第2章 想いだけではじめてみたものの〜まさかの赤字毎月50万円《ママ起業のリアル》
記事:ギール 里映(READING LIFE編集部公認ライター)
「オープンの日は新月の日」
そう決めていました。なぜなら新月の日に始めたことは、うまくいきやすいと言われているからです。お店オープンの日を決めることに、なんの頓着もない方もいらっしゃると思いますが、私にとってはとても大事なことだったのです。
というのも、私がやりたかったのは「自然食品店」の経営です。自然食品店とは単に、無農薬や無添加の食材を販売することが仕事ではありません。食を通して社会との関わりを考えるきっかけとなったり、また人間たちが自然の一部であると認識することで、サステナブルな循環社会を作り出すためのきっかけとなることも役割の一つ。となると一つ一つの決まりごとに、何かメッセージがあるほうが伝わりやすい。当時ストーリーマーケティングの手法などまったくわからなかったにも関わらず、こういうストーリーをしっかりと持つことが、私にとって大切なことでした。
しかし、新月の日というのは、28日間に1回しかありません。物件契約から最短28日では時間がなさすぎ、かといって、3周して84日後だと遅すぎる。となると自ずと56日後がちょうどよく、あっさりと開業日は7月27日と決まりました。
開業日が決まると、あとはカウントダウンです。その日に間に合わせるために、急ピッチで準備がすすみました。案の定遅れ気味な内装工事も気合で早く仕上げてもらい、オープン日をめがけて買い出しや仕入れと準備が進んでいきます。
案外時間がかかるのは、実は工事などではありません。開業届や口座の開設、保健所の許可申請など、思わぬところで結構な手間と時間がかかりました。どれもやったことのないことばかり、今から振り返るとどうやってダンドリよくこなしていったのかはほとんど覚えていないぐらい。しかしなぜか物事はうまく回るようにできていて、当初の予定を遅らせることなく、無事にお店はオープンしたのです。
屋号はオーガニックショップギールズとしました。
“ギールさんの自然食品店”を英語にしたものです。
自分自身にネーミングのセンスはなく、気の利いた名前を全く思いつかなかったので、素直に自分の名前を店名にしました。幸い外国人の夫の名字のおかげで、なんとなく格好のついた名前になりました。名前が決まるとテンションがあがります。「自分の城ができた」という感触が、なんともくすぐったかったのを覚えています。
オープンの前日はまるで戦争のようでした。
開店時間が決まっているので、それまでにお店として格好がつかなくてはならない。しかし夜の8時になっても、まだ何も商品が棚に並んでいないのです。私はまだ4歳になる息子を夫に託し、手伝ってくれている店長、そして新しく一緒に働いてくれるアルバイトのメンバーとともに、まるまる一晩かけて準備をしていきました。こういう感じはなんとなく、学園祭の準備に似ています。みんなで協力して何かを作り上げていく過程は、なにか懐かしい、初々しい気持ちを思い出させてくれました。良いものをお客様に提供したい!という純粋な気持ちで仕事をする仲間の、気持ちのいい関係がそこにはありました。しかしその関係は、そのあとあっという間に崩れ始めたのでした。
開店日当日、100名以上の友人知人がお祝いに訪れ、ご近所さんからの祝福を受けて、無事にお店はオープンしました。開店記念ということで、仲間が有志で料理を作ってくれて、ささやかながらのおもてなしもできました。久しぶりに会うメンバーも集い、私の新しい門出を多くの方が祝ってくださいました。皆がご祝儀代わりに買い物をして帰ってくださったので、売上もしっかりあがりました。全ては順風満帆のように見えた開店日でしたが、その翌日からすでにおかしな歯車が回りだしていたのです。
当時、私の一人息子は4歳になったばかりでした。まだまだ手がかかる歳で幼稚園に通っています。延長保育をお願いしても、夕方の16時には帰ってきます。そうなるとそのあとのお店はスタッフと店長さんにお願いするしかなく、それはもともと店長さんにも伝えてあったことでした。私は朝息子を送ってからお店に入り、16時まで仕事をしてあとはスタッフにまかせるという、そんなルーティンが始まりました。お店は11時オープンで、準備があっても10時に入ればよかった。夜は19時までなので、16時から19時までの3時間だけ、他の人に任せればいい。開店準備や閉店作業などのルーティンワークも最初は慣れずに戸惑うことが多かったものの、次第にやることが整理されていき、マニュアルもできあがり、無駄なくできるように整備されていきました。
仕事のルーティンはうまく回り始めたのですが、思っているほど売上がのびていきません。事業計画書に描いたものとは程遠い現実がそこにはありました。売上があがらなくても、かかる固定費は支払わなくてはなりません。家賃や人件費、光熱費や仕入れなど、どうしてもかかる膨大なコストは、売上よりも大きかったのです。
しかしこれはもちろん織り込み済みです。はじめはそんなものだろうと覚悟の上でした。
お店が定着して、認知されて、広まるまでは苦しいだろうと覚悟はしていましたので、貯金を切り崩しながら経営を続けていました。人件費を削るためには自分が店に出るしかありませんが、小さい子どもを抱えてだとそうもいきません。なるべく少ないアルバイトで店を回したかったのですが、どうしても2人体制にしないと店がまわらないと店長に言われたので、スタッフは常に2人配置していたのです。
しかし、です。
昼間にお店を訪れる客の少ないこと!
駅チカではありましたが、人が多く通る道沿いではなかったこともあり、なかなか人が入ってきてくれません。認知をひろげるためにチラシを配ったり、道路上に看板を設置したりしましたが、大した効果は感じられず、お客さんはなかなか増えていきません。
「どうして、こんなに良いものをたくさん置いているのに、お客さんが来てくれないのだろう?」
考えてもわかりませんでした。当時ビジネスの方法も、マーケティングも、店舗経営もまったく経験のなかった私は、愚直にも「一生懸命にさえやっていれば、いつかなんとかなる」と思い込んでおり、その中でできることと言えば、ただ一生懸命サービスをすることでした。とはいえ小さい子どもがいるため限界があります。自分が現場でがんばれば、もっとできると感じていたのに、何もできない状況にやきもきする日が続きました。
そんな状況のなかで仕事とお店を店長とスタッフに任せていたのですが、なにかと目についてしまうわけです、彼らの仕事ぶりが。そもそもなぜそんなにお客さんが少ないのに2人もスタッフが必要なのかがわからず、かといって彼らの「一人だとトイレにもいけない」という主張にも一応理解はできる。
一円でも貴重なお金なのに、発注ミス、破損、賞味期限チェック漏れなど、毎日多くのロスが生まれていきます。人間はミスをする生き物ですから仕方ないとは思う反面、あきらかなケアレスミスの連続に、自分が現場にいられない分、イライラがさらに募ります。
どうしてこんなにうまくいかないんだろう?
どうしてスタッフがなかなか仕事を覚えないのだろう?
考えてもわかりません。そんなある日、とあるスタッフが耳打ちをしてくれたことがありました。
私が不在のときに、店長が私の悪口をスタッフにもお客さんにも言っている、ということを。
なぜ彼女がそんな行動をとったのかはさっぱりわかりませんが、そんな状況でうまくいくはずなどありません。店長がいなければ店は回らないという状況もありましたが、そんな店長にスタッフが萎縮してしまい仕事ができなくなってしまっていたことで、スタッフのミスが増えていたのです。またオーナーの悪口をいう店長がいる店に、お客さんも行きたいとは思わない。自分のお店にも関わらず、なにかとげとげした不穏な空気が漂い、お店の空気が悪くなっていたのです。
それから何度か話し合いの機会をもったものの、結局は理解しあえることはなく、ちょうどその店長は次の仕事のオファーがあるからということで、穏便に辞めてもらいました。
このとき、毎月ほぼ50万円以上の赤字を出していました。もともと無駄遣いをしない性格なので、これまで働いてきたときの貯金はあったし、行政からの融資もうけていたので少しのお金はあったのですが、さすがに毎月50万円の赤字は個人事業主としては大きな額です。これをまずはストップさせなければならないと、それから大幅な経営改革に望みました。
店長が辞めたあと、スタッフとしっかり話し合い、ランチタイム以外の時間は一人体制で回すようにしました。それまで店長に任せていた仕入れは、私が全部引き継ぐことにしました。ケアレスミスがでないよう、スタッフ間でのチェック体制を整えていきました。
しかし、なかなか赤字は解消されていきません。
良いものを一生懸命提供していけば、いつかなんとかなる。
これは今でもそう思ってはいるのですが、このとき、ビジネスにもやり方があって、きちんと学ばなければならないということは、全く知らなかったのです。
今から振り返ると本当に無謀に起業をし、金銭的にも大きな痛手を受けたのですが、このときの経験がなかったら私は、きちんとビジネスや起業の仕方を学ぶこともなく、今のような仕事には出会えていなかったでしょう。
毎月の赤字をまずはなんとかしなくてはいけない。今のままでいいはずがない。
そう思った私は一念発起し、起業塾の門をたたきました。いわゆる、高額起業塾と言われるたぐいの、なんだか怪しい雰囲気すらするところです。個別相談に行くと受講料が半年で100万円と言われました。毎月の赤字があるのに、そのような大金を払う余裕はありません。とはいえ、このままでいても赤字がかさんでいくだけです。私はその高額起業塾に入ることに決めました。できるかどうかは、やってみるまでわからない。投資するのだから、投資したぶんだけ必ず取り返せばいい。そんな気持ちで入塾を決めるも、ここでまた事件が起こります。
入塾手続きをしようとしているさなかに、スタッフの一人がうつ病で入院してしまいました。採用のときにはうつ病があることを一切聞かされていなかったので、まさに寝耳に水のできごとです。
それでなくてもタイトなアルバイトのシフトで回しているのに、一人かけてしまったらお店はなりたちません。そこで私は自分の出勤日を増やすことにして、この起業塾に入る話は立ち消えになりました。100万円、使わずに済んだ。そう思うと心は穏やかにもなるのですが、それでも苦しい状況は何一つ変わることなく、むしろ一人減ったスタッフのおかげで、ますます経営が厳しくなっていきます。
「もう本当に、なんとかしなくては」
お店を辞めるという選択肢はその時にはありませんでした。まずは3年間はやり続けないと、なにも得るものがないと思っていましたし、かといって毎月月末が来るのが恐い。支払いができなかったらどうしよう、家賃が払えなかったらどうしよう、そんな不安で毎日が押しつぶされそうでした。
いよいよ切羽詰まってきました。そこで私はさらなる暴挙にでました。
それはなんと、別の仕事を始めること。
とにかく何か少しでも、安定的に給与をいただける仕事につければ、少しは経営が楽になるかもしれないと思い、お勤めをはじめました。
とはいえ、店舗経営と子育てをしながらできる仕事は多くはありません。そこで私が選んだ仕事はヨガ講師。時間の融通がきき、週1からの勤務でも大丈夫という仕事で、少なからず収入を得ようと思ったのです。
しかしこれは、私の首をさらに締めることになりました。
どうしても夜のクラスの講師が必要ということで、夕方のクラスを担当することになりました。これならお店の時間とバッティングしないので働きやすいと思ったのですが、問題は子どもです。ママが夜でかけるには、子どものケアをする存在が必要です。夫は毎日仕事で遅く、全く頼りになりません。そのためシッターさんをお願いしなくてはならなくなりました。
すでにお気づきかと思いますが、アルバイト代を頂いてシッター代を支払っていたので、ほぼほぼ収入は増えなかったのです。ただ仕事が増えて忙しくなっただけで、店舗経営は引き続き火の車です。幸いヨガの生徒さんや講師仲間が買い物をしてくれる機会を得ましたが、それぐらいでは累積し続ける赤字をどうにかすることは、もはや全く不可能だったのです。
もう、いい加減、どうにかしなくては。
そこで私は、別の起業塾を考えました。とにかくまともにビジネスを教えてくれる人に出会いたい。そんな思いで起業セミナーにたくさん参加し、「この人なら」と思う人のところに入塾を決めました。そこは6ヶ月で50万円の起業塾でした。これなら、前のところの半額だ!とむしろ安くも感じましたし、50万を払って赤字がストップできるのなら、これはとても価値のある投資だと思いました。
こうして私は背水の陣で50万円を支払い、ゼロからビジネスを学ぶことになったのです。
もしこんなにお金を失うことを知っていたら、果たして私は起業をしなかったのでしょうか。答えはノーです。どんどんと減っていく銀行口座に戦々恐々としながらも、今のままの自分でいるのはいやだ、私にはもっとできるはずだという、恐怖心と根拠のない自信だけはありました。起業に、楽して直ぐにうまくいくなんてありえない。お金、時間、労力など、あらゆるものを投資するから頑張れるというものだし、頑張るからこそ成果につながる。そんなことをこの段階で学べたことは、今振り返ってみたらありがたいことです。
起業塾にも入り、いよいよここから本格的な学びと実践が始まります。
しかしこのとき私は、これから待ち受けるものを全く予想できていなかったのです。
<3章につづく>
ママのお助けレシピ
〜しんどいときにがんばれる高コスパレシピ〜
お金がピンチ!だけどお腹は空いた!
そんなときに、なるべくコストをかけず、だけどジャンクではなく、自分に喝と栄養と応援をくれるご飯を食べたい。そんな願いを叶えるこのスープは残り野菜もまるごと使え、皮をむく必要もないのでまるごと無駄なく食べられます。一度にたくさん作っておいて、味付けをいろいろと変えることで、飽きずにいろいろに楽しめます。
いろいろ野菜の重ね煮スープ
材料
野菜いろいろ(にんじん、ごぼう、大根など根菜、小松菜、ほうれん草などの葉野菜、かぼちゃ、玉ねぎなどの丸い野菜など、余った野菜やヘタなども使えます)
昆布はがき大1枚
味噌や醤油など適量
作り方(炊飯器)
1 野菜は一口大に切る
2 1の野菜を、昆布をしいた鍋のなかに、順番に入れていく。まだ鍋は火にかけない。
3 重ねる順番がポイントで、一番下に緑の野菜や葉野菜、その上に玉ねぎ、ネギ、かぼちゃなど丸い野菜、その上にごぼう、人参などの根菜をおいていく。
4 ひたひたになるまで水を注ぎ、中弱火にかける。沸騰しはじめたら弱火にして
野菜が柔らかくなるまで煮る。
5 野菜が柔らかくなったら、お好みの味を付けてできあがり。味噌を入れれば味噌汁に、カレー粉をいれればカレーに、トマトを入れたらミネストローネと、バリエーションが楽しめる。
❏ライタープロフィール
ギール 里映(READING LIFE 編集部公認ライター)
食べかた研究家。
京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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