseはじめました」「Clubhouseに招待してほしいです」と投稿が一気に増えたのだ。
 
Clubhouseとは音声のみのSNSだ。実名登録、そして音声のみ。そしてやりとりする音声は記録が残らない。つまり話しっぱなし。逆に記録が残らないからここだけ話がしやすい。
 
招待制というのが特徴で、誰かに招待されなくてはClubhouseをはじめることはできない。招待できるのは自分のスマホに電話番号を登録してある人だけ。Clubhouseをはじめた最初の招待枠は2名。使っているうちに招待できる人の数は増えていくようだ。
 
「Clubhouseに招待してほしいです」というFacebookの投稿は、自分Clubhouseをしたいけれど、招待されないとできないから誰か招待をしてほしいという希望の意味だ。私は1月30日に知り合いが「どなたか招待しますよ」という投稿をみつけて貴重な招待枠1名分をもらって登録をしたのだった。
 
Clubhouseの中は、なんと言えばいいだろうか、それぞれが自由につくるラジオ番組が乱立しているといえばいいのだろうか、雑踏の中で、そこここに人がおしゃべりの輪をつくっているとでも言えばいいだろうか。
 
おしゃべりの部屋のことをroomという。roomの公開は3段階にわけられる。すべてのユーザーが参加可能なOpenなroom、フォローしている(つながっている)ユーザーのみ参加可能なSocialなroom、自分がこの人達とだけ話すと選んだユーザーだけが入れるClosedなroom。
 
Clubhouseアプリをみていくと無数のroomがある。物珍しさであちこちのroomをのぞいてみた。
 
「あ、乙武洋匡さんが話しているroomがある」
 
Openなroomであればボタン一つで参加が可能だ。冒頭の乙武さんのroomもそうして参加してみたroomのひとつだった。
 
これはしゃべる側にも回ってみよう。私も自分でroomを作ってみた。
 
名付けて「青木文子の森羅万象深夜便23:30-23:45」NHKラジオ第一の夜の番組「ラジオ深夜便」から借りた名前だ。15分と区切ってClubhouseで話してみた。だれもこないかな、と思いきや、次々に人が聞きに来る。アカウント名で知っている人も知らない人もいる。知っている人を指名して、Speaker指名して、一緒に話すこともできる。
 
「どなたか一緒にお話しませんか?」
 
声をかけたらすぐに手を上げてくれた人がいた。なんだろう、この感覚は。純粋に嬉しいのだ。誰かと声を交わすことってこんなに嬉しいことだったのだろうか。これはClubhauseという特別な場だから?私の声が誰かに届いている不思議、誰かが私の声を聴いてくれている不思議。
そんなある日、Twitterでとある投稿を目にした。
 
「Clubhauseとはアメリカでクルマ移動が多い人たちが運転中に喋りながらできるSNSとして生まれたらしい」という投稿だった。
 
あ! ひょっとClubhauseってアレと一緒かも!
 
心の中で私はそう叫んでいた。
 
アレとはアマチュア無線である。
あなたはアマチュア無線をご存知だろうか。アマチュア無線は無線で音声をやりとりできる国家資格だ。トラックの長距離運転手の人が運転中の時間、人とやりとりすることに使ったり、趣味として知らない人と交信したりするものだ。
 
そう、Clubhauseってアマチュア無線と一緒かもしれない。
 
誰でも他の人が聞けるところも、知らない人同士が電波の上で出会うことも、そこでしたやりとりから新しいつながりが生まれることも。
 
私はかつてアマチュア無線をやっていた。
 
私が最初にアマチュア無線を知ったのは、子どもの頃にみた科学雑誌の見開きのページだった。大きな機械を背景に座っている人の写真があった。離れている人と声でやりとりができる。電波が強ければ海外の人ともやり取りができる。やり取りした記念にお互いのカードを交換する。色とりどりのカードがファイルに収められている写真も記事に添えてあった。
 
離れた人とも話ができる! 海外の人とも話ができる! 子ども心にワクワクした。その頃は家の電話はまだ黒電話。ネット通信も、スマホもガラケーもなかった。なんならポケベルもない時代だった。遠くの知らない人と話ができるってどんな感じだろう。
 
現代の子どもたちはスマホを持ち、LINEで友達とつながり、youtubeをみたり、自分でyoutubuを発信できたりする。私の子どもの頃と比べれば、広い世界につながっている実感があるだろうし、そこにアクセスする方法はすぐ手の届くところにある。私の子どものときを考えると、世界へのつながり方なんてわからなかった。井戸の底から見上げる丸く切り取られた世界につながる青空。アマチュア無線は、そんな空の一片に手が届く魔法のように感じたのだった。
 
アマチュア無線をやってみたいという思いはそれからしばらく忘れていた。それを思い出させてくれたのは、1回生の冬に大学のサークル仲間で行った裏磐梯のペンションのオーナーさんだった。
 
丸一日、クロスカントリースキーを滑って帰ってきたあとの夕食。終わってコーヒーを飲みながらペンションのオーナーさんを交えておしゃべりをしていた。オーナーさんはかつて南極越冬隊員として、南極で無線業務をされていた方と聴いた。
 
「私、昔からアマチュア無線に憧れがあったんです」
 
ふとそんな言葉が口から出た
 
「おぉ、そうですか。どれ、久しぶりにやろうかな、よかったら見てみますか」
 
オーナーさんは小さな部屋に私を案内してくれた。扉をあけると、子供の頃科学雑誌の写真で見たような機械が、棚一面に並べてあった。オーナーさんはスイッチを入れてダイヤルを回した。機械からは最初雑音が聞こえしばらくすると静かになった。その静けさにむけてオーナーさんがマイクで話した。
 
「CQ、CQ」
 
CQとはアマチュア無線で「誰か応答する人はいませんか?」と呼びかける言葉だ。その言葉に応じて誰かが答えてきた。
 
「お、これは北海道の人がいましたよ」
 
あ、つながっている。人の声がする。あの井戸の底から見上げた青空がここにある。
 
私は東京に戻ってすぐに本屋に行った。
『完全丸暗記級アマチュア無線予想問題集』という小さな問題集を買って、大学の休み時間に丸暗記で覚えた。講習会を申し込んで、試験を受けた。そうして、合格してアマチュア無線4級の資格をとった。試験に合格すると自分だけのコールサインをもらうことができる。自分のコールサインの交付をもらったが1回生の終わりの頃だった。
 
アルバイト代をためて、小さなハンディ機を買った。片手で持てるトランシーバー型ハンディ機。あの写真に載っていたような、元南極越冬隊員のペンションのオーナーさんのような立派な機材ではないけれど、それでも私にとって憧れの機械だった。
 
小さなハンディ機では出力が限られる。だからそんなに遠くの人とは交信できない。当時はネットもなかったから、アマチュア無線の情報を知るには雑誌を読むか、交信した人に色々教えてもらうしかなかった。
 
ある日、交信した人と話をしていて
 
「山の上だとかなり遠くまで飛ぶんだよね」
 
という話になった。確かに山の上だとこちらの電波は遠くまで飛ぶだろう。そしてこちらがハンディ機でも、相手が出力の強い無線機を持っていれば交信はできるはずだ。
 
そうか! 山の上に行けば遠くの人と話せる!
 
翌年、2回生の生物同好会の夏の合宿で、山形県の朝日連峰を登ることになっていた。生物同好会という名前なのに、合宿はいつも山岳部並。テントも食料も全部背負って、4人1パーティーで山を1週間ほどかけて縦走していく。1回生のときには半泣きになりながら55Lのザックを担いで山を登ったが、2回生にもなるとすこしゆとりが出てくる。私はザックの一番底にタオルに巻いたアマチュア無線のハンディ機を忍ばせておいた。
 
縦走中のあるテント場でのこと。その日は早めにテント場についた。早々にテントを張った。夕食もつくって日が落ちるまでに時間があった。あとは自由時間だ。
 
「今日ならできるかも」
 
私はザックの底からアマチュア無線のハンディ機を取り出した。テント場からほど近い、すこし盛り上がった岩場に登った。ハンディ機にスイッチを入れた。ちょっと深呼吸してコールをした。
 
「CQ、CQ、こちら7L2BHQ、どなたかおられますか?」
 
その途端、ワッ! と驚くほどのたくさんの声が応答してきた。驚いた。そして何人もの人と話をした。何人もの人とカード交換の約束をした。
 
あぁ、あの時と一緒だ。Clubhauseとアマチュア無線の風景が重なった。知らない人と出会えて、知っている人と出会えて、そして言葉を交わして。
 
電波の上で偶然であった人と声でやりとりをする。言葉を交わす。そしてつながりが生まれる。声でやりとりすることは私達の原始的な感情を喜ばせるものがあるのかもしれない。
 
アメリカの車の長距離移動の人も、日本の長距離のトラック運転手の人も、誰かと話したいのだ。人生の中で何人と言葉を交わすことができるだろう。何人と声をやり取りすることができるだろう。
 
人は誰かの声を聞きたいのだと思った。鳥が鳴き交わすように人は誰か他の人と声を交わしたいのかもしれないと思った。それは私達が生き物である以上、深いところで持っている欲求なのかもしれない。
 
今晩もClubhauseのroomを作ってみようと思う。そして夜のひととき、誰かと言葉を交わしてみようと思う。あのハンディ機を握って、ドキドキしながら「CQ、CQ」のコールをしたときのように。
 
 
 
 
※(文中コールサインは現在使っておりません)

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2021-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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