fbpx
週刊READING LIFE vol.16

人生を変えた先輩の教え《週刊READING LIFE vol.16「先輩と後輩」》


記事:弾 歩夢(READING LIFE公認ライター)

「貪欲にね」

ノートに、真っ赤なボールペンでデカデカと書かれたその文字を見た時、先輩と自分との違いがはっきりわかった気がした。
貪欲の2文字は、とめはねはらいに勢いがあって、まるで踊っているかのように見えた。

当時、大学1年生だった私に「貪欲」という言葉を教えてくれたのは、尊敬していた部活の先輩だった。

私は、女子サッカー部に所属していた。

それまで運動部経験がなく、体力がなく、文化部専属だった私が、サッカー漬けの毎日を選んだ理由や経緯には、色々あった。
でも、結局は「一目惚れ」だったと言ってしまっていいのかもしれない。

私が入学した大学では、新入生にサークルや部活をアピールするための祭りが、入学式の後数日後に開かれていた。
ほとんどの新入生はそれに参加をして、どのサークルに入るかを決める。
それが転機だった。

新入生だった当時の私は、入学した大学に通いたくなくてしょうがなかった。
沈んだ気持ちで入学式へ行った。
その時撮った写真の中の私は、初めてのスーツに身を包み、ピースサインをしているものの、顔は引きつっていて、表情は暗く、後ろに入学式の看板がなければ、とてもこれが「晴れの日」とは思えない。
その日は、雨が降っていた。
グレーの雲が、積み重なった空を見上げて、思ったものだ。なんだか、私の心の中みたいだ、と。
その大学に行きたくなかったのは、単純に志望の大学ではなかったからだった。
センター試験で全然良い点が取れなかった私は、志望大学を受けることを諦めた。
そして、いつも模試の判定で「A」を取っていた、受かって当たり前だろうというような大学に進学した。
この大学以外にも、希望に近い大学として、いくつか大学を受験していた。
本来の志望大学よりはランクを落としていたから、受かる気でしかいなかった。
それなのに、1つとして合格出来なかった。
私は弱り切っていた。それは、自分自身に取って大きな屈辱だったし、人生史上一番の挫折だった。
高校受験では、地元で一番の高校に合格していた。そしてその高校でも、文系トップのクラスに入っていた。
クラスメイトは東大やら一橋やら早稲田やら慶応やらに受かっていた。
それと比べて、私は滑り止め扱いにしていた大学にさえ落ちてしまった。
そしてクラスメイトが皆、楽勝だと舐めてかかっていた大学にしか進学出来なかったのだ。
高校を卒業して、大学生になるまでの間の春休みの記憶が全くない。何をしていたか思い出せない。ただ、とにかく毎日嫌だ、行きたくないと思っていた。その暗い気持ちだけは心に焼き付いていて、胸の痛みと共に思い出すことができる。

浪人しようか、とも思った。
でも、散々な受験の結果に精神的に弱り切ってボロボロだった私には、これからもう1年受験生としてやっていく気力はなかった。

しぶしぶ私は、どうにか合格できたその大学に通うことにした。

沈んだ気持ちで入学式へ行った。
その時撮った写真の中の私は、ピースサインをしているものの、顔は引きつっている。
後ろに入学式の看板がなければ、とてもこれが「晴れの日」とは思えないくらいに表情が暗い。
しかもその日は、雨が降っていた。
空を見上げて、思ったものだ。快晴じゃなくて良かった、と。

数日後、入学する以上、参加しておくか、と友達と一緒にサークルアピールの祭り、「新入生歓迎祭」に行った。
春の心地良い日だった。
柔らかな光が、キャンパスを包んでいた。
校門付近では、桜がひらひらと散っていた。ピンクの花びらが、暖かい日差しの中を舞う。綺麗だった。

ステージではバンドがカッコよく演奏し、ジャグリング部は、軽やかに難易度の高い技を披露していた。
法被を着た祭りの実行委員会のお兄さんは、爽やかな笑顔でブースの案内をしていた。
道をただ歩くだけで、何10枚もの勧誘チラシを受け取る。
先輩たちは、口々にサークルの魅力を訴えかけ、にこやかに微笑みかけてくる。

テニスサークルのブースに行ってみると、マスカラをしっかりきめた色白の、とっても可愛いお姉さんが、自分がいかに「飲み会要員」としてサークルを楽しんでいるか、高い声で誇らしげに語ってくれた。
隣の男の先輩は、それを聞きながら手を叩いて笑う。

ロック系のサークルの、髪を独特な色に染めたお姉さんは、ライブの後の飲み会は、めっちゃ盛り上がるよと明るく笑いかけてくる。
隣のこれまたロックな出で立ちの先輩も、ニヤッとして言う。
「大学生って感じの生活を楽しめるよ、うちなら」

そんな中、女子サッカー部のブースは、目立っていた。
それは、とても異様な光景だった。春なのにやたらと日焼けした女性が、だーっとテントの中に並んでいる。
そして、ブースには、他のサークルのようなゴテゴテとした飾りがない。
何ともシンプルだった。
一瞬その前で立ち止まると、キラキラとした瞳の先輩が、白い歯を輝かせてハキハキと話しかけてきた。
「どう、サッカー、興味ある?」
「練習は、週に4回あるんだよね。初心者ばっかりだから大丈夫だよ。コーチもいて、練習をみてくれているから。それに、私たちがちゃんと基礎から教えるから。ちょっとでも興味があったら、練習を見に来てね。グラウンドでやってるから!」

かなり薄めのメイクをした先輩が、チラシを手渡してくれながら、説明している間も、テントにいる他の先輩たちは、こちらをみて、一生懸命に頷き、時々合いの手を入れて、笑いあっている。何だかとっても楽しそうだった。
和やかに笑っていた。その空気感が、いいなぁと思った。心地良い春の日差しに似つかわしい、暖かな雰囲気だった。心惹かれた。

それから数日後、女子サッカー部の練習を体験しに行った。

案内してもらった部室の壁には、A4の白い紙が貼ってあった。
そこには、デカデカと「打倒〇〇大」の文字が印刷されていた。
〇〇大学は、地区で最もサッカーが強い大学だった。ダントツ一番に、他より遥かに強かった。

「勝ちたいんだよね」
私の視線に気が付いた先輩は、そう力強く言った。

グラウンドは広く、空は青く、周りの木々は春の優しい風を受けて、サワサワと優しく揺れていた。
春の日差しに身体を温められた。

真剣に、手を抜くことなく練習をする先輩達は、一層輝いてみえた。
とにかくカッコいい。
みんな自信に満ちて見えた。人として強くしなやかで、オーラがあった。
私も、こんな風になりたいと、思った。
この清々しくて心地良い空間に、一緒にいたいと強く思った。

オーラに惹かれて、そのまま入部してしまった。

それから、週に4回練習をし、土日は、練習試合に参加する大学生活が始まった。

部活での取り組みのひとつに、練習後にノートを取るというものがあった。
練習が終わった後、自分で作った「サッカーノート」に練習の内容や、反省点、今後の目標などを書いていく。
練習でやったことをしっかり定着させるという狙いで行われている練習の「復習」のための取り組みだった。
そして書いたノートは、先輩が読んで添削してくれていた。
そして添削されたノートの中に、「貪欲にね」というアドバイスを見つけたのだった。
これまでの人生で貪欲という言葉は、使ったことがなかった。貪欲? と一瞬立ちまった。

辞書で引いてみた。

「非常に欲が深いこと。強欲」

そんな意味だった。

そして、ハッと閃いたのだった。
私が先輩にこんなに惹かれているのは、先輩達が貪欲だからだ、と。
つまり、先輩達は「欲しいものを真っ直ぐに欲しい」と言える人たちだった。
あの誰もが知る強豪校に勝ちたいという目標を迷いなく掲げて、サッカーが上手くなりたいと言っていた。そして、そうするためにはどうしたらいいか考えて、しっかり行動していた。
自分を卑下することもなければ、見栄を張ることもなければ、かっこつけることもなかった。
いつも自然体でそこにいた。
欲しいものは欲しいし、やりたいことはやる。
そんな人たちだった。潔く、まっすぐだった。

私は、これまでちゃんと欲しいものを欲しいと言えてこなかったことに気が付いた。
高校時代の志望校調査票が頭に浮かんだ。
そこに、とっても小さな字で書いた志望大学。
その紙をクラスメイトには見られないように細心の注意を払って提出していたこと。
志望校と表面上は名を挙げていた。
でも私は真っ直ぐにここに行きたいんです! って言えていなかった。
周りの人にも、そして誰よりも自分自身に。
心の何処かに、今の成績じゃちょっと厳しいかもしれないなぁ。無理かもなぁ。という不安があって、いつもそれと戦っていた。
合格したいなら、本気でただただ合格すると真っ直ぐに腹を据えて勉強をすべきだったのに。
どうしよう、無理かもという不安に、押しつぶされて、毎日のように自信をなくして、怯えながら受験生生活を送っていた。
ダメかもしれない、合格できないかもしれないという心配に怯えすぎて、どうしたら合格できるのかという方に、自分を引っ張っていけていなかった。
弱すぎて、落ちて傷つくのが怖くて、周りの目が気になって、行きたいところに行きたいとさえ言えないでいた。
そしてそれに気が付きさえしていなかった。
だから、鬱々としていたのだ。
それに、初めて気が付いた。

欲しがっていいのだ、というか欲しがらなくちゃいけなかったんだ。
間違っていた、と思った。
とんでもなく大きな間違いを犯していた。
戻れるなら、この気付きを持って、高校時代に戻りたい、と激しく後悔した。
受験の後、気分が暗く、辛くてたまらなったのは、受験に失敗したからというよりも、ちゃんと頑張れなかった自分のことが、全力を出せなかった自分のことが、不甲斐なさすぎて、信用できなくて、嫌いになってしまっていたからだった。
それがわかったからと言って、しっかり頑張ったからと言って、合格出来るとは限らない。
きっと難しかっただろう、それでもこんな風に嫌な気持ちにはなっていなかったはずだ。
ダメでも、もっと清々しく終われていたはずだ。

しばらく、後悔に苛まれた。
ただ後悔しているだけの自分にも、嫌気がさしてきた。
時間は元には戻せない。こんなダメダメな自分なのに、とりあえず大学生になることは出来た。
そして、ここにはこんなに憧れる先輩がいる。
私は、誰かにここまで強く憧れたことは人生で初めてだった。こんな風になりたいと思える存在がいるって、しかも側に居るって、とてもラッキーなことだ。
過去じゃなくて、今を見ようと思った。
過去は変えられないけれど、これからは、どうにでもなる。

先輩みたいになろう。
そう決めた。
欲しいものは、欲しいと高らかに言うことに決めた。
それが、どれだけ今の自分には似つかわしくなくものに思えたとしても。
手に入れるのが難しいものだとしても。
本気で欲しいものを、欲しいと言おう。
まず、そこから始めよう。

サッカーはもちろんだったけど、それ以外のこともそうだった。

英語が話せるようになりたいと思った。
真面目に勉強することにした。資格をとることに決めた。
欲しいなら、取りにいかなきゃいけない。誰も、はい、どうぞと譲ってはくれないのだ。
試験が怖かった。受験での失敗は、軽くトラウマのようになっていた。誰かにあなたは不合格ですと言われるのが、めちゃくちゃ怖かった。
以前にも増して、もっと怖かった。

でも、もうそうやって怖がるのは辞めようと心に決めた。
いつまでそうやって怖がり続けないといけないのか。
怯えながら行きていかないといけないのなんて、もう嫌だ。

私は、同じ学科の友人が呆れるくらいの必死さで英語の資格試験の勉強をした。
試験前には、遊びの誘いも全部断った。かっこ悪くてもいい、と思った。それでも私は結果が欲しいのだ。出来ないかも、とか難しいとか、そんな事を考える暇もないくらい、勉強した。授業に出て、部活をして、それ以外に空いている時間は、全部勉強した。
お陰で、一発で合格した。合格率が12パーセントのその試験に受かったことは大きな自信になった。
そうやって、欲しがって取りに行ったものが、手に入った時の嬉しさは想像以上だった。
全身が震えた。
まぁこれでもいいかって選んだものじゃなくて、これが欲しいと望んだものを手に入れることの幸福感は、どんな幸せにも代え難く、最高の気分だった。
しかもその結果を自分の頑張りで掴めるなんて、これほど嬉しいことは、他になかった。

経験は、自信になった。
私は、どんどんやりたいことをやるようになっていった。

欲しがり続けた大学生活は、とても楽しくて充実した時間になった。
あれほどまでも行きたくなかった大学は、最も思い出深く、大好きな場所になった。
今では、自分の卒業した大学を心から愛おしく思っている。入学当初、あんなに嫌っていたことに罪悪感を覚えるほどに。
素晴らしい先輩に恵まれ、最高の同期と出会い、可愛い後輩と接し、楽しくて意義深い時間を過ごすことが出来た。
たくさん「欲しいもの」を手にすることが出来た。
緊張することも、失敗することも、落ち込むことも、たくさんあったけど、それでもいつも充実していた。
欲しいものに対して、妥協しなかったからだった。

今でも、なぜだか不安が心に広がる時、自信がないと尻込みをしたくなる時、先輩のことを思い出す。あの立派な貪欲の2文字を思い出す。

私が今、本当に欲しいものは何? とその度に自分に問いかける。
欲しいものさえちゃんと自分で認識できていたら、大丈夫だ。

かっこ悪くてもいい。むしろ泥臭い方がいい。

「欲しいものは、欲しい」と大声で言える、欲深い人間で居続けられたなら、きっと。
いつの日か永遠の憧れであり続ける先輩たちと肩を並べることが出来る日も来るかもしれない。

その日が欲しいから、私は、これからも子どもみたいに欲しがり続ける。難しくても、無謀でも。自分から諦めることはもうしない。

ライタープロフィール
弾 歩夢(READING LIFE公認ライター)
大学は教育学部。卒業後、社会学系大学院に進学。その後、一般企業に就職。
会社員になって6年目。
アフター5は、外の世界に出て行きたがり。
知らないこと、知りたがり。アウェイな場所に飛び込みたがり。だけど、ビビリ。
それでも勇気を持って挑戦してこそ人生! と思っている。

http://tenro-in.com/zemi/66768


2019-01-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.16

関連記事