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死にたてのゾンビ

都会っ子転校生が連れてきたゾンビ《READING LIFE不定期連載「死にたてのゾンビ」》


記事:濱田 綾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1個、2個、3個、4個……。
手のひらに取り出したものを数える。
ふぅーと息を吐き出す。
何とも言えない気持ちも、一緒に吐き出すように。
どうか、この気持ちがどこかへ逝き、なくなりますように。
手のひらに感じた金属の冷たさを噛みしめながら、そう思った。
 

 

あれは、吐いた息が白くなりはじめた朝のこと。
くたびれてきたランドセルを背負って、いつものように出かけた。
いつもと違うのは、足取りが重いことだけ。
ずらりと並んだ下駄箱の中から、白い上履きに手を伸ばす。
取り出そうとした瞬間、ちらっと光るものが見えたような気がした。
気のせいであってほしい。
そう思いながら、靴の中を覗いてみる。
鈍い色に光る金属片が、目に入る。
画びょうだ……。
ドクドクドク……。
心臓が、かなりの勢いで波うち始める。
何だか後ろめたいようで、一度後ろを振り返る。
幸い、周りには誰もいない。
そうして、一つずつ取り出す。
1個、2個、3個、4個……。
手のひらに載せた重みが、そのまま重石になったかのように。
ずっしりと、心は沈んでいた。
とにかく教室に行かないと。
やっとの思いで、上履きを履いた。
そして、手のひらに冷たさを感じながらも、小さな金属片が、外からは見えない様に覆って隠した。
ビクビクとした挙動不審な様子で、教室に向かう。
隠していた画びょうを、教室の後ろにそっと差し込む。
まるで、何事もなかったかのように。
そうあってほしいと願いを込めながら。

「ほら、来た、来た。なんや。引っかかってへん」
「教室の後ろに隠してる。あの子のどこがいいんやろ。髪の毛が長いだけやん」
騒がしい教室でも、何でこういう時は、よく聞こえるんだろう。
聞きたくもない事だけど、でも耳が集中してしまう。
どうしてこうなったのか。何が変わってしまったのか。
胸が苦しくなる。
ここは日常。ごく普通の平凡な日々を過ごしていたのに。
テレビの中の世界のように、こんなに急に変わってしまうなんて。
 

 

きっかけは、ほんの些細な出来事だった。
片田舎にある小学校に、東京から転校生がやってきた。
街にひとつしかない学校。
みんな、小さいころから知っている顔ぶれ。
そんな中に転校生がやってくるなんて、しかも東京からなんて。
私たちにとっては、芸能人でも見たかのような珍しさだった。
その男の子は、標準語が醸し出す都会らしさも加わって、すぐに女子の話題になると予想できた。
「そうだな、あの席にしようか」
誰が、転校生の席の隣になるのか。
クラス中がそんな話題で、がやがやしている頃。
担任の先生が指さしたのは、よりにもよって私の隣だった。
なんで……。
すぐに芽生えた正直な気持ちだった。
何のことはない。
その頃、視力が落ちてきていた私は、いつも黒板が見やすい場所の席にしてもらっていた。
今思えば、そのほうが先生からも目が届きやすかったんだろう。
でも、登校初日に、あれほど女子の中で話題になった彼だ。
女子の感情が、どういう風に動いていくのか。
嫌な予感しかしなかった。

「よろしく。髪の毛、長いんだね。女の子らしくてお嬢様みたい」
隣にやってきた彼が、都会らしさをまとって話す。
ここは、外国か。
こんな田舎じゃ、そんなリップサービスを言う男子はいない。
習い事のアップヘア用に、ずっと長かった髪の毛。
でも、それが普通で。
誰も、自分さえも、気にも留めていなかったこと。
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。
何だか、ドキッとした。
上手く言葉が出てこなくて。
「よろしく……」
聞こえるか、聞こえないかの声で返した。

休み時間のたびに、彼の席の周りは賑やかだった。
私は、大人数があまり得意ではなかった。
何だか、居心地が悪くて。
長い休みの時は、好きだった図書室に逃げるように通った。
そうして、チャイムが鳴って席に戻る。
「休み時間、どこに行っていたの?」
標準語の彼は、くったくなく話しかけてくる。
それが、みんなを引き付けるんだろう。
分かってはいるけど。
どうしても周りの視線が気になってしまう。
「図書室」
早く席替えにならないかな。
そう思いながら、一言だけ答えた。

そんな思いとは裏腹に。
隣の席だと、何かと話す機会が多くなっていった。
彼の新しい教科書が届くまでは、一緒に見なければならなかったし、掃除や給食当番の班も同じだった。
そして事あるごとに、彼の口から、なぜか髪の毛の話が出てきた。
「髪の毛、おろしているほうが似合う。お嬢様みたい」
どうも、この標準語とリップサービスには慣れない。
そして、女子の目が怖かったのは、気のせいであってほしいと願っていた。

クラスの中には、目鼻立ちがはっきりして明るい人気者の女の子がいた。
そういえば、休み時間のたびに彼の席に来てたっけ。
クラスの中には、グループが大なり小なり存在していた。
大きなグループの中心は、その子だった。
そして、いくつか存在するグループの中で、暗黙の格付けのようなものがなされていた。
その頃の私は、友達がいないわけでもなかったし、親友と呼べる友もいたけれど。
でも、どうもその大きなグループというものが、得意ではなかった。
仲良くしているように見えて、そうではないのかもしれない。
時折、垣間見える裏の様子からは、何のためのグループなのかよく分からなかった。
そういうの、めんどくさい。
今思えば、少し冷めた目で見ている、可愛げのない子だったのかもしれない。

そんなことも相まってか。
ある日のこと、図書室から戻ると教科書が見当たらなくなっていた。
確かに、机の上に置いたはずなのに。
机の中を探すけれど、見つからない。
なんで? さっきはあったのに。
考えれば考えるほど、焦ってしまう。
そんな様子に気づいたのか。
「教科書ないの? 一緒に見よう」
そっと、彼が差し出してくれた。
この時ばかりは、神様のように見えた。
何となく気が引けたけれど、でもありがたかった。
おかげで、急に潤んできた瞳を少し紛らわすことができた。
でも、頭の中では教科書のことが、気がかりで仕方なかった。
そうしていくつかの授業が終わり、掃除の時間が終わって、下校の時間になった頃。
教室の後ろにある、ランドセル置き場の上に、教科書らしきものを見つけた。
あっ、あった! よかった。
そう思ったのも、一瞬で。
紙切れが、バサバサっと上に置いてあった。
見ると、どの文字も悪意が襲い掛かってくるような。
そんな、目をそむけたくなる言葉たちだった。
見間違いじゃないかと思ったけれど。
そんなはずないとも思ったけれど。
それは、確かに私の教科書だった。

なんで?
なんで、こんなことになるんだろう。
目元がじわりと滲んでくるのが分かる。
一度は、何とか紛らわせたけど。
でも、どんどん滲んでくる。
だけど、ここで泣きたくない。泣いてたまるか。
泣きたくない。
そう思って、一度ぎゅっと目をつぶって。
そうして、襲い掛かってくる手を振りほどくように。
紙切れを破って、ごみ箱に投げ捨てた。
その後も、悲しいのか。悔しいのか。
とにかく家に帰ってからは、泣きたくてたまらなかった。
でも、そういう時の時間は悲しいくらい、あっという間に過ぎる。
すぐに、また朝がやってくる。

いつもと同じような朝。
いつものように、ランドセルを背負って出かける。
ただ、いつもと違うのは足取りが重いことだけ。
そうして、あの画びょう事件が起こった。

「ただ髪が長いだけで、お嬢様なんてなぁ」
「ほんまや。どこがいいんやろ」

ああ、どうして聞きたくもないことなのに耳には入ってくるんだろう。
そんなことして、何が楽しいんだろう。
何をしてほしくて、そんなことをするんだろう。
私が、何かした?
これって、もしかして……。
そんなことを頭の中で、ぐるぐる思いながらも、口に出せない。
ましてや、面と向かってなんて言えない。
ただただ、時間が過ぎ去ってくれるのを、下を向いて待つばかりだ。
ただただ、涙がこぼれない様に、目にぐっと力を入れるだけ。

そのあとも、黒い悪意のような気持ちは伝染していった。
まるで、ゾンビが生まれて。
そのあと、次々とゾンビが増えていくかのように。
ゾンビが増えていっても、その世界を疑いもしないくらいに。
それくらい、恐ろしい伝染力だった。

そんな日々は、私の心の中にも色を落としていった。
悲しさや苦しさや、くやしさや。
やるせなさや憤りや。
そして、どんどん。どんどん黒く染めていった。
それでも、もうすぐ目の前に、卒業という区切りが見えていたのは救いだった。
そして、席替えもあった。
予想通り春になると、迫りくる手は、いつの間にかなくなっていた。
そうして、安堵して。
でも、怖さも感じずにはいられなかった。
人の感情というものの、ある一面の怖さを。
 

 

少女から思春期に向かう頃。
転校生の彼がやってきた、あの日々。
人の心の中には、いろんな感情があるんだと、感じずにはいられなかった。
もちろん、自分の中にも。

尊敬や憧れや好意や。
羨ましさや嫉妬や苛立ちや。
そして怒りとなったり、憎しみとなったり、悲しみとなったり。
出来ることなら出てきてほしくない感情も、ずっと心の中には眠っている。
どのタイミングで。
どの人との関係性の中で、出てくるかは分からない。
悪意に満ちた感情だけの人もいないし、きっとその反対もない。
それは、心の中に眠っているゾンビのようだ。
ふとしたタイミングで目覚め、そしてどんどん増えていく。
周りにも伝わっていく。
決して、なくなることはない感情。
でも、ずっと生き続けることもない。
そこにあるのか、もうなくなったのか。
生きているのか、死にたてなのか。また生まれるのか。
誰もが共に過ごしている、自分の中のゾンビ。
だけど、その存在自体は悪だけではない。
すべてが、それに染められなければ。
昼もあれば夜も訪れ、また朝が来るように。
光が当たるところには、影が出来るように。
自分の中のゾンビとうまく付き合っていくには、共存していくには、きっと。
その存在を認めることから、始まるんだろう。
 

 

少女時代の小さな心には、重たかったけれど。
今になると、そんなことを教えてくれたようにも思える、あの日々。
もしかしたら、都会っ子転校生からの思わぬギフトだったのかもしれない。

❏ライタープロフィール
濱田 綾
福井県生まれ。国立工業高等専門学校 電子制御工学科卒業。
在学中に看護師を志すも、ひょんなご縁から、卒業後は女性自衛官となる。
イメージ通り、顔も体も泥まみれの青春時代。それでも看護師の道が諦めきれず、何とか入試をクリアして、看護学生に。国家試験も何とかパスして、銃を注射に持ち代え白衣の戦士となる。総合病院に10年勤務。主に呼吸器・消化器内科、訪問看護に従事。
プライベートでは、男子3兄弟の母で日々格闘中。
今年度より池袋にほど近い、内科クリニックで勤務している。クリニック開業前から携わり、看護師業務の枠を超えて、様々な仕事に取り組む。そんな中で、ブログやホームページの文章を書く、言葉で想いを伝えるということの難しさを実感する。
上司の勧めから「ライティング・ゼミ」を知り、2018年6月に平日コースを受講。
「文章は人を表す」は、ゼミを受ける中で、一番強く感じたこと。上っ面だけではない、想いを載せた文章を綴りたい。そんな歩み方していきたいと思い、9月より「ライターズ倶楽部」に参加中。

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2018-12-03 | Posted in 死にたてのゾンビ

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