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週刊READING LIFE vol.2

職場でずっと雑用係だった私の「誰にでも出来る仕事」と「出来ない仕事」の考察《週刊READING LIFE vol.2「私の働き方改革」》


記事:弾 歩夢(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

「この仕事は、意味がない。やる意味がない」

本社からの電話を受けて電話を切った後、上司は私に向かって叫んだ。
その目は、血走っていた。

いや、それでも、と宥めようとした私の言葉を遮って、彼は続けた。

「誰にでも出来る、つまらない雑用ばかりだ、君がやってるのも、全部そうだ」

その数日後、上司は会社に辞表を提出した。

私たちは、ヨーロッパ製の機械を扱う商社の支店に勤めていた。

その時、私は会社に入って3年目だった。
確かに、私たちがやっていたことは、あまり仕事らしくなく、雑用と言われれば同意せざるを得ないような仕事だった。

機械を売る商社に勤めながら、当時、私がやっていたのは、外国から機械の調整に来ているエンジニアの生活のサポートだった。

例えば、ホテルの予約だ。
私の町は仕事や観光のために宿泊客が多く、ホテルを予約するのに一苦労だった。
予約サイトをいくらクリックしても1つも部屋の空きがないことが多々あって、私はタウンページに載っているありとあらゆるホテルに電話をかけ続けた。
とりあえずエンジニアの滞在期間中のうち宿泊が取れたところをマークする。虫食い状態のスケジュールの埋まっていない部分の空きを探し続ける。
時に、エンジニアの数は50人を超えることがあって、この人数の部屋を、しかも繁忙期にとるというのは、頭の痛い悩みだった。
先に、予め予定がわかっていれば良かったが、彼らは、例えば納入している機械の調子がおかしくなったというような時に急に6ヶ月とか急に3週間とか派遣されるのだ。たったの2日前に、彼らの予定が上がってくることなんてザラだった。
そこから宿を探さなくてはならない。
どこにも泊まれませんなんて、日本に初めてくるようなエンジニアに言えるわけもない。
ホテルに電話をかけては断られ、キャンセルリストに入れてくれませんか、とお願いし続ける。

それでも何とかどこかにホテルを見つけて、予約を入れて、宿泊予定表を作って、エンジニアにメールで送る。
ここで、ホテルを移って、またここでも移ってください。
いくら予定を送っても忘れるエンジニアが続出したから、私は毎回1日前に、彼らに明日は一度チェックアウトして、他のホテルに移ってくださいとメールをした。
そして、できる限り彼らの負担を減らせるように、今宿泊しているホテルの方には、本当はもっと長く宿泊したいので、もし空きが出たらそのまま同じ部屋に泊まり続けられるようにしてくれませんか、とお願いするのだった。

その調整は、意外と面倒で、煩雑で、イライラした。
それでいて、もし間違いや、連絡ミスがあると一大事になったから、慎重にならざるを得なかった。

上司は、一番の理解者だった。
私が、この簡単そうで面倒な仕事をミスなく、しかもできるだけ効率的にやろうという努力を見てくれていると思っていた。
大変だよね、といつも気遣ってくれたし、部下で助かっているよと言ってくれていた。

だから、急に上司にこれまでやってきたのはどれも、意味がない仕事だと言われて、私は、何だか自分を、これまでの3年間を、工夫や努力やその全てを否定されたような気がした。

自分がバカに思えた。
誰にでも出来る仕事を、大事な20代にやって、時間を浪費していただけだったんだな。
なんて、無駄なことを。
若い内に、仕事をバリバリやって、出来る人間になりたいって思っていたのに。
虚しさが襲って来る。
そしてその言葉は、呪文のように頭から離れてくれなかった。
私のやっていることは、意味のない仕事、意味のない仕事。誰にでも出来る、意味のないこと。
虚しさに支配されて、仕事に身が入らなくなった。
それでもホテルは取らなくてはいけないし、他にも雑用が山ほどあった。
3年間、真面目にやって来ていたから、あまり考えなくても、適当にこなせる。
特に頑張らなくても、同じ手順でやり続ければいい。
ホテルを取るだけなら、小学生にだって出来る。
そうか、確かにこんなに適当で出来てしまうくらいに、この仕事ってやっぱり意味のないつまらない仕事だったんだな。
私はこのまま誰にでも出来る仕事を毎日やって、歳をとっていくだけなんだろう。

私も辞めようかと何度も思った。
でも、この仕事を辞めたところで、スキルも技術もない私に何が出来るだろう。
結局、何か新しい仕事についたところで、きっとそれも雑用だろう。
今よりさらにお給料も下がるだろう。

もう、雑用以外自分に出来ることってないんだ、仕事で。
それなら、仕事の充実は捨てよう、と思った。
プライベートの充実を目指すことにしよう。

好きなことをした。
趣味のサッカーに、国際交流のボランティア。
やればやるほど充実した。
サッカーの社会人サークルでは、キャプテンを任されるようになった。ボランティアでは、プロジェクトリーダーに指名された。

そうだ、私は仕事では誰でも出来る雑用しか出来ないけど、趣味の時間は、自分にしか出来ないことをやろう、と思った。

サッカーサークルの雰囲気作りをしよう、もっとイベントをして、試合にもどんどん出て、ミーティングではもっと面白いことをしよう。
工夫を凝らして、色々なことをやってみるのは楽しかった。それが目に見える形で結果として現れるのが、単純に爽快だった。
ボランティアでも、もっと係りの分担を明確にして、ゴールをわかりやすくして、会議を短く出来るように準備に時間をかけた。ファシリテーションの勉強をして、会議のやり方に取り入れた。メンバーから、仕切り方がうまくて動きやすいというコメントをもらった。イベント当日にどう動いたらいいか、メンバーごとに動静表を作った。動きがわかりやすくなり、イベント運営が楽になった。

私、誰にでも出来る仕事じゃなくて私にしか出来ないことをやれてるかも。
気分が良かった。

ただ、もっともっとと作業を続けていく内に、ふと気がついた。
会議の時間を短くしようとすればするほど、自分の準備は増える。資料を作るのは手間だし、労力がいった。
パソコンの前で、苦心しながら会議のタイムスケジュールを作りながら、ふと思う。
これって、雑用なんじゃないか。
別に私じゃなくても出来る。
確かに新しいやり方を導入したのは、私だったけど、でもその後の作業は、誰にでも出来ることだ。
スケジュールを作れない人なんていない。動静表だって、記入するのにものすごく手間がかかるだけで、簡単なことだ。エクセル表に打ち込むだけだ。

雑用とそうじゃない仕事の区分って何なんだろう?
どこで付けるんだろう。
誰にでも出来ない仕事って、何?
疑問がむくむく湧き上がった。

誰にも出来ない仕事とは、意志決定をすることだろうか?
私は、自分の例をもとに考えてみる。
会議を変えます、と決めた。決めるだけなら簡単だ。
でも、その意志決定の後には、こんなに面倒で煩雑で、誰にでも出来る仕事が溢れている。
そして事実上、仕事として意志決定の結果を成り立たせているのは、煩雑な作業の方だ。
意志決定をするだけでは、誰も付いてきてはくれない。
決めたことを定着させていく努力を地道にしていかなくてはいけない。
エクセル表を作ったり、ワードにレジュメを書き出したりしなくてはいけない。
それは、結局は面倒で、細かい作業に他ならないし、繰り返し同じことをやらなくてはいけなくなることも多い。

そもそも偉い人って、誰にも出来ない仕事をしているんだろうか。
営業には、確かに能力が反映されやすいから、誰にも出来ない仕事みたいに思っていたけど、結局は場数の問題なんじゃないか。
何回もやったら、同じパターンになって、マンネリになっていくものだ。
多分、やってみたら誰にでも出来るんじゃないか。
そう考えたら誰にも出来ない仕事なんて、ほとんどないんじゃないだろうか。
むしろ、そこにこだわることって、そんなに大事なことだったのか?
誰にも出来ようが、出来まいが、誰かがしなくてはいけないってことは、それは実際問題必要な仕事なんじゃないか。

私は、仕事に何を求めていたんだろう。
誰にも出来ないことをすることに何故ここまでこだわってしまったんだろう。
意味のないことをしたい人なんていない。だから、辛かった。一番身近な上司に意味がないと言われて、この仕事って意味がないんだ、と思い込んでしまった。
まるで呪文に魔法をかけられたみたいだった。
本当は、誰にも出来ないことがしたいのに! という思いを強めた。

意味があるかと言われれば、これまでの仕事に意味がないわけがなかった。

だって、住む場所がないと彼らは仕事ができない。
仕事ができないと、うちの会社の機械が使えないということになってしまう。
それじゃあ困る。
うちの会社の使命が、性能の良い機械を提供することであるなら、技術者がちゃんと仕事が出来るように生活を支えるのは、立派な仕事だ。
それに、私は、例えば、単にホテルを取るという仕事にも色々な工夫ができることを日々感じていた。エクセル表を見やすく作ること、ホテルの方と仲良くなること、小さなことが結果に差を生んだ。予約をキャンセルする人が出てくる時期も予測がつくようになっていったし、どこのホテルから先に連絡を入れればいいかもわかるようになった。
繁忙期には、予定がなくても先に予約を入れるようにして、リスクを回避したり、(ホテルの方にももしかしたらキャンセルするかもしれませんと伝えて分かっていただいた上で)、そもそもスケジュールの報告が遅いエンジニア派遣部門には、予測でいいから先の予定を出すように要請した。
そうやって日々、色々なことを試していた。
少しでも上手くいくと嬉しかったし、その工夫で、エンジニアが少しでも楽になったり、快適に過ごせたりすると素直によかったと思った。

確かに、イライラすることもあったけど、基本的に私は仕事を楽しんでいた。
それに、そんな小さな仕事の中でコツを掴むことで、そのコツが色々な部分に応用できることにも気がついていた。
何かに真剣に取り組むことは、他のことに取り組む時の大きな足掛かりになる。
そうやって出来ることが増えていく。
自分だけのコツや、人間的なつながりや、やり方や、考えた時間は、自分の大事な経験だし、財産だと思う。
確かに地味な仕事しかやっていなかったけど、地味な仕事が全てを支えているのだ。
小さなことをどこまでやれるかが、大きな仕事につながるのだ。
誰にも出来る仕事だけど、やり方は沢山あって、そこから私は多くのことを学んできていたのだ。

徐々に私はやる気を取り戻した。
どんなことだって、やり方次第で、財産にできる。これを糧にしていける。
どんな仕事をする時も、工夫を加える意識をした。
出来ることは、いっぱいある。もっと試して、貪欲になろうと思った。
誰にでも出来る仕事は、必要だからそこに存在する。そして、そこから何を得るかについては、誰でも一緒じゃない。個人差がある。
出来る限り、搾り取れるだけ、この経験から絞り取ってやれ! そう思うようになった。

働き方が、意識が変わったことで、毎日がちょっとだけ楽しくなった。

あれから、2年が経った。
最近、私は担当を変えられた。扱っているヨーロッパ製の機械が日本の安全基準を満たしているという承認を取る仕事になった。
外国の企業とやり取りをして、製品仕様について確認し、内容を詰めていく。
初めての仕事内容だから難しいことも多い。失敗も多い。でも、面白い。
打ち合わせで、東京や関西に出ることも増えた。
来月には初めて海外出張へ行く。

この世に雑用なんて、本当はない。
雑用と思えることも、やり方次第で自分の財産にできる。
私は、これからも仕事から沢山学ぶ。
誰でも出来ることに、工夫を凝らして真剣に取り組み続ける。

❏ライタープロフィール
弾 歩夢 (Dan Ayumu)
1988年長崎市生まれ。会社員。
2017年8月より天狼院のライティングゼミを受講し、ライターを目指す。趣味は国際交流、サッカー。
REALING LIFE 公認ライター。

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2018-10-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.2

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