鬼滅の刃が時代を変える! 好きこそ真の教養ナリ《週刊READING LIFE Vol,86 大人の教養》
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
「鬼滅の刃」という漫画が、超絶な勢いで人気が爆発している。
週刊少年ジャンプ掲載、吾峠 呼世晴(ごとうげ こよはる)による連載で、2016年に連載開始、先日最終回を迎えた。コミックスの売れ行きも絶好調、アニメも絶賛、10月には映画の公開も決定している。この課題を書いている6月27日現在、7月3日に最新コミックス21巻が発売予定だ。この7月3日発売のコミックスが、もう既にAmazonや楽天ブックスなど著名なネット通販サイトでは既に予約数が一定数に達し、申込が出来ない状態となっている。発売前から売り切れ状態なのだ。シールなど限定グッズがついた特装版ならまだ予約を受け付けているが、発売日から一週間ほど待たないと配送されないそうだ。これは当初の見込よりも注文数が多くなり、追加生産していることを示している。
日本の漫画史上、未だかつてそんなことはなかった。史上最高売上を記録するワンピースだって、日本の経済を支えてきたドラゴンボールだって、どれも発売日にはちゃんと入手することが出来た。エヴァンゲリオンもガンダムも涼宮ハルヒも魔法少女まどか☆マギカも、社会現象にはなったけれど、数量限定ではないコミックスが手に入らないという事態にはならなかった。長いこと漫画好きをやっているが、発売前のコミックスを手に入れるために、インターネットを巡り、転売屋に引っかからないように気を張り、地元の書店をめぐるなど、生まれて初めての経験だった。出版社側だって、この異様な人気爆発は重々把握しているはずで、刊行部数を大幅に増やすなど勝機を逃さないように対策を練っているはずなのに、この異常事態。鬼滅の刃という作品が持つエネルギーの凄まじさを如実に物語っている。
単純に、鬼滅の刃の人気の膨張速度が、出版社の予測をはるかに上回っているのだ。そもそも、Amazon Prime Videoというサービスに加入していればアニメ版は追加料金なく視聴することが出来るので、口コミや知人の勧めで気になった人はまずそちらを視聴する。このアニメがまた素晴らしい出来なのだ。主題歌よし、声優よし、作画よし、美術よし、脚本よし、音楽よし。よしだらけの名作を見てのめり込まない人があろうはずもない。アニメは原作コミックスの八巻あたりまでの物語なので、続きが気になる人はコミックスを買い求める。そうするとコミックスが品薄になる。品薄だと話題になると、そんなに人気ならちょっと観て見ようかな、とアニメ版を視聴する人が増える……。アニメ版が簡単に視聴できることで、ファン増加の無限ループが完成しているのである。
私もアニメ版は漏れなく観たし、コミックスもどうにかこうにか手に入れた。21巻もなんとか手に入れる算段がついた。こんなに完成度の高い作品は滅多に世の中に現れないので、気になる方は是非アニメ版だけでも視聴してみてほしいと、会う人会う人に勧めて回っている。もし作品自体に興味が持てなくても、無尽蔵に増殖していく鬼滅の刃の白熱ぶりについて、今年、来年、再来年あたりまでは注目していて欲しい。
私達は今、21世紀の新しい教養が誕生する瞬間を目の当たりにしているのだから。
鬼滅の刃の話を本格的に書いてしまうとただのファンメッセージになってしまうのでこれくらいにしておいて、この先は21世紀の大人の教養のあり方について書いてみようと思う。
鬼滅の刃が空前の大ヒットとなったからには、これ以後の日本人は「鬼滅の刃ネタ」という共通の思想文化を持つことになる。鬼滅の刃をオマージュした作品や、シチュエーションをパロディ化したギャグ、キャラクターの名台詞を自然に引用するなどが想定される。そんな大げさな、と思うかもしれないが、下記の台詞に心当たりはないだろうか。
・お前はもう死んでいる(北斗の拳)
・左手は添えるだけ(スラムダンク)
・クリリンのことか!(ドラゴンボール)
・坊やだからさ……(機動戦士ガンダム)
・月に代わっておしおきよ!(セーラームーン)
・逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ(新世紀エヴァンゲリオン)
私がよく聞いたアニメの台詞を抜粋してみた、世代がばれる。これらのアニメが流行していた時、友達や仲間内で、こうした台詞を言い合って茶化しあうようなことをしなかっただろうか。大多数がその作品の内容を知っている前提で台詞を言うことで、そのシーンを相手に思い起こさせ、その場がちょっと面白くなる類のものだ。アニメ以外にも、ゲームだったり、ドラマだったり、その時々流行したものを引用して楽しむのは、誰しもが自然にしていることなのだ。
「ボケて」という大喜利アプリでもその傾向がみられる。「ボケて」は、大喜利のお題となる画像に各自が面白いと思うコメントを付け、コメントへの投票によるランキングを競って楽しむものだ。10代~40代ぐらいまでの比較的若い世代がユーザーらしいが、ドラえもん、サザエさん、名探偵コナン、ジブリ作品などの画像がお題として人気だ。これらも、大多数がその作品の内容を知っていることを前提に、面白いボケを捻り出してくるのだ。のび太がのんびり屋で0点ばかり取っているが射撃が上手い、だとか、しずかちゃんはよくお風呂に入っているだとか、コナンくんの「バーロー」という口癖だとか。そうした前提があった上で、そこからどれだけ意外性や面白さを生み出すのか、みんなよく工夫するものだな、と感心してしまう。
私はこうした「作品から引用して面白くする」現象を、和歌の世界の用語を借りて「本歌取り」と呼んでいる。本歌取りとは、もともと存在している和歌の一句、あるいは二句を引用することで、引用元の句の背景を自分の句に取り入れ、句の世界に奥行きを持たせる、という技法である。たとえば、下記のような具合だ。
『古今和歌集』巻2 94番歌 紀貫之
「三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ」
『万葉集』巻1 18番歌 額田王
「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも かくさふべしや」
二句まで同じなので、本歌取りをしているのは一目瞭然だ。はるか千年前から、みんなが知っているものをちょっと取り入れて、「あ、それはあの歌だね」と理解し合って楽しむ、なんてことはごく自然に行われていたことなのだ。現代人も和歌や俳句こそあまり詠みはしないが、いろいろなエンターテイメントから「本歌取り」をして、自分たちの会話に本歌となる作品の奥行きを引用して楽しんでいるのである。
そう、日本人に限らず、世界中のあらゆる文化は引用が大好きだ。古代ギリシャの叙事詩、シェイクスピアの戯曲、インドの壮大なヴェーダに、中国の膨大な漢詩、エキゾチックな千夜一夜物語。宗教にまつわる文献や文化も大きく関連しているだろう。これらが文学から絵画や音楽、舞台芸術へのオマージュなど、ジャンルを超えて影響を与え、素晴らしい芸術作品が生まれるような例はいくつもある。現代ならば芸術はある程度は誰もが楽しめる娯楽であるが、これらが生まれた時代の頃はどうだっただろう。文字を読める人は一握りで、本は貴重品、舞台上演はパトロンなくしては成り立たないような時代だ。「これはあの小説の引用だな」「これはあの一節の意味を込めているのだな」とすぐに気が付けるということは、それだけの書物に触れる機会があり、舞台を観劇する財力があり、そして何よりそれらの物語と隠された符丁を理解するだけの素養を持ち合わせているということだ。「教養がある」という言葉がどことなく知的生産階級的な意味合いを持つように聞こえるのは、こうした時代背景から来ているのだ。
現代でも、知人同士の会話だけでなく、様々な分野でたくさんの本歌取りが見て取れる。たとえば最近若者の間で流行している「なろう系小説」というジャンル。これは、ゲームのドラゴンクエストに代表されるような、勇者がいて魔王がいて、中世のような世界観で、剣や魔法を使って戦う、といったファンタジー世界観を下敷きにしている。そして大抵、現代世界の若者が何かのきっかけで県や魔法の世界に転生し、チートといわれる特殊能力を得て痛快に冒険していく、という筋書きが多い。冒険の内容は、今や古典ともいえる「勇者が魔王を倒す」という筋書きをうまく取り入れて、思いがけない形で裏切るようなパターンが人気のようだ。王道を裏切っているように見せつつ、勧善懲悪とも言える分かりやすいストーリーが「なろう系小説」の醍醐味なのだ。類型として、乙女ゲーム転生ものというジャンルも「なろう系小説」に含まれる。こちらは、恋愛系ゲームの世界に転生してしまい、ゲームの登場人物と深くかかわるようになる、という筋書きだ。ちなみに「なろう系」の「なろう」とは、「小説家になろう」という小説投稿サイト名にちなんでいるそうだ。
歴史的に見ると、ドラゴンクエストも乙女ゲームもとても新しい作品ではあると思うのだが、既にそれらを本歌取りしていろいろな作品が誕生し、大人気となっているのが面白い。少し前の時代には、水滸伝や西遊記、里見八犬伝あたりをベースにした大衆小説が人気を博していたのとよく似ているな、と思う。
なろう系小説だけが現代の本歌取りというわけではない。文壇ではまだまだ面白いオリジナリティ溢れる作品が次々と発表されているし、そこに過去の名作のオマージュをいくつも見て取ることが出来る。文学だけではなく、音楽も、美術も、その他の文化も、人類史上未だかつてないほどの速度と量で創作され続けていて、とても一人では追い切れないほどの膨大な量になりつつあるのだ。
では、かつて「教養がある」と言われていた人たちがそうしていたように、日々増え続ける作品群にできるだけ多く触れて、本歌取りの本歌が何なのかを理解することが、現代の教養の条件なのだろうか。
私はそうは思わない。漫画も小説も音楽も映画も舞台もあれもこれもそれも、なんていっていたら、現代ではとても生きていけない。自分の好きなものを好きなように楽しむのが大切なのだと思う。ここで改めて「教養」という言葉の定義を確かめてみると、単にいろいろな文化や知識に造詣が深い、という意味ではないことに気づかされる。デジタル大辞泉によれ、ば、「教養」とは、
教養[名](スル)
1 教え育てること。
「君の子として之(これ)を―して呉れ給え」〈木下尚江・良人の自白〉
2㋐学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動。
㋑社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識。「高い教養のある人」「教養が深い」「教養を積む」「一般教養」
(出典 小学館)
と書かれている。単に知っているだけではなく、それを知ることにより、心の豊かさや、物事に対する理解力を育むことに結びつくという意味を含んでいる。なので、闇雲にあれこれ見ればいいというわけではない。すべての芸術作品と出会うことが難しいからこそ、自分自身が触れた一つ一つの作品を通して、自分の心や思考を豊かにすることが出来る人こそ、現代の「教養」を備えている人と言えるのだ。
教養の意味を再認識して周囲を見回してみると、いろいろな教養を持った人がたくさんいることに気づかされる。お酒が大好きな人。料理が得意な人。読書、映画鑑賞、ランニング、温泉めぐり、美術館。自分の好きなことを心の底から楽しむことで、その経験がその人を豊かにしてくれているのがよく分かる。ただただ知識をひけらかし、流行りのマウンティングをしようとする人のうんちくを聞いていても眠たくなるだけだが、自分が好きなことをとことん楽しみ、その喜びを伝えようとしている人の語りは、キラキラしていて眩しくて、私はいつまでもいつまでも話を聞いていたくなる。現代の大人が持つべき教養というのは、教科書に載っているような名作を踏破することではなく、自分が好きなことを大切にして楽しむことなのだろう。そして、お互いにジャンルは違えども好きなことを語り合い、心地よく耳を傾け合うのが、教養のある、粋な大人の会話なのではないかと思う。
現代の大人の教養は好きなことを楽しみ、誰かと語らう事なのだということを踏まえつつ、この空前絶後の鬼滅の刃のヒットを改めて見つめ直してみよう。鬼滅の刃は、今までにないほど急速に、強烈に、私達のサブカルチャーあるいはエンターテイメントに浸透しつつある。老いも若きも鬼滅の刃のキャラクターを知り、ストーリーを知り、台詞をパッと思い浮かべることができるようになってきているのだ。それはドラえもんやサザエさんが長寿番組だからこそ成し得た「みんなが知っているコンテンツ化」を、登竜門で鯉が滝登りをするような勢いで成し遂げようとしている。そんなことは未だかつてなかった。ガンダムやエヴァンゲリオンも大きなインパクトで時代を変えたが、それ以上の革命が起ころうとしているのだ。今この時代に生まれて、鬼滅の刃の行く末を見ずして終わることはできない、是非とも注目していて欲しい。
それにしたって、とにかく面白いのだ、鬼滅の刃。主人公の炭治郎をはじめ、愛すべきキャラクターが揃っていて、バトルもドキドキして、それでいて一切の無駄なくぐんぐんストーリーが進んでいく。吾峠 呼世晴先生は天才だと思う。貴方は誰が気に入るだろうか、私は我妻善逸がお気に入りだ。是非とも是非ともお試ししてみてほしい、鬼滅の刃。
そして、私と一緒に鬼滅の刃トークをして、教養を深める時を過ごそうじゃないか。
□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
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