こな落語

喪中に年越蕎麦は正しいの?《こな落語》


2020/12/21/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
年も押し詰まってくると、急がなきゃいけねぇってぇのが年賀状てぇのものでして。しかし、未だ年も改まってねぇのにどうしてあぁ揃いも揃って『新年明けまして……』てぇ具合にシレっと書けるんでしょうねぇ。
その点、親類縁者が亡くなった家族なんぞは、早々に、そうですね11月中には新年の賀状や挨拶辞退を知らせる葉書を用意するといった塩梅で。
こちらはってぇと、忙しい年の瀬にも年賀状で急かされることは無い様でして。
 
いつもの大家さんの所へ浮かない顔をした、‘おとよ’ちゃんが訪ねて参り(めぇり)やした。
この、おとよちゃんてぇのは、親が育児放棄、今風に言うとことの“ネグレクト”ってぇやつですな。昔から、無責任な親てぇもの入るもので、可哀想なおとよちゃん、年端も行かない内に岡場所、遊郭ですな、に売り飛ばされてしまいました。
それを見兼ねた本郷療養所の新出医師が助け出し、療養所で賄(まかな)いや雑用をさせている娘です。
貧しい出のおとよちゃんですが、大層賢い娘でして、療養所の若医者で新婚さんの保本(やすもと)先生から、読み書きや算術を習っております。
 
「大家さん、こんにちは」
「これはこれは、おとよちゃん。今日の処はどんな御用向きで」
「聞いて下さいよ大家さん。私は毎年、療養所から元気に退院していった方々に年賀状を書いて出しているんです」
「そりゃ、関心なことだねぇ」
「それがですね、私は未だ字をよく知らないものですから、保本先生がお書きになる年賀状を真似て書いているんですよ」
「ほほぅ、賢い方法だねぇ」
「ところがですね、大家さん。保本先生、今年は年賀状を書かないって仰るんですよ。何でも、奥様の御母堂がお亡くなりに為ったとかで」
「御母堂なんて、とよちゃん、難しい言葉まで習っているんだねぇ。じゃ、分かった。これ、私が書いた年賀だから、今年はこれを真似して書きなさい」
「有難う御座います。助かります。
あ、それとですね大家さん。保本先生ったら『今年は喪中だから、年賀状だけじゃなくて、年越蕎麦も、御年玉も、初詣も無しだぞ』って。初詣行くと毎年、保本先生が境内の御汁粉を御馳走してくれてたんですよ。私は、それが楽しみで……」
「ほぅ、そりゃ可哀想なことだねぇ」
「御年玉はいいんです。毎年年末になると、新出先生が『おとよ、酒買っておいで』って、お使いに行かされるんです。私、新出先生に内緒で、お酒のおつりを渡したこと無いんです。いえいえ、新出先生は、新年になるとのべつ酔っ払っているので、分かりゃしませんって」
「おとよちゃんも、悪いことしてるんだねぇ。先生のおつりをちょろまかすなんて。新出先生には御世話に為ってるんだろ。いけないよ。程々にしなきゃ」
「大丈夫ですって。新出先生は、年末になると大店(おおだな)へ往診に行って、法外な診療費を要求しているんですから」
「ほぅ。悪(あ)こぎな大店から、たんまりせしめて、そいつを診療所の皆に振舞うってことかい。流石に、人情派のお医者さんだねぇ」
「それにですよ、その診療費で、自分の大酒呑んでいるんです。年末年始は、髭だけじゃなくて顔まで赤くしてるんですよ。大家さんから、何か言ってやってくださいよ」
「ま、良いじゃないか。新出先生も保本先生も、年がら年中、貧しい庶民のことを診てくれているんだから。
そいで、おとよちゃん。御年玉はいいんなら、何が問題なんだい」
「そうですよ、大家さん。私は、年末年始の年越蕎麦と御汁粉が食べたいんですよ。保本先生から食べさせてもらう方法は無いもんですかねぇ」
「そうだなぁ。
先ずな、喪中で初詣が出来ない。これは、嘘だ。保本先生は、おとよちゃんが可愛いもんだから、意地焼かせようとしてるんだ」
「そうですかぁ。保本先生、奥様貰ってから、優しくはしてくれえませんよ」
「そんなことあるもんか。おとよちゃんが今着ている着物だって、奥方が娘時代に着ていた上物を、仕立て直してくれた物だろ」
「そうですねぇ。でも、御汁粉が……」
「だから、こう言ってやんなさい。喪中は鳥居を潜(くぐ)ちゃいけないけど、鳥居の外を回ればいいんですって。そうすりゃ、境内に行けるから、御汁粉だって食べられますよって」
「有難う御座います。そう言ってみます。そいで、年越蕎麦はどうなるんですぅ」
「おぅおぅ、おとよちゃんは喰い意地張ってるねぇ」
「そうじゃ無いんです。大晦日は、大掃除やなんやらで忙しくて、さっと食べて腹持ちが良い物でないと、私、御腹が空いちゃってもたないんですよ。それに、保本先生ったら『年越蕎麦は縁起ものだから、喪中は絶対ダメ』とか言ってて」
「そうかいそうかい。おとよちゃんは、食べ盛りなんだねぇ。
それに、保本先生は、長崎で蘭学とやらを学んでこられたんだから、もう少し知恵者かと思ったけど、やっぱ、ちょいと若かったねぇ」
「と、言いますと」
「いやぁね、年越蕎麦は縁起物には違いが無いよ。でもね、おとよちゃん。年越蕎麦の縁起にはいろいろあって、中には『悪い縁を切る』ってぇ縁起も有るんだ。蕎麦は、うどんに比べて切れ易いだろ。そこから、年内に起こった悪いことを、切れ易い蕎麦を食べて切ろうてぇ縁起だ。
どうだい、おとよちゃん。そんな能書きを保本先生に言って、少しは鼻を明かしてみては。
そいでもって、保本先生用には、蕎麦屋の徳さんに頼んで、特に切れ易くしてみたら。
そん位の悪戯なら、新出先生だって許してくれようってもんだろ」
「そうですね。多分、大丈夫かと思います」
「ただな、切れ易くって特別に頼むのは、徳さんみたいに腕の良い蕎麦屋だけだよ。そこいらの、どこの馬の骨かも知れん蕎麦屋は、打つ蕎麦がただでさえ切れ易いんだ。そこをさらに切れ易くなんてぇ頼んだら、茹(う)でてる内にブツブツに切れて、よそう頃には蕎麦掻(そばがき)になっちまうってもんだ。注意するこったな」
「はい。間違いなく、徳兵衛さんに頼みます。有難う御座います。
どうぞ、大家さんも佳いお年を御迎え下さい」
「はいはい、御丁寧に有難う。
そてとな、間違っても保本先生には『新年明けましておめでとう御座います』なんて挨拶をしちゃだめだよ。仕込んだ蘊蓄が台無しに為っちまうから」
「はーい。任して下さいな」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2020-12-21 | Posted in こな落語

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