カップ麺に隠された謎の数々(其の壱)《こな落語》
2021/03/22/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
得体の知れない感冒細菌(コロナウィルス)のせいで、外出は出来る様に為ったものの、どことない閉塞感が続いて居ります。
また、三月に入り、今年は十年目ってぇことで、先の大震災の映像をよく見掛けやす。こないだ(この間)なんぞは、10年前の震災の余震とやらが有りまして、それがまた、並みの地震より大きかったりして、思わず非常用の水や食糧を買い足したりしまして。
そこで保存に便利なのが、カップ麺てぇ代物(しろもん)でして。先日なんかも、店ぇ寄るってぇと、余分に買い込んだりしちまって……
噺(はなし)に登場しますってぇのは、隣横丁で評判の美人で名前はハイカラな“なつき”さんといいます。
何やら悩み事が有るらしく、カップ麺片手に蘊蓄(うんちく)大家のとこに遣って参りやした。
「こんにちは。大家さんいらっしゃいますか?」
「おぅ、こりゃ、別嬪のおなつさんじゃないか。まま、入って入って。お座ぶ(座布団)を当てて。はいはい、(奥を向いて)おーい、おなつさんが見えたよ、御茶を入れて差し上げて」
「有難う御座います」
「礼なんざぁ、良いんですよ。別嬪さんは大歓迎だから。んでもって、今日んとこはどういった御用向きで?」
「ちょっと、悩んでることがあって。大家さん、聞いて下さいますか?」
「ィよっ! いィね! 別嬪さんの悩みなら、何だって聞いちまうよ」
「嫌ですよ、大家さん。実はですねぇ、ちょいと悩みが有りまして。麵のことなら、大家さんに聞くに限ると思って」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。別嬪さんにそう言われると、これまた格別だねぇ」
「(持ってきたカップ麺を差し出す)これなんですけどね」
「ほぅほぅ、これですね。何でぇ、普通のカップ麺じゃねぇ(ない)けぇ。百(もも)さんとこの」
「えぇ、そうなんですけど、私ねぇ、恥ずかしいんですけど大喰いなんですヨ。御昼御飯頂いても三時のおやつ時になると、御腹がスッカラカンになるんですよ」
「へぇ、人は見掛けに依らないものだね」
「でもですね、このカップ麵じゃ食べ過ぎな感じがして……」
「そんじゃ、小さいのにすればいいじゃないか。百さんとこには小さいのが有るだろぅに」
「それなんですよ、大家さん。小さいカップ麺なら麺の量は丁度いいんですけど、汁(スープ)の量が物足りないんですよ。かといって、普通の大きさだと食べ過ぎちゃうし…… 私、どうしたら良いでしょう」
「どうしたらって聞かれてもねぇ」
「そんなつれないこと言わないで下さいよ、大家さん。なんで、小さいカップ麺は意地悪に汁が少ないんですか?」
「そう言われてもなぁ。そうだ、おなつさん。何で小さいカップ麺は汁が少なく為るのか解かるかい?」
「解りませんが」
「んじゃ、質問を変えて、百さんとこの元祖カップ麺は、どういった案配で出来上がったのか御存知かな」
「はい、それなら知ってます。何でも、安藤の百さんがメリケン(アメリカ)の仲買(バイヤー)に開発したばかりの即席麺(インスタントラーメン)の商談に行った時に、いきなり麺を割って手元にあった紙器(紙コップ)に入れて御湯を差して食べ始めたのを見て思い付いたとか」
「ほぅ、よく御存知で。私が言いたいのはそこじゃなくて、百さんとこの元祖カップ麺は、原型(プロトタイプ)が袋麺ってぇことなんだ。それも、その麺てぇのが、これまた元祖の鶏(チキン)ラーメンってぇ代物だてぇこった」
「鶏ラーメンって、変な名付けですね」
「それなんだよ。これは百さんから直接伺ったんだけど、鶏肉が苦手だった百さんの御子息が、鶏がらスープの即席麺は『美味しい』って喜んだそうなんだ。それで、最初の即席麺の味付けを鶏にして、名前も鶏にしたそうですよ」
「そうなんですね」
「ところで、おなつさん。百さんとこの鶏ラーメンと、他の即席麺の一番の違いは何だい?」
「それは解ります。鶏ラーメンには汁の小袋が付いてませんが、他のには全部付いていることです」
「おぅ、流石に喰いしん坊のおなつさんだ。その通りだ。そこに、小さいカップ麺の汁が少なくなる原因が有るんだよ」
「何です、原因って」
「百さんとこの鶏ラーメンも元祖カップ麺も、麺に味付けされていて、麺を御湯で戻す際に味が溶け出して汁になるってぇ寸法なんだ。他の即席麵は、麺に味が付いて無いから汁用に別添の小袋が付くんだ。
これは余談だけど、あの小袋を焼き飯(チャーハン)作る時の味付けに使うと、大層美味しい焼き飯が出来るんだ」
「そうなんですか。知りませんでした。今度、試してみますね。それで、どうしてカップ麺の汁が少なくなるんですか?」
「そうそう、そこなんだけどな、別添の汁が無いってぇことは、味の付いた麺の分しか汁が出来ないってぇこったなぁ。だから、小さいカップ麵の汁はどうやっても増やせないてぇ仕立てなんだ」
「そうですか。何だかがっかりだゎ。大家さんなら、何とかしてくれると思ったから」
「そうだねぇ。それなら、小さいカップ麺の麺を食べ終わったら、即席麵に付いてる別添の汁をほんの少しだけ足して、御湯も少しだけ足して汁を増やしたらどうだい? ただしな、足すのは必ず百さんとこの即席麺に付いている汁にするんだよ。味が違っちまうから」
「そうですね、やってみます。今日は色々と有難う御座いました。また何か有ったら訪ねて来ても宜しいですか?」
「はいはい、こちとらいつもいつも、長屋の熊公や与太の馬鹿げた話ばかりなんで、別嬪さんは大歓迎ですよ」
「それは嬉しいわ。じゃ、また御言葉に甘えます」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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