うどん粉とメリケン粉は別物です《こな落語》
記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
「大家さん、こんちはー! いらっしゃいますかー!」
「はいはい、居ますよ。おぉ、こりゃこりゃ熊さんじゃないか。本日は、どういった御用件で」
「いやぁね、御用件てぇ程大層なものじゃ御座ぇませんが、ちょっと解らないことが出て来たもので」
「いいですよ。私で解かることでしたら」
「大丈夫ですって、大家さんは何でも知ってるってぇ評判ですから」
「お前が、大丈夫と言ってどうする」
「ま、良いじゃ有りませんか。そいでね、またしてもウチのかかあのことなんですが、またしても‘いちいち’亭主に楯突くんですよ」
「また、夫婦喧嘩かい。どうしてこうまでお前さん達は、こうのべつ幕無しに喧嘩ばかりしているのかねぇ」
「へぇ、大変申し訳ねぇこって。でもですねぇ」
「デモもストも無いよ、とにかく喧嘩はおよしよ」
「へい、分かりやした」
「で、何が元で喧嘩になったんだい?」
「聞いて下さいよ、こないだ内のことなんですけど、このところの新型流行性感冒の影響で、感染しちゃぁいけねぇってんで、家ん中で仕事してるんで。そいでもって息子の金坊(きんぼう)も、寺子屋に集まれ無ぇてんで、狭いウチん中で書物(しょもつ)なんぞを声を張り上げて読んでるんでさぁ。こちろら、うるさくされちゃ仕事の調子が狂うってもんで、『うるさい!』って怒鳴ってやったら、『腹減ったからなんか喰わせろ!』って、怒鳴り返しやがるんで」
「金坊は元気が良いねぇ」
「大家さん。感心してどーするんです! そいでね、金坊の野郎が一丁前なこと言うもんだから『んじゃ、何喰いてぇんだ?』って言ってやったら『何でもいい!』って、投げ遣りなこと言いやがるんで『んじゃ、面倒だから“もんじゃ焼き”で良いか?』って聞いたら『しょうがないけど、それでいいや』なんて言いやがるから『うるせーや、生姜なら入れてやるよ』って」
「お前さんたちゃ、喧嘩してるのかい? 漫才してんのかい? ギャグなんか飛ばして!」
「すんません。そいでですね、今度はかかあに『金坊に“もんじゃ焼き”作ってやるから、うどん粉と紅生姜出してくれ』って言ったんですよ」
「また、ギャグ飛ばしてしょ―が無い奴だねぇ」
「大家さん迄つられてどうするんです! そしたら今度はかかあが『うどん粉は無いけどメリケン粉なら有るよ』なんて辺地来(へんちき)なこと言いやがるんで。どーしてこーまで、ウチには碌(ろく)な奴が居なぇんですかね」
「そりゃ、熊さんが碌な奴じゃないからだよ。よくお聞きよ、確かお前さんとのカミさんは讃岐の出身だよな。讃岐といやぁ世に知られた“うどん県”だよな。“うどん県”を名乗るぐれぇだから小麦粉の産地だわなぁ」
「へい、そう伺ってます」
「流石にお前さんとこのカミさんは物が分かってるねぇ」
「そりゃなんでです?」
「いいかい、よくお聞きよ。『うどん粉』てぇのはその名の通り、うどんを打つ時に使う小麦粉だ。そいでもって、『メリケン粉』てぇのは同じ小麦粉でも“メリケン”=“アメリケン”=“アメリカの”てぇ意味だ」
「んじゃ、どう違うんです? 同じ小麦粉なのに」
「だから、黙って聞きなさい。うどん用の小麦粉ってことは、主に国産の中力粉だ。そんでもって、アメリカの小麦粉ってぇことは強力粉、専門用語では“ハード系”の小麦粉のことを言うんだ」
「へぇー、ってぇことは、メリケン粉は何に使うんですか」
「ま、主にパンだな。他には、中力粉と混ぜて中華麺(ラーメン)に使ったり、それから蕎麦のつなぎにも使うわな」
「そうですか! どうりで、メリケン粉でもんじゃ焼き作ったら、やたらと粘って往生したんですね」
「そうだろ、そうだろ。だから、カミさんの言ってることが正しいんだ。それにな、讃岐を始めうどんの特産地じゃ、小麦粉に対するこだわりが強ぇーてぇもんだ」
「そんなもんですねぇ。でもね大家さん、何だってウチにメリケン粉なんて有るんです? パン焼き器も無いのに」
「そりゃ熊さんや、いつぞやお前さんがカミさんに『うどんばっかじゃなくて蕎麦喰わせろ!』って啖呵(たんか)を切ったことが有ったろ。カミさんは、それを覚えていて、お前さんなんぞに蕎麦を打って食べさせようとしたんかないのかい? 有難ぇもんじゃないか。すぐに帰って、金坊と一緒に蕎麦を打ってもらいな」
「へい、そうしやす。有難う御座いました」
「いいかい。ちゃんと謝って、これからも仲良く暮らすんだよ。夫婦喧嘩も親子喧嘩もいけないよ。分かったか!」
「へい、分かりやした!」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち 天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。 また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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