週刊READING LIFE vol.86

教養というアクセサリーを身につけて《週刊READING LIFE Vol,86 大人の教養》


記事:安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
教養とは無駄な知識であり、不要なものである。
そして、教養がある人は自分が持った知識をひけらかすことがほとんどで、話も長い。
 
だから、教養のある人の無駄な会話は無駄な時間しか生まないため、必要最低限の会話だけすれば十分だろう。教養なんて人にとって不要なものであり、必要なものを取り入れていけば良い。私は社会人になるまではそう考えてきた。
 
そのためであろうか。
社会人になった今、私は非常に苦労している。
 
自分から教養というものを身につけてこようとしなかったため、話のネタにできるような自分の知識量が少なく、人と会話したとしても基本的に話が弾まない。また私の反応が無関心なこともあり、全体的に機械的な会話になってしまう。しかも知識量がないため、急なフリに対する対応ができず、アドリブに弱い。普段の業務の中で、お客様として地域住民の方々と接することが多い私にとってこれは致命的な症状である。
 
ただ、機械的な対応をするだけならそれで良いが、相手も人間であった場合はそうはいかない。要件を話した後はその場で会話が終了し、ビジネスライクな会話ができないため、警戒心が解けず心を開いてもらえない。何より、私の内面を知ってもらうまでに時間がかかる。だから、お客様に何を説明したところで、全てがマニュアル的な内容となってしまう。
 
たまにお客様から話題を振ってもらったとしても、基本的には「ふーん」や「そうなんですか」と言った無機質な返事しかできず、話を広げることができない。少し前に流行ったアイドルが売りにしていた「塩対応」に近い。アイドルならそれで良いかもしれないが、私はただのサラリーマンであり、相手に不快しか与えない。もはやこの体質は害でしかない、そう悩んでいた。
 
また、最近コロナの影響によりテレビ会議を行うことが増えてきたが、私をより一層追い込んでしまう。テレビ会議は画面越しに相手の顔がしっかり見えるものの、リアルに対面していない分反応が薄い人が多く、何を話しても納得が行かなかった。それどころか、自分の話が何も面白くないのではないかとさえ思うようになった。
 
こんな自分が嫌になり、なんとか変えようと試みた。
コミュニケーションスキルを向上するための講座や啓発本を読んでみる。
それでも講師や活字から伝わって意識の高さが私の気持ちを逆にどんどん冷めさせ、何も身につかなかった。それどころか、逆にコミュニケーションスキルをつけることは私には無理ではないかと思うようになった。
 
それでは、と話のネタになるようにと、大人の嗜みになるようなものに取り組んでみた。ワインやお酒、美術館巡りなどをしてみた。自分なりに語ることができれば、その知識を誰かにひけらかしたら、自分も大人の教養を身につけることができ、余裕のある大人になれる気がした。
 
でもどれも長続きしなかった。それもそのはずで、コミュニケーションスキル習得を試みた時と同じように、私が興味のないものに手を出しただけだったからだ。全て手段が目的化していた。何かをすれば、自分の力になると考えていたのである。
 
そして振り出しに戻りまた悩む。
なぜ自分は人とうまく話せないのだろうか。自分なりに色々理由を考えてみた。
分からない。自分は元々の性格が悪いのだろうか、と人間性を疑うようになった。
 
そして、次第に話すことさえも怖くなり、人と時間を取って会うことも避けるようになった。たまに仕事を通じて「ちょっとお茶でも飲んでも行きませんか?」という言葉が私にとっては恐怖の一言で、それを言われるとすぐに「いいです!」といって駆け足で逃げた。
 
話のネタが生まれるような、会話がはずむようになるために教養を身につけたい。
私は段々そう考えるようになった。
 
そして、そんな毎日が続き、徐々に自分という人間が嫌になってきた。
友人と話すときは途切れることなく話せるのに、なぜか関係性の低い人とはうまく話すことができない。
 
私は一人で考え込んでも仕方ない、ということで同僚に相談した。
 
「おまえの話つまらないし、長い時間話ししてたら正直しんど区なるんよね。真面目すぎるのも良くないもの」
 
泣きそうになった。今まで楽しく笑い合いながら話し合っていた同僚から出た言葉とは思えないほどきつく、鋭い言葉の刃物で私の傷ついた心をさらにえぐってきたように感じた。
 
「仕事の時もいきなり本題から話しているだろ? 入りや本題が終わった後に無駄話でもしないと、相手も疲れると思うよ。無駄話とか余談とか入れた方が良いと思うよ」
 
無駄話が嫌いで、これまで避けてきた私にとってはとうてい受け入れがたいアドバイスをもらった。ただ、無駄話の仕方が分からない。何を話して良いのかが全く想像もできなかった。
 
「無駄話ってやっぱりおもしろい話が必要なのかな? 他にはなんかタメになる話とか。教養がないからそんなに話を色々広げられないよ」
 
私は聞こえないほどの、小さい声で同僚に聞いた。
自信の無さがここでも出てしまった。
 
「おもしろいって言ったらハードルが上がるだろ。そんで、教養って難しいことは一旦置いといて、まずは身の上話とか、最近の気温のこととか、自分の回りで起こったことを何でも良いから話してみろよ。もっと言えば、ニュースの話題や趣味とかで身についた豆知識、地域にある歴史なんかでも良いんではないの?」
 
そんな無駄話をしないといけないなんてただ疲れるだけではないか、と私は思った。
それでも信頼できる同僚の言葉だったので、私は信用することにした。
 
その後、まずは妻を会話の練習対象とすることにした。
と言うのも、私は妻に対しても結婚するまでは、友人と同じように会話することができていたが、結婚してしまうとなぜか会話が少なくなり、仕事でコミュニケーションが取れなくなるとともに、妻に対してかける言葉が減っていった。
 
「今日、仕事どうだった?」
「暑かったやろ?」
「ニュースでやってたけど、芸能人がまた不倫したなぁ」
 
私が普段言わないことを次々に聞いたため、妻は驚いていた。
 
「借金でもしたの?」
 
とんでもないことを言う。普段ならここで不快に思い会話を終了させるが、踏ん張って頑張ってみることにした。ただ、色々聞いたとしても、結局質問を投げかけるだけで、やはりどこかぎこちなさが残るようで、妻は我慢できなくなったのか私に問いただす。
 
「何を無理に会話しているの? 悩みがあるなら聞くよ」
 
妻は私よりも背丈は20cm以上小さいが、いつでも余裕があるように見え、私以上に精神年齢が高いように感じていた。
 
「あまりに仕事が上手くいかないから…変わろうと思って。会話が下手なのが気になりすぎたから同僚に相談したら、話がおもしろくないって言われてさ」
 
ため息まじりに妻が言う。
 
「あなた、大学の時は色々語ってくれて、いろんな話してくれたじゃない。そのとき色んな知識があって教養のある人だなと思っていたのに、最近はそういった話ししなくなった。それが原因じゃないの? もっと自分が興味のあることで、自分が持っている知識を出して、話しかけたり意見を言ったらいいんじゃない。余裕がないよ、今」
 
妻に言われてハッとした。私は自分の考えが否定されることや相手の反応が無いのではないかという不安から、自然と自分の意見を勝手に封じ込めて話さないようにしていたのかもしれない
 
妻はさらに大きなため息をついて言う。
 
「くりぃむしちゅーの上田さんとか林修先生とか教養があるって言われる人は、話が面白いよね。でもその人たちっていろんな知識を持っているけど、大半が無駄な知識を話してない? あなたが面白いって思ったことが何か人に刺さるかもしれないから、まずは何でも話をすることから初めたら? で、好きなことで遊びながら教養を身につけたら良いじゃん」
 
ここで教養が出たか、と私は思った。
今まで避けてきたことであったのに、今度こそ教養というものと正面から向き合っていかないといけない気がした。
 
教養なんてアクセサリーみたいなもので、飾ればおしゃれだけどそんなに必要性はないものだと考えていた。つけたいひとだけつければいい、私はそんなにチャラチャラしたものはつけずに、素材で行きようと決めていた。
 
しかし、その素材が悪かったと気づいた今、私は装飾品なしに美しく自分を見せることができない。教養というアクセサリーが今、私にとっては必須のものになっていることに気がついた。
 
妻に言われたことで少し肩の荷が下りた。
教養は遊びながらで良い。そう考えると、私は教養という得体の知れない物が若干輪郭をもって形となって見えた気がした。
 
それからというもの、以前のようにコミュニケーションスキルを身につけることや自分の興味のないことへの探究は一切やめて、自分の趣味や興味があったことを深く学ぶようにした。さらには、自分の気になった物は調べるようにし、知識として自分の中に取り入れていった。
 
よく考えたら、社会人になって以降、趣味などで自分の時間が減っていたのかも知れない。働くことで精一杯になり、休日は家でただ寝て過ごすだけになり、大学生までの頃と比べると、何か知的好奇心を呼び起こすようなものとは接することは無くなっていった。そう考えたとき、確かに人は話す内容が無くなるなともそのとき理解できた。
 
そして、1ヶ月間、自分の好きなことに時間を費やすだけで変化があった。
いつも合うお客さんと話すとき、自然な会話が生まれたのである。
 
お客様とは会話が弾むことで、早い段階でお互いに打ち解けることができ、顔を覚えやすくなってもらったほか、仕事以外でも会うと声を掛けてもらえるようになった。
また、自分がしっかり話せる、という自信が出てきたことにより、余裕が生まれてきた。
 
その余裕が仕事は当然ながら、家庭にも影響があった。家庭においては今まで妻とも険悪な雰囲気であったのが楽しく会話できるようになった。特に嬉しかったのは、子どもと接する際に余裕が出てきたと言うことだ。また、子どもが知らないことを教えてあげると、私に対する見方が変わり、父親としてより一層慕ってくれるようになった。
 
何より、「教養」を身につける行動は非常に楽しかった。
自分の好きなことに時間を費やすことは当然のことながら、思いもよらない変化も生まれた。
 
それは、地域を自分の足で見て歩くということである。今まで見向きもしなかった地域のお寺を巡り、その歴史を調べ、そして書籍を通じて世の中で活躍された人のことを知る。何よりそれを人に話せたときにはとても気持ちが良かった。
 
この快感を覚えてからだろうか、一番の変化は物の見方が変わった。
初めは興味がなかったものであっても、真剣に学び、自分のこととして考えるようになった。
これまでは、新聞や書籍、そして美術館や博物館などの文章をみても、「ふーん」としか思わなかったが、今ではその文章を読んで、背景や理由を考えるようになり自分で持っている知識をフル稼働させて、いろいろな物を結びつけるようになった。1つ1つの事象に対して自分なりに考えることができるようになり、時間をかけて考え、そして自分の考えを人に多少ではあるが、伝えられるようになった。
 
一緒に外出する妻からは1つのことにかける時間が長い、と注意することが増えたが、そんなことは関係ない。知識として、自分の中に入ってくることに大きな喜びを感じている。
 
また、文章だけでない。
自分が見ているもののほとんどに興味を持つようになり、自分が見ている景色もまた変わってきた。そしてそれは行動にも表れ、車移動がほとんど出会った私が、なるべく訪れた場所を歩いて回るようにし、ガイドマップに載っている名所から、だれも知らないような場所を訪れ、自分で調べるようになった。
 
初めはコミュニケーションの取り方から始まり、次に話のネタを探している中で、自然と身についた教養。そして、意識せず教養を身につけることを繰り返すことによって、自分の中で物の見方、考え方が変わった。
 
大人の教養というのは何も難しく考える必要はない。
ただ、大人が身につけるべき必要なスキルであり、アクセサリーでもある。
 
これからも、自分なりに話を広げていくことを目的に、意識せず教養を身につけていきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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