週刊READING LIFE vol.86

お気に入りの〇を取りかえるのは大変!《週刊READING LIFE Vol,86「大人の教養」》


記事:岡 幸子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『血液型による性格分類に科学的根拠はない』
 
高校時代、生物の教科書でこの一文を見て驚いた。
科学的根拠がない、ということにではなく、こんなことが教科書に載っていることが驚きだった。
もしや、教科書に載せたくなるほど信じている人が多いということかも知れない……
 
当時、血液型性格分類は星占いと同じように人気があった。
関連書籍もたくさん出て、テレビ番組でもよく話題にされた。
テレビで言っていることは何でもすぐ信じてしまう母は、当然、信奉者だった。
会話の端々によく「あの人はB型だから」とか「やっぱりO型よね」とか、人の性格を単純に分類して納得していた。
 
教科書を見て、これは教養として母に教えなければ、そう思った。
 
「お母さん、血液型による性格分類には、科学的根拠がないって、教科書に載ってたよ」
「あらそう?」
「そうだよ。だって、人の性格がたった4種類に分けられるなんておかしいでしょう」
「ふーん」
「もう血液型で人の性格を判断するのはやめた方がいいよ」
 
母は、理屈っぽい私に反論することはなかったが、相変わらず色々な人の性格を血液型で判断した。
 
やがて、私は高校生物の教員になって、血液型を教える立場になった。
血液型というのが、赤血球の表面のわずかな糖の違いであることを知り、ますます血液型性格分類は嘘だと思うようになった。
ある日、いつものように血液型で知り合いの行動を分析している母をみて、今日こそ、その誤解を解いてやろうと意気込んだ。赤血球の表面についた糖の違いなんて、表面の模様がほんのちょっぴり違うだけ。赤い包装紙に、青い水玉があるとA型、緑の水玉があるとB型、両方あるとAB型、水玉なしがO型というようなもの。中身はまったく同じで、そんな違いが性格に影響するはずがないと力説した。
 
「ね、だから血液型占いは科学的には意味がないんだよ。わかった?」
「ありがとう。とっても分かりやすい説明でよくわかった」
 
よかった。これでもう安心だ。
そう安堵した私に、母が心から感心したように言った。
 
「教えるの上手いよね。その几帳面なところ、やっぱりA型だよねぇ」
 
ああ、わかったと言って通じてない。
徒労感でいっぱいになりつつ、人が信じていることを変えるのは難しいのだと痛感した。
 
そして気がついた。
そういえば、私も血液型がからむ占いは信じていないくせに、その他の占いは大好きだ。
 
大学受験の時は、友人と一緒に、当時有名だった「新宿の母」に手相を見てもらいに行った。
就職して彼氏と別れたときは、銀座の占いの館に行って、タロットカードを操る占い師のお告げをありがたく聞いた。
雑誌を見れば星占いコーナーをチェックするし、旅行に行けば神社でおみくじを引く。
当たったり外れたりするが、そんなものだろうと思っている。
 
「人の性格がたった4種類に分けられるなんておかしいでしょう」
そう母に言っていた自分が、12種類に分かれた星占いに一喜一憂するのもおかしな話だ。分類が3倍に増えただけで、誰かが説いていることを単純に信じている点では同じようなものだ。
 
もしも教養ある大人に、占いなんて馬鹿馬鹿しいと批判されたらどうするだろうか。
 
きっと、その人の話を神妙に聞くだろう。反論などできない。占いが科学的でないことは頭では理解している。
でも、理性では別れた方がいいとわかっているダメ男に、なぜか心惹かれて別れられないように、占いが好きで別れたくない。彼にもいい所があるのよと、つい弁護したくなる。
道に迷ったとき、誰かの意見を聞きたいとき、占いは不思議と役に立つ。自分の期待する答えのときは背中を押してもらえるし、気に入らないときは、当たらないこともあると無視して構わない。自信がなくてふらふらしていた私にとって、占いは精神安定剤のような役割を果たしていた。
 
母と同じように、頭でわかっても、心はなかなか変えられない。
 
自分が信じていること、考え方のよりどころにしているものを変えるのは難しい。
大人の教養は固定されたものではなく、自分の考えをアップデートできる人に備わっていくのではないだろうか。
 
知識や技術は時代とともに変化する。
子供の常識と、大人の常識も違っている。
古い知識を捨てて、その時必要とされる新しい知識を身に着けていかなければ、教養ある大人にはなれないだろう。
 
大人の教養は、古着を脱いで着替えるべき服のようだ。
 
小さな子供が、「太陽が地球の周りを回ってる!」と言っても誰も気に留めない。
けれど、大人は知識として「地球が太陽の周りを回っている」ことを知っている。スペースシャトルや人工衛星から送られた映像を見て、地球が丸いことも、本当に太陽の周りを回っていることも知っている。
本当は、大人だって「日は上り、日は沈む」、つまり天動説の方が実感としてしっくりくるはずだ。それでも、現代の教養ある大人で天動説を唱える人は誰もいない。知識としてすっかり定着したからだ。
 
昔、ガリレオは、太陽の周りを地球が回っていることを、天体観測から見出した。彼が、新しい考え方である地動説の解説書『天文対話』を執筆したのは1630年だった。数年後、彼は裁判にかけられ、地動説のせいで有罪になり、その後ずっと、軟禁状態におかれた。『天文対話』は禁書となり、その後200年近く撤回されなかった。
ガリレオを有罪にした人々は、きっと当時の“教養ある大人”だったに違いない。でも、真に大人の教養を身に着けていたのは罪人扱いされたガリレオの方だった。この時代に着るには奇抜すぎる服を広めようとした、そんな理由で裁かれたようなものである。
 
進化論で有名なダーウィンも、クリスチャンとしての信仰と自分の学説の折り合いをどうつけるべきかで悩み続けた。ダーウィンが進化論の着想を得たのは、ビーグル号で地球一周の航海をしたときである。最もひらめきを受けたガラパゴス諸島に到着したのは、1835年、26歳の時だった。彼が1837年には、進化について明確なアイデアをノートに記した記録がある。けれど、進化は、『聖書』の教えである神による天地創造のストーリーと矛盾した。誰もが信じるその時代の常識を捨て、人々に新しいものの見方を説くのは難しかったのだろう。覚悟を決めて『種の起源』を出版したのは1858年のこと。20年以上が必要だった。
 
歴史に名をのこすような教養ある大人も、お気に入りの「服」を新しい「服」に取りかえるのは大変なのだ。
 
今、新型コロナウイルス感染症の広がりで、新しい生活様式に着替える必要が生まれている。
一年前には誰も知らなかったことが、新しいスタンダードになっている。
正しい知識をもって、これに慣れるのは大変だ。
 
ソーシャルディスタンスとマスクの着用が推奨されるのはなぜか。
 
細菌よりはるかに小さなウイルスは生物ではない。
ウイルスは他の生物の細胞に自分の遺伝子を注入して増える。
コロナウイルスは、人の咳やくしゃみや、話すときに飛ぶ飛沫にくっついて飛ぶ。その距離がだいたい2メートル。マスクをしていれば飛沫を飛ばすのを防げる。何より、自分の手で口や鼻を触るのを防げる。
仮に、ウイルスが手についても、しっかり手洗いをして洗い流したり、うがいをして体内に入れなければ大丈夫。
マスクだけで安心せず、手洗いうがいをきちんと行う防御が最も基本で大切だ。
 
その意味を知って正しく行動できること。
 
この先も、知識のアップデートが必要だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
岡 幸子(おか さちこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都出身。高校教諭。平成4年度〜29年度まで、育休をはさんでNHK教育テレビ「高校講座生物」の講師を担当。2019年12月、何気なく受けた天狼院ライティング・ゼミで、子育てや仕事で悩んできた経験を書く楽しさを知る。2020年6月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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