日常のなかにメタファーは溢れている《週刊READING LIFE Vol,87「メタファーって、面白い!」》
記事:ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「なんかこの曲、よくわかんないや。何がいいの?」
大好きな曲に対してこういう指摘をされたとき、わたしは何と答えればよいかわからなかった。
世の中には、歌詞の意味が明確に提示されていない曲が多くある。
『あなたと熱い恋に落ちました』という曲でも、『チョコレートが熱くなった』と表現されていたり、『もうあなたとは別れると思う』という曲でも、『火が消えたから魔法は解けてしまう』と表現されていたり。いくつものメタファーが重ねて使用され、生まれている名曲はたくさんある。
わたしはそのようなメタファーを多用した曲が大好きなのだけれど、昔付き合っていた恋人に、そういうものをすべて拒絶する人がいた。
「チャットモンチーの8cmのピンヒール、大好きなんだよね」
わたしがそう言うと、その人は「俺、チャットモンチーってよくわかんないんだよね」と言った。そのあまりにもさらりとした言いぶりに、彼女の好きなものに1ミリの興味も持たないのか、と思ったことを覚えている。
『8cmのピンヒール』は、好きな人のために無理して頑張って、歩幅を合わせようとしている女の子の歌。わたしのこと「全部わかるよ」と言うけど、あなたは何もわかっていないよね、というせつなくて健気な歌。(と、わたしは思っている)曲調は特別暗いわけでもなく、かといってすごく明るいわけでもない。わたしはこの曲が大好きでしょっちゅう聴いていた。
恋人にこの曲の話をしたのは、わずかな抵抗だった。
この曲を好きだと伝えることで、「あなたは上手くいってるつもりかもしれないけど、わたしたち、すれ違ってるよ」ということを彼に知らしめたかった。
彼はいつもわたしのことを見下してくる。
「なんでそんなに自分の意思がないの?」
「疲れてるんだから俺のためになんかしようとか思わないの?」
そんなことを言われることが頻繁にあった。
たしかに、4歳年上の彼が抱える仕事の苦労とか、そういうものはわたしにわからないかもしれないけど、かといってそんな態度をわたしにとっていいわけじゃないよね? とわたしは怒っていた。
わたしはわたしなりに、彼とどういう風に付き合っていきたいか、明確な意思があった。それを見ようとしていないのは彼なのに、わたしのことをわかったような気でいる。それが心底嫌だった。
でも、直接それを言う勇気はなかったから、『8cmのピンヒール』が好きだと伝えたのだ。あなたのことは好きだけどわたしたちはそこまで上手くいっていないよということを、間接的に伝えるために。
まあ、彼にはそんなこと全く伝わらなかったのだけれど。
「なんでチャットモンチー、よくわかんないの?」
あまりにもぴしゃりと拒絶されたのが嫌だったのもあって、聞いてみた。
「単純に歌詞の意味がよくわかんないから聴く気になんない」
その言葉を聞いてわたしは、彼のことが好きだという感情がすっと冷めていくのを感じた。彼は、歌詞の意味がわからないんじゃない。考えようとしていないんだ。言葉一つひとつにどういう意味が含まれているのか、考えようとしたことがないんだ。その感覚が理解できなくて、彼とは価値観が合わないと思った。
結局、その彼とは最後まですれ違ってばかりで、よくわからないままお別れしてしまった。わたしの好きなものに興味のない彼は、わたしの好きな曲の歌詞の意味を考えることもなく、わたしの言葉に耳を傾けることもなかった。もはや何で付き合っていたのかもわからなかった。
何であそこまですれ違わなければいけなかったのか。
彼と別れてから、そういう風に考えることが増えた。
もしかしたらわたしも、取りこぼしていた彼の気持ちがあるかもしれないと思ったからだ。わたしだって彼の言葉に耳を傾けられていなかったのかもしれない。その過程で彼を傷つけたことがあったのかもしれない。ふとしたときにそう考えるようになった。
結局、考えても考えても答えはわからなくて、答えなどあるはずもなくて、月日が経った。
数年経った今、あの時に気持ちに答えをくれたのは、また別の曲だった。
それは、渋谷すばるの『人』という曲。
そこに難しい歌詞は一切書かれていない。たった12行の短い言葉で、ただ愛を伝えている。そんな曲。わたしが好むような難しいメタファーとかそういうものは一切なくて、ただシンプルな言葉が淡々と並んでいる。
この曲を初めて聴いたとき、「ありがとう」や「ごめんなさい」と言ったシンプルな言葉が歌われているだけなのに、わたしのなかで思い浮かぶ情景があった。彼に誕生日を祝ってもらった日のこと、彼と喧嘩した日のこと。忘れていた思い出が沸々とよみがえってきた。
たしかに、彼がわたしに向ける言葉はひどかった。でも、全部が全部ひどいものばかりではなかった。ちゃんと大切にしてくれていたときがあって、わたしの言葉をきちんと受け止めてくれていたことも何度もあった。だからわたしは彼と一緒にいたのだ。何も難しいことは言っていないこの曲で、わたしはそんな過去の温かい思い出に浸ることができたのである。
たまたまタイミングが合わなかったから、彼はいつのまにかわたしの言葉に耳を傾けなくなっただけ。わたしの言葉に含まれる意味を考えなくなっただけ。きっとそうだと思った。だってわたしも彼に対して、最後は怒ってばかりだったから。お互いにそういう状態だったんだろう。そう思えたことで、なんだか救われた気がした。
「はるちゃんの好きな曲って、結構ばらつきがあるよね」
昔から、こう言われることが多かった。
邦ロックもアイドルもJ-POPもK-POPも洋楽も、何でも聴くわたしは、もともと好きな曲の幅が広かった。ただ、そのなかでの好きな曲の系統の幅は狭くて、人によっては「何を言ってるかわからない」と言われるような難しいメタファーが多用された曲ばかりを好んで聴いていた。でも、この『人』という曲に出会って、もっとシンプルでド直球にメッセージを語る曲も、たくさん聴いてみたいと思った。
その曲に紡がれている言葉も、ある種のメタファーだった。言葉自体はとてもシンプルなものだけれど、どういう意味を込めて渋谷すばるがその言葉を選んでいるのかは、曲中のどこにも明記されていなかった。難しい言葉やセンスのある言葉を選ぶことだけが、良いメタファーを生み出すわけではないのだ。
メタファーという言葉の定義はあいまいだ、と思う。
世の中には比喩っぽくとらえられる言葉があまりにも溢れていて、これはメタファーだ、とか、これはメタファーじゃない、とか言いきれないような気がしている。
というか、遠回しな言い方をするのが好きな日本人はそもそも日常のあらゆるところにメタファーを練りこんでいるのではないだろうか。
彼に対して自分たちの状況を気づかせるために『8cmのピンヒール』を聴かせようとしていたわたしは、まさに無意識のうちに自分たちの関係を『8cmのピンヒール』にたとえていた。「わたしと彼の関係は、チャットモンチーの『8cmのピンヒール』だった」と言ってしまえば、立派なメタファーとして文章が成り立ってしまう。
そう考えると、日常のなかにメタファーと言える言葉がもっと転がっているような気すらする。
たとえば、朝起きられなくてパンをかじりながら駅まで走っている時、今の私は少女漫画の主人公だ、と思う。帰るのが遅くなって「ごめんね」と謝った時、彼が「疲れてない?大丈夫?」と言ってくれたら、彼は神だと思う。文章にしてしまえば、これらはすべてメタファーと言える。
メタファーを上手く使って文章を書いてください。
そう言われてしまうと、なんだかかしこまってしまう気もするけど、わたしたちは自分でも気づいていないところで、それを多用している。そう考えると、メタファーって最高に面白いと思った。
彼があの時、「歌詞の意味がわかんないから聴く気になんない」といって、わたしの好きなものを全否定したのも、もしかしたら何か別の気持ちをこの言葉にふくませていたのかもしれない。明らかに通じ合っていなかったわたしたち。それを彼も感じ取っていて、「はるかの気持ちがわかんない」という気持ちを「歌詞の意味が分かんない」にたとえて拒絶したのかもしれない、と思った。考えすぎかもしれないけれど、もしそうであったなら、私はあの時のことをもっと反省しなければならない。
作詞をして曲を出したり、本を出版したりしている人は、こういう日々のなかにあるメタファーに上手く気づいて文章化することができた人なのではないだろうか。
「あ、今わたし、頭のなかでこれとこれを結び付けたな」
こういう感覚に敏感だから、面白い文章が書ける。そして、その人たちはわたしでは想像もつかないようなとんでもないメタファーを使いこなして、思わず何度もループして聴いてしまう曲や、ページをめくる手が止まらない本をこの世に生み出しているのだと思う。
メタファーが巧妙に使われている曲や本は、聴き手や読み手によって解釈が変わってくる。チャットモンチーの『8cmのピンヒール』もまさにそういう曲だと思う。人によってはあれを別れの曲だととらえる人もいれば、なんだかんだでこの2人はこの先も一緒にいるんだろうなととらえる人もいる。でも、わたしはメタファーとはそういうものであって良いと思っている。
何を表しているのか明確にされていないからこそ、人はその表現を自分にとって都合のよいかたちで解釈することができる。自分の気持ちに寄り添ってくれる解釈を、自分で選び取ることができる。言葉の意味を明確にしないことで、いろいろな感情の人を救う言葉が生まれることもあるのだ。
メタファーは、時に人の心を救うのである。
久しぶりに『8cmのピンヒール』を聴いていると、あの頃は感じなかったけど今だからこそ思うこともあった。
あの頃はこの曲を、恋人のために無理ばかりしてすり減らしている女の子の歌だとしか思えなかった。でも、今はそこまでマイナスなことばかりの歌でもないように思える。すり減らすというより、恋人のことが本当に好きで、恋人の心を離さないようにするためにあざとく自分を作っている女の子の歌でもあるような気がした。もしかしたらどっちの側面もあるのかもしれない。それをどう解釈するか、どこを重視して聴くかはわたしの自由だ。
渋谷すばるの『人』だって、わたしが想像しているほど温かい愛の歌ではないのかもしれない。でも、答えを持っているのはその曲を作った本人だけで、本人が明かさない限り、わたしはわたしの好きな解釈をして曲を聴くことができる。
それに、わたしが今書いているこの文章も、わたしが伝えたいテーマとは別軸のところを本筋と捉えて読む人もいるかもしれない。書き手である限り、そういうことは必ず起こってくる。それは別に悪いことではなくて、そういう風に消費してもらえるコンテンツを生み出すことができた暁には、わたしも少しは人に興味を持ってもらえる文章を書けたんじゃないかな、と思って嬉しい気持ちになれるだろう。
どこまでも自分に都合よく扱うことのできるメタファーは、心を豊かにする、非常に便利なものだ。
でも、人に気持ちを伝えるときは、むやみにメタファーを使ってはいけない。今だから思う。
「わたしたちの関係って、あまり上手く言っていないよね」
あの時、彼にはっきりとこう言えていれば、よくわからないまま終わることはなかったのではないかと、わたしは今でも思うのだ。
それを言うことで良い方向と悪い方向のどちらに転ぶかはわからないけれど、気持ちの整理をするためにも、あいまいな言葉で逃げてはいけなかった。
日常会話の中でのメタファーの取り扱いには、十分注意してほしい。
あくまで自分が楽しむ範囲の中で、あるいは人に伝わる範囲の中で、メタファーを使っていこう。人それぞれ自由に解釈してほしいコンテンツを作る立場なら、もっと大暴れして使っていいと思う。それぐらい、メタファーは奥深くて、繊細なものだ。
改めて言おう。
やっぱり、メタファーって面白い!
□ライターズプロフィール
ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西出身、東京在住。24歳。社会人2年目。
Webメディアで広告制作の仕事をしている。
趣味はアイドルを応援すること。
幼少期から文章を書くことが好きで、2020年3月からライティング・ゼミを受講し始め、現在はライターズ倶楽部にも所属している。
この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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