宇宙一わかりやすい科学の教科書

決して解けない「神が仕掛けた世界最大のミステリー」~量子力学の謎~《宇宙一わかりやすい科学の教科書》


 
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記事:増田 明(READING LIFE 公認ライター)

 

子供の頃、退屈な授業中によくこんな妄想をしていました。

今、僕は席に座って黒板を見ている。背後には他の同級生達が座っている。背後なのでその姿は見えない。
今、本当にその同級生達はいるのだろうか? もしかして僕が前を向いている間、その同級生達はいないかもしれない。背後にはわけのわからないドロドロとしたモノが広がっていて、僕が後ろを振り返った瞬間、そのモノは急いで同級生達の姿に戻るのだ。

私以外にも、こんな妄想を一度くらいしたことがある人はいませんか?
世界は自分が見ている所だけ存在していて、見ていない所は存在していないかもしれない、なんて。

もちろん、そんなことあるわけないってことはわかっています。
自分が見ていても見ていなくても、世界は存在している。そんな妄想みたいなことはない。

しかし、実はこの妄想は100パーセント間違いだとは言えないのです。
普段生活している世界では、こんなことは起こりませんが、とても小さなミクロの世界では、これに似たことが起こっているのです。

小さなミクロの世界を扱う「量子力学」という理論があります。
「量子力学」はいろいろな科学技術の基礎となっています。例えば、スマホやパソコンなどの電子機器に使われる「半導体」という部品があります。それは「量子力学」を基礎とした技術で作られています。
「量子力学」は現代文明を支えている、とてもとても重要な理論なのです。

ところがこの「量子力学」、よくよく学んでみると、とても奇妙な理論なのです。まるで私の子供の頃の妄想のような、そんな摩訶不思議な理論なのです。

「量子力学」を学ぶと、誰もがそのあまりの奇妙さに混乱します。
私は大学で物理を学んでいましたが、やはり「量子力学」でつまずきました。他の学生達も多くが「量子力学」でつまずいていました。「量子力学」は、いくら勉強してもどうにも奇妙で納得がいかないのです。

実は学生達だけではありません。「量子力学」を大学で教えている先生も、心から納得はしていないのです。先生どころか、かつて「量子力学」を作り上げた天才物理学者達も、実は本当のところは腑に落ちていない。納得はしていないのです。

これだけ様々なところで使われ、現代文明を支えている量子力学。しかし、その根本を本当に理解し、納得している人は、実はこの世に一人もいないのです。
いったいどういうことなのでしょうか?

実は量子力学には「神が仕掛けた世界最大のミステリー」がひそんでいるのです。
ここでは、そのミステリーの世界をご紹介したいと思います。

 

❏電子の謎~電子は「粒」なのか「波」なのか?


量子力学は、20世紀初頭に作られました。
その頃、物理学の世界では、「電子」という電気を帯びた小さな「粒」が発見されていました。「電子」はあらゆる物質に含まれています。私達が普段使っている電化製品、それに流れる電流も「電子」という小さな「粒」がたくさん移動していると説明できます。

しかし、その電子はある実験を行うと、とても奇妙な結果を出すことがありました。それは、「粒」のはずの電子が「波」のように振る舞うことがある、という結果です。「波」のように振る舞うとはどういうことでしょうか?

世の中には様々な「波」があります。例えば、水の波、空気の波である「音」、あとは「光」も波です。

「波」には「干渉」という面白い性質があります。
シャボン玉の表面に、きれいな虹色のしま模様を見たことがあるでしょうか? または貝殻の表面や、鉱物の表面に虹色のしま模様を見たことがあるでしょうか? このしま模様は「波」である光が「干渉」してできているのです。

簡単にいうと、光の波がシャボン玉の表面などにぶつかり跳ね返ります。
跳ね返った光の波が複数重なると、互いに強め合ったり弱め合ったりして「干渉」し、しま模様をつくるのです。

その「干渉」が「粒」であるはずの「電子」でも起きるというのです。

その奇妙な現象は、こんな実験で観測できました。
特殊な鉱物と、写真フィルムのような働きをする板を用意します。
そして鉱物の表面にたくさんの電子をぶつけて、跳ね返らせます。跳ね返った電子は、セットしてある写真フィルムのような板にぶつかります。その板は、電子がぶつかった場所に白い跡がつくようになっています。そのため、どこにどれだけ電子がぶつかったのか見てわかるようになっているのです。
実験の結果、その板に「干渉」したようなしま模様ができるのです。

いやいやちょっとまてよ、電子は「粒」のはずだ。「粒」のはずの電子が「波」のように「干渉」するはずないじゃないか! なにか実験に間違いがあるんじゃないか?

20世紀初頭、量子力学が作られた時代の科学者達は、そう思いました。しかし、実験に間違いはありませんでした。

これは実に奇妙な結果です。これではまるで電子は「粒」であると同時に「波」であるということになってしまいます。しかし、そんなことはありえないはずなのです。

なぜなら「波」と「粒」はまったく別ものだからです。
「粒」は丸いピンポン玉のようなもので、空間のある一点にだけ存在します。一方「波」は、池に広がる波を想像してもらえればわかりますが、ある場所からある場所まで広がって存在できます。「粒」と違って、ある一点にだけ存在するのではなく、広がって存在します。

「粒」でありながら「波」であるなら、ある一点にだけ存在しながら同時に広い範囲に広がっている、ということになります。まるで一つのピンポン玉が、卓球台の真ん中にありながら、同時に卓球台の端にもある。一つのピンポン玉が分身の術を使って、卓球台に広がって存在している。そんなわけのわからないことになってしまいます。

 

❏神が仕掛けた世界最大のミステリー


この謎を解くため、次のような実験が行われました。
先ほどの、電子を鉱物にぶつけて跳ね返らせる実験で、より詳しく電子を観測するのです。
今までは、跳ね返ってきた電子を観測するだけでした。実験装置を改良して、電子が鉱物にぶつかるところも観測するようにします。そうすればどうして電子が「波」になってしまうのかがわかるはずです。

しかしそこで実験者達は、物理学史上、いや人類史上最大の「神が仕掛けた世界最大のミステリー」に出会ってしまうのです。

なんと電子を詳しく観測するようにしたとたん、電子から「波」の性質が消えてしまうのです。なんと以前の実験で観測された、電子のしま模様が出なくなってしまうのです。電子はただの「粒」として振る舞うようになってしまうのです。

これはいったいどういうことでしょうか? まるで電子は、人が観測しているかどうかを知っているかのようです。まるで、人が観測していると「粒」になり、人が観測していないと「波」になる。そんな振る舞いをするのです。

これではまるで、子供の頃に私が授業中に妄想していたことが、現実に起こっているようなものです。見ている時だけちゃんとした「粒」の形になり、見ていない時は「波」のように広がっている、ということが現実に起こるのです。

読者の皆さんはこう思うかもしれません。
いやいやいや、何かの例え話としてそういう説明をしているだけで、本当は違うんでしょ? ただ説明が難しくなるから、わかりやすいようにそういう説明をしているだけなんでしょ?
いや、そうではないのです。本当にこのように「電子」は振る舞うのです。この説明は正しいのです。本当にこれ以上の説明のしようがない、そんな現象が実際に起きるのです。

 

❏物理学の敗北


量子力学がまさに作られていた、20世紀初頭の研究者達も、もちろん納得ができませんでした。何か間違いがあるんじゃないか? 何かほかに納得のいく説明があるんじゃないか? かの有名な天才物理学者、アルバート・アインシュタインも、どうしても納得がいきませんでした。アインシュタインはこう言いました。

「神はそのように世界を作らないはずだ」

アインシュタインは、この世界はシンプルな法則で成り立っていると強く信じていました。神はきちんとした理論的な法則で世界を作っているはずだ。こんなわけのわからない法則で世界を作るはずがない! なにか別の真実があるのではないか!
しかしいくら考えても、この現象は他に説明のしようがないのでした。

このことは、それまでの物理学が作り上げてきた、アインシュタインが信じていたような、「理論的な法則で成り立つ世界」という物理の世界観、その敗北ともいえる出来事でした。この出来事は、物理学だけでなく当時の哲学や文学、社会学、芸術など、思想界全体にも大きな衝撃を与えました。

当時は科学や経済が急速に発展していた時代でした。科学や経済の力で、いつか人間が世界の全てを理解し、コントロールできるようになる。人類はそんな傲慢な考えを持ち始めていました。その傲慢な鼻っ柱を、この出来事がへし折ってしまったのです。

アインシュタインは「神はそのように世界を作らないはずだ」と言いました。

しかし逆に、神はこの世界を作る時に、どうしも人間には理解できない、神だけが理解できるミステリーをわざと残したのかもしれません。人類の文明がこのミステリーに気がつくほどに進んだところで、一度調子にのった人類の鼻っ柱をへし折っていましめてやろう、そう思ったのかも知れません。

神の意図通り、科学者達は敗北を認めました。よくわからないけれど、この世界はこのような奇妙な仕組みになっているんだ、そう認めるしかありませんでした。

 

❏残り続けるミステリー


なぜこうなっているのか(WHY)のミステリーは残ったままでしたが、どのようになっているのか(HOW)の部分は研究を進めることができます。科学者達はそのHOWの部分、電子の「波」とはどのような性質をもっているのか、という研究に取り組みました。

研究の結果、この奇妙な性質は電子だけではなく、原子や分子などの他の小さな粒でも同じだということがわかりました。小さなミクロの世界では必ず起きる基本的な現象だったのです。

そしてその研究から、様々な科学技術が生まれました。その技術で電子機器の部品が作られ、スマホやパソコンなどを私達は使うことができるのです。その技術が、今の電子情報文明を支えているのです。

このミステリーが発見されてから、100年近くが経ちました。

現代の科学文明を支えている「量子力学」。しかしその根底には、今も誰も理解できない、大きな大きな「神の仕掛けた世界最大のミステリー」が残り続けているのです。

人類は、このミステリーを内に抱えたまま、これからもずっと走り続け、発展し続けていくのでしょうか。それともいつの日か、このミステリーが解け、全てがわかる日が来るのでしょうか?
それは今のところ、誰にもわかりません。このミステリーを仕掛けた神だけが、その答えを知っているのかもしれません。

 

❏ライタープロフィール
増田 明
神奈川県横浜市出身。上智大学理工学部物理学科卒業。同大学院物理学専攻修士課程修了。同大学院電気電子工学専攻修士課程修了。
大手オフィス機器メーカでプリンタやプロジェクタの研究開発に従事。

父は数学者、母は理科教師という理系一家に生まれる。子供の頃から科学好きで、絵本代わりに図鑑を読んで育つ。
学生時代の塾講師アルバイトや、大学院時代の学生指導の経験から、難しい話をわかりやすく説明するスキルを身につける。そのスキルと豊富な科学知識を活かし、難しい科学ネタを誰にでもわかりやすく紹介する記事を得意とする。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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