『G.O.A.T』と呼ばれるには、負けが必要だったのかもしれない《週刊READING LIFE Vol.118「たまには負けるのもいいもんだ」》
2021/03/09/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部READING LIFE公認ライター)
「スーパーボウルに招待します。指定の日時に取りに来て下さい」
これは、最近とみにみられる詐欺ではない。これは“おとり”だった。
何故なら、正式な差出人は、アメリカのFBI (連邦捜査局)だったからだ。
但し、通常と違っていたのは、受取人が人身売買という犯罪行為を働いていた凶悪犯だったことだ。脛に傷を持つ者なら、誰も好き好んでノコノコと、訳の解らない物を取りに行かないことだろう。
ところが、アメリカでは事情が違ってくる。実際に、スーパーボウル観たさにチケットを取りに行った75人もの凶悪犯が、一網打尽に逮捕されたのだ。
それ程までに全米中が盛り上がるのが、アメリカン・フットボールの最高峰リーグNFL (National Football League)の頂上決戦、スーパーボウルだ。これは、日本に置き換えるのに例え用がない。強いて言えば、プロ野球日本シリーズの最終戦に甲子園の決勝、それに、大相撲の優勝決定戦と紅白歌合戦を足して、そして100倍にした様な盛り上がりといえよう。
何しろ、チケットの代金が、通常販売で$200〜$700(約20,000円〜70,000円)!しかし、実際には、その数十倍〜数百倍の値段でスーパーボウルのチケットは取引されている。それでも、入手出来たなら幸せだ。何せ、スーパーボウルの入場チケットは、スポンサーやVIPに優先的に配布され、一般販売はスタジアムの70%程といわれているからだ。
要するに、フットボールのファンならば、一生に一度、スーパーボウルを生観戦することが出来たなら、悔いの無い人生だったと思えることだろう。
だから、凶悪犯達が、身の危険を顧みずチケットを取りに行ってしまうのだ。
先日の2021年2月7日(アメリカ時間)、第55回スーパーボウルが開催された。
見事に世界一に輝いたのが、フロリダ州タンパベイに本拠地を置く、バッカニアーズ(海賊の意)だ。そして、スーパーボウルMVP (最優秀選手)に選出されたのが、バッカニアーズQB(Quarter Back・チームの司令塔役)のトム・ブレイディ選手だ。
今年、43歳になるブレイディ選手は、これにより“真のG.O.A.Tプレイヤー”と呼ばれる様になった。
『G.O.A.T』とは、『the greatest of all time』のことで、日本語にすると‘史上最高’とでも訳そうか。
トム・ブレイディ選手はこれまで、ペイトリオッツ(愛国者の意)というチームで、スーパーボウルに9回出場し、6回制覇して来た。チームを移籍した今季の勝利が、7回目だ。
これがどれだけ凄い数字かというと、バスケットボール(NBA)で神と称されるマイケル・ジョーダンでも、チャンピオンに輝いたのは6回なのだ。
まだ、55回しか開催されていないスーパーボウルに、10回も出場し7勝もするとは、当然、史上初のことである。『G.O.A.T』と呼ばれるに相応しい、実績といえよう。
ただここまで、トム・ブレイディ選手の選手生活は、決して順風満帆と言えるものだけではなかった。
2000年の新人選択会議(ドラフト)で、トム・ブレイディ選手は、ペイトリオッツに6巡目で指名される。NFLは30チームあるので、全体での指名順は199位だ。大学卒業時は、決して注目されていたわけではなかった。しかも、出身大学のミシガン大学は、全米でも強豪校として知られている。要するに、その時点でのトム・ブレイディ選手は、QBとしては大柄(193cm、100kg)だったものの、強豪校で埋もれていた選手に過ぎなかった。しかも、フットボール選手としては足が速くなく、QBとしては目立つ程の強肩ではなかった。ずば抜けた身体に能力を持った選手揃いのNFLでは、特筆すべき運動能力をトム・ブレイディ選手は、持ち合わせていなかったのだ。運が悪いことに、トム・ブレイディ選手がドラフトされる2年前、1歳年上の同じく大柄なQBが、コルツに入団していたからだ。
その選手の名は、ペイトン・マニング。強豪のテネシー大学出身のペイトン・マニング選手は、NFLのスターQBだったアーチー・マニングを父に持ち、後に弟のイーライ・マニング選手もプロ入りするいわば“サラブレッド”な選手だ。日本で例えるならば、選手として成功した長嶋一茂選手といったところだろう。ご存知の方も多いと思うが、長嶋一茂選手の父親は『ミスタープロ野球』と呼ばれた長嶋茂雄氏だ。
ペイトン・マニング選手も長嶋一茂選手も、どちらもドラフト1位入団だ。しかも、ペイトン・マニング選手はドラフト全体でも指名順1位だった。これは、全体199位のトム・ブレイディ選手とは、比べようが無い程の差が有る入団だったのだ。
先にプロデビューを果たし、大活躍しているペイトン・マニング選手を追って、ペイトリオッツに入団したトム・ブレイディ選手だったが、プロになった当初は、控えQBの役目しか与えられなかった。ドラフト199位は、そんな扱いだった。
それでも腐ることなく練習を積んでいたトム・ブレイディ選手は、正QBが怪我で戦列を離れると、スターティング・メンバーに名を連ねることが出来た。
しかもペイトリオッツは、トム・ブレイディ選手がQBを務める様になった途端、あれよあれよと勝ち進み、遂にはペイトン・マニングがまだ出場していないスーパーボウルに駒を進めた。
初出場となったスーパーボウルでトム・ブレイディ選手は、自陣15ヤードという絶望的なポジションから驚異的な攻撃を果たし、タイムアップ寸前に逆転勝利をもぎ取った。試合後、ペイトリオッツのヘッドコーチは、
「今日は、トムの闘争心で勝ち星を拾った」
と、述べたという。身体能力に劣るトム・ブレイディ選手は、負けん気だけはその時点で史上最高だったのかもしれない。私達ファンは改めて、アメリカン・フットボールは頭脳戦だと気が付かされたものだった。
その後、20年もの間にわたって、トム・ブレイディ選手はペイトリオッツを鼓舞し続けた。その間、9回もチームをスーパーボウルに導き、6回も栄冠をもたらした。MVPも3回受賞した。
では何故、選手生命が短いNFLで、トム・ブレイディ選手は20年間も活躍し続けることが出来たのだろう。それは、いくつかの敗戦を経験したからだろうと、私は考えている。
敗戦の一つ目は、2007年のシーズンだ。
このシーズン、トム・ブレイディ選手が率いるペイトリオッツは、圧倒的強さで勝ち続けた。ライバルのペイトン・マニング選手を、3度に渡り破った。
そして迎えたスーパーボウル。トム・ブレイディ選手は、史上2チーム目のパーフェクト・シーズン(無敗でチャンピオンになること)となるだろうと期待を抱かせた。
ところがだ、迎えたスーパーボウルでは、大番狂わせで敗れ去った。パーフェクト直前で、トム・ブレイディ選手に‘待った’をかけたのは、下馬評を覆してスーパーボウルに進出して来たニューヨーク・ジャイアンツだ。しかもあろうことか、ジャイアンツのQBでスーパーボウルMVPを獲得したのは、トム・ブレイディ選手のライバル、ペイトン・マニング選手の実弟のイーライ・マニング選手だったのだ。
多分、トム・ブレイディ選手は、兄弟によって止められたパーフェクト・シーズンを忘れることはなかったことだろう。
今回、7度目のスーパーボウル勝利を果たしたトム・ブレイディ選手だが、今回はチームを移籍しての勝利だった。しかもこれが、2チームでスーパーボウル・チャンピオンになった2人目のQBだ。
そして何と、史上初の2チームでスーパーボウル勝利を果たしていたのは、トム・ブレイディ選手の最大のライバル、ペイトン・マニング選手だったのだ。
なので今回、不利と言われる中、持ち前の比類なき負けん気をトム・ブレイディが発揮出来たのは、ペイトン・マニング選手が達成したことを、自分だって出来るのだというところを見せたかったからだろう。
そうでなければ、あそこまで不利という予想の中、周到な準備をするモチベーションを維持することは出来なかったことだろう。
今回の勝利で、トム・ブレイディ選手は今後『G.O.A.T』QBと呼ばれ続けることだろう。それだけの実績を、彼は残して来たからだ。
しかし、その裏には、ペイトンとイーライのマニング兄弟に喫した、いくつかの黒星があったのだ。
だから私は、今日のトム・ブレイディ選手となるには、いくつかの敗戦が必要だったのではと感じている。
それでも多分、トム・ブレイディ選手は、
「たまには負けるのもいいものだ」
とは、口が裂けても言わないだろう。
チャンピオンが最も似合う男トム・ブレイディは、『G.O.A.T』な負けん気の持ち主だからだ。
□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
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