第8章 ママ起業で失ったもの、手に入れたもの《ママ起業のリアル》
記事:ギール 里映(READING LIFE編集部公認ライター)
ママの起業は、シングルの方が起業するよりあきらかに条件が悪い。なぜならママには子どもや夫という家族の存在があるからです。
男性でも既婚者であれば家族はいますし、夫の起業に賛成の妻も、反対の妻もどちらもいらっしゃるとは思います。しかし男性が起業をする場合、反対の意見をもらうことのほうが少ないのではないかと思います。
起業して一国一城の主人になりたい、社長になりたい、お金を稼ぎたいと思い行動する男性たちは、社会的にみてもどちらかというと歓迎されますし、なんなら他者からはうらやましくみられることすらあります。妻も最初は冒険に出る夫に難色を示したとしても、結局は「仕方ないわね」と言いながら陰ながら応援する。そんな図が思い浮かんできませんか。
しかしこれが女性、しかもママとなると、話はまるで変わります。
ママが起業したい、社長になりたい、お金を稼ぎたい、というと、なんとなく聞こえが悪い、つまり世間体というものがあまりよろしくない。日本も男女機会均等法が行き届いてきたとはいえ、まだまだ社会に出て活躍する女性が好まれない風潮もあります。
また女性でも、特に子どもを持つママの場合は、仕事で家をあけてしまったら一体子どもの面倒は誰がみるのだと、夫はもちろん、両親、義両親、ママ友、そして世間と、ほとんど全方位で奇異の目で見られ、反対されてしまいます。私はこれまで数千人のママ起業家たちと出会いましたが、8割以上のママたちが「起業を反対された(もしくはされている)」という状況にあります。
幸い我が家は夫がイギリス人ということもあり、妻が仕事をすることに一切反対はしませんでした。個人主義が浸透し、女性の権利が守られている国の出身ですから、女性が社会で活躍することになんの抵抗もなかったようです。さすがに国家のトップが女王の国です。がまんして無理に私の起業に賛成しているという様子もなく、素直に応援をし、協力的でした。これは今から振り返ってみると、ものすごく貴重なことだったのだと思います。
夫が外国人であり「協力的」だというと、かなりいろいろと協力してくれているように聞こえるかもしれません。確かに仕事することをだめとはいわず、つまらない男のエゴや世間体に縛られた発言をするでもなく、何をするにも「そう、がんばって」とは言ってくれていましたが、だからといって家事や育児といった子育てにも全面的に協力的かといったらそうではありませんでした。
料理は一切できず、掃除や洗濯もろくにしたことがない人ですから、私が家事を放棄すると家の中が荒れ放題に荒れます。自分が食べたあとのお皿をシンクにもっていくだけでも食後1時間かかることもあれば、シンクにおいた食器が洗われることなく、一晩を明かすことも少なくありませんでした。もちろん、食べたあとのテーブルを拭くこともなく、何をするにもまず私が綺麗に掃除してからでないと、使えないような状態になっているのです。
それに対して文句を言おうものなら、それでも協力的であるつもりでいるので、ヘソを曲げてしまうことは明らかです。そのため私はいくら散らかっていても、行き届いていなくても一言も文句をいわず、散らかっていたり汚れていたりする家にストレスを抱えながらも、私からは一切やろうとしませんでした。
なぜやらなかったのか。
理由は単純で、家事をする時間がなかったのです。
朝は子どもの朝食、幼稚園の支度、幼稚園のバスまで見送ったあと、すぐに自然食品店にて仕事。そこから夕方4時まで働きます。息子の幼稚園を2時間延長保育していただき、少し時間をかせいではその分仕事に時間にあてていました。
4時半にバスで帰ってくる息子を迎えたら、そのあとは子どものお世話の時間です。
幸い自然食品店を経営していたので、食材の買い出しにいく時間は必要がありませんでした。お店から商品を買ってくればいいのです。しかも自分が社長ですから仕入れ値で買えています。質のよい食材をリーズナブルな価格で手に入れることができる。これは子育て中のママとしてはかなりうれしいことでした。
ちなみに4時だった延長保育は、ほどなく6時にのびました。なぜなら、4時では仕事が終わらないからです。あともう2時間の仕事時間を確保するため、できるかぎり預かってもらう決心をするまでに、あまり時間はかかりませんでした。
バスのお迎えをしてそこから料理をし、食べさせ、お風呂にいれ、歯磨きをし、本を読んで寝かしつけまで、ノンストップですすみます。ママが夕方から夜にかけて、家庭の中で自分の時間はおろか、ましてや仕事をする時間など1秒もありません。
なかなか寝ない息子をやっとの思いで寝かしつけて夜10時。そこから自分の時間が始まるかと思いきや、ママにはさらなる家事がまっています。洗濯物の片付けや掃除、翌日の準備など、家事と呼べる家事だけでなく、小さな名もなき家事もたくさんあります。あっという間に1時間2時間とすぎていき、時刻は0時を周ります。
そこで普通は就寝なのですが、ママ起業家はここからが勝負です。
夜家族が寝静まった家のリビングで、一人かちゃかちゃとパソコンのキーを叩きながら、ブログやメルマガを書いたり、講座のテキストを作成したりします。自然食品店の仕事も並行してしていましたから、伝票作成、仕入れ、商品管理、賞味期限チェックなどの仕事もあります。やってもやってもやることは山積みで、「疲れた」と言う暇もありません。とにかく時間との戦いでしたから、後回しにするという選択肢は私にはありませんでした。
私は、信条にしていることがあります。
それは、仕事を次の日に持ち越さないということです。今日やらなければならない仕事は、絶対に何がなんでも、寝る前に片づけると言うことを、起業当初から自分に課しています。
「ま、いっか。次の日にやれば」
ということを自分に許してしまうと、なんでもがずるずるとずれ込んでいき、うまくいかないことがわかっていたからです。次の日でいいや、と思ったものはその翌日でもよく、またさらに翌日でもよくなり、仕事は先延ばしになる一方です。起業のように特に自分で自分の仕事の段取りをすべて決められるものは、先延ばしに歯止めがきかなくなることがわかっていました。
時間がかかればかかるほどつかれてくるし、自分の気持ちが保てずモチベーションも下がるので、ますますやらなくなることは目に見えています。自分のペースでやるのが起業ですから、別にそんなに急いで、切羽詰まってやらなくてもいいじゃないかと今は思いますが、特に起業初期は早くやりたい、すぐやりたい、早く目鼻がたつところまでいきたいという思いが大きかったので、先延ばしにするだらしなさを自分で許せなかったのです。
その信条のおかげで、仕事は大変ながらも思うように進めることができましたし、まわりからの評価もあがっていきました。お客様からの信頼も勝ち取り、一大決心をして踏み出した起業は、新しく起業塾でコンテンツを作り始めてから、うまく廻り出したような気がしました。
しかしその反面、失ったものも大きかった。
まずは睡眠時間です。夜は2時ごろに寝て、朝は5時に起きていたので、1日3時間ほどしか眠れていません。昼間も眠気を感じる暇さえなく、めまぐるしくすぎていきます。気が張っていたので倒れることはありませんでしたが、43歳で起業した身としては体に堪えます。
体がしんどいだけならまだしも、疲れた様子が滲み出てしまうと、それは仕事にも影響します。特に「食」や「健康」を伝えている身で自分がこんなに不健康だったら、なんの説得力もないじゃないですか。
また当時、息子の食事はがんばって作っていましたが、自分の食事にはまるで頓着がなく、かなり手を抜いていていました。さすがにコンビニやファストフードですますことはありませんでしたが、食事を食べる時間すらもったいなかったことから、1日1食の生活になりました。その1食もたくさんの量を食べるのではなく、玄米ご飯と味噌汁、野菜のおかず少々という質素なもの。これでよく倒れないなと自分でも思うことはありましたが、あまりにも仕事が充実していたこと、玄米とお味噌汁のパワーは存分にわかっていたので、体調はすこぶる快調でした。
ちなみに息子を出産してから9年、風邪はおろか、熱がでたことも一度もありません。
どんなにインフルエンザが流行っていても、予防接種をすることなくすんでいるのは、まさに食の力のおかげだと思います。
睡眠時間や食事の時間がなくなることは、それでも大したことではありませんでした。
失ったもののなかで一番大きかったのは、子どもとの時間です。
毎朝の準備や夕方のお世話はあったものの、週末息子や家族と遊びにいくことが一切なくなりました。週末はセミナーや自分の仕事が入ることが多く、息子が5歳になるころには、週末に何かを一緒にすることがほぼなくなりました。
平均的なサラリーマンをしている夫は土日祝がお休みです。夫は休みになると息子をつれて博物館や公園、プール、ディズニーランドと足繁く出向き、子どもとよく遊んでくれました。しかしそこに私が加わることは一切なくなってしまったのです。
5歳の子どもが母親と一緒に遊んでいない、というのは、これも世間的な常識からしてみたら、なんて非常識な母親なんだと言われてしまいます。もちろんシングルマザーやその他事情があって子どもと遊べないママはたくさんいますが、私のように、私が自分の選択で、別にやらなくてもいいこと=起業をしていて、それで子どもと遊ぶ時間がないなどと言えば、なんて身勝手な母親なのかと大多数の人から言われます。
「子どもと遊んであげないなんて、なんて子どもがかわいそうなの」
普通ならこう言われます。
私ももしかして起業をしていなかったら、同じような立場の人に向かってそんなふうな言葉を口に出したかもしれません。
しかし、果たして、うちの子は可哀想なのだろうか。
私は、息子が自転車に乗れるようになった瞬間をみたことがありません。
スイミングの教室で、一人で泳げるようになった瞬間をみていません。
息子の学校の友達の名前を、まったく覚えることができていません。
授業参観や発表会も、うっかりと忘れていてすっぽかしたことが何回もあります。
誕生日プレゼントも、買ったことがありません。
しかしうちの子は、可哀想なのでしょうか。
私はそうは思っていません。またもっと重要なことに、息子自身も自分が可哀想とはこれっぽっちも思っていないのです。
なぜなら私は自分のやり方で、全力で愛情を伝えていたからです。
自転車に乗れた瞬間には立ち会えなかったけれど、大勢の人からありがとうと言われるママを見せてあげられた。
スイミングの教室には付き添えなかったけれど、命を削って本気で仕事をすることがどういうものかを見せてあげられた。
友達の名前は覚えていないけれど、何百人と言う温かい仲間に愛されているママの姿を見せてあげられた。
授業参観はミスったけれど、毎日の食事をしっかりがんばって、病気一つしない体を作ってあげられた。
誕生日プレゼントは買ってないけど、どんなママにも負けない経験をプレゼントすることができた。
何より、仕事することが楽しいことで、こんなにも人生を楽しく彩るものだと、自分のあり方を通して見せてあげられた。
おかげで息子は、大人になることを何よりも楽しみにしています。
早く大人になって働きたい。働いてお金持ちになりたい。そして稼いだお金で人の役に立つことをしたいと、9歳になったばかりの息子は私に話してくれました。
子どもをもつ大人に何かの役割があるとしたら、子どもが独り立ちできるまでは環境を整え、衣食住を整えて応援することだと思います。親であることの責任が何かと言えば、子どもが独り立ちできるようになることだけではありません。
親であることの責任は、子どもに生きる意味や希望を思い描く力を手渡すこと。
「どうせ大人になっても、がまんして仕事して、なんとなく生きているだけでしょ」という大人の背中ではなく、「大人になるとできることが増え、社会や世界の役にたち、人に喜んでもらえる存在になる」という未来を見せることができる大人の背中を見せてあげることではないかな。
私の場合その方法が、専業主婦になることではなく、起業家になることだった。
専業主婦になる才能よりも、起業する才能があった。ただそれだけのことです。
他のママ起業がどうなのかは、一人一人のストーリーが違いますから、一概にママ起業全部が私のようだとは言いません。しかしたしかに起業をすると、自分の時間、家族の時間が格段に減ることは確かです。
膨大な時間は失うけれど、それは同時に自分の仕事という成果と、我が子の未来という大きな夢の両方を手に入れることになります。いくばくかの時間と引き換えにそれが手に入るのであれば、なかなか上等だと私は思うのです。
《第9章につづく》
頑張るママのお助けレシピ
体が丈夫な子どもに育つ!
究極の味噌汁
材料 3人分
出汁(昆布と干し椎茸) 480cc
麦味噌 20g
豆味噌 10g
乾燥わかめ 3つまみ<作り方>
1 器に乾燥わかめを入れる。
2 麦味噌、豆味噌をすり鉢でよくすり混ぜる。
3 出汁をお鍋で温める。温まったらおたま1杯分ぐらいを2にいれ、味噌をとく。
4 2の味噌を3の鍋に戻し入れて火を止める。1のうつわに注いでできあがり。*味噌に充分旨味がある場合は、出汁でなく水だけでも美味しくいただけます。
*具材が少なくてちょっと、という場合は、ネギやお揚げなどをプラスしてください。
*シンプルイズベスト!ものたりない?と思いきや、滋味深い味に子どもも大好きです。
❏ライタープロフィール
ギール 里映(READING LIFE 編集部公認ライター)
食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
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