週刊READING LIFE vol.8

司法書士の私が、狩猟免許を受験してみた!《週刊READING LIFE vol.8「○○な私が(僕が)、○○してみた!」》


記事:青木文子(天狼院公認ライター)

 

 

「それでは実技試験をはじめます。はい、はじめて下さい」

 

試験官が実技試験のはじまりを告げた。
小さな会議室。眼の前には会議机と、くくり罠。
えっと、どこからはじめるんだっけ。自分の中の記憶をたどりながら、くくり罠を手に取る。ワイヤーを丸めて、ストッパーをかけて。狩猟免許事前講習会で、猟友会のおじさんが教えてくれた手順を順番に思いだしていく。

 

ここは狩猟免許試験の会場。
狩猟免許をご存じだろうか。猪や鹿を猟銃やワナで捕まえるための免許。私が受験したのは狩猟免許の中でも、わなを使うわな免許だ。
集まっている人たちはほとんどが男性。つなぎ姿やアウトドアな服装の人が大半だ。筆記試験の会場は60人はいただろうか。その中で見回すと、女性は本当に数えるほどしかいない。その女性たちの姿はジーンズ姿や、カジュアルなシャツだ。
先程からなんとなく周りの人からチラチラみられている気がする。それはそうだろう。よりによって狩猟免許受験ににタイトスカートにジャケット姿できてしまった。試験の直後に司法書士の仕事の面談予定が入ってしまったのだ。

 

くくり罠とは、ワイヤーを利用した罠だ。地面に穴をほって、直径12センチほどの踏み板と一回り大きいワイヤーの輪を乗せておく。動物がその踏み板を踏みぬくと、ばねでワイヤーの輪がしまって、獲物の足を縛る。ワイヤーの一方は丈夫な木に縛っておくので、ワイヤーが足にかかった獲物は逃げられなくなる。

 

くくり罠の実技試験では、傍らに置いてある会議机の足が立木に見立てられる。
タイツスカートで足を揃えてしゃがみながら、机の足にワイヤーくくりつける。なんで着替えを持ってこなかったんだろう。人の目はともかく、実技試験のやりにくさといったら、ない。せめて、パンツスーツで来るべきだった。後悔先にたたず。

 

「設置がおわりました」
試験官に言うと、試験官が小さくうなずいた。そして私が設置したくくり罠を順番にチェックする。自分が設置したくくり罠を覗き込まれるとドキドキする。ストッパーはかけたはず。罠の大きさも間違っていないはず。試験官は手に持った用紙にいくつかのチェックをした後で言った

 

「では、元に戻して下さい」

 

なんとかくくり罠を元にもどしたところで一息だ。

 

「では、控室にもどって下さい」と言われて会議室をでると、廊下には椅子が並んでいる。実技試験を待つ人達が椅子にずらりと座っている。その前をスーツ姿で控室に戻る。あと2時間ほど待てば合格発表だが、そんなわけにはいかない。合格発表はあとから問い合わせることにして、会場を後にして車で次の仕事場に向かった。

 

車を運転しながら思う。なんで私は狩猟免許を受験しようと思ったのだろう。
知り合いで狩猟免許を持っている友人が何人かいて、その友人たちがとったイノシシの肉や鹿肉をごちそうになる機会があった。狩猟の話を聞くうちに狩猟免許に興味をもつようになった。

 

狩猟免許といわれて、なにをイメージするだろうか。猟銃を背負った、日本昔話の中のかもとり権兵衛とか、児童小説にでてくるマタギのおじいさんか。

 

今を遡ること数十年前。小学3年生の頃、スズメを捕まえていたことがある。
転校したてでまだ友達もいなかった小学3年生。引っ越した先は父の実家の一軒家だった。庭が広く、スズメやハト、ヒヨドリやムクドリがよく遊びに来ていた。学校から帰ってきて自宅の庭でやっていた一人遊びがこのスズメ捕りだった。

 

あなたはスズメを捕まえたことがあるだろうか? 竹の籠を棒でつっかいぼうをする。そこにヒモをつける。あたりにはパンくずを撒いておく。それを見つけたスズメが空から降りてくる。パンくずを順番についばんでいく。そのうちに徐々に籠に近づいていく。籠の下に入った時に「しめた!」で紐を引っ張る。するとつっかいぼうが外れて、籠がパタリ。落ちてきた籠の中でスズメは文字通り籠の鳥になる。

 

学校から帰ってきたある日のこと。夕方というにはまだ日が高い時間だった。その日もとくに友人と遊ぶ約束もなく、庭を眺めていた。庭にはスズメが2羽、3羽、草の種か何かをついばんでいた。ふと気が向いて、いつもの籠をもってきた。棒とひもを持って外に出た。人の気配にスズメはパッと飛び立って木の枝にとまった。

 

籠をいつもの場所に棒でつっかいぼうをして置く。棒にはヒモをつける。あたりには広めにパンくずを撒く。今日もどうせ捕まらないだろうな、そう思いながら、籠のつっかいぼうに結んである紐を庭に面した部屋まで伸ばしていく。そのひもは、ちょうど部屋のカーテンの陰に隠れてにぎるのに良い長さだ。
いざ、カーテンの陰から籠を見つめてみると、スズメがやってこない。私の視線を感じているのか木の枝から降りてこないのだ。たまに降りてきても籠を遠巻きにしてまた飛び立って枝にとまる。
カーテンの陰から籠を見つめること1時間。籠を眺めるのにも飽きて、寝っ転がって天井を眺めた。天井を眺めながら、ぼんやりしていてどのくらい時間がたったろうか。庭の方からガサリと聞きなれない音がした。「え?!」と反射的に紐を引っ張るのと、籠がバサリと落ちたのと、籠の中でスズメがバタバタともがくのが同時だった。
「捕まえた? 籠にスズメが入ってる!」
この時のドキドキした気持ちは今も昨日のように思い出せる。
狩猟に興味を持ったのは、この時の雀のドキドキを思い出したたからだ、きっと。

 

日本で野生の動物を獲ろうとすると、狩猟免許が必要だ。狩猟免許は4種類ある。いわゆる猟銃をつかう第一種銃猟免許。空気銃をつかう第二種銃猟免許。あとはわな猟免許、網猟免許の4種類だ。私が受験したのは3つめのわな免許だ。猟銃をもつのは大変、一番簡単でとりやすいらしい、との言葉であっさりわな免許を選んだ。

 

狩猟免許はいきなり本試験を受けることもできる。
しかし、いきなりの受験はおすすめできない。車の免許をとるのにも、自動車学校があるように、狩猟免許にもちゃんと試験内容をレクチャーしてくれる場所が用意されている。各地域の猟友会が開催してくれている狩猟免許予備講習というのがそれだ。

 

わな免許を受けようと調べているときに何人もの人からいわれた。
「予備講習は絶対に行ったほうがいい」
「予備講習無しで受かろうとか思ったらだめ」

 

ふむふむ、まずは予備講習なのね。
ところがこの予備講習の日程が少ない。思い立ったときには、その年の予備講習の日程はあと残り一箇所。家から車で1時間以上かかる中山間地域での開催だった。ある日の平日、仕事を休みにして予備講習のための、山間の会場まで来るまで向かったのだった。
予備講習は筆記試験のレクチャーから実技試験の指導までやってくれる。予備講習に行って、一番の収穫は罠の実技試験のレクチャーをしてもらえたことだ。実技試験のやり方はこのご時世youtubeでもみることができる。しかし振り返ってみると、このレクチャーがなしでは実際の実技試験では手も足もでなかったと思う。

 

予備講習では受験のためのテキストにあたる「狩猟読本」という本がもらえる。これを熟読しておけば知識試験は合格すると言われているテキストだ。これが結構厚い270ページ以上もあるテキスト。そして、予備講習ではプラスして今までの試験問題からの例題問題集が配られる。

 

予備講習の実技指導以外の部分は正直適当にうけていた。
今思うと、なめていました、ごめんなさい。
試験1週間前になって慌てたのはそのせいだ。予備講習でもらった狩猟読本をひらいて、詰め込みで知識を入れるしかない。狩猟免許の知識試験では、狩猟のための法令と、狩猟の知識を問う問題が出題される。いやいや、これでも一応司法書士だし、法律家だし、法律は任せておけ、と思って読み始めたテキストだったが、これがそう簡単にはいかない。
鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律。今まで条文をみたこともない法律の言葉がならんでいる。何日か狩猟読本をインプットしたあと、例題集を解いてみる。例題集にはこんな問題がならんでいる。

 

例題)鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律の目的についての次の記述のうち、適切なものはどれか。
ア 鳥獣の保護及び狩猟の適正化を図り、もって生物の多様性の確保、生活環境の保全及び農林水産業の健全な発展に寄与することを目的としている。
イ 狩猟を厳しく取り締まることにより、事故防止及び鳥獣の保護増殖を図ることを目的としている。
ウ 野外レクリエーションの一環として秩序ある狩猟を普及することにより、国民の健康の増進と自然とのふれあいを推進することを目的としている。

 

例題)獣類を大きい順に並べているものはどれか
ア シマリス→テン→イタチ(オス)
イ テン→イタチ(オス)→シマリス
ウ イタチ(オス)→シマリス→テン

 

法律はともかく、シマリス? テン? それはシマリスが小さいだろう。頭のイメージの中で、ドングリをもったシマリスがこちらを可愛らしく振り返る映像が見えてくる。

 

とにかくにも試験は終わった。試験の数日後、電話で問い合わせてみると、わな免許に合格していた。いくつかの手続きの後、わな免許の免状がもらえた。この免状は事務所に司法書士の免除と一緒に掲げたほうがいいのか、やめたほうがいいのか。

 

実際に、狩猟免許を取得した後に、狩猟免許×司法書士、という話をあちこちで話してみた。ある時、東京で全国の司法書士がメンバーの会議があった。そこで狩猟免許×司法書士のネタを話していたら、山梨の司法書士の先生がこう言った。
「山梨の70近い司法書士の先生が、狩猟免許でイノシシとっているわよ」
しかも聞いてみると猟銃保持者。狩猟免許×司法書士は私ひとりではなさそうだ。

 

そして、私自身はわな免許保持者になったとはいうものの、実際に狩猟に出たことはない。誘ってくれる友人たちはいるのだか、機会を逃している。そんなわけで今ところペーパードライバーならぬ、ペーパー免許保持者、ペーパー猟師だ。

 

司法書士も国家資格なら、狩猟免許も国家資格だ。3つのキャリアを掛け算して100万分の1の人材になれると言ったのは、リクルート出身で、民間出身の中学校校長をつとめた藤原和博氏だ。司法書士に狩猟免許をかけ合わせたら、全国でおそらく数名? しかし、このキャリアの組み合わせは100万分の1の人材だとしても、話のネタにはなるが、何に使えるかわからないキャリアの掛け算ではある。

 

 

❏ライタープロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワーカーの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。天狼院メディアグランプリ23rd season総合優勝。READING LIFE公認ライター。わな免許保持者。

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2018-11-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.8

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