死にたてのゾンビ

裏切りのゾンビ 《不定期連載:死にたてのゾンビ》

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記事:大森 瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「オネエサン、イクラ? 」
立ち並ぶ雑居ビルの隙間に立つと、室外機からはねっとりとした温風が流れてきて、そこで暖をとっていた繭子は、目の前の男を見た。
フィリピン人だろうか。アジア人らしく、12月半ばの深夜だというのにハーフパンツを履き、足元はビーチサンダルだ。寒くないのだろうかと思ったが、繭子もコートこそ着ているものの、膝上のミニスカートに生足でパンプスといういで立ちだから人のことは言えまい。
繭子はふるふると首を横に振り、男にこっち、と合図するように歩き始めた。男は「エ、オ金、イラナイノ?」と一瞬驚きながら、少し遅れてついてくる。
ビルのガラスに映る自分をちらりと見た。げっそりと痩せた体に、長い髪はちりちりに絡まり、目は落ちくぼんでいる。ここ1週間まともに食事を取っていない。顔色を少しでも良く見せようと塗った、グリーンのアイシャドウと真っ赤な口紅だけが異様にひかり、肌はなぜだか緑色に見えた。こんなゾンビのような女によく声をかけたものだと、繭子は妙に感心した。小太りな男の体からは汗のすえた匂いがする。何気なく腰に回された手を見ると、不覚にも、それは航ちゃんの手に似ていた。爪がころんと丸く、短い指を開くと甲の部分にえくぼのような皺が出来る。こんな状況でも、死んだ夫のことを思い出す自分がおかしかった。思い出して嘆く資格なんか、自分にはないのに。
その後フィリピン人とホテルの部屋に入り、服を脱いだ時もその手を見ないようにしていた。
男にしてはむちむちとしたその手が、愛撫を忘れ、自分の首を締めだす想像をしてしまい、寒気がする。
「ドウシタノ?」
「1週間前、航ちゃん、私の夫が電車の脱線事故で死んだの」
男の動きが止まった。
繭子は遠い目で天井を見つめた。
「首絞めて」
「シニタイノ?」
「うん」
さっきまでは男の手が怖かったものの、今はこの男になら殺されてもいいかもと思い始めた。航ちゃんと同じ手を持つ男に絞殺された方が楽になるかもしれなかった。
「ボクハ締メナイヨー。アナタ綺麗ダモノー。自分カラ死ヌナンテ、勿体ナイヨー」
勿体ない。私よりこの言葉が不釣り合いな人間が、この世にいるだろうか。
 
航平とは、同じ職場で出会い、繭子が29歳の時に結婚した。
繭子が勤める保険会社の福岡支店に、航平が転勤してきたのが出会いだった。
周りに既婚者しかいない職場の中で、結婚適齢期の二人は自然と付き合うようになり、交際一年でゴールインした。
結婚生活は順調で、毎日が優しくまったりしている。
子供はおらず共働きだった為、互いにそれぞれの時間を大事にしながら、夫婦二人だけの暮らしに満足していた。
波ひとつ立たない静かな海は刺激こそなかったが、その平和を噛みしめるには十分なほど穏やかだった。
そんな凪の風景に、一隻の小舟が現れたのは3年前のことだった。
 
2017年8月、繭子は博多駅南のオフィス街を意気揚々と歩いていた。
取引先との面会が終わり、そこの社長から年間算保険料1000万円ほどの大口契約を取りつけることに成功したのだ。どれだけ門前払いを受けようと、この契約の為に何度も会社に足を運び、社長を口説き落とした甲斐があった。
世界のありとあらゆる歯車が、自分にラッキーな方に回っている気がして、かばんの中の、大量の契約書の重さも気にならなかった。
真夏の日差しの中を、日傘もささずにずんずんと進む。
アドレナリンがたくさん出ていて、暑さなんか感じなかった。
「繭子ちゃん?」
後ろから声がし、振り返ると、5メートルほど先にスーツ姿の男が立っている。
すらりとした長身に、ハーフのような彫の深い顔立ち。グレーのスーツに濃紺のチーフを覗かせている。英国紳士のようなたたずまいが、博多の街に浮いて見える。
一瞬目を疑った。史郎さんだ。
先ほどまでの高揚が、心の中でゆっくりと形を変える。
「やっぱり繭子ちゃんだよね。久しぶり。こんなところで会えると思ってなかったよ」
街を包む昼間の喧騒の音が消え、史郎さんの声だけが、低く甘く響いてくる。
どうして彼がここにいるんだろう。
史郎さんが近づいてくる。
「あれ、もしかして僕のこと覚えてないかな?」
覚えてないわけない。
繭子の初めての男。
当時、繭子は大学生で史郎さんは35歳だった。
「覚えてました。ずっと……」
それを言うだけで精いっぱいだった。大学を卒業した後も、結婚した後も、頭の中のどこかにその名前はずっとあった。未練はないけれど、ふとした時にその名前を頭から取り出し、あの頃の思い出に思いを馳せたことが何度もあった。
「それなら良かった。本当はお茶でも、と言いたいところなんだけど、まだ仕事中だから。」
史郎さんは名刺を差し出した。
「電話して」
一方的な言い方が、あの頃と変わってない。
史郎さんは少し歯を見せて笑うと、くるりと踵を返し、交差点を越えていった。
照りつける日差しの中、繭子はその後ろ姿を呆然と眺めていた。
 
「電話して」
家に帰った後も、オルゴールのねじをまわすように何度もその声を脳内再生した。
電話して良いのだろうか。あれは本心で言っているのだろうか。
東京の大学に通う為、大分から東京に上京してきた繭子は合コンで史郎さんと出会った。
服飾会社で働いていると自己紹介した彼は、地方出身の繭子から見ると、東京で働く男に相応しく、垢抜けており華やかに見えた。自分のような田舎者に、彼が声をかけてくれるわけないだろうと思っていたから、会が終わった後、連絡先を渡された時には驚いた。
「電話して」
あの時も彼はこう言ったのだ。
当時は舞い上がって、すぐ電話をしたが今は状況が違う。あれから15年も経って、繭子には航平がいる。
今、自分から電話をしたら、具体的には分からないが、何かが変わってしまう気がした。
これまで平和に回っていた歯車が、逆回転する予感がする。
繭子は浮気をしたことがない。男友達が少なかったこともあるが、航平と結婚してから男性と二人でご飯に行ったこともない。
これからも浮気をするつもりはないが、彼に会うことで自分の気持ちが良からぬ方向へ変わってしまうことはあるのだろうか。
一抹の不安とうしろめたさを覚えるのは、まだ彼への思いが残っているからなのだろうか。
いや、違う。私には航ちゃんがいる。これは、決して浮ついた気持なんかではない。
22時だが夫はまだ帰ってこない。最近は残業続きで忙しそうだ。
やはり連絡をするのは辞めようと、携帯を置きかけた時、史郎さんのアルトの声が蘇った。
「お茶でも、と言いたいところなんだけど」
お茶するだけなら問題ないのでは。一緒にコーヒーを飲んで、当時の思い出話に花を咲かせて、それだけ。下心も何もない、大人の理性的な会話。
それに繭子には史郎さんに聞いてみたいことがあった。
「なぜ、急に私の元からいなくなったのですか」
出会ってから半年、突然彼と連絡が取れなくなったのだ。電話もメールも繋がらず、今まで会っていたのが嘘のように、綺麗に関係が解消されてしまった。捨てられたのだという事実は、まだ初心だった繭子には相当応え、一週間泣き続けた。
それなのに、東京から遠い博多の街で再会するなんて、これは15年来の謎を解くチャンスなのかもしれない。
会って、もし危なかったら、引き返せば良い。
15年前と違い、今の私ならそうできるはずだ。
繭子は携帯電話で、ゆっくりと彼の番号を押した。
 
8月の最後の土曜日、繭子と史郎さんは博多駅直結のスカイレストランで向かい合って座っていた。曇り空だから、テラス席でも暑すぎることはなかった。
「ここはワインがおいしいんだよ」
史郎さんは、赤ワインをグラスに注いでいる。15年前と比べると、少し痩せ、髪も薄くなったが、筋肉質な体に力が宿り、瞳が深く、体全体から放たれる精力的なオーラは変わらなかった。航ちゃんには、友達の佳子とランチに行くと言ってある。友人と食事に行くと信じ込ませるのにふさわしく、尚且つ彼の好きそうな服を選ぶだけで一時間かかった。着ているのはベージュのサテンワンピース。史郎さんはベージュが好きだった。
史郎さんは5年前に福岡に転勤してきたそうだ。彼が勤めるアパレル会社は東京が本社だが、福岡に支店を出すことが決まり、その開設リーダーに選ばれたとのことだった。
「まさか、福岡で会えると思ってなかった。繭子ちゃん、あのころと変わらず綺麗だから、すぐ気づいたよ」
「いえ、そんなこと……」
「相変わらず謙虚だね」
史郎さんの、直球で褒めてくれるところが好きだった。外見に気を使っている繭子は実年齢より若く見られることが多い。しかし、学生時代と違い、体の線も確実に緩くなり、肌の衰えは否めないだけあって、言われたことが素直に嬉しかった。航ちゃんは普段あまり褒めないし、そもそも女性の変化に疎い。この前、繭子が髪を染めた時も気づかなかった。
「あの、史郎さん」
「ん?」
「どうしてあの時、私の元からいなくなったのですか」
直ぐに本題に入りすぎたと思い後悔したが、今日はこれさえ聞ければよかった。
「ん?」
史郎さんは目を大きく開き、微妙な角度で首をかしげ、微笑を浮かべながらナイフを動かしている。
そうだ。昔から彼が「ん?」と言う時は、単なる疑問の表れではない。相手の言わんとしていることが分かっていながら、尚且つ話の先を促すような「ん?」なのだ。きょとんとしているフリだ。本当はこちらの気持ちを分かっているくせに言われるのは、試されているようで嫌だった。
「あの、だから、15年前、一緒にディズニーランドに行って、それっきり電話もメールも繋がらなかった」
「あぁ、それね」
さも、今、合点がいったかのように納得している。
「実はずっと前から謝らなきゃと思っていたんだ。繭子ちゃんは、その……当時は僕が初めてだったでしょ?僕は繭子ちゃんが好きだったし、ずっと一緒にいたかった。けれど君は僕よりうんと若い。これからいろんな人といろんな経験をしていくんだろうな、って思ったら本当に僕が傍にいて良いのかすごく不安になったんだよ」
史郎さんは繭子の目をじっと見た。こちらの様子をうかがうような、一言一言確かめるような言い方だった。
「僕じゃいけない気がした。だから、あの時はすごく臆病になってしまった。今でも後悔してるんだよ、本当に」
史郎さんは一息で言い切った。
「本当に会いたかったんだ」
そんなことがあるわけない、調子がいいことを言うな、と思いながらも自分の飲み込んだ生唾の音に驚いた。気づかれただろうか。彼は、私の初めてを奪って捨てたのだ。奪ったと言っても合意の上だったのだけれど。合コンで史郎さんのような大人の男から見染められたことが嬉しくて、この人について行けば自分も新しい世界が開けるだろうと思っていた。初めてが史郎さんで良かったと心から思っていた。
「来週の土曜日、ホテルオークラで会社のパーティがあって、部屋を取ってある。だから着て」
「私、結婚してるんですよ」
「わかってるよ」
この人は何もわかってない。一方的に言い寄られたからって、私が行かなければいいのだ。私には航ちゃんがいる。そう思ったところで、今日誘われなかったことへの安心と、ほんの少しの落胆を覚えた自分がいることに気づいてしまった。ベージュの服は裸みたいに見える、と言った彼の言葉を思い出す。
いつの間にか、曇り空の隙間から真夏の太陽が顔を出し、じりじりとテラス席を焼いた。
繭子は汗がじっとりと噴き出るのを感じた。
本当は、ベージュのワンピースは、着るためではなく、脱ぐために選んでいた。
ここに来る前までは、もうこれ以上会わないと決めていたのに、その決意が揺らいでいる。
一度だけ。バレなければ。
日差しが一層強くなる。史郎さんが手を差し出す。その手を頼りに乗り込んだ小舟は、海面を撫でるように、音もたてず前進した。
 
ホテルオークラに行った後も、二人で何度も何度も会った。
史郎さんは独身で、繭子より時間の融通が利くから、場所と時間は繭子が決めた。
航ちゃんは繭子が夜遅く帰ってきても、休日家を空けることが多くても、何とも思っていない様子だ。
もっと怪しんで、引き留めて欲しい。そんな思いは届かず、いつも「いってらっしゃい」と穏やかに送り出してくれた。
一度だけ、ひやりとしたことがあった。
史郎さんと会った帰り、電車で香椎浜駅に着くと改札の向こうに航ちゃんがいた。
史郎さんとは違う、熊のような丸みを帯びたシルエット。
「今日は夜から雨だけど、まゆ傘持ってないだろうな、と思って。さっき『今から帰る』ってLINE来たから、この時間帯の電車かなと思って待ってた。驚いた?」
「驚いたよ」
「気の利く旦那でしょー?」
「うん。いい子いい子、ありがと」
手放しで素直に喜べなかったのは、後ろめたさがあったからだ。
まさか駅にいると思っておらず、今後も神出鬼没なことをされるとバレてしまう恐れがあり、怖かった。その反面、せっかく待っていてくれたのにそんなことを思う自分を激しく嫌悪した。
航ちゃんに抱きついてみる。
「おー?」
「ありがとうのギューだよ」
つけ刃の罪滅ぼし。こんな普段しないことをしたら、かえって怪しまれるだろうか。けれど、こうせずにはいられなかった。結婚して6年たってもまだこんな風に大事にしてくれる人を、私は裏切っている。
航ちゃんの言う通り、家まで歩いている途中で雨が降ってきた。
 
航ちゃんが出張に行く日、繭子は有休をとっていたので、朝ご飯を作り、夫の出発を見届けた。
「いってらっしゃい」
キャリーケースを引いて歩く夫の後姿を見届けた後、繭子は急いでベッドメイキングを始める。
史郎さんは、航ちゃんと入れ違いですぐ家にやって来たがる。
あまりに早すぎると、道ですれ違う可能性もあり、リスクが高すぎるから繭子は辞めて欲しいのだが、彼は聞く耳を持たない。
航ちゃんのパジャマを洗濯機に放り込んでいる最中、玄関のドアが開く音がした。
「午前中しか休みが取れなかった」
廊下を我が物顔でずかずか歩き、脱衣所までたどり着いた史郎さんに後ろから抱きしめられる。
会って、寝て、別れるの繰り返し。
本当にこれで良いのだろうか。いや、良いわけない。
三年間も夫を騙し続けている自分には、どんな不幸が降ってきたっておかしくない。
けれど、史郎さんとの関係を解消することは考えられなかった。
今までも、引き返そうと思えばいくらでもできたはずだ。けれど、あともう少しだけ、もう少しだけを繰り返していくうちに引き際を見失ってしまった。
どうしたら、誰も傷つけずに終わることが出来るのだろう。
 
情事が終わってから、二人でソファに寝ころび、しどけない態勢のまま体を寄せ合う。
うつらうつらする繭子の髪の毛を、史郎さんが優しく撫でた。
テレビからはニュースが流れている。まどろむ繭子にその音は聞こえなかった。
電話の音がうるさい。
「僕が出ようか?」
「ううん。いいよ。もう少し傍にいて」
「そうしていたいけれど、そろそろ、仕事行かなきゃ」
「え、もうそんな時間?」
「また来週会おう。繭子は寝てて」
史郎さんが服を着替え、家を出ていく音がする。
繭子は、ことが終わった後特有の気怠い疲労感に包まれ、ソファに裸のままで寝た。
史郎さんとはそれっきり連絡が取れなくなった。

 

 

 

目ヲ覚マシタ。ヨカッター」
目を開けると、視界が白すぎて一瞬自分は死んだのかと思ったけれど、病院のベッドの上だった。フィリピン人が不安そうに顔を覗き込んでいる。
医師が病室に入ってきた。
「目を覚まされてよかったです。ここに来たときは意識が混濁してました。マノロさんが早く病院に連れてきてくれたおかげです」
「アナタ、浮気シタコト話シタ後、突然自分デ自分ノ首、ボクノシャツ使ッテ、締メ始メタンダヨ」
繭子は自分が死に損ねたことを認識した。同時に、何があったかをようやく思い出した。
走馬灯のように記憶が頭を駆け巡る。
航ちゃん、私はあなたに何て詫びたらいいのだろう。
あの日、航ちゃんが乗った電車は、すごい速さでカーブに進入した。
線路を大きく外れて、転倒して、乗客と歩行者が下敷きになっている時、私、史郎さんとセックスしてた。
いつも航ちゃんと寝るベッドの上だった。
脱線事故がテレビで流れている最中も、史郎さんの手が気持ちいいなって思ってた。
電話の音も、警察からだとは知らずに、うるさいと思ってしばらくでなかった。
事故直後、現場近くの体育館に、遺体が沢山並べられていたけれど、航ちゃんを見つけることが出来なかった。
体育館には遺族や友人のすすり泣く声が響いてたけど、私には泣く権利なんてなくて、家に帰ってからも、ただ息をしているだけだった。
会社も行かないで、物を食べることもしなかった。会社に行ったら、私はひとりの人間として扱われてしまう。食事をしたら、この無意味な肉体に栄養が行きわたってしまう。
だから夜に彷徨って、自分をひどくいたぶる人に会いたかった。
航ちゃん、私のことを天国から呪い殺してよ。
今は生きてるか死んでるか分からない、ゾンビみたいなの。
きっと私、史郎さんに再会して心が揺らいでしまったあの日から、ちょっとずつ人間じゃなくなってた。
雨が降りそうだから、と傘を差しだしてくれる優しさを、愛おしいと思えない生き物になってしまっていた。
「私は取り返しのつかないことをしてしまいました。私が死んでも彼は戻ってこないけど、でもそうするしかなかったんです」
声が震える。
マノロは口を真一門に結んでベッドのシーツの裾を見ている。
医師は俯く繭子の顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「私は職業柄、たくさんの人の命を救ってきました。人間には悪人も善人も含め、いろんな人がいますが、無駄な命は一つとしてないと本気で思っています」
本当にそうだろうか。私の命は無駄ではないのだろうか。
「死ンデ逃ゲルノハ、違ウヨ」
はっと顔をあげた。そのイントネーションはマノロが言ったに違いないのに、なぜだか航ちゃんの声が重なる。
ごめんね、航ちゃん。
私あなたを裏切ってその上、自殺して自分の苦しみから逃げようとしてた。
航ちゃんによく似たマノロの手がそっと伸びてきて、繭子の手を包んだ。
ごめんね、ごめんね。
私は死に損なったゾンビ。それでも生きていかなければならない。
目からは、溶けた化粧が混ざり、黒い涙がながれる。
その色は、生身の人間と死人の間を生きる者に相応しく思えた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大森瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

横浜生まれ横浜育ちの25歳。福岡県在住。
剣道、空手、ミス・ユニバース、ジャズダンス、登山など様々なものに手を出した結果、広く浅く習得を果たす。休日はもっぱら登山と読書。書くことに興味があり2020年2月からラィティング・ゼミを受講。現在はライターズ倶楽部で修行中の身。

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2020-07-21 | Posted in 死にたてのゾンビ

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