週刊READING LIFE vol,117

結婚式って誰のため?《週刊READING LIFE vol.117「私が脇役の話」》


2021/03/01/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「この人にはどうやっても勝てない」
 
私はこれまでの人生で完敗を経験したことが何度かある。
もうこの人には何をやっても勝てないんだろうなと自分の負けを認めざるを得ない人が存在した。
 
私は新卒で入社した会社で営業を行っていた。
私は大学時代にお金に困窮し、いわゆる苦学生という時代を過ごしたことで、将来はお金に困らない生活をすることを夢見ていた。そのためには将来は起業してベンチャー企業の経営者になり、お金をもらうサラリーマンではなく、お金を創り出す側に回ると決意していた。
 
ちょうどその時に「金持ち父さん、貧乏父さん」という本が流行っていて、私はその内容を貪るように読んだ。私の父はこの本の中にある典型的な貧乏父さんだった。高学歴で地元の金融機関で働いていて、安定した暮らしを手に入れていた。しかし金融機関に勤めていてもお金のプロになれるわけではない。
 
父は金融機関の仕事とは別に友人が経営している会社に共同経営者として参画している会社を持っていた。実質の経営は友人が行っていたようだが、その会社がバブル崩壊のタイミングで経営破綻し、経営者である友人が夜逃げをしたため、その会社の負債を父が一人ですべて背負うことになってしまった。
 
結果として父は個人で数千万円の借金を抱えることとなり、私が大学生の時についに自己破産をしてしまったのだ。当時東京に一人暮らしをして大学に通っていた私は、大学に残るために学業とアルバイトを両立させる必要があったため、死に物狂いで毎日を生活していた。そしてお金がない苦しみを嫌というほど味わったのだ。
 
そんな経験をしていたので、私は将来お金によって生活が左右されるような人生は嫌だと考え、「金持ち父さん」のようにお金に使われる人間ではなくお金を使う側になりたいと強く考えるようになった。
 
「金持ち父さん、貧乏父さん」には、まず若いうちに営業を極めたほうが良いと書いていたので、私も社会人の第一歩はまず営業を極めると固く決意して、営業力が身に着くと言われていた会社に入社した。
 
この会社で営業成績トップになれば営業力はマスターしたと言えるだろうと、自分の中で一つの基準にして入社したのだった
 
そんな決意をして入社した会社で私は自分が完敗を認めざるを得ない相手に出会ってしまった。
 
入社式の時、彼女は私の目の前の席に座っていた。
新入社員の入社式である。どんなに学生時代に遊んでいた人も、この日ばかりはスーツに身を包み髪も黒髪にして、身なりを整えてくるのが社会人としての常識だと思っていた。
ところが私の目の前に座っていた彼女は、髪は茶髪に染まり、スーツも他の女性社員に比べるとカジュアルで、明らかに「私はこういう人間です」と強い自己主張をしているように感じた。
 
見た目にははっきり言って「ギャル」である。
 
「何だこの子は」
 
私の常識ではありえない格好をした女性が目の前にいた。
ところがそんな彼女と私は一緒の部署に配属になり、そして隣り合わせの席になったのだった。
 
彼女が普通ではないことは見た目からも分かっていたが、その異常さは営業初日でさらに感じることとなった。
 
私が配属された部署では新入社員に対して「名刺獲得大会」という恒例行事があった。これは名刺と商品パンフレットだけ持たされて、街中に放り出され1枚でも多くの名刺をもらい、その獲得した枚数を競うというイベントだった。
 
いわゆる「飛び込み営業」をさせられるのだ。
私を含めて15名の新人が挑戦することになった。制限時間は10時から17時までの7時間。私は「これは面白い」と考え、まずはここでトップになると意気込んだ。
 
そして10時になり同期15人が一斉に街にくり出していった。
 
ところがこの研修には大きな壁があった。
飛び込み営業を経験したことがある人なら分かると思うが、見ず知らずの人にいきなり声をかけるということは、想像以上に怖いのだ。
 
最初の一軒目は何もわからずに飛び込むことが出来る。当然だが相手はいきなり営業時間中に声を掛けられ、あからさまに迷惑そうな顔をする。そのため適当に軽くあしらわれ退散するはめになる。そして気持ちを新たに2軒目に飛び込む。そしてまた何もできずに追い返される。そして3軒目に入る時に急に足が前に出なくなる。
 
頭の中では「行かなければいけない」と思うのだが「いま忙しそうだな」と相手の様子をうかがい、そして「今はちょっとやめておこうかな」とお店に入ることをためらい始める。こうなったらもう恐怖心が出始めた証拠だ。
 
一回でも相手の様子を見てしまったら、もう飛び込み営業はできない。人は自分が想像している以上に「拒絶」されることに恐怖を感じるようになっている。つまり1軒目、2軒目で拒絶され恐怖を感じてしまったら、もう終わりなのだ。
 
つまりこの研修の一番の目的は「拒絶による恐怖を乗り越える」ことなのだ。
私もまさに同じ恐怖を感じた。実際この恐怖に負けてその後飛び込みが出来なくなり数枚しか名刺を獲得できない同期もいた。
 
しかし私は「ここで1番になれなかったら営業力を身に着けることなんて出来るわけがない」と考え、勇気を出して3軒目も飛び込んだ。一度乗り越えてしまうと、実は拒絶の恐怖はそれほど怖くなくなるのだが、それがまずは最初のハードルなのだ。
 
その後は調子よく名刺を獲得していった。一度コツを掴めばあとは体力の勝負だと考え、私は昼食もそこそこに次々と名刺を獲得していった。
17時に本社に戻る約束だったが、その戻る道すがらもお店に飛び込み名刺をもらい続けた。自分の手元には60枚の名刺が集まっていた。途中他の同期とも状況を確認しあいながら行っていたので、私は自分が一番だという自信があった。
 
そして全員が本社に戻り結果発表になった。
私は自分が一位で名前を呼ばれることを疑っていたかった。
ところが一位で名前を呼ばれたのは私ではなかった。
一位になったのはあの茶髪の彼女だったのだ。
 
しかも枚数は100枚を超えていた。私が1枚獲得するのに、平均で6分かかったのに対して彼女は1枚3分40秒で獲得していた計算だ。
驚異的な数字だった。
 
しかしこれはまぐれではなかった。
この後本格的に営業を開始したが、彼女の営業力は群を抜いていた。
電話でのアポイント獲得率、商談後の受注率、受注件数、平均受注金額、月間売上高、すべてのおいて私は彼女に勝つことが出来なかった。
 
そして1年後の全社総会で、彼女は私たち同期の中で最優秀プレイヤーとして新人賞を獲得した。この会社において女性が新人賞を獲得したのは彼女が初めてだった。
私は同期の中で2位の営業成績だったが、それでも彼女の売上の半分ほどしか上げることが出来なかった。
 
圧倒的大差で私は負けた。
私は「営業力で彼女に勝つのは無理だ」と敗北を認めざるを得なかった。
 
ところがそんな彼女とある時から付きあい始めることになった。
きっかけはたまたま日曜日に仕事をしに会社に行ったら、珍しく彼女も翌週の提案資料を作らなければいけないと出勤していた。
彼女は営業力も凄まじかったが、仕事の生産性も驚異的で、私は月に残業時間100時間を超えていたのに対して、彼女は10時間程度だった。
そんな彼女が休日出勤するなんてかなり珍しいことだった。
 
そして仕事が終わったタイミングでせっかくだからと彼女に「ご飯を食べて帰らないか」と誘った。その時は彼女に気があったわけではない、とにかく彼女の営業力の秘密を知りたくて、それを聞こうと食事に誘ったのだ。
 
彼女と話しをする中で気づいたのが「価値観」が全く違うことだった。
仕事に対する考え方、好きな映画のジャンル、食事の好み、好きなファッション、どれをとっても全く自分とは違う価値観だった。
 
もしかしたら一つでも共通の価値観があったら、私はその部分で彼女に勝とうと勝負をしてしまったのかもしれない。しかしあまりにも価値観が違いすぎて、競うポイントを見つけることが出来なかった。
 
それでも同じ営業として負けている事実があり、私は口惜しさもあったが、同時に「この子はスゴイもしれない」と純粋に彼女を尊敬するようになった。
 
そしてこれをきっかけに彼女と何度か食事をするようになり、そして気づいたときには付き合うようになっていたのだ。
 
そして私はなぜか付き合い始めた当初から「彼女とは将来結婚するんだろうな」と思っていた。もちろん私も社会人になっているので、結婚を意識してもいい年齢だったこともあるが、ごく自然とそれがイメージできたのは彼女が初めての人だった。
 
その後、私は違う部署に異動になり唯一の競うポイントだった営業成績もなくなり、3年の月日がたった。
 
そして私は同期が辞める送別会の場で、まったく関係ないのになぜかみんなの前で彼女にプロポーズして結婚をすることを決めた。今でもなぜあの場でプロポーズしたのか、思い出すだけ恥ずかしいが私たちは結婚することになったのだ。
 
交際は順調に進み、式が今週末に迫ったある日、ちょっとした事件が起きた。
 
私たちは土日を使って、結婚式を行うために日取りと式場を決め、ウェディングドレス選びなど準備を進めていた。しかし、式が近づいてくると来賓へのメッセージカード作りや、引き出物の準備など、細々した作業が発生していた。
 
ところがちょうどこの頃、私は異動した部署での仕事が非常に忙しくなっていた。覚えることも多かったし、また自分の当初目標である起業することへの思いはさらに強くなっていたので、仕事をしながらビジネススクールに通ったり、外の人とも人脈を構築するために、帰るのはいつも深夜だった。
 
そんな時に彼女も自分の興味がある分野でさらに仕事をしてみたいと転職するために、会社を退職しようとしていた。
 
私は仕事が忙しく、彼女は会社を辞めて次の仕事までフリーだったで、細々したところは彼女に任せようと思った。楽しそうに準備をしている彼女を見て、私も大丈夫だろうと高をくくっていた。
 
そして結婚式3日前となった日の夜に家に帰ると、彼女が今日準備していた話しを一生懸命してくれた。ところが私は疲れていたので、どこか上の空で話しをほとんど聞いていなかった。
 
そして突然彼女の会話が途切れたので彼女を見ると、床に座り込んで泣いていた。
 
私は驚き
「どうした?」
と声をかけると彼女は
「あなたは準備何も手伝ってくれないよね。結婚式って二人で準備するものじゃないの?」
と言って肩を震わせた。
 
私から見ると彼女は結婚式の準備を楽しそうにしているように見えた。また私は仕事が忙しかったので、細々したところは彼女が好きなように決めてくれればいいと思っていた。
 
ところが彼女は「結婚式の準備を二人で一緒に考え作っていく」ことを楽しみにしていたのだ。それが彼女の理想の結婚式のイメージだったのである。
 
私は勝手に「彼女は楽しんでいる」と思い込んでいただけで、彼女の気持ちを実は何も受け取っていなかったことに気づき、「ごめん」と謝り最後の準備を進めた。
 
そして結婚式の当日。
披露宴は親族と親しい友人だけで執り行った。
 
彼女は控室でウェディングドレスを着て、鏡の前で化粧をしてもらっていた。
これまで全く価値観が合わないと思っていたのはファッションについても同じだったが、この時は初めて「綺麗」だと心から思った。
 
そして披露宴には私の両親も来てくれた。
父は自己破産をしてからは家を失い、家族に迷惑をかけたことから以前のような自信は影を潜め、ここ数年は私たち家族に対しても引け目を感じているように見えた。
 
そんな父が燕尾服を着て式に参列してくれている姿を見たときに、私は久しぶりに父の嬉しそうな顔を見た気がした。きっと父の中にも息子がこうして結婚した姿を見て、込みあげてくるものがあったのだろう。
 
私が両親に対して感謝の言葉を話しているときにうっすら涙を浮かべている父と母を見て、私も嬉しかった。
 
そして私は「結婚式とは自分のために行うものではない」ということをこの時初めて気が付いた。
 
もっと言ってしまえば、新郎は脇役でいいのだ。
結婚式の主役は新婦であり、そして両家の両親なのだ。
 
人は皆自分を中心に物事を見てしまうが、「誰を本当に喜ばせたいのか?」を考え、行動することが実はとても大事なことなのだ。
「新郎は主役を引き立てるための脇役だ」という事を通じて、私は身をもって知ることが出来た。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2021-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,117

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