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週刊READING LIFE

処女だった私がセフレになろうか本気で考えた恋の話《週刊READING LIFE vol.1「自分史上、最低最悪の恋」》


 

記事:伊藤千織(ライターズ倶楽部)

 

私は自分の恋愛について語れるほど恋愛経験が豊富ではない。しかし、この先一生忘れられないだろうなという恋は確かにあり、それは私を人として大きく成長させてくれた最低な恋だった。

 

思えば私の勝手な思い込みからはじまった。向こうは私の好意を受け入れなかった。

 

「体だけならいいですよ」

 

そんな言葉を平然と言えてしまうくらい、私には魅力がなかったのだ。

 

4年前の夏、お盆の長期連休を利用して北海道へ一人旅をした。4日目、札幌のゲストハウスに泊まり、翌日札幌市内を観光する予定にしていた。
ゲストハウスに到着したのは夕方5時ごろだった。インターホンを押すと、男性がドアを開けてくれた。自分の荷物をベッドに置くと、私は夕食のためにすぐに出かける準備をした。スープカレーを食べようと思い、リビングでオーナーさんに近くに美味しいスープカレー屋さんがあるか聞いた。すると、リビングでくつろいでいた1人の男性が話に入ってきた。

 

「よかったら俺も一緒に行っていいですか」

 

私は戸惑ったが、1人より2人の方が寂しくないし、旅の道中で初対面の人と気さくに話すことに憧れもあった。よって、私はその人と一緒にでかけることにした。
オーナーさんオススメのスープカレー屋さんはススキノにあった。ゲストハウスから近かったため、私たちは歩いてお店に向かった。

 

聞くと、彼は大学生で私より2歳年下だった。就職活動が終わり、夏休みを利用して1ヶ月間、北海道の外周を自転車で巡る旅をしていたそうだ。また、彼は関西出身だった。当時私は大阪で仕事をしていたため、関西の話で盛り上がった。出身、趣味、仕事など、様々な話をした。

 

彼はとても気さくで話しやすかった。表情豊かで、声も抑揚があり、私は彼との会話が楽しかった。店の外で行列に並んでいる時も、ようやく席に案内されスープカレーを食べている間も、会話は途切れることなく続いた。彼との会話に夢中で、すっかりスープカレーは冷めてしまっていた。

 

お店を出てゲストハウスに戻ろうとしたとき、私は彼ともっと話をしたくて、帰りたくなかった。

 

「もう1軒行っちゃう?」

 

私はとっさに口にしていた。彼はこの言葉に乗り、ゲストハウスのオーナーさんに電話をし、近くにいいお店がないか聞いてくれた。するとススキノという土地のイメージにぴったりな、薄暗い狭いバーを紹介してくれた。
私も彼も、このようなバーに入るのは初めてだった。背伸びをしているような気分で、正直落ち着かなかったが、はじめての経験を共有できたように感じて楽しかった。

 

バーからの帰り、彼に明日はどこに行くのか聞いた。するとフリーだと言っていた。明日明後日と適当に観光して、その夜に小樽の港からフェリーに乗り関西に帰るのだそうだ。

 

「私、明日札幌市内観光するから一緒に回ろうよ。あと明後日私も小樽行くから、夕方から付き合ってよ」

 

私は彼を半ば強制的に誘った。彼との今日の会話の盛り上がりから、明日以降も付き合ってくれるはずだと思い込んでいた。彼は私の行こうとしていた場所に興味を示してくれ、ついてきてくれることになった。

 

翌日の朝、私たちは一緒にゲストハウスを出ると、まず北海道大学へ向かった。途中ゲストハウスの近くにある24時間営業のサンドイッチ屋さんでサンドイッチを買い、北海道大学の広場の草むらに座って並んで食べた。広場ではアカペラを練習している男女6人のグループがいた。なんだか青春っぽくて、その光景を見ている私たちもなんだか青春っぽいことしているなと思い、むずがゆかった。
その後大通公園を歩いたり、買い物をしたりして札幌を楽しんだ。途中カフェに入りゆっくりしていると、彼がおもむろに口を開いた。

 

「実は俺、明日誕生日なんですよね」
「え、そうなの!? だったら明日小樽でお祝いしないとね!」

 

私は完全にデート気分だった。この日は夜から札幌に住むいとこと会う約束をしていたため彼とは一旦別れたが、次の日彼と夕方から小樽で合流し、私は彼に誕生日祝いに夕飯をごちそうした。そして彼のフェリーの時間ギリギリまで一緒にいた。そこで、大阪でも会おうと約束した。

 

これが運命というやつなのかな、と思った。
当時の私はまだ誰ともお付き合いをしたことがなく、恋愛に対して憧れを抱いていた。友人に恋人とのなれそめを聞いたり、ドラマや漫画を見たりして恋愛の知識が増えても、現実では起こりえる気がせず私には恋愛というものがわからなかった。
しかし、この旅行中に彼と過ごせたことがあまりに楽しくて、こんなにスムーズな出会いってあるのかな、と私はすっかり心が踊っていた。
この流れって、恋愛に発展しそうな予感がしないか。これがいわゆる恋愛のはじまり方なんじゃないか。私は1人で舞い上がっていた。

 

北海道旅行から戻ると、その2週間後に私たちは大阪で再会した。居酒屋で飲みながら、たわいもない話をした。
話の途中、彼に私の仕事終わりに映画を観に行き、そのまま私の家で飲みましょうと言われた。私はいきなり家なのか、と思ったが、その場の空気に流されていいよ、と言った。
しかし家に帰ってから、まだ付き合ってもいないのに家に来たら順番を間違えてしまうかもしれない、順番は大事にしたいと思い直し、LINEで私の家で飲むのはやめよう、と彼にメッセージを送った。そして話題を変えるべく、彼に会社や学校の先輩後輩ではないからため口でいいよ、とメッセージを送った。すると、彼からこんなメッセージが来た。

 

「そんなこと言うなら、もう一つ関係深めましょうよ」

 

このメッセージを見たとき、私は凍りついた。関係を深めるって、どういうこと。そこは付き合う、じゃないのか。
嫌な予感がした。この予感をはっきりさせるために、私は質問をした。

 

「関係深めるって、恋人ということですか? 体の関係ですか?」
「想像にお任せします」

 

私は完全に年下に翻弄されていた。まさか彼にこんなことを言われるとは思わなかったし、言われる理由が全然わからなかった。WEBサイトで「付き合う前 宅飲み」「付き合う前 男女の仲」など言葉を組み合わせて検索しては、そこから恋愛に発展する可能性について必死に調べた。

 

「体の関係」というものが存在することは知っていたが、自分の身に降りかかるとは思ってもいなかった。確かに欲求はあるし、彼とそういう関係になりたいとも思っていた。しかし私にとってはじめてになるのだから、やはり気持ちはお互い100%でないと怖いという思いが強かった。
それを素直に言えばよかったのに、私は彼に好かれたくて、気持ちが離れてほしくなくて「あなたとならできるかも」なんて、つまらないセリフを送ってしまった。

 

私は都合のいい女に成り下がった。都合のいいセリフを吐いたかと思えば、これまで誰とも付き合ってこなかったから大切にしてほしい、それきりだったら恨むと思う、なんて独りよがりなコンプレックスを彼に押しつけ、私は面倒な女として彼の目の前に現れてしまった。

 

私は彼の言動にも自分の言動にもひどく落ち込んだが、腹をくくった。ここはもう、はっきりと自分の気持ちを言った方がいい。あなたと付き合いたいと思っている。それを言うために、私はまた彼と会うことにした。

 

その時は突然やってきた。彼と会い居酒屋で飲んでいると、彼に「今度そういうところ(ホテル)行ってみません?」と言われた。

 

「そういうこと言うなら私を彼女にしてくれないのかな」

 

私はついに言った。勇気を振り絞った。しかし彼は良い返事をくれなかった。

 

その時点で見切りを付けるべきだった。この段階で彼には私への気持ちなんて一切ないことはわかるはずなのに、彼の私に対する気持ちがまだわずかでもあるのではないかと信じている自分がいて、その場で断れずに悩んでしまった。

 

「再来週も一応予定あけているから、ホテルにいくかいかないか考えてほしいです。行かないのなら今後もう会うことはないと思います」

 

どうしてこうなってしまったのだろう。大阪でも会う予定を作ってくれる程度には好かれていると思っていたのに。所詮そんな程度の関係で、私ばかりが脳内お花畑だったのか。それとも会えば会うほど私への興味や魅力がなくなって、でも私の好意には気づいているからとりあえず体だけでも、という思考に走ったのだろうか。

 

私は職場の先輩や同期、友達に相談した。全員にやめろと言われたが、本当はこの時すでに、自分が好きでやりたいならやってもよくないか、とセフレに肯定的になっていた。いっそ純愛を求めるのではなく、こんな弱くてみっともない私の正体を知られずに済むのなら、体の関係もありではないか。そう考えるようにもなり、やる方向で意志を固めていた。

 

そうして彼に「ホテル行こう」と送った。ホテルに行く日は、彼に合わせて2週間後の木曜日に決まった。このために私は、有給休暇も取得したのだった。

 

しかし時間が経つと、その熱もだんだんと冷静になってきた。ホテルに行く日が決まってから3日後、小学生の頃からずっと仲良くしている幼馴染と半年ぶりに電話をする機会があった。私は彼女にも相談をした。これまでの経緯を隅々まで話していると、なんだか悲しくて泣けてきた。電話口で言葉もまともに話せないほど大泣きした。彼女はそんな私に対し冷静にちゃんと話を聞いてくれた。そしてほしかった言葉をくれた。

 

「ずっと小さい時から知っているあなただから自分のことを大事にしてほしいし、後悔してほしくない」

 

本当はものすごく無理をしていた。本当はやっぱり体の関係なんて嫌だった。この本音を彼女が引き出してくれた。

 

私は彼に再びメッセージを送った。

 

「やっぱり順番が大事でした。焦らなくてもいいんじゃないかな?」
「わかりました。もう会うことはないですね。自分大事にしてくださいね」

 

そのメッセージに対し返信をしようとしたが、送れなかった。LINEだけでなく、彼とつながっていたSNSをすべてブロックされしまった。

 

ものすごくショックだった。
焦らなくてもいいんじゃないかな、と送った時点で、私はまだ彼とは友達でいられると思っていた。それが、こんな形で突然関係が途絶えてしまった。

 

何かに訴えることもできない。仕事に手がつかなくなり、ふとした時に勝手に涙が出た。どうしてこうなったのか、彼との出会いにまで遡って理由を考えた。

 

思えば彼は、最初から乗り気ではなかった。スープカレーの後の2件目も、翌日の札幌観光も、小樽での待ち合わせも、大阪で遊んだことも、私の機嫌取りだったのだ。私の一方的な思い込みに、黙って付き合ってくれていたのだ。

 

彼は本能的に相手を思いやることができる人なのだ。事前に「体だけなら」と申告してくれたのは、彼の優しさなのだろう。騙して付き合ったふりをして、体だけしか許さない人なんてたくさんいるだろう。そんな中でも、彼は事前に私に選択する余地を与えてくれたのだ。

 

最低なのは、私の方だった。彼の感情をくみ取らず、一方的だった。これは当然の結果だった。私はこれまでの自分の言動ひとつひとつに後悔して、泣いてばかりいた。そんな日々が1週間以上続いた。

 

結局、彼のために取得した有給休暇が無駄になった。しかし、このまま何もせずにはいられなかった。旅の傷は旅で癒そうと、私は日帰りで急遽島根県の出雲大社へ向かった。
高速バスで前日の夜に大阪を出発し、6時間揺られて早朝にたどり着いた。台風が近づいていたのもあり人はまばらで、すぐに参拝は終わった。
夜まで近場で時間つぶし、あっという間に夕方になり、再びバスで大阪へ戻った。
帰りのバスで、私は一睡もしなかった。何かを悶々と考えることもなく、無の状態でまっすぐ前の景色だけ見て、バスに乗り続けた。
私にとって、この日は出雲へ行く運命だったのだろう。出雲へ勢いよく行ったおかげですがすがしい気持ちになり、次の日からふいに涙が出ることはなくなった。

 

あの時に処女を捨てていたら、今以上に傷つき、自分を見失い、辛い現実が待っていたかもしれない。もし今後結婚することがなく人生で一度も両思いになることがなかったとしても、焦って処女を捨てることはしないだろう。他人に言う必要がないし、誰かと比べることでもない。それも私の人生だ。
そう考えるようになると、私はありのままの自分でいいと自信を持てるようになった。気持ちが楽になったからだろうか、その年の12月に初めて彼氏ができた。処女を捨てなくてよかったと、心底思った。

 

今はもう、恋愛というものを経験し、相手を思いやる大切さがわかったつもりだ。ただ、あの時の経験がなければ、未だに他人の気持ちを理解できないままであっただろう。

 

彼は今、何をしているのだろうか。どこで暮らしているのだろうか。結婚したのだろうか。仕事は順調だろうか。
彼ならきっと、素敵な人に巡り合えるはずだ。私を成長させてくれた彼の幸せを願っている。

 

❏ライタープロフィール
伊藤 千織 (Chiori Ito)
1989年東京都生まれ。
都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店でライターズ倶楽部に在籍中。小学生の頃から新聞や雑誌の編集者になるという夢を持っていたが、就職氷河期により挫折。それでもプロとして文章を書くことへの夢を諦められず、2018年4月より天狼院書店のライティングゼミに通い始める。

趣味は旅行、バブルサッカー。様々なイベントに参加し、企画もするなどアクティブに活動中。

 

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