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宇宙一わかりやすい科学の教科書

「ブラックホール」宇宙に開いた”時空の落とし穴”《宇宙一わかりやすい科学の教科書》


 

記事:増田 明(ライターズ倶楽部)

「ブラックホール」という実に奇妙で恐ろしい天体をご存知でしょうか?
遥か宇宙の彼方にポッカリと開いた、時空の落とし穴。近づくもの全てを飲み込んでしまう。一度飲み込まれたら最後、その穴から二度と出ることはできない。その穴はどれだけものを飲み込んでも一杯になることはなく、永遠に周囲のものを飲み込み続ける。
宇宙を舞台としたSF作品ではよく登場する、とても奇妙で恐ろしい天体です。この「ブラックホール」、架空の天体かと思いきや、実は現実に存在しています。
有名なのは、白鳥座の方角にある「白鳥座X-1」と呼ばれる天体です。白鳥座X-1は1970年代に発見され、人類が最初に発見したブラックホールとして有名になりました。
今では他にも数十個ほど、ブラックホールが発見されています。
 
ブラックホールは性質が珍しいだけでなく、その研究の歴史も珍しい流れをたどっています。天文学の世界では、普通は望遠鏡などで新しい天体が発見され、その後観測結果からいろいろと理論的な研究が行われます。ところがブラックホールの研究の歴史は、まったく逆の流れをたどっているのです。実際にブラックホールが観測された1970年代より50年以上も前に、理論的にブラックホールの存在が予言されていたのです。
 
ブラックホール研究の歴史は、あの20世紀最高の天才といわれる、かの有名な物理学者アルバート・アインシュタインから始まりました。1915年、アインシュタインは「一般相対性理論」という理論を発表しました。
 
相対性理論は、アインシュタインが作ったとても有名な物理理論です。その相対性理論は実は2種類あります。1つ目が1905年に発表された「特殊相対性理論」。2つ目がその10年後の1915年に発表された「一般相対性理論」です。
 
一般相対性理論は、重力に関する理論でした。
重力と言えば、かの有名な科学者アイザック・ニュートンの作り上げた「万有引力の法則」が有名です。質量のある物体同士は引き付けあう。地球は地球上にある物体を引っぱる。
地球上の物体が重力で引っ張られる現象や、地球が太陽の周りをまわる現象など、重力によって起きるあらゆる現象を説明できる法則です。
 
しかし実は「万有引力の法則」は完全ではないのです。万有引力の法則でも説明できない現象が、この世界にはいくつかあるのです。例えば、太陽の周りを回る水星の軌道が、ごくわずかですが、万有引力の法則で計算した軌道からずれているのです。
アインシュタインは、万有引力の法則では説明できない現象を説明するための、新しい重力理論として「一般相対性理論」を作りました。
その一般相対性理論から、ブラックホールの存在が理論的に導き出されたのです。
 
実は、ブラックホールの存在を導き出したのはアインシュタインではありませんでした。
それは、ドイツの天体物理学者カール・シュバルツシルトという人物でした。シュバルツシルトは、一般相対線理論の方程式を使って、いろいろと計算を行いました。その結果、とてつもなく奇妙な結論を導き出したのです。それはこんな内容でした。
 
とてつもなく高密度な物体があるとします。どれほどの高密度かを、地球を例にして説明してみます。例えば、地球の重さをそのまま変えずに、ギュウギュウと圧縮して押しつぶしていき、ビー玉の大きさくらいまでつぶしてしまったとします。地球と同じ重さをもったビー玉です。とてつもない高密度です。そのくらい高密度な物体を想定します。
 
物体の重さが重ければ重いほど、密度が高ければ高いほど、その物体は大きな重力を持ちます。今想定している、地球と同じ重さをもったビー玉ほどの高密度な物体は、とてつもなく大きな重力を持つことになります。
その重力で周りにあるあらゆるものを引っぱるようになります。光ですら引っぱられてしまいます。光は秒速30万キロメートルというとてつもない高速度で動いているため、普通はほとんど重力の影響をうけません。しかしこの超高密度の物体の周りでは、光ですら引っぱられます。
その物体に、一定の距離以上近づいてしまうと、あらゆるもの、宇宙一の速度を持つ光ですら、二度と抜け出すことができなくなってしまいます。
この「これ以上近づくと二度と抜け出せない領域」は、外から見ると真っ黒な球に見えます。色のある物体は、その色の光を出しています。本当に真っ黒な物体は光を一切出していません。「近づくと二度と抜け出せない領域」からは光すら出てくることができない、ということはその領域は、真っ黒な闇の領域として見えるのです。
その闇の領域に、あらゆるものが吸い込まれていき、中心にある超高密度の物体に吸収されていきます。シュバルツシルトは一般相対性理論から、超高密度の物体の周りでは、こんな奇妙なことが起きる、という結果を導き出したのです。
これは現在言われているブラックホールの性質そのものです。
 
シュバルツシルトはアインシュタインにこの結果を文書で送りました。アインシュタインは大変感心し、シュバルツシルトを称賛しました。相対性理論を作ったアインシュタイン本人も、自分の理論からこんな結果が導かれることは予想していなかったのです。
 
ここからブラックホールの研究が活発に行われるようになりました……ということには残念ながらなりませんでした。アインシュタインも、シュバルツシルト本人も、ブラックホールは理論の中だけの話だと思っていました。実際にブラックホールが存在するとは夢にも思っていなかったのです。
そう思うのも無理はありません。ブラックホールができるためには、想像を絶するほどの超高密度の物体がなければなりません。先ほど説明したように、地球と同じ重さのビー玉くらいの密度が必要です。そんな超高密度の物体が実際にあるはずがない、誰もがそう考え、真面目にブラックホールの研究を行おうとはしなかったのです。
 
しかし1930年代以降になると、思わぬところからブラックホールが科学の世界で話題に上るようになります。
その頃、天文学や物理学の世界では、星の一生の研究が盛んに行われていました。宇宙には、太陽のように自分で燃えて光り輝く「恒星」という星がたくさんあります。
恒星はなぜ燃えるのでしょうか? 恒星は水素を燃料として「核融合」という核反応を起こし、そのエネルギーで燃えているのです。しかし燃料の水素には限りがあります。そのため恒星はいつか燃料切れを起こし、燃え尽きてしまうのです。太陽はあと50憶年で燃料切れになり、燃え尽きると言われています。
 
さて、燃料切れを起こした恒星はいったいどうなるのでしょうか。恒星は燃料切れを起こすと、どんどん小さく縮んで潰れていってしまうのです。なぜ縮んでしまうのでしょうか?
恒星は太陽のように、とても巨大な星です。巨大なのでとても重いのです。例えば太陽は地球の約33万倍の重さがあります。そのため自分自身の重さで、中心に向かってつぶれて縮んでいく力が、常に働いています。燃料があるうちは、燃料が燃えることで外側に向かって膨らむ力が働き、自身の重さで縮む力を止めています。そのためつぶれてしまうことなく、星としての形を保っていられるのです。
ところが、燃料切れを起こすと、外に向かって膨らむ力がなくなってしまうため、自身の重さで縮む力を止めることができず、どんどん縮んでつぶれていってしまうのです。
しかし限りなくつぶれていくわけではありません。ある程度までつぶれ、高密度な状態になると、原子同士が極めて近づいたときに働く「原子間の反発力」によって、縮む力が止まります。この時、恒星は元の大きさに比べてとても小さくなっています。
例えば、太陽が燃料切れになりつぶれた場合を考えてみます。太陽は元は直径140万キロメートルありますが、それが1万キロメートル程度まで縮みます。密度でいうと角砂糖一個の体積で1トン以上になります。とんでもなく高密度です。この潰れた高密度な星は、「縮退星」と呼ばれています。「縮退星」は実際に宇宙でいくつも観測されていました。当時は恒星が燃料切れになると、全て「縮退星」になると考えられていました。
 
この、潰れた高密度な星の話を聞いて、何か思い出しませんか? そうです! シュバルツシルトが導き出した、ブラックホールの中心にある超高密度な物体。それによく似ているのです。
しかし残念ながら、この「縮退星」も、ブラックホールを作るほどの高密度にはならないのです。惜しいところまでは行っているのですが、まだ密度が足りていないのです。
そのため、やはりブラックホールは現実には存在しない、と考えられていました。
 
しかし研究が進むにつれて、太陽の30倍以上の重さを持つ巨大な星が燃え尽きると「縮退星」にならないということがわかってきました。「縮退星」は、原子同士がとても近距離まで近づいたときに働く「原子間の反発力」によって、自身の重さで縮む力を止めているのでした。太陽より30倍以上重い天体の場合、その「原子間の反発力」よりも、縮む力の方が大きくなることが計算上分かったのです。
 
そのため「原子間の反発力」では支えきれなくなってしまうのです。こうなってしまうと、自身の重さで縮む力を止めるものは、もう何もありません。そのため「縮退星」よりもさらに小さく高密度につぶれていってしまうのです。最終的にはブラックホールに必要なほどの超高密度まで縮むということが、ついに理論的に証明されたのです。
 
これはたいへんな結果でした。今まで実際には存在しないと思われていたブラックホール。それが現実に存在するかもしれないのです。この結果は大きな論争を巻き起こしました。やはりブラックホールは実在するんだ! と言う科学者。一方で、まだ信じられない! と言う科学者。様々な意見が飛び交いました。
 
そうこうしているうちに、宇宙を観測する技術はどんどん進歩していきました。
 
1970年代に入ると、X線という電磁波を観測する技術が出てきました。X線とは、光よりもエネルギーの高い電磁波のことです。普通の光とは違って人間の目には見えません。宇宙にある恒星は、光だけでなくX線も出しています。そのためX線を観測することで、望遠鏡で光を観測する以上の情報が得られることがあります。X線で宇宙を観測する実験が盛んにおこなわれました。
 
ある時、白鳥座の方角から飛んでくるとても強いX線が観測されました。しかもそのX線は、常に強さが激しく変化していることがわかりました。これはいったい何なのでしょうか? 普通の恒星が出すX線は、これほど強さが激しく変化することはないのです。どうやら恒星以外の何かがX線を発しているようです。このX線を発する何かは「白鳥座X-1」と呼ばれました。
 
「白鳥座X-1」の詳しい調査が行われました。するとそのX線が出ている領域近くに、太陽の30倍もある巨大な恒星が見つかりました。しかもその巨大恒星は、とても奇妙な動きをしていたのです。どんな動きかというと、約5日の周期で、何かの周りをグルグルと回っているような、そんな動きをしていたのです。まるで地球の周りを回る月のような感じです。
宇宙では、二つの天体が近づくと、お互いの重力の影響を受けて、月と地球のように、一方の天体がもう一方の天体の周りをグルグル回ったり、お互いがお互いの周りをグルグル回ったりします。白鳥座にあった巨大恒星は、まるで何か巨大な重力を持つ天体の周りをグルグルと回っているように見えたのです。この巨大恒星をグルグル振り回している謎の天体、とてつもなく強い重力を持っているはずです。普通ならこれほどの重力を持っている天体は、明るく光り輝いて見えるはずです。しかしいくら観測しても、存在するはずの謎の天体の姿は見えないのです。
 
巨大恒星の動きから計算すると、その謎の天体は太陽の15倍程度の重さがあることがわかりました。さらにX線が出ている領域の広さから、謎の天体の大きさを推定したところ、かなり小さな天体だということがわかりました。太陽の15倍もの重さでありながら、とても小さいのです。もしかしてこの謎の天体の正体は、ブラックホールなのではないか?
 
さらに調査を進めていった結果、その重さと大きさから、計算上、謎の天体はブラックホール以外にはありえない、ということがわかってきたのです。
さらに、その天体が発する強いX線の正体もわかってきました。巨大恒星の表面のガスが、その天体に吸い込まれながら、高速の渦巻を作っていると考えられるのです。高速回転するガスは、高温になり強いX線を出すことが知られていました。「白鳥座X-1」から出ていた強いX線の正体は、これだったのです。
 
これらのことからついに、白鳥座X-1にある姿の見えない謎の天体は、ブラックホールである、と結論づけられたのです。
 
こうして、人類は初めて実際にブラックホールを発見したのです。アインシュタインとシュバルツシルトがその存在を予言してから、50年以上がたっていました。
あまりに時間がたっていたため、アインシュタインはすでに亡くなっており、ブラックホールの発見に立ち会うことはありませんでした。シュバルツシルトはどうだったのでしょうか? 実はシュバルツシルトは、ブラックホールの存在を導き出した翌年、1916年にこの世を去っていたのです。
 
当時は第一次世界大戦の真っ最中でした。シュバルツシルトはロシア戦線に従軍していました。その戦線の真っ只中で、シュバルツシルトはブラックホールの存在を導き出し、アインシュタインにその内容を送っていたのです。シュバルツシルトの論文は、そのすばらしい内容に感心したアインシュタインが、代理として学会に提出し、世に知られることになったのです。残念ながら、シュバルツシルトが戦場から物理学の世界に戻ってくることはありませんでした。
 
シュバルツシルトがブラックホールの存在を導き出したのは、一般相対性理論の発表からわずか一ヶ月足らずだったそうです。シュバルツシルトはとんでもない天才だったのです。
しかしその天才も大きな時代の流れに翻弄され、戦場で生涯を閉じることになってしまいました。あまりにも惜しく儚い天才の最後でした。
 
シュバルツシルトは従軍中、どのような気持ちで論文を書いていたのでしょうか? 厳しい戦場の中で不安を抱えながらも、まったく新しい物理の世界が切り開かれていくことに、ワクワクしながら書いていたのかもしれません。
 
シュバルツシルトが戦場で孤独に研究を続け、導き出したその結果は、数十年の時を経て、遥か宇宙の彼方の歴史的な大発見に繋がったのです。
 
このことは私達に、人間の儚さと共に人間の持つ大きな可能性をも感じさせてくれます。短く限りある人の一生。しかしその中で成し遂げたことは、時間と空間を超え、いつまでも生き続けていくのかもしれません。

 

【参考文献】

「ブラックホールをのぞいてみたら」 大須賀 健 角川書店(2017)
「巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る」 本間希樹 講談社(2017)
「ホーキング、宇宙を語る」S・W・ホーキング 林一訳 早川書房(1989)
「X線で暴く近接連星の中に潜むブラックホール」 吉田鉄生 馬場亮輔 JAXA(2010)

❏ライタープロフィール
増田 明
神奈川県横浜市出身。上智大学理工学部物理学科卒業。同大学院物理学専攻修士課程修了。同大学院電気電子工学専攻修士課程修了。
大手オフィス機器メーカでプリンタやプロジェクタの研究開発に従事。

父は数学者、母は理科教師という理系一家に生まれる。子供の頃から科学好きで、絵本代わりに図鑑を読んで育つ。
学生時代の塾講師アルバイトや、大学院時代の学生指導の経験から、難しい話をわかりやすく説明するスキルを身につける。そのスキルと豊富な科学知識を活かし、難しい科学ネタを誰にでもわかりやすく紹介する記事を得意とする。

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