週刊READING LIFE vol,112

光の在りかを追い求めて《週刊READING LIFE vol.112「私が表現する理由」》


2021/01/25/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
深い眠りの中にいるような代わり映えしない日常の中、一筋の光が私を目覚めさせた。
無彩色の壁に囲まれた私を揺り起こす眩しい光。
追いかけたいけれど、それは遥か彼方にあるようで。
現実とはかけ離れているような気がして。
でも、追い求めずにはいられない。
きっと、人はそれを憧れと呼ぶのだろう。
 
「舞台に立ちたいんです」
そう言った私を見て、父と母は押し黙ったままだった。
この子は何を言っているんだろう?
まさにそんな顔をしていた。
片田舎に住んでいる、高校一年生の女子。
それが、当時の私の肩書だった。
特に何か特技があるわけでもない。
幼い頃から芸事をやっていたわけでもない。
大学に進学するつもりで、普通科の高校へ入学した。
部活にも入り、それなりの楽しい毎日。
友人たちの恋バナや、将来への淡い夢。
そんなもので、私たちの日常は彩られていた。
 
高校に入学すると、すぐに大学希望調査が行われた。
ようやく高校受験が終わって、何となく大学に行けたらいいなぐらいの気持ちだった私。
具体的に大学名を書き込む同級生たちを見て焦った。
どうして、明確に行きたい大学が決まっているの?
何で、将来なりたい職業が見えているの?
私は、どうしようもなくて、とりあえず知っている大学名を書き込んでお茶を濁すしかなかった。
のんきに恋バナをしている友人が、実は将来を真剣に考えていることを知って愕然とした。
ちゃんと自分の適性を考えて、こんな職業に就こうと思っていると語る姿が別人のように見えた。
私は、完全に出遅れていた。
昨夜観たドラマの話で盛り上がっていたのが嘘のように、友人と私の間には見えない溝が存在していることを知った。
ひょっとしたら、そんな人たちは一部だったのかも知れない。
けれど、当時の私は、自分には何も無いことをハッキリと見せつけられた気がしていた。
 
なりたいものなど、思いつかない。
具体的なビジョンも思い描けない。
大学に行って卒業すれば、一般企業に入って、結婚して子どもを産んで。
どこかで聞いたようなフレーズしか、私の頭の中にはなかった。
何者にもなることができない気がした。
私のやりたいことは?
私の幸せって何?
考えれば考えるほど、堂々巡りの抽象的なことしか思い浮かばない頭が情けなくなった。
 
ぼんやりとした日常を生きていた私に、なぜか痛烈に響いたものがあった。
それが、母に連れられて観に行った舞台だった。
母は昔から舞台が好きだ。
幼い頃、何度か連れていかれた記憶はある。
久々に観た舞台は、演者が歌い、踊り、演じるという熱いパワーを圧倒的なまでに放っていた。
 
「ドクン」
私の眠っていた心臓に、何かのスイッチが入った。
なぜか涙が止まらなかった。
居ても立っても居られなくなった。
私も、目を覚まさなくてはならない。
何も無い私が、できることは?
生まれたばかりのひな鳥が、生まれてすぐ見たものを親と思うように、私は心を動かされた舞台を目指すことを、無謀にも私の目標としてインプットしてしまった。
 
それからの私は、今までの私ではなかった。
何となく、みんながそうするから。
そんな受け身の態度は、塗り替えられた。
何かが、私を駆り立てた。
前に進まなければ。
眩しい光の後を、追いかけずにはいられない。
 
歌を教えてくれる先生を探し、つてを辿ってダンスを習うようになった。
片田舎から週の半分以上を、往復3時間かけてレッスンに通い、同じような志を持つ仲間と切磋琢磨した。
電車に乗っていても、バスに乗っていても、歌やダンスのイメージトレーニングをしていた。
この頃の私は、表現することが楽しくて仕方なかった。
歌もダンスも、少しでも上手くなるために、必死で練習した。
幼い頃からレッスンをしている人には適うべくもないが、熱意だけは人一倍あった。
少しずつ高い声が出るようになる。
少しずつリズムに乗って、体の使い方を学んでいく。
歌に描かれた世界を、自分の声に乗せてどうやって届けようかと試行錯誤したり、音に合わせて動く爽快さを味わいながら、自分の外に解き放つ。
なんて楽しいんだろう。
厳しく指摘されたとしても、それは私が表現したものに対するレスポンスだ。
そんな時には、より良くするために再び何度も練習した。
思いもかけず、上手くできて褒められた時は、涙が出そうになった。
私が作り出したものに対して、何らかの反応があることが面白かった。
一段一段長い階段を昇っていくように、新たな視野が広がっていく。
 
周りの人たちは、私に辛くないかと尋ねた。
自分を追い込むかのような私を見かねていたのだと思う。
でも、私は辛くなかった。むしろ幸せだった。
例えば腹筋をしていて、それを辛いと思う人もいれば、快感だと思う人もいる。
私は、後者になっていた。
傍目から見れば、大変そうに思われていたかもしれないけれど、自分がやりたいことは辛くないし、動機づけをしなくとも自然とそちらに体が向かうものだ。
光を追い続ける私は、希望で満ち溢れていた。
 
進路希望調査にも、正直に自分の想いを書いた。
その内、担任の先生も友達も、レッスンで忙しい私を応援してくれた。
そんな生活を2年半続けた。
私が目指した舞台には年齢制限があったから、高校を卒業する年が私のラストチャンスだった。
 
結果は、不合格。
どんなに頑張っても、報われないものがあることを知った。
光が途絶え、どの方向へ踏み出せばよいか分からなくなった私は完全に迷子になった。
しばらくは、立ち往生した。
その後は、思いつくまま飛び込んでみたり、別の光を探そうとしたり。
一浪して大学へ入学し、一歩を踏み出した。
また、新たな光を見つけられるかもしれない。
どこか願いにも似た気持ちが、心の奥底にあった。
反面、あの充実していた日々を思うと、味気なかった。
 
自分の願った道には進めなかったが、学んだことはたくさんあった。
厳しいレッスンでの忍耐や、目上の方への接し方、人との距離の取り方、目指さなければ出会うことができなかった人達や出来事。
大勢のライバルの中、どれだけ信念を持って自分を保っていられるか。
自分が実際に人からどう見られているか、客観的な視点も養えた。
物怖じもしなくなった。
あの片田舎の一女子高生のままでは、得られなかったことだ。
その後の私の人生に役立つことを、有り余るほど収穫できた。
 
あれから約30年余り。
時が経つのは、恐ろしいほど早い。
年々、一年が過ぎ去るのが早くなるようだ。
大学を卒業し、就職し結婚した。
娘も授かった。
仕事も続けていたし、同僚にも恵まれた。
人は、あなたは幸せそうに見えると言った。
事実、私もそうだと思っていた。
自分の中では紆余曲折があり、様々なことを経験したのだけれど、それでも私は幸せな方だと思っていた。
 
ただ一つ、幸せなはずの私につきまとっていたもの。
それは、色鮮やかだったものが次第にモノクロになっていった薄いベールのようなもの。
私に絶えずつきまとい、正体不明だったもの。
自分自身を生きている感覚になれなかったもの。
 
それは、受け身の幸せだった。
人から見ての幸せだった。
決して不幸ではない。
十分幸せなはずだった。
けれど、自分の足で力強く歩いている気がしない。
忙しくて自分の気持ちに寄り添う暇など無く、「とりあえず」でやり過ごす日々は、私の素の気持ちに蓋をした。
自分軸が麻痺してしまった私は、どうしたいのと聞かれるたびにうろたえた。
自分の想いを閉じて、人にとって都合の良い意見を言うようになっていた。
何だか、虚しい。
いくら頑張っても、充実感からはほど遠い。
再び、自分が空っぽになった気がしていた。
一生懸命にやっていれば、その内自分から湧き出てくるものがあるはず。
そう信じて、ひたすら頑張った。
だが、私はその時気づいていなかった。
心のスイッチを押し間違えたことに。
自分軸ではなく、他人軸で進むことにがむしゃらになっていたことに。
自分との対話を疎かにしてしまっていることに。
きっと、もう私の人生には昔のように心から打ち込めるものは訪れないのだと、諦めだけが残っていた。
 
そんな私に転機が訪れたのは、20年以上続けた仕事を退職したときだった。
病がきっかけで辞めたので、フルタイムでの仕事ではなく、短時間の近所でできる仕事を見つけた。
しかも、週に3回ぐらい。
前職では、残業に休日出勤が当たり前になってしまっていた私にとっては、家にいる時間が長くなった。
初めは、妙な罪悪感があった。
平日、みんな仕事をしている時間に、私はゆっくりとテレビを見ている。
定年退職後のお父さん方が、家に居て何をしていいか分からない状態と言っていたのと同じだ。
家事も一通り終わっても、まだ時間がある。
時間があるということは、気持ちに余裕ができた。
今までやってみたかったことに、少しずつできる範囲でいいから挑戦してみたい。
フルタイムで仕事をしていたときには、思いつかない発想だった。
 
前年、手術で入院していたときに、偶然目にしたネットの記事が思い浮かんだ。
「人生を変えるライティングゼミ」
天狼院書店という本屋さんがやっている、ライティングを学べるゼミだ。
「人生を変える」というフレーズが、私の心に棘のように刺さったままだった。
 
これから、また別の方向へ足を踏み出すことになったのだ。
それならば、どう「人生が変わる」のか試してみるのも面白いのではないかと思った。
ライティングなどやったことはなかったけれど、昔から手紙を書くのは好きだった。
自分が書いたものに相手が返事をくれるのが、心が通い合う気がして楽しかった。
今でも、30年近く手紙をやり取りしている方たちが何人かいる。
 
恐る恐る始めた、ライティングゼミ。
初めは、週1回の課題を書くのもやっとだった。
1週間があっという間に過ぎるのだ。
やっと先週の課題を出したと思ったら、もう次の締め切りが迫っている。
実は、締め切りがあるというのは、私にとってのカンフル剤となった。
元来のんびり屋の私は、そうでなかったら集中力を発揮できないと思うからだ。
集中して自分が決めたテーマで書くということは、私の脳の活性化になった。
活性化すると、一つの物事に対してワンパターンの見方しかできなかったことに疑問が生じる。
今までの考えって、ひょっとするとこういうことだったのかも?
突き詰めて、自分と対話していく。
余計な感情や捕われていたものが削ぎ落とされて、素の自分に戻っていく感覚だった。
まっさらな自分に戻って、集中してやり遂げる充実感が心地良かった。
 
仕事でもないのに、パソコンにかじりついている私を見て、家族が驚いていた。
熱中すると時間を忘れて、ああ晩御飯作る時間がないと慌てたりもした。
思いついた言葉を忘れたくなくて、メモをするようになった。
田んぼの畦道をうちのワンコと散歩する時に、夕暮れの空を見上げて、この美しさをどう言い表したらいいのか考えるようになった。
やらなくては、ではなく、自然とそちらに向かっていく。
 
あれ?
この感覚、どこかで。
全く同じ光ではない。
以前の光がくっきりとした蛍光灯のような白い光ならば、今の光は電球のような柔らかく温かなオレンジ色の光。
光の種類は違っても、共通していることがある。
それは、自分の想いを乗せること。
表現の仕方は違っても、自分の中にあるものに熱量を持たせて解き放つことは同じだ。
ライティングゼミでは、講師の先生方のフィードバックを受けることができるし、読んだ方から感想を頂くこともあった。
それは、自分を客観的に見つめ、どう伸ばしていくかの試行錯誤に繋がっていく。
一人、PDCAサイクルのようなものだ。
 
文章を書くという表現方法は、私の人生に変化をもたらした。
「人生が変わるライティングゼミ」は、あながち嘘ではない。
正面から自分と向き合うことを避けてきたことを認め、自己欺瞞で固めていた鎧を外してくれるセラピーだった。
楽しくなった私は、ライティングゼミ終了後、更に天狼院書店「READING LIFE編集部ライターズ倶楽部」に参加して、この記事を書いている。
 
世の中に偶然というものはなく、全ては必然だと言う人がいる。
ライティングを始めたことは、偶然にネットの記事を見つけたからかもしれないけれど、何かそこに意味があって私にとっての必然となっていくのかも知れない。
思い込みでも、後付けの理由でもいい。
何かに一生懸命になれるということは、ちょっと大げさかもしれないが生きている実感を味わうことができる。
自分から溢れる想いと言葉とが重なり合った瞬間、ジクソーパズルの最後のピースが当てはまったような気持ちになる。
自己満足に過ぎないかも知れない。
それでも、いつか誰かの琴線に響くものがあったなら。
心のやり取りを夢見て、今日も私は自分との対話をしながら、目に見えないものに突き動かされるのだ。
ようやく自分の足で歩けるようになった私の魂が、生き生きとする瞬間を慈しみながら。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol,112

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