週刊READING LIFE vol.130

吉田栄作さんに学ぶ旅支度《週刊READING LIFE vol.130「これからの旅支度」》


2021/05/31/公開
記事:リサ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
若いころは、あちこち旅をした。友人と連れ立って、海外にもよく行った。
しかし、ここ十数年は、一泊で温泉旅館が定番だ。到着したとたん、お籠り宿でのんびり。浴槽からの景色が変わる程度のこれを、旅と呼ぶには、抵抗がある。
 
私は、なぜ、旅をしなくなったのか。
体調を理由にするにはまだ若いし、時間だって作れないというほどではない。
昔のようにアクティブになれなくなったことへの真っ先に浮かんでくる答えはズバリ、「疲れたくない」これに尽きる。
 
旅は楽しい。旅は感動を与えてくれる。でも疲れる。
あなたには、これから書くことと似たような経験がないだろうか。
 
旅は、初日からめちゃくちゃ疲れる。
特に、外国などは、その最たるものだ。
長い移動時間や時差ボケでぐったりしている身体にムチ打って、早朝に起きて、朝食もそこそこに世界遺産などに向かう。
遺跡、名跡などは郊外にあることが多いから、またまた長い移動を経て、だだっ広い現地を見学することになる。数キロにわたってゾロゾロと歩き、歩き終わってもまだ終わりじゃない。パックツアーの場合は、たいてい、街中の散策が待っている。ガイドさんに連れられて、さまざまなお店に立ち寄り、おみやげを物色するのだ。ガイドさんには、観光客の払った額にあわせて仲介料が入ったりするから、そう簡単に店から出してくれない。買いもしないレースの小物や焼き物の棚の前を、いったりきたりして時間をつぶすことになり、なんだかんだで、日に、普段の10倍くらいは歩く。
それならパックツアーをやめればいいのではと思うだろうが、それはそれで疲れる。
まず、英語圏以外の国では、私が旅をよくしていた昔は、地下鉄の駅名ひとつも間違えやすかった。ようやく乗った列車が、反対の車線だったり、特急だったりすることもある。
こういう時には不幸が重なる。あるとき、乗る列車を間違えて、車掌に戻る方法を聞くと、次の駅で、3番の車線に乗れと指示された。その駅に到着し、降りてホームを歩いていると、目的の3番ホームに、列車が入ってくる合図があった。乗り遅れてはなるまいと、必死に走って、ドアがしまる直前に乗り込んだら、なんと、また別の方面に向かう列車だった。つたない英語だと、通じているのかもどうかもわからないから、こういうことが多々起こる。
フリーで行動する場合、無事、目的地についたとしても、大聖堂などの大きな建物は、入り口が分かりにくい。1キロはあるだろうというような塀のまわりをグルっと一周して、ようやく入り口が見つかるということもままある。おまけに、中もやたらと広い。しかし、せっかく来たからにはなんとしてもぜんぶ観たいと頑張って、昼食を抜いたり、小走りでまわったりして、それを2,3か所こなすと、もはや何を観たのかわからなくなるほど疲労がたまってくる。
夕方になると、すでに、外で優雅に食事をとる元気もなくなっている。スーパーで買った寿司(海外でぐったりすると、なぜか和食が食べたくなる)をホテルにテイクアウトして、食べる。ほんとはそのまま寝てしまいたいのだが、予約したミュージカルなどのチケットを無駄にしないために、力を振り絞って出かける。しかし、劇場でイビキをたてて回りに注意される、といった具合だ。
 
体調のトラブルが発生すると、さらにやっかいだ。
 
バリ島で、こんなことがあった。
友人と二人での旅行だったが、一日だけ別行動をとり、スキューバダイビングに挑戦した。
海はきれいだったが、どこかの国の男性客がクラゲに刺され、ダイビングは途中で中止になった。参加した全員が、砂浜でウェットスーツを脱ぎ、短パンTシャツの状態で、しばらく足止めを余儀なくされた。
男性の太ももは、もう片方の3倍くらいに膨れ上がり、切断しなくてはならないのではないかと思えるほどだった。人間の皮膚は、こんなに伸びるのかと思うほど風船のようにパンパンで、本人も今にも泣きそうだった。しかし、現地のスタッフは、なにやら笑いながら電話で連絡をとると、私たちに「待て」といい、たばこを吸い始めた。
あの余裕の表情を、今でもうらめしく思う。
しばらくすると、バケツを持った男性が到着。中に入った大量の液体を男性の足にかけると、あれよあれよという間に、腫れていた太ももが小さくなった。
ここまでは、バリでの興味深い思い出ですませることができるが、その日の夜から、私は、極度の高熱に襲われた。
ショッキングなシーンに立ち会ったストレスからかもしれない。スキューバで身体が疲れていて、免疫力も下がっていたのだろう。発疹とひどい下痢に悩まされたことを思えば、バリの蚊によるデング熱だったとも考えられる。
日本から持参した薬は、解熱剤も風邪薬もなにひとつ効かなかった。ホテルの従業員が用意した薬と、パパイヤの葉の入った苦いジュースを毎時間のように勧められ、4日目に熱は下がった。
私がうなされている間、友人は、バリの伝統芸能ケチャを堪能し、レギャンビーチの夕日を観て、アボカドのクリームで全身エステを受けていた。
彼女にはなんの罪もない。しかし、おそろしいほどに私を完全に無視し、予定していた観光をすべてこなした。一緒に行動できない状況に苛立っていたのかもしれない。私の分はおみやげすら買ってこないマイペースぶりを発揮し、帰りの便でもほとんど話をしてくれなかった。
 
旅というものは、予定どおりに進まないばかりか、相手によっては人間関係すら壊しかねない。それならば、わざわざ短い休暇を使ってあちこち行って疲れることはない。お籠り宿で、温泉に浸かっているくらいがいい。いつしか、そんな気持ちが強くなっていった。
 
だから、コロナ禍で、世界中がリアルに移動できなくなったことについても、旅という観点からいえば、たいして落胆もしていなかった。
むしろ、ネットで、バーチャルツアーなるものがでてきたし、いずれ、オンラインの旅に参加するのも悪くないくらいに思っていた。
 
しかし、つい最近、そんな旅へのイメージを考え直したくなる出来事があった。
 
仕事で、吉田栄作さんにお会いした。
吉田栄作さんといえば、80年代に一斉を風靡した元祖トレンディ俳優で、歌手である。ラジオの収録現場に現れた今年52歳の吉田栄作さんは、当時とかわらない引き締まった身体に、サラサラヘア、Tシャツ、ジーンズ姿で、焼けた手首によく似合う皮のブレスレットをつけていた。
 
驚いたのは、見た目のオーラ以上の、気さくな性格である。仕事柄、芸能人に会うのだが、吉田さんはずば抜けて自然体だった。スタジオの技術スタッフともいつのまにか打ち解けて話していた。周りが、芸能人であることを忘れてしまいそうになるくらいだった。
 
吉田さんは、デビュー後すぐにドラマやシングルがヒットして人気絶頂に。しかし、その5年後、突然、日本の芸能界をやめ、単身アメリカへ行ってしまう。そのまま日本に残っていたら、たぶん、もっと多く主演をつとめ、ヒット曲を出し続けていたに違いない。
しかし、本人は、気づいていたそうだ。このままだと、人間ではなくなってしまうと。
ハリウッドを目指したのだと言われていたが、実のところは、自分を取り戻すための生活が一番の目的だったという。
「アメリカで、バイトしながら暮らして、ただの人間であることを実感して帰ってきた。今、思えば、それが旅のはじまりだったと思います」
帰国後、吉田さんは、アメリカと日本を行ったり来たりの生活をはじめる。
俳優業のかたわら、ギター一本で日本全国をまわり、リクエストがあれば、プライベートライブにも出演するという旅人のような生活を続けている。
「自分は、旅をしつづけるのがあってるんだと思います。旅先でも変わらない自分でいられるので、まったく苦になりません」
吉田さんは、どこにいても、週に3日は走る。さらに、どんな場所でもウエイトトレーニングを行う。
「ジムにはいきません。公園ですかね、鉄棒やうんていを使って、子供に交じって、筋トレします」
焼けている理由をさらに聞くと、
「日光浴です。毎日しています。今日もホテルの一階でコーヒーを作って、それを持って外へ出て、公園を見つけて、そこでゆっくり飲みましたよ」
という。
はじめての場所、はじめての土地で、変わらない生活ができるのだそうだ。
 
吉田さんの話を聞いているうちに、自分が、なぜ、旅をストレスに感じてしまうのか、その理由が少し分かったような気がした。
私は、期待してしまうのだ。旅をしている自分に。
せっかく行くからには、見たこともない景色や感動をたくさん味わって、見聞を深め、ひとまわり大きくなったり、リフレッシュしたりして帰ってこなければならないと思ってしまう。
出かける前にガイドブックをしっかり読んで、旅の行程をぎっしりとつめる。それに沿って行動しなければと頑張る。
しかし、旅先だからといって、昨日までの自分でなくなるわけではない。
日本のお寺すらたいして見て回らない私が、ヨーロッパで教会をいくつもめぐり、ほとんどプールにも入らない私が、慣れていないスキューバダイビングをしたら、疲れないほうがおかしい。
自分らしくない旅をするから、疲れるのだ。
かたや、吉田さんは、自分らしさを取り戻すために、旅をしていた。
自分のペースで楽しむという吉田さん流の旅の仕方ができれば、旅は、そんなに構えるものではないのかもしれない。
 
「僕は、これからの人生も、ズタ袋ひとつで旅をするイメージを持っています」と、吉田さんは言う。
旅の醍醐味は、なんといっても、一期一会の出会いなのだそうだ。彼は「またいつか会えたら」と笑ってスタジオを後にした。
 
思い返してみると、私は、人生という旅も、身構えてしまうタイプなのかもしれない。
同僚や友人が、さらっと新天地へと旅立っていく中、積み上げてきた経験やキャリアを手放せず、今の職場に必死にしがみついてきた。
人との関係も、長くつきあってきた仲間を大切にしたいほうである。大勢のパーティや、出会いの場は年々苦手になっている。
部屋の中には、ズタ袋ひとつで人生を歩くなんて、考えられないほどの荷物がある。写真やCD、本、洋服、旅先の思い出のグッズなどなど……
ひょっとしたら、それらの過去を持ちすぎて、もうこれ以上抱えきれないという心の現れが、冒険を遠ざけているのかもしれない。
また、これ以上の失敗を恐れるあまり、新しい経験にも 興味がなくなっているのかもしれない。
ズタ袋の中に入れなければならないものは、過去の思い出や、まだ見ぬ自分ではない。等身大の自分なのだと気づいた。
 
無理をせず一瞬一瞬を楽しむ、等身大の自分。
 
これからの旅支度には、それだけは忘れずに持っていきたい。
それさえあれば、疲れることへの恐怖から解放されそうな気がする。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
リサ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

立教大学文学部卒。地方局勤務
文章による表現力の向上を目指して、天狼院のライティング・ゼミを受講。「人はもっと人を好きになれる」をモットーに、コミュニケーションや伝え方の可能性を模索している。

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2021-05-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.130

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