週刊READING LIFE vol.127

通じない。通じる訳が無い。しかし、何とか通じて欲しい。《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》


2021/05/10/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「山田さん。お借りしたDVDですが、パッケージにBディスクが入ってないのですが」
ギリギリ20世紀生まれの知人から、私はそういう、電話を受けた。私は、話の内容が掴めず、頭上に“?”を3本程立てていた。
「すまん。全く意味が解らんのだけれど」
と、私はそのままの感想を告げた。すると若い友人は、
「あのですね、初めはちゃんと始まったんですよ。でもですね、丁度半分位のところで、映像が終わったんですよ。それで、後半部分のディスクが入ってないんですよ」
と、泣きそうな声で答えてきた。
それもそうだろう。物を異常な位大切に扱う私は、他人(ひと)に物をプレゼントするのは好きだが、滅多なことでは他人に自分の物を貸すことは無い。
ましてや、映画フリークとして周囲に認められている私から、映画のDVDを借りることが出来たのだから、それは嬉しかったことだろう。何しろ私は、その友人から見れば親の歳を通り越して、祖父母の方が近いかもしれないからだ。
 
私がお貸ししたのは、映画『ライトスタッフ』のセルDVDだ。
1983年に製作されたこの映画は、193分の長編作品だ。当時は未だ、映像配信の発想自体が無い時代だ。ソフトを販売するにしても、精々ビデオテープだったので、現代の様にDVDやBlu-rayのディスクに納まる様、作品の時間を調整する等と考えもしない時代だった。
長編で作られた『ライトスタッフ』のDVDソフトは、1枚のディスクでは収まらなかった。通常なら、作品を全編・後編に分けて2枚のディスクにするのだが、どういう訳か私が買い求めた『ライトスタッフ』には、ディスクが1枚しか入っていなかった。その代わりDVDには珍しく、ディスクの両面に焼かれていたのだった。
アナログ世代の私にとって、ディスクの両面を使うことに何の疑問も無かった。市販されていたレコードは、全て両面が有ったからだ。
若者からの質問に、合点(がてん)がいった私は、頭上の“?”に代わって“!”が3本立っていたことだろう。
 
私は電話口の若者に、
「ディスクを裏返してデッキに入れてみな。それで、映るから」
と、答えた。電話口で若者は、
「裏返してって……」
と、頭の上に“?”を立てた様な返答をした。
私は加えて、
「だからさぁ、その映画は長いから一枚には収まらんのよ。それで、裏面にも
焼いてあるのさ。レコードみたいに」
と、懇切丁寧に説明してみた。すると、
「……」
若者は完全に、言葉を失っている様だった。多分、頭は混乱し頭上には“?”が5本も6本も立ってしまったことだろう。デジタルネイティブな若者には、アナログ独特の両面ディスクが想像すら出来なかったのだろう。
私は、無邪気な若者を混乱させてしまい、暫し罪悪感に苛(さいな)まれた。
それでも、DVDディスクの裏面を『B面』と言わなかったことが、せめてもの救いだった。
 
そういえば、ソフトのデジタル化が始まって40年も経とうとしているのだ。
アナログな表現は、通じない。通じる訳も無い。
 
今年の4月に入り、束の間の緊急事態宣言解除期間に『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』(別冊ステレオサウンド・株式会社ステレオサウンド刊)と題されたムック本が、書店の店頭に並んだ。それも、結構な量が。特に、新宿の大型書店や、普段はこうしたムック本の様な趣味系の書籍を多量に仕入れることは無いであろう東京駅前の書店は、平積みの高さが尋常ではなかった。珍しく、ポスターだって貼っていた。
それもその筈、そうした書店には、多くのオッサン達が行き易いからだ。そして、『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』は、私の様なオッサン世代が挙(こぞ)って買い求めそうな本なのだ。
 
『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』は、表紙に記載が在る通り、今から40年前1981年にリリースされた、大滝詠一のアルバム『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』を解読する本だ。
40年前、丁度、学生だった私達の世代にとって『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』は、エポックメーキングなアルバムだ。何故なら、40年前に学生だった狭い世代にしか、共感されることが無いと思われるからだ。
当該世代から見ると理由は不明だが、曲調や歌詞のリズム感がバブル以前のクラシカルな世情と、その最先端のファッショナブルさを感じるからだろう。
また、この所謂(いわゆる)“ロンバケ世代”には、共通する言語が在り、確認しなくとも共通する認識がある。
 
“ロンバケ世代”にとって、“エーちゃん”といえば大滝詠一の“詠ちゃん”を指す。日本人の大多数が想像する、‘矢沢永吉’の“永ちゃん”では無い。“ロンバケ世代”は、マイノリティなのだ。
マイノリティの自覚が有るからこそ、結束力が強く、世代共通のこだわりも強い。
例えば、“ロンバケ世代”が集まってカラオケをすると、決まって誰からともなく『詠ちゃん縛り』が提案される。
そしてBOXに入るなり、
「やっぱ、初めは『君天』だな。誰、唄う?」
と、もはや符丁(隠語)にしか聞こえない会話が飛び交うものだ。
因みに、『詠ちゃん縛り』は、大滝詠一が唄っていなくとも、楽曲提供されたものも含まれるのだ。代表的なものでは、小林旭の『熱き心に』や吉田美奈子他の『夢で逢えたら』が在る。
また、『君天』という何かの天麩羅みたいな言葉は、大滝詠一の代表作で『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』の一曲目に収められている『君は天然色』を指す。盟友・松本隆の詞に詠ちゃんが曲を付けたものだ。数々のCMやBGMとして使用されているので、イントロさえ聞けば誰もが、
「あっ! この曲のことか」
と、気付くことだろう。
 
“ロンバケ世代”以外の方々が‘ロンバケ’と聞いて先ず頭に浮かぶのは、テレビドラマの『ロングバケーション』(1996年、山口智子・キムタク共演)だと思う。勿論、このドラマの発想は、詠ちゃんの『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』から来ている。
それは、ドラマ『ロングバケーション』のプロデューサーや脚本家が、全て“ロンバケ世代”で占められていることでも理解出来る。
また、『ロングバケーション』の翌年に放映された、『ラブジェネレーション』(松たか子・キムタク共演)では、詠ちゃんが主題歌『幸せな結末』を自ら唄い提供している。
 
『ロングバケーション』や『ラブジェネレーション』が放映されたのは、20世紀最後の時代で、世の中が一気にデジタルに移行していった時代だった。
そして、日本のドラマにみられる様に、私達“ロンバケ世代”が世の中の中核に為った証明でもあった。それは同時に、“ロンバケ世代”が、先輩達によって作られ崩壊させた‘バブル’の後始末を押し付けられた時期だった。‘バブル’の恩恵は、殆ど受け取っていないのにだ。
しかも、世は“ロンバケ世代”が慣れ親しんだアナログから、デジタルへと移りつつあり、間もなくデジタル世代に取って代わられることが明白だった。
だから、アナログ最後の世代である“ロンバケ世代”は、ことのほかアナログを崇拝し、こだわり続けることに為るのだ。
 
奇(く)しくも“ロンバケ世代”のアナログへのこだわりは、『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』によって、表面化したといっていい。
何故なら、40年も経った2021年にたった一枚のアルバムが、一冊のムック本として再登場したからだ。
 
この『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』にも明記されているが、詠ちゃんの『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』は、1981年にアナログレコードとして発売された。“ロンバケ世代”は、我先にとレコード屋さんに走ったものだ。当時は学生街なら数軒、必ずと言っていい程レコードを専門に販売するショップが在ったものだ。最近は、見掛けないけど。
そして『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』は、日本初のCDシリーズの一枚として発売されることに為る。多分、代表的日本のポップス(Jポップ)と認識されたからだろう。
これにより、『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』は、我々“ロンバケ世代”にとって、最後のレコードとしてアナログへのこだわりと、初めてのCDとして新しいデジタルの扉を開く役目を担ってくれたともいえる。
「ステレオはレコードプレーヤーで十分」
と、考えがちな“ロンバケ世代”に、
「やっぱ、CDプレイヤーも買わないとな」
と、引導を渡してくれたようなものだからだ。
 
またこれは、“ロンバケ世代”の一回り程年長である詠ちゃん(1948年生まれ。ロンバケ発売当時33歳)は、同じ‘非デジタル・ネイティブ’の先輩として、アナログの味わいを『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』で指し示してくれたものも思われるのだ。
それは、CDのクリアな音も良いが、アナログに柔らかい音も捨てずに大切にしろよとの暗示にも思えた。
 
しかし、レコードも知らぬ若者に、アナログの味わいを知ってもらおうとしても、なかなか難しいものがある。
 
今回発売された、『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』に合わせて、私は『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』を聴き返してみた。多分、何千回目のことだろう。
一曲目を聞きながら、私は、アナログにしかない、デジタルには出来得ない特徴に気が付いた。
それは、デジタルの代表でもある電子書籍は、アイマスクの代わりには為らないということだ。紙の本は、昼間に寝転んで読書している最中、ふと眠く為ったらそのまま顔に乗せれば、丁度いい陽除けに為るのだ。
たいたい、電磁波が出まくっているタブレットは、顔に乗せるのは健康上危険だし、乗せたって直ぐに落ちてしまうことだろう。ましてや、陽向(ひなた)に電子機器をさらすことは、熱を持ってしまい故障の原因としかならない筈だ。
顔に乗せられるのは、紙の本の特権でもあるのだ。
 
それに、顔に本を乗せて転寝(うたたね)すると、寝ている間に本の内容が頭に入って来る様な気がするものだ。
少なくとも、良い夢を見られそうだし、寝起きも良くなりそうな。
 
そんなことを詠ちゃんと同世代の松本隆は、『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』の一曲目『君は天然色』の歌詞で、本を顔に乗せ転寝する描写を入れている。
詠ちゃんは、松本隆の描写を実にアンニュイな転調を使って表現している。
 
まるで私達“ロンバケ世代”に、心情をつなげとする様に。
 
“ロンバケ世代”の私は、両面ディスクも知らぬ若い世代に、如何にしてアナログの味わいを伝えたら良いのだろう。
詠ちゃんが繋いでくれたように、紙の本をアイマスクにして転寝する気持ち良さから伝えようか。
 
『大滝詠一 A LONG VACATION 読本』を読みながら転寝していた私は、心地よい起き抜けに、そんなことを考えてみた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th&39th Season連覇達成

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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