週刊READING LIFE vol.7

良い朝を迎えるおまじない《週刊READING LIFE vol.7「よい朝の迎え方」》


記事:青木文子(天狼院公認ライター)

今朝。ぼんやりと起きて手にとった目覚まし時計。寝ぼけまなこでみた時計は6時5分を指していた。まわらない頭ですこし考える。そして突然大事なことに気がつく。

「え?! 私、4時におきるはずだったよね!」 

あわてて飛び起きる。いわゆる寝坊、というやつである。寝坊というのは心臓に悪い。まるでハロウィンの仮装のおばけに突然寝顔を覗き込まれて飛び起きたような気分だ。

今日から一泊二日の東京行。岐阜駅発の6時22分の電車に乗るはずだった。1年のうちで寝坊をするのは1回あるかどうか。2018年の寝坊の1回はどうも今朝の寝坊になるようだ。

寝坊の時は気持ちが焦る。気持ちが焦ると手元が狂う。一度深呼吸して自分に大丈夫と言い聞かせる。準備をしながら頭の中で電車に間に合うか計算する。自宅から駅まではどう考えても15分はかかる。ということは電車を遅らせるしかない。荷物は前の晩に作ってある、着る服も決めてある。それでも欠かせないフルメイクを3分ですませて、身支度をととのえて、その合間にスマホで新幹線の予約をとりなおす。ジャケットを羽織って、キャリーケースを掴んで玄関をでたのが6時30分。

週末の東京行の新幹線は、指定席がどの列車も満席だ。自由席も混み合うのがわかっているので、仕方なく予約したのはグリーン車指定席。いつもは空いているグリーン車も週末ともなると混み合っている。45分遅れで乗れた新幹線の席にたどり着いて座る。ようやく安堵の一息をつく。

なぜ寝坊をしたのか?
原因はわかっている。昨日の夜に仕事をしながらそのまま沈没して寝てしまったのだ。でも寝てしまう前に目覚まし時計はかけてあった。枕元の目覚まし時計も、スマホのアラームも。でもなぜ起きられなかったのか。それは大事なおまじないをせずに寝てしまったから。

朝早く起きたい時に、必ずするおまじないがある。

小学校の頃だったろうか、幼稚園の頃だったろうか。

あれは遠足の前日だった。明日の遠足が楽しみで仕方がない私はソワソワとして寝られなかった。

「このまま起きていたらもう明日になるから、明日の遠足まで起きている!」

楽しみで仕方がないことがあるとき、子どもは嬉しさのあまりいつもと違う行動をとる。楽しさのあまりにハイテンションになっていた私はそう言った。そんな私に母がこういった。

「朝、ちゃんとおきられるおまじないを教えてあげるから大丈夫よ」

おなじない? 私は目を輝かせた。子どもはおまじないとか、魔法とかいう言葉が大好きだ。子どもだった私は、ワクワクして母の次の言葉を待った。

「寝る前にね、自分の枕を明日の朝起きたい時間の数だけ軽くポンポンとたたくのよ。そうすればちゃんと、明日の朝起きられるから」

母はそう教えてくれた。

素直に、子どもの私はやってみた。枕の真ん中を起きたい時間の数だけ軽く叩く。遠足の日は5時に起きようと思っていたので、ポンポンポンポンポンと5回叩いてみた。次の日パチっと目がさめてみた目覚し時計はきっかり5時を指していた。

すごい! 本当におまじないだ!

それ以来、そのおまじないは私の定番になった。遠足のときも、受験の前の日もそのおまじないを欠かすことはなかった。

「あのおまじないをしなかったからだな、きっと」
グリーン車の座席に深く腰かけながら窓の外をみる。ようやく窓の外はすこし紅葉がはじまった山並みが遠くにみえた。車内サービスで頼んだコーヒーはすこし苦くて、なんだか昔のことを思い出すのを手伝ってくれるようだ。

それがどうして上手く行っているかはわからないけれど、あのおまじないは私にとって大事なおまじないだ。あのおまじないはただの母の思いつきのおまじないだったのだろうか。それとも母がまた自分の母から教えてもらったおまじないだっただろうか。

私はこのおまじないを、同じように自分の子どもたちに教えた。子どもたちは遠足の前の日、運動会の前の日、喜んで枕を叩いていた。18歳と14歳になった息子たちが、今もそのおまじないをやっているかどうかはわからないけれど。

このおまじないがなぜ効果があるのか。それはわからない。
おまじないというものは、おまじないを言う人の潜在意識に作用して、その人の人生や心をいい方向に向かわせてくれるものとも言える。
世の中にあるおまじないって、実は大切な誰かのためにその人を大切に思う人がつくったら、そこに魔法がかかるのかもしれないとふと思う。

どちらにしても、あのおまじないは、私が安心して寝ることができて、気持ちよく良い朝を迎えられるおなじないであることは確かなのだ。

「次は品川~」
新幹線のアナウンスが流れてきた。新幹線の到着時刻を確かめてみる。仕事場は品川からすぐの場所。45分遅れで乗った新幹線だけれど、久しぶりの寝坊はちゃんと仕事には間に合ったようだ。

もし、あなたが朝早く起きたい時があるとしたら、そして良い朝を迎えたい時があるとしたら。このおまじないの効果を是非試してみて欲しい。
私も次の出張の時は、ちゃんとおまじないをしようと思う。良い朝を迎えるために。

❏ライタープロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワーカーの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。天狼院メディアグランプリ23nd season総合優勝。天狼院公認ライター。

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2018-11-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.7

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