週刊READING LIFE vol,112

私を最大限に発揮する方法《週刊READING LIFE voi.112「私が表現する理由」》


2021/01/25/公開
記事:長谷川順子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ジャズというものを聴いた。
わたしは全くの入門者だ。
ジャズについて何も知らない。
そんな私にもわかりやすく、後藤雅洋さんはお話してくださった。
 
後藤さんは、ジャズ喫茶いーぐるの店主だ。四谷にある50年以上続いているジャズ喫茶の老舗。
そのジャズ喫茶の前の道を、私は毎週水曜日に欠かさず歩いていた。その先にあるボイストレーニング教室に通っていたのだ。1年半ほど通ったとき、教室が代々木に移転した。なんと私の住まいから徒歩13分のところに、教室が近づいてきてくれた。幸運だったが、四谷のジャズ喫茶いーぐるの前を通ることがなくなったのは、すこし淋しい気がした。
 
そのジャズ喫茶の後藤さんのお話を聴く機会に恵まれた。
後藤さんは言う。
 
「ジャズの本質は、個性的表現です」
ジャズの聴きどころは、楽曲のよしあしや演奏が上手いか下手かよりも、演奏する個々のミュージシャンの個性の表現だという。どんな「曲」を演奏しているのかよりも、「誰が」演奏しているかが聴きどころなのだ。
 
そのことがよくわかるように、スタンダードナンバーの聴き比べをしてくださった。定番のジャズの名曲を、違う演奏者で聴き比べをする。
 
最初に、カーメン・マクレエが歌う『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』を聴いた。どこまでも美しくのびていく歌声に、うっとりとして心地よくなる。すばらしい歌声に聞き惚れた。
ああ、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』っていい曲だなと思った。
 
ところが、だ。
次に、私でも名前を知っているマイルス・デイヴィスの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』が、全然違った。マイルス・デイヴィスのトランペットが、さっきのマクレエの歌った曲を、全然違うものにしていた。
 
さらに、こちらも名前を知っていたビル・エヴァンスの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』を聴いた。ビル・エヴァンスのピアノが、マクレエの歌声ともマイルス・デイヴィスのトランペットとも全然違う曲を弾いている。
 
同じ曲!?
とても同じ曲とは思えない。
「『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の曲がいいよね」ではなく、「カーメン・マクレエの歌声がいいよね」ということになる。
 
ジャズの特徴として、アドリブが挙げられる。
アドリブとはジャズの即興演奏のことだ。
ジャズマンがアドリブをするのは、演奏するのがたいへん難しいことをやって見せて、「さあどうだ」と思わせるところにはなく、元の旋律と違うことをすることによって、それぞれのミュージシャンの個性を際立たせようというのが、本来の趣旨だそう。
「個性の発揮」という目的のための有効な「手段」の一つが、アドリブなのだ。
自分らしさを発揮するための一つの「道具」。
 
なので、ジャズの聴きどころは、楽曲よりも、そのミュージシャンならではの、特徴、個性。
優れているアドリブというのは、難しい演奏をやって見せたというのではなく、演奏が上手いなというのでもなく、その人らしさが出ているということ。
優れたジャズミュージシャンは、その人らしさが出ている演奏をする。これは誰が聴いてもアーム・ストロングだというような演奏が、ジャズとして評価されるのだ。
 
例えば、ウェイン・ショーターというサックス奏者のアドリブは、捉えどころがない不思議なイメージで、そのミステリアスなよさがウェイン・ショーターの魅力なのだそうだ。
 
後藤さんは言う。
「ジャズは、個性の表現が唯一の聴きどころなのだ」と。
 
楽曲は「目的」ではなく、「素材」で「手段」なのだ。
あれ、これは文章に似ていると思った。
文章を書くのは目的ではなくて、手段なのだ。
 
私という個性の表現の手段。
私という個性を発揮するための道具。
 
上手い文章とかきれいな文章をめざすのではなくて、私という個性が出ているかどうかが大切なのだ。同じテーマで誰が書いても同じ文章になるのではなくて、私という個性が全面に出て、私でないと書けないものを表現する。
 
その私という個性の表現の手段は、文章だけではない。
 
ジャズ喫茶いーぐるの前を毎週通っていたのは、ボイストレーニング教室に通っていたからだった。そもそもボイストレーニングを始めたきっかけは、メイクからだった。
 
85歳で現役で活躍されている美容研究家の小林照子さんが、
「私は長年ひとのお顔に触れてきて、お顔を見ればその人の人生がわかります」
と仰った。
私はそれを聞いて、「私の人生を見てもらいたい!」と思って、小林照子さん直々のメイクを予約した。
小林照子さんは、化粧品メーカーのコーセーに勤め、50歳でコーセー初の女性取締役になった後、定年を前に退職、独立されて、59歳でメイクスクールを開校するなど、85歳の現在もいくつもの会社を経営されて、とてもパワフルに活躍されている。その多忙の小林照子さんに逢えるまで数ヶ月待った。
 
待ちに待った小林照子さんとの対面で、はじめにパーソナルインプレッションという、私の顔の印象を教えてくださった。
第一印象は、華やかさも明るさも十分に備わっているのに、なぜかひかえめでおとなしい印象が優先している感じだそう。
私は、目と目が離れていて、みんな受け容れてもらえるという印象があり、親しみやすいのだという。
確かに、よく人に道を聞かれるし、話しかけてもらう。
誰をも拒まず、受け容れる包容力。誰からも愛されるやわらかさ。これが今後の人生にはマイナスになるのでは?
とのことだった。
むしろ、本来の明るさや華やかさを知的に表現していきましょう、とアドバイスしていただいた。
そして、これからの印象表現として、どんなふうにメイクしてゆけばよいのかを教わった。
眉の中に角度をもたせて、凛とした知性を表現するとか、眼の美しさ、黒目の強さを生かしてアイメイクするとか、自分をどう表現してゆけばよいかを具体的なメイクのしかたとして学んだ。
その上で、リーダーシップのある表現の中には、所作と声の出し方が大切で、本来の声(地声)が出るような訓練をするようおすすめします、とのことだった。
それで、親切にもご紹介くだったのが、四谷にあるボイストレーニング教室だった。
 
私は、自分がよりよくなれるものは、すぐにでもしたい!
すぐにそのボイストレーニング教室に電話をして、数日後に体験レッスンを受けた。
受けてみて、それが私に合っていたのだ。
 
ちょうど、そのころ、私は気功で丹田を鍛えるというトレーニングをしていた。丹田を鍛えることで、自分の気を強くできるというので、丹田を鍛えたいと思っていた。
そのボイストレーニング教室では、まず気功を採り入れた体操をしてから、呼吸法をして、声を出せるからだをつくってから、発声をする。講師の宮崎絢子先生が考案した「ののゆる体操」というのが、気功を採り入れた体操だった。丹田を鍛えたいという私に、願ったり叶ったりの体操だった。
しかも、呼吸法にも興味があった。加藤俊朗先生の呼吸法レッスンを受けたりしていた。
呼吸は人生を変えるのだという。詩人の谷川俊太郎さんの呼吸の先生である加藤俊朗先生は、常に意識を丹田に置くことが大切だという。
丹田、呼吸、いずれもとても大切なことをトレーニングできる!
私はすぐに入会して、ボイストレーニング教室に毎週通い始めた。
 
最初は、すぐに喉が痛んだ。喉で発声していたからだ。
喉で声を出していたら、続かないし、本当の声というのは、腹の底から出す声なのだと言う。お腹から声を出す、というのがなかなかできなかった。
息も続かない。
声を出せるようになりたくて、自分自身がよくなりたくて、熱心にレッスンに通った。
数ヶ月経ったころ、ある瞬間に、「腹の底からの声」というものが出た。
 
「これまで生きてきたいろいろがあって、あなたは遠慮がちにか細い声を出しているけれど、あたなの本当の声は、意外にも図太くて通る声ですね」と、先生が仰った。
 
頑張らなくても、自然にするすると勝手に大きな声が出る、という感覚だった。
おなかからの声は、気持ちがよいのだ。
出している本人も、聞いている周りの人も、気持ちがよい。
声が通る。
声が通るということは、息が通っていることなので、気が通るというかエネルギーが通るというか、滞りがなく気持ちよく流れている感覚がする。
声を出すというのは、エネルギーを出すということなのだ。
声を届けるということは、エネルギーを伝えるということなのだ。
そして、その声を使って、思いを伝えるということは、自分のエネルギーに思いをのせるということ。
その思いにあった声でないと、うまく伝わらない。
悲しみを表現したいのか、喜びを表現したいのか、その思いや感情のエネルギーにあった声でないと、伝わらない。
自分のエネルギーを表現する手段として、自分の思いや感情を表現する手段として、声の出し方を学ぶ。
それでは、私はそうやって、何を表現したいのか。
 
私は変わりたかった。
今までの自分と同じ生き方をしないように、自分を変えたかった。
それなら、ファッションを変えてみたら、と人にアドバイスされたのだ。
私は自分の気に入った服を着ていて、ファッションでプロに相談しようと思ったことは一度もなかったが、スタイリストを調べてみたら、「好きな服と似合う服は違う」ということばにひっかかった。政近準子さんというパーソナルスタイリストさんは、服は生き方をあらわしている、という考えだった。興味を持って、数か月待ちの予約をとって、スタイリングしてもらいに行った。
 
泣かされた。
安易に考えていた。
「あなたはどう生きたいのか。どんな自分でありたいのか」
と問われて、こたえられなかった。
そのとき、自分がどう生きたいのか、どんな自分でいたいのかさえも、わからなくなっていた。
人のことを気にするあまり、自分のことがわからなくなっていた。
「あなたはそのままのお洋服で似合っているじゃない。何も変える必要がない。でも変わりたいのなら、自分がどう生きたいのかがわからないと、私は何もできない」
と言われた。
見放されたと思った。
でも、その通りだった。
私はただ、似合う服を求めて、政近さんのところに行ったんじゃない。
人生を変えるためだ。
洋服は手段だ。
目的は人生を変えるため。
じゃあ、どう生きたいの?と問われてこたえられなかった。
 
それから、考えた。
どんなふうになりたいのか。
そもそもなんで変わりたいのか。
私は人に依存して生きていた。
私はもう誰かに依存したくない。
依存しないためにはどうすればいいのかをずっと考えていて、ファッションに辿り着いたのだった。
政近先生に、そこを深く追求された。
「私は、服をスタイリングすることはできるけれど、あなたの生き方は決められない。
あなたの生き方を決めるのはあなた自身であり、私はその生き方やなりたい未来に近づけるお手伝いをするだけ」
政近先生は、私が依存せずに、なりたい自分が着ている服をスタイリングしてくださるのだ。
服は、わかりやすい自己表現である。
服をみて、周りは自分をこんなひとだと推測する。
そして推測したこんな人だという意識で接するのだ。
服を変えれば、周りの人の接し方が変わる。
それで、自分も変わってゆける。
私は政近さんにスタイリングしていただいたスーツに身を包んで、東京での新しい人生をスタートさせた。
 
あれから3年。
また依存しては失敗した。
トライ&エラー。
依存せずにしっかりと自立するために、
こうして、自分が生きてきた道を文章に書いている。
ジャズのように文章を書きたいと思う。
服を着るように。
自分の本当の声を出すように。
生き方を文章に綴る。
 
私は、私の生き方を表現する。
私の存在を確かめるように。
私の個性を発揮するために。
自分の個性を最大限に発揮して、この世の使命を全うしたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
長谷川順子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都生まれ京都育ち。同志社大学卒。会社員。
運命の流れに乗って、長年住み慣れた京都から、東京に移り住む。趣味はいけばな、朗読、温泉への旅。
好きなものは、美しいもの、自然、神秘的なもの。本物、本当のこと。関心があるのは、陰陽五行、気、この世の真理、心理、目に見えないもの。さまざまなひとやものとの出逢いのなかで得た結晶のようなものをことばに綴りながら、ライティングを学んでいる。

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2021-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol,112

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