屋久島Life&People

アートの常識を超えて@カフェギャラリー百水:多様性の世界観《第6回 屋久島Life&People 》


2021/07/05/公開
記事:杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

【カフェギャラリー百水】


な、なんなの、この空間は。
 
まさに、表現の渦がうごめいている。
ここ、カフェだよね?
 
でも、ただのカフェではない。
 
午後3時、耳を済ませると、ドンドン・ドドン、ドンドン・ドドン、どこからともなく音がする。
 
アフリカのジェンベ太鼓やパーカッションの音がリズミカルに交差しながら聞こえてきて、この屋久島にあって一瞬懐かしい風が遠くアフリカからやってきたように思えた。
 
そのリズムは「カフェギャラリー百水」から聞こえてきている。
屋久島最大の港があり北部の玄関口にあたる宮之浦にそのカフェがある。
 

(カフェギャラリー百水の入り口)

 
カフェスペースの真ん中では、リズムに合わせながらそれぞれが自由に踊っていて、回転したり、手の動きをつけたり、髪を振り乱しながら、踊っている人たちがいる。
 
長年アフリカに住んでいた私は、太鼓のリズムで気がつけば輪の中に入って一緒に踊り始めてしまっていた!
 
そして最後、ドン・ドン・ドン!
みんなピタッと動きを止め美しく終わり、その2秒後、汗だくのダンサーや楽器演奏者たちは、わーっと笑顔で拍手やハイタッチして、また盛り上がっていた。
 

(毎日午後3時からの30分間、踊りや音楽で自己表現の時間)

 
ここにいるのは、何を隠そう「屋久の郷」に通う利用者さんとスタッフたちだ。ここは障がい者就労継続支援(B型)事業所と言って、何らかの障害や難病を抱えた人たちが職業・就労訓練を目的に通っている施設で、カフェはその一部として併設されている。
 

(カフェの様子)


(左:『美代子ねえ』by永綱光代、中央:『遠い記憶の中の路線図』by 鹿島浩二
右:『赤いマニキュアの女性』by深江一誠)

 
実は私自身が、去年から愛心会グループの「屋久の郷」や「縄文の郷」(特別養護老人ホーム)で働く職員スタッフを対象に、福利厚生の一環として「森林ウェルネスプログラム(森林セラピー)」を提供するようになったのがきっかけで、こちらのカフェにも出入りするようになった。
 
平日午前11時の開店と同時に、焼きたてのクッキーや菓子パンが厨房からどんどん運ばれ、一気に空間がいい匂いに包まれる。左奥側のカウンターでコーヒーや紅茶をいれていて、その後ろ側には『今日も 笑いが 止まりません』と書かれてある黒板が見える。利用者さんで名物ウェイターでもある鹿島浩二さんの口癖らしいが、こちらもそれだけで笑えてしまう。そして、トイレに入っても楽しいアート作品やイベント企画のお知らせが貼ってあり、とにかく目が離せない。
 

(カフェカウンターの様子)
(トイレの中は小田和正ワールド
by橋口美代子)

 
そして、カフェの隅っこや壁に向かって、画用紙を立て掛け絵を描いている人や、作品を見合いっこして話し合っている人たちがいる。実はこの人たち、みんな何らかの障害などを抱えた屋久の郷に通う利用者さんなのだ。そして、その裏で必要なときに彼らを後押しするスタッフの存在がある。
 

(利用者の美代子さんと美里さんが作品の意見交換中)

 
そう、ここはただのカフェではなく、障害福祉サービスの一部として、地域との接点を持って運営することを目指している。
 
ちなみに、最近ますます「多様性」とか「ダイバーシティ」などという言葉をあちこちで聞くことが多くなった。だからか、その言葉だけが独り歩きしていて、実態が伴っていなかったり、どう実践していいかわからないと感じている人が私含め多いが、そのヒントになりそうなものが、カフェギャラリー百水に来ると見えてくるような気がしている。
 
 

【屋久島の障がい者】


そもそも、屋久島にはどれだけの障がい者がいるだろう。
 
屋久島町の障がい者数(手帳保持者)は令和2年12月末時点で926人となっていて、人口12,145人の7.6%を占めている(令和3年屋久島町報告書)。全国平均が7.4%なので、それほど違いは見られない(平成31年厚生労働省資料)。また、屋久島で障害福祉サービスを提供している事業所は9か所あるが、このような就労継続支援事業所は2か所しかなく、北部地域は「屋久の郷」、南部地域では「じゃがいものおうち」がその役割を担っている。
 
現在、屋久の郷では約40人が登録しており、以前の登録者数が20人だったときに比べて増えているものの、屋久島町では企業の障がい者雇用や就労に対する理解がまだまだ浸透しておらず、体制が整っていないのが現実だ。
 
 

【屋久の郷のサービス】


今でこそ魅力的な空間を作っている屋久の郷ではあるが、2008年に開所して最初の10年間はなかなか利用者さんの個性を引き出すことが十分できていなかったという。
 
その課題に取り組むべく2018年4月から特色を出し、以下をモットーにして活動を行なっている(屋久の郷HP)。
『みつける(それぞれの創造性を再発見する)』
『つくる(表現する−制作・調理する)』
『みせる(表現したものを評価・購入してもらう)』
『つながる(利用者と地域のつながりをつくる)』
 
その上で、屋久の郷では4分野で、利用者さんの得意分野や、取り組みたい作業の支援を行っていて、①アート工房(絵画、木工、陶芸、刺繍、草木染め)、②パン工房(食パンや菓子パンづくり)、③その他行政からの委託事業(島内の公共施設の清掃やクリーンサポートセンターでの作業)、そして④カフェギャラリー百水運営(利用者さんのアート工房の作品やグッズの展示・販売、手作りパン菓子の販売、ランチやドリンクの提供)などの支援事業を展開している。
 

(利用者さんたちが作ったパン)

 
カフェギャラリー百水は、屋久の郷と地域を繋げる接点としての重要な役割を果たしていると同時に、時として利用者さんたちが作品の創作活動や交流の場としても使われている。そして忘れてはならないのが、毎日午後3時、ここが踊りや音楽で自己表現する空間となる。
 

(自己表現の空間)

 
ちなみに、彼らのように正規の美術教育を受けてない人の作品を「アウトサイダー・アート」とか、「アール・ブリュット(生の芸術)」などと言われており、日本でも最近認識が高まりつつある。
 
 

【個性を引き出す場作り】


ここには、想像どおり、個性のかたまりのような人たちが集まっている。
彼らの感情の起伏は時として激しく、またストレート過ぎるときもあり、ハラハラする場面もあるという。
 
「利用者さん一人ひとりに特別なものがあるし、潜在的なものがあるのですよね。それをどうやったら引き出せるか、どうしたら利用者さんがエンパワメントしていくお手伝いができるのか、ずっと考えてきました」
 
と、屋久の郷も属する社会福祉法人「愛心会」理事長の義山正浩さんはいう。そう、彼こそがカフェギャラリー百水の仕掛け人でありまた中心人物だ。
 
レストランの接客ができない、パンが作れないから、他に選択肢がないから、アート工房でちぎり絵をする、という施設側の都合やマインドセットを変える必要がある、と義山さんは思っていたという。時間をかけて利用者さんとの信頼関係をじっくり築き上げてきたからか、利用者さんの多くは、彼のことが大好きで、彼らの描く絵や作品の中にも義山さんが登場したり、彼に見てもらいたい一心で作品に臨む人もいるそうだ。
 

(日本財団 DIVERSITY IN THE ARTSで入賞作品『とくながひであきとチェッカーズと』
by村​本こずえ)

 
「良い作品を生み出すのが目的ではないないです。そう、身体で表現することを通して、場作りしたり居心地良く過ごすことが目的なのですよね」と、義山さんは続ける。
 
 

【原石という才能と個性を見つけ、磨く】


最初はらくがきにしか見えない絵を描いていた人たちだが、どんどん才能を開花するようになってきた。例えば、11年間皿洗いしかしてこなかった藤村誠さん、今では東京で個展を開くまでに才能が開花した1人だ。
 


(2020年11月開催の藤村誠展)

 
また、いつも街の工事現場を見に行くのが大好きな斎藤晋作さんは、みんなから「現場監督」と呼ばれていた。彼はとにかく暑さに弱く、クリーンサポートセンターでの仕分け仕事など行きたがらず休みがちになっていたところ絵を書き始めた。まさしく現場監督のように、様々な家を見てきたからだろうか、何十枚、何百枚もの家の絵を描き、「斎藤晋作展」を開くまでになったのだ。
 

(晋作さんのおうちシリーズ)

 
「個展のチラシを見て、みんなびっくりしてましたよ。現場監督として知らない人がいない晋作さんが、誰にも真似できないような絵を生み出しているのですから。ある意味、そんな彼の才能をみんなに見てもらいたい、もっと言うと見せつけたい、そんな思いもありましたね」
 
何よりも、晋作さんの家族や親類が一番喜んでいたのが、本当に嬉しかったと義山さんは語る。
 
ある意味、利用者さんの多くは、一般の大人が抱くような恥ずかしさや常識というものを超えて、ストレートに感情や気持ちを表す人が多い。それは、一見非常識とか、空気読めない人などに思われるかもしれない。しかし、発想や見方を変えると、全く新しくて違う発見があるかもしれない。
 
つまり、それは利用者さんの弱みでも障害でもなく、
「特別な部分としてハイライトをあてること」
なのだと義山さんは語る。
 
聞きながら、私がアフリカでありたい世界を一緒に作り上げてきた仲間のこと、そして彼らの中に見えるきらめく才能を思い出した。私にできることは、彼らの中のダイアモンドの原石のような才能や個性を見つけ、一緒に磨いていくことだった。
 

(個性豊かなアーティストによる作品)

 
「わたしたち大人は、色んな世間体、立場や飾る自分やこうあるべきという自分でがんじがらめになっていていることありますよね。ここのみんなは、感情の起伏はあるものの、自分が感じているものを素直に表現していて、それを見て『障害持ってるのってオレだよな』って思いましたね。彼らのほうがよっぽど人間らしいし、すごいなって、正直羨ましいしかなわないと思いましたよ」
 
そう思ったら、偏見なんてものは一瞬で消え、むしろレスペクトしかないと、義山さんは言う。
 
(社会福祉法人愛心会理事長、義山正浩さん)
 
そして、見逃せないアーティストがこちら。
田中力くん19歳、私も密かなファンの1人だ。
いつも色んな挑戦をしている彼だが、その一つに「チカラップ」という自作ラップを作っている。ゴミの分別作業の仕事をしている力さんがゴミの出し方について怒りのラップを発表。
「もってくんな、しんぶんの中に、チラシとビニール、いいかげんおまえらおぼえろよ。(中略)はたメーワクなんだ、(発泡)スチールなんか!」
 
このラップは、カフェ内で聞けたらラッキーだ。
ただ、力くんは、すごいスピードで興味の対象が変わるため、すでにチカラップ全盛期は終わり、次の新しい表現を始めているという。
 

(マイメロのウサギが大好きなチカラくん)
(スタッフの中村たかえさんが描いたチカラップのバニー、最高!)

 
 

【being alive:生きていることを表現できる幸せ】


スタッフは、支援する・されるという関係ではなく、施設側と利用者さんがお互いフラットな関係を築くこと、社会の常識的な観点を押し付けるのではなく、個々のパフォーマンスを上げ能力が開花するのに必要な例えば画材を増やすなどの環境を整えることが必要で、それこそが目指すエンパワメントだ、と義山さんは語ってくれた。
 
やっぱり、私が長年アフリカやアジアで仕事をしながら考えてきたテーマと同じ。
そう、土俵は違えど方向は一緒だなぁと聞いていて、ジワジワ嬉しくなる。
 
週に1~2回アップされる義山さんのインスタグラムには、屋久の郷や特別養護老人ホームの縄文の郷の利用者さんの様子や彼らの作品が写真や動画がアップされるが、これがめちゃくちゃホノボノ系。撮っている義山さんはいつも笑い飛ばしていて、とにかく楽しそう。そしてそれを見る私もにやけてしまう。
 
どうして私たちが、ここにそれほどまで惹き込まれるのか。
 
それは、そこに今「being alive(生きている)」ということが表現されているからのような気がする。そこには、生まれも育ちも、民族も、障がいも、性別も、年齢も超えたところで誰もが与えられているものであり、その瞬間を表現し共有できている。そして、それぞれが持つ可能性やユニークな能力を、最大限に活かし活かされる取り組みが屋久の郷で実践されている。情(なさけ)で買うのではなく、アートとして生み出された作品に価値をつけていく。
 
それこそが、アマルテイア・セン(インドの経済学者でアジア初のノーベル経済学賞受賞者)の言う、本当の豊かさである気がしてならない。
 
そして、何よりも多様性を受け入れるという点では、ここ屋久島の自然は常に見せてくれ、思い出させてくれる。
 
 

【集合的無意識レベルで繋がる】


そしてもうひとり、最近屋久の郷に衝撃を走らせている人物がいるという。
彼女の名前は塚田玲子さん。最近事業所に通い始めたそうだが、それまで20年間以上ずっと引きこもっていて、その間3色ボールペンだけを使ってひたすら、スケッチブックに描き続けていたそうだ。ここに通い始めてからは、ボールペンだけでなく、ポスカや水彩など新たな画材が加わって、彼女の才能が開き、新しい作品を生み出しているそうで、まるでこれまでためていたものが溢れ出てきているかのようだ。
 
「彼女の作品は、見ている私たちの奥深くの本質に語りかけ、はっとする領域から生み出され表現したものがある気がするのですよね」
 

(『みうえいもりご』by塚田玲子)

 
それは、みんなが共有する感覚でそこに訴えかける何か、つまり「集合的無意識」のようなものがあると、義山さんは感じている。そして、彼女の多くの作品には、土偶のような絵が敷き詰められ、そのスキマに意味をなさない文字が書かれてある。
 
かとせでいでい
ぐごものり
かきりとるさんり
 
何? どういう意味?
わかるようでわからない……
 
この集合的無意識レベルで何かを感じ取ったのだろうか、あるフランス人アーティストは、彼女の作品をインスタで見て2枚即購入を決めたそうだが、そのときにこの日本語を訳してほしいというリクエストが来た。
 
その答えはもちろん
「訳せません」
 
もうここまで来たら、常識の枠を外して原始語と言うか宇宙語と言うか、それらそのままありのまま楽しんでしまおう。
 
「言ってしまえば、DNAに刻まれた記憶がこの作品で表現されているような気がしていて、衝撃だし、驚きしかないです」
 
それは、見たもの、見えるものをそのまま描くのではなく、そこから削ぎ落とされた先にある本質を表現しているのか、例えば恐竜の写真を見て描いていても、彼女のレンズを通してみると違うものとして現れることがある。この摩訶不思議さを楽しむのも悪くない。
 
そんな玲子さんの登場は他の利用者さんの刺激になっただけでなく、屋久の郷のこれまでの常識を一変してしまったという。
 
今回ここで紹介した人たちの他にもたくさんの個性あふれる人たちがいる。
 
そう、みんな違っていいし、それがステキだ。
 

(藤村誠さんに描いてもらった『モッチョム岳とまゆゆう』)

 
これからも日々進化する屋久の郷・カフェギャラリー百水にワクワクするし、目が離せない!屋久島に来たら、ぜひカフェギャラリー百水にフラッと立ち寄ってみてほしい、きっと新たな屋久島が見えてくるだろう。
 

(愛心会グループ(屋久の郷と縄文の郷)で働く職員を対象に開催している森林浴・森林セラピープログラムの様子)

 
 
 
 
<参考資料・情報提供元>
屋久の郷HP https://aishin-kai.or.jp/yaku
屋久島町第2期障害者計画/第6期障害福祉計画/第2期障害児福祉計画(令和3年、鹿児島県屋久島町)
厚生労働省資料(平成31年度)
 
<写真提供>
©︎2020 Makiko Sugishita. 義山正浩、中村たかえ、屋久の郷、yu、All Rights Reserved.

□ライターズプロフィール
杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)

大阪生まれ、2児の母。
1998年より、アフリカやアジア諸国で、地域保健/国際保健分野の専門家として国際協力事業に従事。娘は2歳までケニアで育つ。そこで色んな生き方をしている多種多様な人々と出逢いや豊かな自然環境の中で、自身の人生に彩りを与えてきた。
その後人生の方向転換を果たし、2020年春、子連れで屋久島に移住。現在【森と健康】をテーマに屋久島で森林セラピーを中心とした森林ウェルネスプログラムの活動を展開している(カレイドスコープ代表)。
関西大学卒業、米国ピッツバーグ大学院(社会経済開発)修士号取得、米国ジョンズホプキンス大学院(公衆衛生)修士号取得。

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2021-07-05 | Posted in 屋久島Life&People

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