週刊READING LIFE vol.86

教授の合コン《週刊READING LIFE Vol,86 大人の教養》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
*事実に基づいていますが、一部名前等変更しています。
 
 
なんで、ここに僕はいるんだろう。
なにひとつ、話が噛み合わない。みんなは、盛り上がっているのに。
うなずくことしかできないなんて。
僕なんかその場にいないかのように、話が進んでいた。
合コンらしい会話が全くない。
どこに住んでるの、とかどんな人と付き合ってたのとか。まったくない。
でも、盛り上がっている。
「いつか、アジア全体に学校を作れたらいいですね」
というと、
「それ最高だね」
という返しがある。
なんだこれは。明らかに自分は場違いだ。こんな飲み会くるんじゃなかった。
 
「来週の木曜日、空いてる?」
メッセンジャーを開けると、久しぶりに教授から連絡がきていた。
「空いていますよ」
教授とは、とあるセミナーで知り合った。世代も近いので仲良くしてもらっている。
「食事会があるんだけど、きませんか」
「いいですね。どんな方々がくるんですか」
「私の大学の卒業生とその友人がきます」
僕はちょっと困った。
「僕でいいんですか。生徒でもないのに」
教授は、少し間を置いて、言いにくそうにこう言った。
「あんまり言わないで欲しいんだけど。
独身の卒業生から、誰か紹介して、って言われて」
「はあ」
「君、独身だったよね」
「そうですけど。でも、大学生だと年齢差ありすぎじゃないですか」
なにしろ、その時僕は45歳だった。
「大丈夫。社会人枠で来てた卒業生だから」
「そうなんですね。僕でお役に立てるなら、伺います」
 
とまあ、こんなわけで、大学教授がホストになっての、卒業生との「食事会」 が
開催されることになった。
 
表参道の創作居酒屋に、19時集合。
遅刻しそうである。
僕の仕事はだいたい17時くらいから20時くらいまでがばたつくのだ。
クライアントの仕事が一段落した頃に、僕に連絡がくる。
「帰る前にメールして、デザインとコピーの修正依頼をしておこう」
広告制作者あるあるだ。
自分で修正の方向性を考えたり、各方面に依頼をしたりすると、
もう19時だった。
「遅れてすみません。今から向かいます」
渋谷からタクシーに乗って246を急ぐ。結構大きな修正があったので
今夜もう少し対応しないといけない。
今日は、早く帰ろう。1次会で帰ろう。そんなことを考えている間に、表参道についた。
「すみません。30分も遅れてしまいました」
個室に入るなり、謝った。
「はじまったばかりだから、大丈夫ですよ」
教授が言った。
「山本と申します。フリーで広告制作をしています。よろしくお願いします」
挨拶をした。
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
女性陣は3名。
「昨年、卒業した吉田です。先生のゼミ出身です。今は、日本とアフリカを往復して現地のIT支援の仕事をしています」
「吉田さんの友達の山井です。オーケストラでバイオリンを弾いています」
「里村と言います。英語の塾で講師をしています」
乾杯したあとは、教授の話に戻っていた。
今、カンボジアでITの学校を作ろうとしていると言う。
 
あれ?
いつも聞かれるようなことを全く聞かれない。
「どんな広告を作っているんですか」
とか
「どんな仕事なんですか」
みたいな質問は一切なかった。
独身が集まってるんだよね。お互いのキャラクターとか知らなくていいのかな。
 
「やはり、日本の技術を海外の発展に活かす仕事はいいですね」
「カンボジアで成功したら、このスキームでほかの国へも展開できると思うんだよね」
「時間はかかるけど、やりがいはありますよね」
「そう。むしろ時間がかかるから。最初苦労するからこそ、進んだ時の楽しさがあるんだよね」
海外への貢献の話題で盛り上がっていた。
そう。自己紹介して、好きなタイプを聞いて。というような食事会とは、ちょっと違っていた。あれ。この飲み会どうなってるんだろう。
 
ほかの男性陣を見ると、世界情勢について合いの手を入れている。
学生時代、ベトナムで水道を作る手伝いをした話で大受けしている人もいる。
 
困った。話題がなかった。
「山本さんは、世の中どうしたいとか、あるんですか」
突然、女性陣に話題をふられた。
「え、あ、まあ。そうですね。戦争がなくなればいいな、とは思います」
教授がすかさずのってきた。
「戦争をなくすには、仕事を作らないとね。だから、若い人にIT技術を学んでもらうのがいいと思うんだ」
「そうですね。仕事を作って貧困から抜け出せば」
「まあ、歴史的に見ても、難しいんだけど」
会話はどんどんはずんでいく。僕以外は。
そういえば、最近、世の中なんて考えたこともなかった。
クライアントのビジネスが成功しそうかどうか、自分の仕事が増えるかどうか。
そんなことばかり考えていた。
 
なんだか、話すことないな。正直そう思った。
男女の会話、というより、もっと深い会話がどんどん深くなっていくのだ。
まるで、テレビの討論番組のようだ。食事会で、世界平和と貧困の話をしたのは、
初めてだった。
 
「もう、11時。早いですね。もう、帰らなくちゃ」
帰り道は、里村さんと一緒だった。
「今日、楽しかったですね。あんなに深い話をできるなんて思いませんでした」
「里村さんは、世界平和の話とか興味あるんですか」
「ありますよ。私の職場でもああいう話が多いです」
「そうなんですか。英語塾ですよね」
「そうです。英語塾ですが、受験対策用じゃないんですよ」
「どういうことですか」
「受験よりも、そのあと、自分で生きていく力をつけてほしい、という教育をしているんです」
「そういうのがあるんですね」
「はい。リベラルアーツってご存知ですか。調べてみてください。私、この駅なんで」
里村さんが降りると、僕はスマホで検索を始めた。
 
リベラルアーツ。日本でいう大学の教養課程のようなものらしい。
いくつかのサイトを見ていくと、古代ローマやギリシアで生まれた概念のようだ。
人間を自由にする7つの科目だという。
文法、修辞学、弁証法、算術、幾何、天文、音楽。なんだか幅広い。
実用的というよりは、基礎の学問、という印象だ。
しかし、人を自由にするってどういうことだ。
奴隷階級の上に立つ市民が身につける学問だという。
そうか。学ぶことで、自由になれる、ということか。
 
あ。ふと思った。
 
今、自分は奴隷ではないだろうか。
仕事の奴隷ではないだろうか。
最近、本を読んだか。映画を見たか。コンテンツに触れたか。
もちろん、触れてはいるけれど、それらは全て仕事に関係していたのではないか。
 
インテリアの仕事をしているから、インテリアの写真集をみる。
映像に印象的な文字の入れ方をしたいから、タイトルワークがかっこいいMVを探す。映画のオープニングだけを観る。
「今はやっている漫画」 で検索してから読んでいないか。
それって、自由7科と全然ちがうじゃん。
今すぐ、役立つこと。今すぐ、使えること。ばかり探していないだろうか。
仮にそこで学んだとしても、すぐに消費してしまっていないだろうか。
 
あらためて、今日の食事会に退屈したことを思い出したら、
なんだか恥ずかしくなった。
 
今日来ていた人たちは、自分よりもずっとずっと勉強している。
ひとつのことにじっくり向き合っている。実践しながら、知識も得ている。
いきあたりばったりでなく、腰を据えて。
 
誰かに急かされて仕事をするのではなく、自分のペースで向き合っている。
仕事としての効率はわからない。ただ、その結果、食事会でいきなりあっても
深い話ができていたことは事実だった。
 
必要な資料を必要なだけ集め、必要なアウトプットをする。
こんな生活でいいのだろうか。
 
このとき、ぼんやりと思ったことが今、現実になった。
新型コロナウィルスの流行で、仕事も生活もすべてが変わってしまった。
広告の制作手法も変わる。
直接会ってクライアントにプレゼンテーションすることはなくなった。
たくさんの人数での撮影はできなくなった。人々が接触するメディアも変わった。
今までの常識をひとつひとつ見直しながら、仕事を進めなければならない。
内容も、方法も。距離をとる社会の中で、どのような広告コミュニケーションが有効か。実際仕事を進める時、どうやって距離を取るのかなどなどなど。
 
こうなってくると、仕事の奴隷では、生きていけない。
仕事の仕方自体を疑ってみる。意味を疑ってみる。もう一度考え直してみる。
そういう態度でなければ、前に進めない世の中になった。
 
あー。今、大事なのが、リベラルアーツか。日本で言う教養に近いものか。
基本的なものの考え方、見方を見直さなければならない。
自分だけではない。ほかの人たちがどのような変化をしているか。
想像できる力を持たないといけない。
学校に行けない学生、会社に行けないサラリーマン、
一方で生活を支えるために、さらに人手不足になったエッセンシャルワーカーの方々。いろんな視点の人のことを思わなければ、無神経な広告ができあがる可能性もある。
いや、仕事だけをしている場合だろうか。
もっと人の役に立てるものごとをすべき時期ではないのか。
 
すぐわかること。簡単に学べること。効果がでやすこと。
だけを、僕は選んできた気がする。
 
教授の合コンから抱えていたもやもやが、一気に具体化したのかもしれない。
 
本当に必要なものは、必要なさそうな顔をしてやってくるから、恐ろしい。
教養も。そして、食事会も。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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