週刊READING LIFE vol.80

どこまでも追いかけてくるペテン師の正体《週刊READING LIFE Vol.80 2020年の「かっこいい大人」論》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あなた、途中入社だけど、短大卒でキャリアなしね。
うちの会社はキャリア採用というのがあるんだけど、
あなたの場合はそれと違うわね」
 
20代前半、今から25年以上前、私は転職活動をしていた。求人票では働きたいという職場は見つからなかった。だが、求人は出していなかったが、以前お世話になったことのある教育関係の企業で働いてみたいと思った。その思いは次第に強くなり、私に手紙を書かせた。「御社の事をXXで知り、ぜひ働かせていただきたい」と。
 
手紙を読んでもらえることも期待はしていなかったが、数日後に希望勤務地の所長から電話を受けた。ちょうど、長年働かれた女性が辞めることになり、引き継ぐ人を探しているところだったらしい。私はその会社でまず2ヶ月間、使用期間としてアルバイトで働くことになった。
 
未経験の業種で毎日学ぶことがあり、2ヶ月が怒涛のようにすぎた。自分のやりたかったことだから仕事が楽しかった。
 
冒頭の言葉は、2ヶ月後、社員になるための面接で面接官に言われた言葉だ。その面接官は、当時60歳位で、講演やコンサルティングで全国各地を飛び回っていた貫禄のある女性副社長だった。その振る舞いと言動は自信と経験に満ち溢れていた。同じ女性として尊敬の念が芽生えたことは確かだった。
 
冒頭の言葉を面接で言われた時、私は劣等感に見舞われたのと同時に「キャリアと学歴」という、私に足りないものを突きつけられた瞬間でもあった。
 
社員として採用が決まり、私はがむしゃらに仕事に取り組んだ。この企業では、同じ職場や他営業所にも活躍されている女性の先輩が多くいた。それらの女性先輩方と面接時に会った副社長の共通点は、どの方も自信を持って仕事に打ち込んでいるということだった。自信というものはきっと、仕事で経験を積むことで自然と養っていくものなのだろうと思った。私も頑張れば、先輩方のようにキャリアを積み、仕事もプライベートも充実させた自信に満ちたかっこいい大人の女性になれるのだろうか。そんな思いで目の前の先輩方を目標に仕事に打ち込む日が続いた。
 
時が経ち、私にも部下ができた。自分で新しい企画を立てて実行した。出張して大勢の人の前でプレゼンもした。遠方の事務所にいる新入社員の教育にも携わった。
新規採用のアルバイトや社員の面接官として、所長と一緒に面接に同席することもあった。応募してくる人の中には、私以上にキャリヤや学歴がある人もいた。その時気がついたことは、私が入社したときに面接を受けたのは私一人だったが、もし会社が求人を出していたとしたら、私は採用されることもなく入社していなかったのかもしれないということだった。たまたま退職する人がいて、タイミング良く入社したけれど、本来私の実力では入社することは無理だったんじゃないかと思うようになった。その念は時折わたしを襲った。

 

 

 

私は学歴のコンプレックスを克服するために、仕事をしながら通信課程で大卒の資格を取った。数年仕事を続けた後に、会社を辞めて英語力の向上を目的にイギリスに留学することにした。会社ではいろいろな事を経験させてもらったのにも関わらず自信につながらなかったことで、自分自身がこの職場では、これ以上成長しないような気がしたことも退職を決めた理由でもあった。その後、紆余曲折あり、当初語学留学だったのが、急遽イギリスで大学院に進学することになり、簡単ではなかったが努力を重ね、期限内で卒業することができた。

 

 

 

留学後、大手企業の子会社に転職エージェントを通じて就職した。その時も、当初入社が決まっていた方がいたのだが、その人が前職を辞めることができなくなり、誰か別の人を企業に急遽紹介しなくてはいけなかった矢先に私が現れたということだった。こうして、タイミング良く就職が決まった。この職場でもいろいろな経験をさせてもらった。しかし、そこで数年勤めても、やはり自信というものは身につかなかった。当時30代、企業では中堅としてばりばり働いている世代だ。学歴、キャリア、英語力、経験、努力して足りない部分を補っても何かが足りない。どれだけ努力を重ねても、自信には結びつかなかった。その思いは焦燥感へと形を変えていった。

 

 

 

その後、結婚、出産を経験し、アメリカに移住した。今は、子育てと仕事のバランスを考慮した上で、ヨーガのインストラクターの資格を2つ取得し、さらにヨーガの本質を取り入れた整体を行っている。50歳を目の前にして、私が20代の時に出会った女性副社長の年に随分近づいた。しかし、20代のときから仕事において感じてきていた自分の自信のなさは、今でも私につきまとった。私が20代の時に目指した自身に満ちたかっこいい大人の女性像とは程遠い自分を認めざるを得なかった。どの仕事をしても何もかもが未達成で、自信がなく中途半端な気がした。

 

 

 

先日、Vogue日本語版、2020年3月29日付けのオンラインの記事で、元アメリカ大統領であるオバマ大統夫人、ミシェル・オバマ氏のインタビュー記事を読んだ。
 
そのタイトルは「ミシェル・オバマが語る女子教育の力、そしてインポスター症候群の乗り越え方」だった。
 
「インポスター症候群」という言葉を私は初めて聞いた。ウィキペディアによると「自分の達成を内面的に肯定できず、自分は詐欺師であると感じる傾向であり、一般的には、社会的に成功した人たちの中に多く見られる」ということだった。
 
さらに、いろいろ調べてみた。インポスターとは英語で詐欺師、ペテン師という意味で、自分に能力や実力があるかのように、周囲を欺いているという気持ちに陥り、自己評価が低く、必要以上に謙遜し、自分を卑下する心理状態に陥っている状態ということだ。
 
まず断っておきたいが、私が社会的に成功しているとは思っていない。ただ、どの仕事でも、置かれた立場で、常に努力してきたのは確かだ。だが、どれだけそれぞれの仕事でキャリアを重ねても、自己評価が低く、ネガティブで自分自身を卑下していたことも事実だ。正に、この「インポスター症候群」の症状に当てはまることが多くあった。仕事で成功しても、運が良かっただけだ。偶然だった。周りの人が助けてくれたからだ。などと自分の努力が実った結果だとは考えることはなかった。
 
「自分は無能で、それが周囲にばれる事を非常に恐れていて、自分は能力があるかのように周囲を欺いている」そう、自分がペテン師であるかのように。自信のなさにいつもつきまとっていた心の中のザラつき。それは、この言葉で説明された。

 

 

 

今、私は書くことを学んでいる。昨年まで書くことがコンプレックスで、それを克服するために受講を始めたライティングの講座。4ヶ月間学んだ後、せっかく書くことに慣れてきたので、さらに続けてみようと思い上級のライティングコースにて学んでいる。毎週課題を出して、編集担当の方に読んでいただいて、Web Reading Lifeに掲載を許可されたものは、オンライン上で掲載される。何度か私の書いた記事が掲載された。その記事を自分のSNSにアップした際には、知人からポジティブな感想をいただいた。嬉しい気持ちの反面、たまたま掲載されたけれども、自分の実力ではない。去年の私と比べると、少しは上達しているとはいえ、褒められるには値しないと、言いようのない罪悪感に苛まれた。また、「編集の方は私の無能さに気がついているはずだ」などと、知人から感想をいただくたびに嬉しい気持ちと裏腹に一人悶々とした。
 
「一体今、私は何のために上級のライティングのコースで学んでいるんだろう。まさか、才能なんてないくせに、プロのライターになろうとしているの? もっと他にもしないといけないことがあるのに、暇さえあれば書いている。自分が書ける振りをしてまた周囲を騙すつもりなの?」
 
私の中で声がした。今までは声にもならない心の声だった。ミシェル・オバマの記事でインポスター症候群について知り、自分の中にいるペテン師の存在を認めた瞬間だった。それは自分の中にいるため、環境が変わっても歳を重ねても私にずっとつきまとってきたものだった。
 
自己評価が低かったり、自分に自信がないのは生まれ持った性格なのだと思っていた。アメリカに住んでいるからマイノリティとして自信が持てないのではないか。あるいは、昭和の日本で教育を受け、謙虚であることが美徳だとされていたから、必要以上に謙遜しているのだろうか。両親からも褒められることが少なく、褒められることに慣れていないから、自己評価が低いのだろうかなどと自分で分析していた。しかし、それだけではなかった。社会的にも様々な評価を受けているミシェル・オバマでさえ、同じような心理状態に陥っていたということを知って驚いた。
 
ウキペディアによると、ある調査では、70%の人が性別問わずインポスター症候群であると感じたことがあるそうだ。著名人では俳優のトム・ハンクスやエマ・ワトソンも経験したそうだ。性別年代、国籍に関係なく、同じように経験し悩む人がいることを知った。このように感じているのは私一人ではないということを知り気持ちが少し軽くなっていくような気がした。

 

 

 

Vogueのミシェル・オバマの記事には、彼女自身がどのようにインポスター症候群を乗り越えたかが書かれていた。
 
「私も同じ経験をしてきました。そんな時、自分を一番厳しく批評しているのは、他でもない自分自身であること自覚するのです。それが私にとって、最も効果的な乗り越え方でした。……中略……自分で自分を酷評していると気づくことで、その場にいることや仕事に取り組む自らの存在を認めることができます。そうやって不安を乗り越え、私達の発言や発想には価値があるのだという信頼を築いていくことが、成長への唯一の道だと思います」
 
インポスター症候群を克服することは可能で、自分自身が改善するための鍵を握っていることを知った。時間はかかるかもしれないけれど、自分の仕事に評価をされたり褒められたら素直に受け止めたり、自分が自分に対して酷評していることに気づき、その習慣を改めるように努力してみたいと思う。また、自分自身の存在や自分の発言や発想に今まで価値を置くことができなかったが、これからはその価値を認めてみたいと思う。
 
インポスター症候群では自分が成長してはいけないという考えが、幼少期から刷り込まれていることがあるそうだ。このインポスター症候群を乗り越えた時に初めて自分の成長を認め、自信が芽生え、私が憧れた女性副社長や、その企業で出会った自信に満ちた先輩方のようなかっこいい大人の女性に一歩近づけるのかもしれないと、少し光が見えたような気がした。

 
 
 
 
参考文献
Vogue Japan (2020年3月29日) 「ミシェル・オバマが語る女子教育の力、そしてインポスター症候群の乗り越え方」
2020年4月25日アクセス
https://www.vogue.co.jp/change/article/michelle-obama-interview-cnihub

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語を忘れないように、2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得する。

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2020-05-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.80

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