老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第2章 日本人なら米を食え〜お米から考える本当の’美味しい’とは《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
やっぱりね、お米なんですよ。何がなんでも。
日本人なら米を米を食えという言葉を、2019年に亡くなったTik Toker、日本一イケメン男子高校生田崎翔太さんもUSPとして使っていますが、米、それもほんまに美味しいお米を食べずして、とやかくいうたらあかん。
 
「お米、大好きですよ、美味しいお米ちゃんと食べてます」
と自信をもって言える人は、いったいどれぐらいいるのでしょう。
お米は私たちにとって、あまりにも当たり前の食材であるが故に、その存在も食味も、かなり過小評価されているのではないかと思うのです。
 
人生50年も生きてきたら、そりゃいろいろ食べてきたでしょう。
高級な料亭やレストランでのグルメ三昧や、B級の居酒屋、屋台、カジュアルレストラン、旅行先の名物料理や時にはジャンクフードと、ありとあらゆる食べ物を食べてきたはずです。広く深い経験をすることはもちろん大事で、それは確実に人生を豊かにしてくれるものですが、どんなに多くの非日常を経験していても、毎日の当たり前の積み重ねには、太刀打ちできるはずがない。その毎日の当たり前を作り、私たちを芯から下支えしてくれるのが、お米の存在そのものなんです。
 
1回のハレの食事より、毎日のケの食事。毎日食べているものが自分を作ります。
わたしらはこの50年間食べてきたものの結果であり、その大部分は毎日食べているお米なんです。
 
諸説ありますが、稲作は紀元前5〜3世紀に中国から伝わりました。それまで狩猟・採集に頼っていた食生活は激変します。稲作が始まると、移動式の生活様式が変わり、一箇所に定住するようになります。行き当たりばったりで、獲物にであって初めて食事ができる狩猟生活とは違い、種まきから刈入れを計画的に行わなくてはならない稲作は、人間に”計画する”ことを教えてくれました。”計画する”ことは”夢や未来を描くこと”に繋がります。米作りを始めたことで、人は目標をもったり、自分の未来を描くようになります。こうして人は、他の動物とは決定的に異なる文化や文明を創造し始めていきました。米が大事なのは、カロリーやら栄養素やら、そういう一つの狭い視点から言うのではなく、人が人であるため、また日本人が日本人であるための、アイデンティティを作り上げるために必要だからです。いくら日本人の血を持っていても、アメリカで生まれ育ち、アメリカの食事を食べて育ったとしたら、果たしてどんなアイデンティティが形成されるのかはわかりません。もし住む場所がその人そのものを作り上げるとすれば、住む場所で何を食べるか、またその食べ物がどこで作られるかは、大きな問題であるはずです。
 
だから、とにかく、米なんです。
 
美味しいお米とは、決してブランド米のことを意味するのではありません。日本には全国各地で作られる美味しいお米が山ほどあります。日本で登録されている米の品種(銘柄)は約900品種、そのうちの約300品種が主食(ごはん)用とされています。
*農林水産省ホームページ「令和2年産農産物の産地品種銘柄設定等の状況」より
 
なんせ300種類もあるわけですから、そう簡単には選べません。そのため一般社団法人日本穀物検定協会では毎年、米の食味を特A、A、A’、B、B’と五段階のランキングで評価しています。ランクが上になるということは要するに「美味しい」と認められたということで、販売単価もあがります。そのため米の生産者たちはランクをあげようと必死になり、より甘いお米を作るよう品種改良をしていきます。
 
日本のお米は昔に比べて、随分と甘みが強くなりました。より甘い方が美味しく感じるという味覚の不思議で、米だけでなく野菜やフルーツも甘味を増すような品種改良が年々すすんでいます。
 
しかし、本当に甘ければ甘いほど、お米は美味しいのでしょうか。
決してそうではありません。
 
甘みとともに、日本人が好きな食感としてもちもちがあります。そのためお米は300種類の品種がごはん用として作られているにもかかわらず、ほとんどが甘みが強く、もちもちの食感に偏っているのです。
 
そういうお米が美味しいときも、もちろんあります。
シンプルにお米だけでいただくときは、お米の味がしっかりと感じられたほうがいい。そういうときはこのような甘いお米を美味しいと感じます。しかしお米の面白いところは、私たちはお米をそれだけで食べることが、ほぼないのです。
おにぎりにしても必ず具を入れるか、少なくとも塩をします。お米を食べる時には必ず汁物かおかずがセットになります。そんなときはこの強い甘味が、却って他の味の邪魔をしてしまい、美味しく感じなくなることがあります。
 
ご飯と一緒に食べるものの代表として、カレーや丼物があります。これらはご飯の上にルー、または種をのせて、ご飯との調和を楽しむものです。そういうときにご飯の主張が強すぎたら、味の濃いルーやタネとも喧嘩してしまいます。またもちもちした食感は、具材やソースとうまく絡み合わず、味のバランスが悪くなります。
 
しかし納豆や焼きのり、漬物と合わせるときは、もちもちの食感のほうがよく合い食べやすい。もちもちのお米は納豆の粘りをうまくまとうことができます。また海苔をくるりと巻く時も、お米がもっちりしているほうが巻きやすい。ぱらぱら、ぽそぽそしていたらうまく纏まりませんし、お箸で食べるのには食べづらい。食べやすくあることも味に大きく影響するのです。
 
また、チャーハンや焼き飯などフライパンで炒めるものだったら、だんぜんパラパラの食感のほうがよく合います。ここで甘くてもっちりしたお米はとにかく合わない。パラパラしてお米同士がひっつかず、炒めるとパラパラになって具材や調味料の味がしっかりと入るためにも、もちもちごはんは難しい。炒める時に米粒が潰れて仕上がりも汚くなりますし、そうなるともちろん、美味しいとは言えないものになる。
 
このように美味しいか美味しくないかは、お米の味と食感そのものによるところだけでなく、何と食べるか、何を組み合わせるか、何と料理するかによって、判断基準が大きくかわっていきます。
 
もちろん、変わるのは食感と甘味だけではありません。季節も大きく影響します。
 
日本には四季があり、お米は秋に収穫を迎えるものの、貯蔵がきくのでそこから次の収穫までの1年間、食べ続けていきます。秋に収穫して秋冬の季節は、寒くなる外気から体を守るために高カロリー食品が好まれますから、甘みの強いお米は冬に美味しく食べられます。反対に暑くて食欲がなくなる夏に、もちもちとして甘いご飯は重たすぎる。そういうときにはあっさり食べられる軽めのお米が、より美味しく食べられるのです。
 
このようにお米は、どう食べるか、いつ食べるか、何と食べるかによって美味しいの基準が変わります。美味しいお米は一択ではなく、たくさんあるということをまずは分かっておいていただきたい。
 
またお米は、精米具合の違いによっても味、食感が大きく変わります。糠を一切とらなければ玄米ですし、精米度合いによって三分づき、七分づきなど、呼び名が変わります。糠を全部とりさったものを白米と呼んでおり、ほとんどの方にとっては白米のほうが一般的で食べ慣れています。お米=白米と捉えている人も多く、玄米を食べるのは少数派です。最近では玄米の栄養や食物繊維が健康増進につながると評価され、玄米食を始める方も増えてきました。増えてきたとはいえまだまだ少数派ですし、ほとんどの飲食店では白米が主流です。
 
しかし、お米の旨味という観点からみると、玄米のほうが上になります。
 
白米と違って玄米には、糠がついています。糠の部分にはビタミン、ミネラルなどの栄養素が豊富で、脂質も多く含みます。精米したときにでる糠で糠床を作り野菜を漬物にするときは、額をかき混ぜるたびに手がしっとりすることがわかります。糠に含まれる脂肪分が、手指の乾燥を防ぎ肌を整えてくれているのです。
 
旨味成分については玄米に軍杯があがるにもかかわらず、玄米のほうが美味しくないと感じる人は多い。そこにはいわゆる白米信仰とも言われるほどの、根強い白米への愛着からくる玄米への批判もありますが、多くの場合は炊飯方法の失敗です。玄米は白米とは違い、炊くのにコツがいります。ましてや美味しく炊くとなると、白米と同じようにやってもうまくいきません。
 
通常白米だと、炊くのは難しいことではありません。
 
もちろん薪窯や土鍋を使ってより美味しく炊くこともありますが、毎日のことですからそうも大変なことはやってられません。多くの場合は炊飯器でスイッチオンになると思いますが、それでも充分美味しく炊けます。炊飯器も昨今多彩多様になり、高機能炊飯器もたくさん出て美味しく炊くことを追求する傾向にあります。しかしそこまでしなくても結構美味しく炊けるのは、明らかに白米の勝利です。洗ってスイッチさえ押せれば子どもでも美味しく炊ける。その簡単さは白米が広く食べられている理由の一つです。
 
一方玄米は、普通の炊飯器に入れてスイッチを押しても、同様に美味しく炊き上がりません。糠をまとった玄米は、糠という皮を纏っているおかげで給水にも時間がかかりますし、また炊いても糠の部分が硬くて、その食感が味覚を邪魔します。
 
玄米はパサパサして食べにくい、硬くて美味しくない、ぽそぽそしている、臭い、などと言われるのはほとんどの場合は炊飯の失敗が原因です。しかし白米を炊飯器で炊くことに慣れている私たちは、美味しくないのを炊き方のせいではなく、玄米というものが美味しくないと判断してしまう。
 
美味しくないという濡れ衣を着せられた玄米は、それ自体では名誉を挽回することがむずかしい。しかし旨味成分の量という観点から判断したら、確実に玄米のほうが甘みがあるわけです。
 
また、忘れてはいけないのは、味覚の個人差です。そもそも味覚とは、一概に美味しいや美味しくないを一つの基準で判断できるものなのでしょうか。
 
大多数の人が美味しいというもの、美味しくないというもの、と判断することもよくあることですが、究極美味しいかどうかは、本人の基準に基づいています。それを好き嫌い、嗜好と言ったりもしますが、美味しいの基準は一つではありません。
 
行列のできるお店やいつも繁盛しているお店は、一般に「美味しい」と判断されているからということになりますが、それが本当の意味で美味しいのかと言ったら、それは断言することは難しい。なぜなら美味しさは、雰囲気や人のエネルギーで変わるからです。
 
たくさんの人が美味しいと言っているから美味しいに違いない、というような集団心理も働きます。また美味しく食べている人が周りにいると、その空気に飲まれて美味しく感じます。
 
また、空腹度合いによっても美味しさは変わります。お腹がむちゃくちゃ空いているときに食べるご飯は、満腹のときに食べるご飯よりも確実に美味しいはずです。空腹は最大のソースとも言われるように、同じ食べ物でも食べる時の空腹度合いによって、美味しさは天と地ほど変わります。
 
食べるシチュエーションも、味覚に大きく影響します。
同じ内容の食事でも、家のなかで食べるのと野外で食べるのでは美味しさが異なります。お弁当を海辺や山など外で食べると無茶苦茶美味しく感じますし、レストランでもテラス席が好まれます。開放的で、外の空気を空いながらいただく食事は、なぜか旨味が増すようです。
 
味覚の個人差として、身体的な機能も関係します。
口の中、舌には味蕾と呼ばれる味を察知する感覚器官があります。この味蕾は生まれてから大人になるにつれ増加し、若年気にピークを迎えます。12歳という説、20歳という説もあり、はっきりと分かっていないのが現状ですが、高齢になるとあきらかに味蕾の数は、乳幼児の30〜50%ほまで減少すると言われいるので、歳をとればとるほど美味しさを感じにくくなるはずです。しかし現実として「味」を感じとる能力は子どもたちのほうが高いと言えますが、「美味しさ」を感じ取るのは大人のほうが上です。つまり美味しさとは、単純に味蕾の数からくる生物反応だけにはとどまらない、複雑な判断基準をそれぞれが持っているということになります。
 
余談になりますが、味覚障害と言われる症状を持つ方が近年増え続けています。日本口腔・咽頭科学会の調査によると、1990年代には年間約14万人だった患者数は、2004年には24万人にまで増えています。また医療機関を受診しない自覚症状のない味覚障害者は、人口の1/3程度にのぼるのではないかとも言われ、多くの人が味をわかっていないにもかかわらず、その事実に気づかず美味しい・美味しくないと論じているのが、今の日本の現状です。
 
こうやってみてみると、本当に美味しいとは一体どういうことなのだろう、と考えさせられてしまいます。私たちの味覚は、単純に食材の旨味と人間としての感覚だけで作られ判断されるわけではないということが、なんとなく見えてきました。では一体本当の美味しいとは、どういう条件で作られるのでしょう。
 
話を、お米に戻します。
 
自分にとって本当に美味しいお米とは、自分が生まれ育った土地で作られ、収穫されて、子どもの頃から食べ続けているお米のことです。人も自然の一部ですから、その土地のものが一番体に合うし、肌にあいます。子どものころから毎日食べ続ける食が、味覚のベースを作り上げます。
 
本当の美味しいは、自分の魂が震える美味しさです。魂が震えるのですから、ただ表層的な味付けや身体感覚だけでは片付くはずもありません。魂が震える美味しさとは、じわじわと美味しさが口から体に入り込み、細胞の一つ一つが美味しさと嬉しさで喜び震えるような感覚をもたらすもの。そしてその感覚は、生まれ育った環境からでしか、作られることがありません。
 
お米は、私たちのソウルフード。
自分のソウルは、どこにありますか。
美味しいお米がどんなもんか、ぜひ今一度振り返って感じてみておくれやす。
<第3章につづく>
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READINGLIFE編集部公認ライター食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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