こな落語

食パン屋ブームは、蕎麦屋の為でもあるって本当?《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
このところ、街中で矢鱈(やたら)と見掛ける様に為ったのが『高級食パン』の専門店ってぇ奴でして。梅雨時でも無ぇのに、雨後の筍(たけのこ)みてぇにちょいと目を離すと町内に何軒も出来上がっちまったりしています。
ついこないだも、ウチの近くに新しく食パン専門店が立ち上がりまして。いぇ、立ち上がるったって赤ん坊じゃ有りませんから、脚で立つ訳じゃぁ無ぇんですけど、兎に角、新規の食パン屋さんが開店したってぇ訳でして。開店当日、興味本位で見に行ったんですよ。
そうしたら案の定、朝っぱらから行列が出来上がっているってぇ寸歩で。どこから、こんなに人が集まっているんですかねぇ。この、新型肺炎と流行性感冒が流行っているってぇのに。
聞いたところによると、この夏に渋谷の駅近公園に開店した《建物内商店街》みたいに、初日の入場券を配らなくちゃならなくなったりして。
そう言やぁ、アッシも来週に迫った大阪心斎橋の入場券を確保しましたが……
 
いつもの大家さんとこにやって来たのは、蕎麦屋の徳兵衛さん。何事か悩みがある様で、浮かない表情をして居(お)りやす。
 
「こんちはー。大家さんいらっしゃいますか?」
「はいはい、居ますよ。おぉ、こりゃまた徳さんじゃないか。なんだい、浮かねぇ面(つら)して」
「そんなに、酷ぇ面ですかい?」
「あぁ、枝振りの良い松の木か、丈夫な鴨居を探してるみたいな面ですよ。何か、有ったのかい?」
「有ったのかいなんてぇもんじゃないんですよ。実は、この間(こないだ)急に、粉問屋から通達が来たんですよ。何でも、これから年の瀬にむけて、例年通りのメリケン粉が融通出来ないてぇと書いてあったんですよ。メリケン粉が無けりゃ、こちとら蕎麦屋なんで、年末の書き入れ時に商売にならねぇって掛け合ったら、今度(こんだ)は、去年の倍の値なら売ってやっても良いなんてぇ抜かすんですよ。何でこんなことに為っちまったんですかねぇ」
「おぉ、そりゃそりゃ徳さんもお困りだねぇ」
「嫌ですよ、大家さん。そんな他人事(ひとごと)みたいなこと言ってくれちゃ。なんか、良いお知恵は有りませんかねぇ」
「そうだねぇ、そんな難儀なことだとは知らなんだ。あっ! こうすると良い」
「いったい、どうするんでぇ?」
「ダメだよ徳さん。江戸っ子だからって急(せ)かしちゃ。“急いては事を仕損じる”ってぇ、寺子屋で習ったろうに」
「へい、習いました」
「それにな、商売なんてぇものは‘商い(あきない)’てぇぐらいだから、気長にやらんとな。
そいで徳さんや、お前さんとこの近くに『高級食パン屋』は有るかい? えっ、 有る。こないだ開店して連日行列に為ってる。そりゃそりゃ、尚更良いこった。
そしたらな徳さん、その『高級食パン屋』に出入りしている粉問屋に掛け合うと良いよ」
「大家さん、そりゃまたどういう訳でですかい?」
「実はな、お前さんが蕎麦の繋ぎで使おうってぇメリケン粉は、ここんところの在宅勤務で不足気味になったんだ」
「えっ! 在宅とメリケン粉に何の関係があるってんですかい?」
「だから! そいつを今から教ぇ(おせぇ)ようてんだから、黙って聞きなさい。
このことろ在宅が増えて、家で飯喰う回数が増えるだろ。最近では、女性だって外で働くのが当たり前の時代(じでぇ)だ。それに、子供達だって学校へ行く回数が減ってきてるしな。そうなるってぇと、奥方の家事が余計に大変になるってもんだ。三度三度の御飯(おまんま)用意するのも難儀なこった。
するってぇと、どうしたって冷凍食品や出来合いの惣菜なんてぇものに頼らざるを得ないことに為るわな」
「そういうことに為りますね」
「それが、問題なんだ。冷凍食品や惣菜ってぇもんには、揚げ物が多く為るわな。その、揚げ物こそが、メリケン粉不足の原因ってぇ訳だ。
良くお聞き、徳さん。蕎麦の繋ぎに使うのは、メリケン粉・強力粉の二等粉だよな、特等や一等粉じゃ蕎麦が白くなり過ぎて、蕎麦らしく見えねぇってもんだな。
そいでもって、揚げ物で必ず使うのが“パン粉”だよな。このパン粉がが油を吸うから、かっらッと揚がるってぇ寸法だ」
「そうなんですね。あっしゃ、天麩羅と同じで薄力粉を使うのかと思ってやした」
「オイオイ、徳さん。トーシロ(素人)みてぇなこと言っちゃ困るな。揚げ物は、卵で具と衣を繋ぐだろうが。パン粉の衣は、粒が大きいから揚げている内に離れない様に繋ぐんだ」
「そうでしたそうでした。そいで、パン粉と蕎麦に何の繋がりが有るってんで」
「パン粉てぇぐらいだから、白いパンを砕いて挽いてパン粉にしてるなんてぇ思ってんじゃ無いよな。実際、そうやって作るパン粉は有る。ただ、そいつらは“生パン粉”てぇ、大層な名前で呼んで別扱いなんだ。だいたい、生パン粉なんか使った日には、コストが掛かって惣菜なんかにゃ出せねぇ値段に為っちまうってもんだ。
そこでだ、冷凍食品や惣菜には専門工場で大量生産したパン粉を使うんだ。
んでもって、そういった工場がパン粉を作るのに使うのは、一等粉では無くて二等粉なんだ。だから、徳さんみてぇな蕎麦屋さんに繋ぎ用のメリケン粉が廻ってこなくなっちまうってぇ寸法さ。困った事にな」
「そいで、メリケン粉の二等粉が無くなるのは解ったんですけど、先程大家さんが仰ってた、『高級食パン屋』云々(うんぬん)ってぇのが解(げ)せねぇんですが」
「はいはい、繋ぎ用のメリケン粉をどうやって手に入れるかってぇ話ですね。
小麦ってぇ奴は、一等粉だけとか二等粉だけ取るってぇ訳にはいかないんですよ。小麦を臼で挽いて粉にしたら、篩(ふるい)に掛けて特等粉・一等粉・二等粉・三等粉・末粉・衾(ふすま)と取り分けるってぇ寸法に為ってるからね」
「ってぇことは、一等粉・二等粉と満遍なく売れねぇってぇと、粉問屋も困るんですね」
「そうよ。徳さん、いい処(とこ)に気が付いたね。
だから、特等粉や一等粉を多く使う『高級食パン屋』と組むと良いって言ってんだよ」
「あっ、そういうこってすか。あたしゃまた、大家さんが高ぇ食パンを食べたいのかと思いましたよ。
解かりやした。早速『高級食パン屋』へ行って、話付けて来やす。いい塩梅(あんばい)に為ったら、蕎麦と交換で食パンを貰って来やすんで、大家さん処にも御裾分けで持って来やす。ちょいとだけ御待ち願ぇやす」
「はいはい。期待せずに待ってますよ。
それより、上手く話を繋ぐんだよ! 解ったかい」
「へい、大丈夫です。蕎麦屋だけに繋ぐのは得意ですから!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2020-11-16 | Posted in こな落語

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