週刊READING LIFE vol.121

“じゃないほう” が面白がる、「働かないおじさん」問題《週刊READING LIFE vol.121「たとえ話で説明します」》


2021/03/29/公開
記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
ここのところネット上で “働かないおじさん” 問題が議論されているのをよく見かける。
この単語、はじめ目にしたときは「よくこんな言葉思いついたものだ」と感じた。
 
会社勤めをしていた時、確かに私も「この人は一日いったい何の仕事をしているのだろうか……?」と疑問に思うようなおじさんに出会ったことはある。
友達と飲んでいて「全然仕事しない人がいてさ」なんて愚痴を聞いたことも一度や二度と言わず、何度もある。
確かに “働かないおじさん” 、いるな。
言い得て妙とはこのことか。
でもなんだか、ちょっと引っかかる気がする。

 

 

 

働かない人(もっと正確に言うと、周囲と比べてさぼっている人)というのは、組織の中に一定数いるものなのかもしれない。
“働きアリの2割は実はさぼっている”
という話がある。
アリを観察してみると、100匹いた場合、20匹は良く働き、60匹はそこそこ働き、残りの20匹はさぼっているという法則だ。
その後、良く働く20匹だけを取り出してそのアリたちをさらに観察すると、100匹いた時にはよく働いていたはずなのに、20匹の中でもやはり2割はさぼるようになってしまい、一定の数が集まるとこの法則が成り立つということらしい。
人間世界でも同じ原理が適用されるというのは知られている考え方で、その考え方でいくと “働かないおじさん” が出現してしまうのも致し方ないのかもしれない。
 
けれどこうも思った。
働かないのはなにも “おじさん” に限ったことではないのでは?
 
働かない “おばさん” の可能性もあるし、働かない “若手” の可能性もあるし、実際そのどちらも見たことがあるし、友人の誰それから酒の席で聞いた愚痴の対象は、おじさんもおばさんも、若者だったこともある。
むしろ、少し前まで「最近の若者は仕事をしたがらない。残業をせず定時で帰る」なんてことを嘆く言葉の方をネット上や自分の周囲でよく耳目にしたような気さえする。
別に働かないのはおじさんだけではないのだ。
“働かないおじさん” ではなくて “働かない人” で良いのでは?
おじさん、とした方がキャッチ―になるから、敢えてその言葉になったのか?
どうして、おじさんだけがこんなにも糾弾されるのだろうか?
“働かないおじさん” という言葉に納得感はあるものの、どこか引っかかるような気がした理由は、この辺りにあるのかもしれない、と思った。
 
単純に、見つかりやすいからなのだろうか。
職場にもよるだろうが、会社組織をぐるりと見渡してみると比率からしておじさんが多いというのは否めない。
団塊ジュニア世代と呼ばれる、第二次ベビーブームに生まれた人たちが今40代後半。
会社の中をぐるりと見まわしてみるとたくさんいるおじさん。
そのたくさんのおじさんの中で比べられて、周囲から「この人は他の人たちと比べて何をしているのか分からない」と思われると、めでたく “働かないおじさん” 認定されてしまうのだろう。
 
働かない “おばさん” も働かない “若者” だっているのに、おじさんだけこんなに抑圧されていいものなのだろうか?
これって、ハラスメントにはならないの?
 
似たような現象が、昔もあった気がする。
“オバタリアン” 。
今ではすっかり聞くことのなくなったこの単語は、この “働かないおじさん” と似たような表現なのでは無いだろうか。

 

 

 

“オバタリアン” というのは、1980年代後半から1990年代に流行した言葉で、厚かましく無神経な中年女性を指して使われたものだ。
例えば、噂話が大好きだったり、話すときの声が大きかったり、電話が鳴ると「ハイハイ……」と言いながら受話器を取ろうとする、といったようないわゆる “おばさん特有” と思われる要素を持つ中年女性のことを言う。
私が小学生だった約20数年前、近所で高らかに井戸端会議を繰り広げる女性たちを指して、父がこの単語を発しているのを聞いた記憶がある。
その語源は堀田かつひこ氏の漫画からきている。
1986年に公開されたアメリカのゾンビホラー映画の『バタリアン(邦題)』。
堀田氏は、おばさんの図々しい生態を描いた四コマ漫画のタイトルに、このゾンビホラー映画のタイトルをもじって『オバタリアン』とつけた。
その漫画が人気になり、テレビアニメ化し、この言葉が流行したそうだ。
“おばさん” + “バタリアン(ゾンビ)” = オバタリアン。
改めて見てみるとだいぶ失礼な表現であるような気がするが、その当時は “ハラスメント” なんて概念は一般的ではなかっただろうし、SNSも無い時代なので「セクハラだ!」なんてことにもならなかったのだろう。
男女雇用機会均等法が施行されて間もない頃、まだまだ女性の社会的な地位は低かったのではないだろうか。
もしかしたら “オバタリアン” と呼ばれて嫌な思いをしても、それを声に出して言えない女性もいたかもしれない。
けれど、一方で「確かに、こんなおばさんいるわ」と思うのも事実。
あるあるを上手く表現している、だからこそブームになったのだろうけれど。
厚かましく無神経なおじさんだっているけれど、このときはおばさんだけが “オバタリアン” と揶揄されて面白おかしく語られた。
今思い返してみると、これは立派なおばさんハラスメントだったと言えるだろう。
 
ここのところ、ハラスメントや差別・蔑視発言だ! と世間から糾弾されるニュースをよく目にするけれど、その中でなぜか “働かないおじさん” は皆から面白がられ、楽しんで語られる単語になっている。
今ではすっかり耳にすることが無くなってしまったけれど、 “オバタリアン” も世間から面白がられて使われる言葉になった。
なぜだろう。
 
“働かないおじさん” も “オバタリアン” も少なからず侮蔑の意味が込められているように感じる。
会話に上るときには
「あの人オバタリアンだよね(笑)」
「あの働かないおじさんがさ(笑)」
というように、語尾に小ばかにしたような(笑)がついているニュアンスで語られる印象がある。
これも、言われた相手が嫌な思いをすれば立派なハラスメントになるはずだ。
 
けれど、大勢の人が「あるある!」と納得したことによって、この表現はみんなが面白がって語るような言葉として広がっていったのだろう。
たくさんの、おじさん “じゃないほう(自称)” の人たちが、「あー、そういう人いるよね(笑)」と語りはじめれば “働かないおじさん” は今話題の言葉、そうでなければ「それは差別だと思います」と批判されるような表現。
この差って紙一重なのではないか。
たくさんの人が「確かに、いるいる(笑)」と思えば、世間一般に認められる言葉になるのだろうか?
最近の、ハラスメントの問題としてやり玉にあげられていることは冗談では済まされなくて、 “働かないおじさん” はジョークとして扱われる。
この差ってもはや、世の中のなんとなくの空気に任せられているだけなのではないか。
「今なら、おじさんだったら叩いても大丈夫かも」
というなんとなくの空気感で、その危ういバランスの上で話題になっている言葉なのではないだろうか?
そもそも、 “働かないおじさん” も “オバタリアン” も本人にその言葉が届くことなく、いわゆる陰口としてこそこそ言われるような言葉なので、言われている本人の耳に届かず反論する余地が無い、ということも言えるだろう。
“働かないおじさん” や “オバタリアン” のことについて話をする人たちは、自分たちは “じゃないほう” だと思って話しているし、その対象がいないところで話をするからそもそも炎上することが無い。
考えてみると、公になっているにも関わらず、実に巧妙な陰口だ。
 
“働かないおじさん” の指す意味に少なからず納得感を抱いたのは、そもそも私がおじさんではなかった、 “じゃないほう” だったからなのかもしれない。
けれども、この言葉から少しの違和感を抱いたのは、最近メディアを賑わせているハラスメント問題に、この言葉は触れることはないのだろうか? これっておじさん差別では無いのだろうか? という疑問を持ったからなのかもしれない。
 
ハラスメントって難しい。
自分は侮辱するような気持ちで言ったんじゃない、ちょとした冗談のつもりだった、と言っても相手が傷ついたりすればそれは立派なハラスメント。
それをジャッジするのは自分ではなく周囲の人々、世間の目。
「わたしは “じゃないほう” だから」「なんか盛り上がってるし」と言って面白がってなんでも揶揄していると、いつの間にか「それはハラスメントだ」と糾弾される側に回っているのかもしれない。
そして、 “じゃないほう” のつもりで語っていた言葉が、実は自分を指す言葉だった、とある時突然気付くこともあるかもしれない。
自分が本当に “じゃないほう” なのかどうかだって、自分ではなく周囲の人々が判断することなのだから。
 
自分は “じゃないほう” だと思っていたけれど、実は「あいつ本当働かないよね(笑)」と周囲の人から思われていたなんてことが、私の知らない過去としてあったりするのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。
 
Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。
 
興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-03-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.121

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