週刊READING LIFE vol,99

いるよねー。「俺、変態だから」 って言う男《週刊READING LIFE vol,99「マイ哲学」》


記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
※この記事は、フィクションです。
 
 
「俺、変態だから」
まただ。この男もそれ言うんだ。
陽子は、驚いたふりをして、大きな声で言ってみる。
「やだー。なんなの急に」
男は、自信ありげに、ニヤリと笑ってまた言う。
「いや、マジで変態だけど、大丈夫?」
顔を近づけてくる。ちょっと汗の匂いがする。嫌だ。でも、ここは我慢。
「なによー。変態って」
陽子は、困ったような顔をしてみる。
「変態だよー。へ、ん、た、い」
得意のトークに持ち込んだぜ、と顔に書いてある。
あーあ。めんどくさい。と思いつつ、陽子もネタを引っ張りたくなってきた。
「浩一くん、マジで変態なの。あたしそういうの好きじゃない」
男が思う女性らしさを全開にして答えてみた。
「変態は変態でもね、陽子ちゃんの思う変態とは、ちょっと違うかなー」
きたぞきたぞ、ありがちな変態アピール。
「え、どういうこと?」
浩一は、ハイボールをグイッと飲んで話し始めた。
「俺なんかが変態なのはさ、仕事の話だよ」
ドヤ顔だ。完全にドヤ顔だ。あー、この感じか。
浩一は止まらない。
「俺なんかの仕事はさあ、プログラムの美しさにこだわるんだよね。一点の隙もない美しいプログラム。そこにこだわる変態なんだよ。わかるかなあ。
コードには、無駄があっちゃいけない。そして、パッとみて誰もが美しさを感じられなければならない。何がしたいのか、明確な感じなんだ」
浩一は、完全に世界に入っていた。
「音楽で言えば、ショパンのピアノ曲のような感じ、かなあ。そう、コードはアートなんだよね。だから、そこを汚すようなオーダーが入ると許せなくって。朝まで書いちゃうんだよね。コード。言ってみれば、俺は、里村浩一って
男は、美の奴隷。だから変態なんだよね」
陽子は、どう相槌を打ったものか、一瞬迷った。
が、考えるのがめんどくさくなって、こう言った。
「すごーい。浩一くんて、プログラマーだけど、アーティストってことなの」
燃料を投下することにしたのだ。どーん。
「陽子ちゃん、わかってるね。俺のこと。嬉しい。会社のみんなは、わからないんだよね。コードが美しくあるべき理由が。そう、俺はプログラマーで、アーティストで、だから孤独なの。でも、それがやめられない。だって、」
陽子は遮っていった。
「変態だからでしょ」
浩一は、驚いた顔をした。
「陽子ちゃんは、俺のこと、わかってくれるんじゃないかって思ってたんだよね。まじで嬉しいよ。俺とわかりあえるということは、」
間を置いて言う。
「陽子ちゃんも、変態だね。変態同士の出会いに乾杯しよう」
あー、完全に調子に乗せてしまった。陽子は慌ててスマホを見る。
「ごめん、あたしそろそろ帰らなきゃ。明日8時からリモート会議なの」
「えー。今夜はもっと飲めると思ってたのに」
「ごめんね。またタイミングいいとき、連絡するね、あたしから」
陽子は、席を立った。
「陽子ちゃん、また飲もうね、変態の会、しようね」
キモッ。まじでキモい。顔にでてしまったので、振り返らずに背中を向けたまま手を振った。
 
23時の東横線は空いていた。窓ガラスに映る陽子の顔は疲れていた。
まただ。またこのタイプだ。
気づくと地元のバーにいた。
「ねえ、どうして男って、自分のこと変態って言いたがるの」
本を読みながら静かに飲んでいた、隣のおじさんに話しかけてしまった。
おじさんは少し笑いながら、黙ったまま、うなずいた。
話してもいいよ、ということだろうか。
 
この前会った男も、自分のことを変態と言っていた。ひとつのことに没頭したら、食べるのも寝るのも忘れるんだと言う。特にフロイトの話になるとまるまる2日読み続けたらしい。
その前にデートした男は、ペドロアルモドバルの映画の変態で、彼の映画のワンシーンワンシーンを暗記しているんだという。
さらに前に会った男は、豆腐の変態で、全国の豆腐を食べ歩こうとして、今のところ、神奈川と東京で20軒の豆腐屋さんを制したのだと言う。
 
「なんか、中途半端なんですよね、男の言う、変態って。自分の哲学に酔ってるって言うか」
陽子は投げすてるように言った。
聞いてるんだか、聞いてないんだか、わからないおじさんが口を開いた。
「それは、君が中途半端だからじゃないかな」
まさかの言葉がでてきて、陽子はムッとした。
「はあ。私がですかあ」
「そう、君の相手は君をうつす鏡なんじゃないかな」
「うわー、おじさん、つまんないっすね。言わなきゃよかった」
陽子はがっくりきた。浩一の変態話に続いて今夜二度目のがっくりだ。
「いや、ごめんごめん。ていうか、いい人なんじゃないかな。男の変態話に
相槌を打ってあげるじゃないの」
「そりゃまあ、その場は聞きますよ。だって雰囲気壊したくないもん」
「でもね、その話、つまらないんだったら、言った方がよくないですか。つまらないって」
「えー。それは」
陽子は口ごもりながら、口を尖らせた。
「つまらないって、言ってあげないと、つまらないままだよ」
「そうですね。でも、気を悪くしちゃうかなって」
「気を悪くさせないでまで、その話につきあう必要ある?」
静かだったおじさんは、少し強めに語り始めた。
「ま、まあ」
「男はなんで、自分を変態って言いいたがると思う?」
「なんででしょうね」
「自分は、人とは違う、特別なんだ、って言いたいんだよ。でも、そう言ったら、うぬぼれと思われるでしょ。それをごまかすのに、変態って言うんだよ。
変態だって、ほめてほしいんだよ。だから、好きでもない男の変態話にのっかるのは、時間の無駄だって」
「たしかに、今日は時間を無駄にしたかもしれない」
「嫌われたくないか、時間の無駄か、どっちをとるかって話だね」
「そうですね。なんか、むかつくけど、そうですね」
陽子は繰り返した。
「ごめんなさい。なんか、説教っぽく聞こえちゃいましたか。申し訳ない」
おじさんは急にさっきの静かな感じに戻った。
「あ、いえいえ」
と言ってはみたが、陽子の口は、まだとがっていた。
「あのー、そこは、いえいえ、じゃなくて、本音で、むかついた、って言ってくださいね。って、これも説教くさいか。すみません」
さらにイラッときて、陽子は少し強めにまくしたてた。
「もう。マジでむかつく。説教なんだか、弱気なんだか、はっきりしてくださいよ、中途半端なおっさんだな、もう」
「あ、すみません。弱気でいきます。僕、中途半端な普通の男なんで」
あからさまに、しゅんとしたおじさんは憎めない感じに思えた。
「あははは。ありがとうございます。でも、なんかスッとしました。そうですね、変態じゃない、中途半端な男には、中途半端ってはっきり言います。
おじさんに毒を吐いたら、ちょっとスッとしました」
陽子に笑顔が戻った。
「じゃ、そろそろ中途半端な僕は帰ります。おやすみなさい」
男は、席を立った。
 
おじさんに手を振ると、陽子は一人で飲み始めた。
これからは、はっきり言おう。「そんな話つまんない」 って。
「変態、キモいし、興味ない」 って。
ハイボールをクーっと飲み干すと、隣の席に本が置いてあるのに、気づいた。
男の忘れ物だろうか。
 
眠れる美女。川端康成、と書いてある。
 
ロマンチックな題名の文豪の小説か。
おじさん、かわいいじゃん。
 
ページをめくった。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
詳しくは言えないが、わかったことがひとつある。
 
本当の変態は、自分を変態と言わないのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。クリエイティブディレクター。再就職支援会社の担当に邪険にされたのを契機に、キャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。500人ほどの相談を受ける。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-10-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol,99

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