週刊READING LIFE vol.82

元カノと再会したこと、ありますか《週刊READING LIFE Vol.82 人生のシナリオ》


記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
 
 
一人は気楽だな。自由でいいな。
婚活をしながらも、どこかでそう思っていた。
この人だ、と思う人はいなかったし、女性の側からも、この人だ、と思ってもらえなかったんだろう。だからと言って、焦る気持ちもなかった。
自分は途方もなく、自由で何も縛られずに生きている。
50歳バツイチ独身。一人になって10年以上が過ぎていた。
ありがたいことに、広告会社を辞めてからも仕事が途切れることはなく、
毎日何かの締め切りだった。毎月何かしら、自分の仕事が世に出ていた。
自分の関わったTVCMやWEB、グラフィック広告などを見ると、やっている感と
充足感があった。
朝から夜まで仕事をし、空いた時間に小さなクラブでDJをする。
時間はいくらあっても足りなかった。
マッチングサイトで婚活すると言っても、会う予定がたつのは2週間後というような
ありさまだった。
結婚ということがイメージできなかったのだ。
 
おつきあいする女性がいることがあっても、仕事とDJの合間に会う感じだった。
優先順位は明らかだった。毎日が楽しければよい、将来を考えることもなかった。
生活にパートナーが入り込んでくる時間も空間もなかった。
 
自由でいいんだ。前の妻にも言われた。
「あなたは、窮屈そうだから、自由にしてあげる」
まさにその言葉どおり、離婚してから、思う存分羽根を広げ、
飛び回る日々が続いていた。
 
状況が変わったのは、2019年のはじめだった。
ある女性と連絡を取るようになったのだ。以前おつきあいしていた元カノだ。
と言っても、どんな人かあまりよくわかっていなかった。
よく知らない元カノってなんだ。と思う人も多いだろう。
 
話は四半世紀以上遡る。
 
中学1年生のときのことだった。
「つきあってください」
とA子さんに言った。
すると、こんな答えが返ってきた。
「私はダメだけど、Bちゃんはどう?」
と紹介されたのだ。
 
Bちゃん、という子のことを知らなかった。
休み時間に見に行くと、とてもタイプの子だった。
 
子どもというのは、恐ろしいものだ。その日からもう、B子ちゃんがいい、
と思い始めたのだ。
 
すぐに告白した。
「Bちゃん、僕とつきあって」
「いいよ」
というシンプルな答えが返ってきた。
 
好きな子がダメなら、その友だち。なんと単純な思考回路でしょう。
そして、それが見事に通じてしまうのが、昭和の子どもの感覚かもしれない。
さっそく、Bちゃんと僕はカップルになった。
さあ、つきあう、と言っても何をしていいか、わからない。小さな街だから、デートなんかできない。二人で遊びになど行こうものなら、たちまち噂になる。
せいぜい、友だちを含む男女の集団で帰るくらいのことだった。
その中で時々会話をかわす。あとは交換日記みたいものを書く。
みんなに見つからないように渡すだけでも、わくわくした。
誕生日にプレゼントの交換などは、大きなイベントだ。
待ち合わせ場所を交換日記で連絡し、部活のおわったあと、その場所へ行く。
バレンタインにチョコレートをもらったときなどは、家で小躍りして喜んだのを
覚えている。
 
やがて、みんなに知られると、毎日はやしたてられた。
その年頃の子どもたちにとって、つきあってるということは、いいさかなだった。
休み時間に彼女のクラスにはやし立てにいったり、
登下校のときからかわれたり、みんなにいじられた。
 
半年ほどして、Bちゃんは言ってきた。
「もうおつきあいは、続けらません」
 
とっても落ち込んだ。嫌いになっちゃったのかな。はやしたてられたからかな。
からかわれて、守りきれなかった自分が少し情けない気がした。
Bちゃんにはすぐに新しい彼氏ができ、それっきり避けるようになった。
 
普通の言葉で言うと、淡い初恋、みたいなやつだ。
ほかに、もっと細かくいろいろあったのかもしれないが、
覚えていない。なにしろ、数十年前のことだ。
もはや、黒歴史に分類されてもおかしくない思い出だ。
 
そんな彼女と連絡をとることになったのだ。
きっかけは、同級生との久しぶりの飲み会だった。聞けば、2度目の離婚をしたという。
50で独身はなかなかいなかったこともあり、たまたまタイミングが合い、ご飯を食べにいくことになった。
 
不思議な感じだった。よくテレビで同級生に会いにいく番組があるが、あれを再現している感じだ。話すのは、ほぼ成人式以来で、そのときも何を話したのか
よく覚えていない。数十年分、お互いが何をしていたか、という話をした。
20代前半で結婚し、夫の実家の方で暮らした彼女は、40で地元に戻ったのだと言う。
再婚をしたものの、生活が合わず、一人に戻ったと。
自分も20代後半で結婚し、30代で離婚した話をした。
子どもの頃は知らなかったが、彼女は大らかで穏やかな人だった。苦労はしていたのだろうが、辛抱強く、あまり悲観的にならない人のようだった。なかなかパートナーに恵まれない話も、相手の悪口を言うでもなく、淡々と、しかし暗くならずに話した。
へー、こういう人だったんだ。当時は大人しくて、キャラクターがわかりづらかったけれど、あらためて話してみると、のんびりとした、安定感のある人だった。
 
そして、彼女から意外な話を聞かされた。
「成人式の時、覚えてる?」
「ごめん。全然覚えてない」
「あのとき、連絡先を聞いて欲しかったんだけど」
「そんな話したっけ」
「私、新高円寺に住んでるって、言ったでしょ。そしたら、近所だって言ったから、
連絡先を聞いてくると思った」
「いや、住んでるところとか、社交辞令だと思ったよ。しかも、その会話、覚えてない」
20歳の頃、彼女は僕に会ってもいい、と思っていたというのだ。
全然気がつかなかった。むしろ、避けられていると思っていた。
中学の時のゴタゴタがあったからだ。笑いながら、ご飯を食べた。
何歳だかわからない不思議な感覚だった。中学生のようで、50代のようで。
 
また会いたいと思った。またいつか、ではなくて、具体的に日を決めて会いたいと思った。初めての人に会っているような、それでいて、子どもの頃の、答え合わせをしているような、時間を行き来する会話は、経験のないものだった。そこから、おつきあいがまた始まった。
 
数十年ぶりにヨリを戻す。こんなことってあるんだな。驚きながらも、再会を喜んだ。
子どもの頃のことだから、そんなに深く人をみていたわけではないと思っていたが、
意外や意外、気が合うポイントが多かった。不思議と気があった。
ちょっとシュールな笑いが好きだったり、偶然かかる着うたもきらいな曲ではなかった。
こうして、遊びにいくようになったが、おつきあいだけ、というわけにはいかなかった。
 
なにしろ、もういい年を越えた、いい年である。すぐに彼女のご実家に行くことになった。
どこから話したものか、と思ったが、彼女はご両親に事前に、いろいろ話してくれているようだった。さすが、ぬかりはなかった。
「今度は戻ってこないようにお願いします」
と冗談めかして、お父様に言われた。
 
おいおい。どうなっているんだろう。こんなことがあるものだろうか。
結婚の報告をすると、同級生は驚いた。しかし、はやしたてるものはさすがにいない。
もうみんな、50の大人だから。彼らにとって、結婚とは、息子娘の世代の話だ。
「三つ子の魂100までとはよく言ったもんだ」
僕のあと、彼女とつきあった同級生もお祝いしてくれた。
 
多くの場合、初恋の再会とは、お互いに家庭があり、それぞれよきパパ、よきママになっている、というようなものだろう。それが、シナリオどおりというものだ。
 
ところが、二人とも、結婚というシナリオをうまく全うすることができずにいた。
 
特に私は、失敗と引き換えに手にした、自由な独り者、というシナリオを
とても気に入っていた。
これほどぴったりくるものがあるだろうか、と思ったが、
あっさり捨ててしまうことになろうとは。
 
「成人式のとき、連絡を取り合っていたらよかったのにね」
と彼女はたまに言う。
でも、きっとその時だったら、いまのようになっていないかもしれない。
 
なにしろ、結婚に失敗した頃の自分は、今よりも未熟者だったわけだし。
彼女も今のように、おおらかだったかはわからない。
 
今、このときだから、結婚することになった、という気もするのだ。
 
これまでの全ての選択がここに繋がっているのだ。
一説によれば人間は、1日に35000の選択をしている、という。
日々の小さな選択から、人と出会い別れる選択、仕事を変わる選択、
住む場所の選択……
 
偶然のようでいて、実はお互いの何億もの選択が積み重なって
このシナリオにたどり着いたのだ。
 
13歳と50歳が同時に進むような、不思議なシナリオ。
 
これから、どう書き進めていくのか。
丁寧な丁寧な選択をしていきたいと思う。
 
なにしろ、中学生と大人が同時に見守っている。
 
 
 
 
❏ライタープロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)
東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
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メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-06-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.82

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