週刊READING LIFE vol.123

いつかきっと晴れる雨《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》

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2021/04/12/公開
記事:田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
*この文章はフィクションです
 
 
「中田に話があるんだ」
 
そう言って朝日先輩に表参道のカフェに呼び出されたとき、私は向かう東京メトロの中で脳内シミュレーションを繰り返していた。
 
朝日先輩とは大学の学園祭実行委員会で知り合った、1つ上の先輩だ。
昨年は一緒にスタッフジャンパーをデザインして、発注したりみんなから集金したりしたっけ。
 
今年に入ってからは試験で忙しかったり、試験が終わってからはコロナが流行り出したりでなんだかんだ会っていない。
 
その朝日先輩が私を呼び出したのだ。
一体何の話なんだろう、いくつものパターンをシミュレーションし想定問答を準備した。
 
『俺と付き合って欲しい』
 
だったらイヤだなぁ。
朝日先輩はいい人だけど、見た目はポケモンに出てくるカビゴンで、癒されはするがときめきはしない。
でも実行委員で活動し辛くなるものイヤだから、うまいこと角が立たないようにお断りするにはどう答えるのがいいんだろう。
 
『先輩には実行委員でお世話になってて、色々教えてもらって感謝しているのですが、今はまだ誰ともお付き合いすることを考えていなくて……』
 
いやいや、これで私が別の男と付き合い出したらどうするんだ。
今はまだいないけど、大学に入ったら彼氏を作ると決めていたんだ。
学内で彼氏を作ったときにバレたらビミョーだ。
 
『実は、私今好きな人がいるんです……』
 
これもビミョーだ。
ストレートすぎるな。
 
『お友達から始めましょう』
 
これもダメだ。
変に気を持たせるのはマズい。
 
あれこれ考えながらカフェに到着。
朝日先輩はすでに席について私のことを待っていた。
 
オーダーしたパンケーキとハイビスカスティーが届いて、一口二口食べたところで朝日先輩は本題を切り出した。
 
「俺さ……、日比野のことが好きなんだ」
 
あー、このパターンだったか。
 
私は、自分に対する愛の告白でなかったことに安堵しながらも、うんざりしていた。
 
東京メトロに乗りながらシミュレーションした想定問答の、どの回答パターンで答えようか迷いながらハイビスカスティーをすすった。
苦い気持ちですすったハイビスカスティーは、ものすごく酸っぱく感じた。

 

 

 

日比野音(ひびの おと)とは、大学に入ってから知り合った。
地方から東京に出てきたばかりで知り合いのいない私の数少ない東京の友人だ。
 
彼女とは学科が一緒で、授業でたまたま隣の席に座って話しかけたのがきっかけで仲良くなった。私と同じく、北陸から上京して一人暮らしをしているとわかり、一気に親しくなった。
 
授業はいつも二人で一緒に受けていたし、よく授業が終わってからもどちらかの家で夜中まで映画を見たりして過ごした。
周りからは仲が良い姉妹みたいだね、とよく言われていた。
 
音は美人だったし、私はそんな彼女と仲が良いと周りから思われていることを誇らしく感じていた。
 
学園祭の実行委員への参加を誘ったのは私だった。
 
サークルの先輩に誘われて実行委員に入ったのだが、みんなで学園祭の準備をするのが楽しくて、音と遊ぶ時間は減っていた。
 
学食で一緒にランチしながら学園祭の準備がいかに楽しいかを語る私に、
 
「いいなぁ、ナオちゃん楽しそう。充実しているね!」
 
と音はにっこり微笑みながら言った。
音は微笑んでいたけど、ちょっと寂しそうな気もした。
 
そのとき、私は彼女に対して優越感を感じていたと思う。
東京に出てきたばかりで知り合いが少ないもの同士だけど、サークルや学園祭の実行委員に参加して学内で知り合いを増やしてきた私。
一方で、音は美人で頭も良いが、おっとりしていておとなしい彼女は、私以外の友人と親しくして騒いでいるところは見たことが無い。
 
私は、何か施しをするように彼女に言った。
 
「音も一緒にやらない?」
 
実行委員に途中参加した音だったが、気づいたらあっという間に委員会のアイドルになっていた。
 
男子はみんな話しかけるきっかけを探しては彼女に話しかけていたし、そんなチヤホヤされている様子を見て女子は面白くないと思うと思いきや、先輩にはかわいがられていたし、人当たりがいいので同級生からも嫌われてはいなかった。
 
自慢の友達を委員会の仲間に紹介して自慢したかったはずなのに、だんだんと心の中に黒いモヤがかかっていった。
 
私が音を連れてきたのに、どうしてみんな私を見てくれないの……?
 
そして音は仕事もできた。
何でも頼まれたことをテキパキと片付けていくので、先輩方からは重宝されていた。
1年生ながらステージで行う企画を1つ任されて、学園祭で見事に成功を収め、彼女を誘った私をどんどん追い越していった。
 
企画、私も参加したかったのに。
サポートでいいからやらせてくださいって先輩に言ったのに。
なんで、どうして。
 
心のモヤはどんどん大きくなっていった。
 
私が実行委員の先輩から頼まれごとをされるときは、いつも音のこと。
 
「どうにか話すきっかけが欲しいんだけど……」
「今度一緒に飲みに行こうって誘ってくれない? 俺からだと警戒されるだろうし」
 
同じ学科の同級生からも頼まれる始末。
 
自分でアタックしろよ!!
男らしくないな!!
 
私をダシに使うなーーー!!!
 
って叫んで、怒って、相手を殴り倒すことができればよかった。
 
でも、できなかった。
 
徐々に私の怒りの矛先は音に向かっていった。
 
「ナオちゃん!」
 
そう彼女に学内で呼び止められても、私は無視をするようになった。
いつも席を並べて受けてた授業も、彼女の後に教室に入って、そっと離れた席に座るようになった。
 
学園祭が終わって、季節は冬、クリスマスを迎えようとしていた時期だった。

 

 

 

それが昨年の話。
時を今年の3月、表参道のカフェに戻そう。
 
いつものパターンで、音が好きだって告白されてから(本人にしろよ、とはいつも思う)何か頼まれるのかな……と構えていたが朝日先輩は何も頼まなかった。
 
小一時間ほどいかに俺が日比野を好きか、という話をだらだらとして、満足したのか伝票を手にして
 
「また俺の相談に乗ってくれよな」
 
とだけ言って颯爽と帰っていった。
 
何も頼まなかったというのは前言撤回。
私は今後も朝日先輩の相談に乗らなければならないのか。
 
断るスキも与えられず、一人残された私はすっかりぬるくなったハイビスカスティーを飲み干した。
やっぱり、酸っぱかった。
 
私はぼんやりとした頭で考えた。
学園祭も終わり活動はしばらくなくなり、彼女と距離を置いてから少し晴れていた心のモヤが、またもくもくと膨らんでいくのがわかった。
 
朝日先輩まで音が好きなのかぁ。
学園祭の準備、あんなに一緒に頑張ったのにな。
こんなこと、私に相談して、私がどういう風に思うと思ってんだろ。
 
なんで、どうして、誰も私のことを見てくれないの……?
 
あんなにメトロで告白だったらイヤだな、って思ってたのにゲンキンな話だ。
そう思いながらも私は嫉妬を感じずにはいられなかった。

 

 

 

4月、新学期が始まり2年生になった。
 
緊急事態宣言が発令されて、学校はしばらく休校と連絡がきた。
バイトしようにもバイト先のカレー屋からもしばらく店を閉めるから、と言われ何もすることがなくなった。
 
あのあと、朝日先輩からは何回かLINEで相談が来た。
ベッドに寝転びながら、適当な返事をしておいた。
音とは音信不通だ。ヒマだし何度かLINE送ってみようかと迷ってメッセージを打っては消し、結局何も送ることができなかった。
 
しばらくして新体制での学園祭実行委員会の会議が開催され始めた。
みんなで集まるのは無しで、オンライン会議だ。
 
新しい実行委員長からは、今年は学園祭が中止になる可能性があること、中止は避けたいこと、安全を考えてオンライン開催で検討して大学に提案したいということが伝えられた。
 
オンラインでできる企画を考えよう、という議題になって、委員会のメンバーで話し合っているとき、画面越しに目線を送られた気がした。朝日先輩だ。
 
「あの、こういうのはどうでしょう、オンラインで集まった人に向かって自分の主張を叫ぶ、みたいなの」
「最近人と会ってなくて大きな声を出すことも無くなったし、ストレス解消にもいいかなって」
 
咄嗟に、いい感じに告白できる企画を思いついて発言してみた。
学園祭の盛り上がりの中、告白する。
オンラインだとどこまで有効なのかわかんないけど。
 
その後もいくつか企画案が出たところでお開きとなった。
私の思いつき企画はなぜか通って、学園祭のオンライン開催が決定したあかつきには企画担当者として任せてもらえることになった。
 
昨年あんなに企画をやりたかったのに、今はいまいち乗り気がしないけど仕方ない。

 

 

 

その後、学園祭のオンライン開催が認められ、にわかに慌ただしくなった。
何せ初の試みなのだ。
 
私も任された企画の準備を進めた。
オンラインで主張をしてくれそうな人を探し、あらかじめ出演をお願いしておく。
主張したい相手がいる場合は、その相手も参加してもらえるようにお願いする。
司会進行するための台本作り。
オンラインミーティングを失敗せず操作できるように入念にリハを行う。
 
朝日先輩にも出演をお願いしておいた。
出番は最後だ。
いい感じに盛り上がったところで、最後に告白してもらおう。
もちろん、音にも企画に参加してもらうようお願い済みだ。
久しぶりに連絡したので私は緊張していた。
彼女はそんな私の気持ちを察していたかはわからないが、
 
「もちろん、ナオちゃんの企画が盛り上がるように頑張るね!」
 
と明るい声で答えてくれた。
私は少し胸がちくりと痛んだ。

 

 

 

そして学園祭当日。
私の企画が始まる時間になった。
 
主張をする人はあらかじめ講堂のステージに呼んである。
密を避けるため、一人ずつ感覚を空けて待機してもらい、出番になったら一人でステージに上がって叫んでもらう。
 
私はガラガラの観客席に設置したカメラや音響機材の近くの座席に座ってステージを見つめていた。
 
学食に行けなくなって食費がかさんで辛い!
田舎に帰りたいけど帰れない!
 
といった嘆きの叫びや、
 
オンライン授業を筋トレしながら受けるな!
 
という教授の叫び。
 
コロナ禍でのうっぷんを晴らすべくみんな大いに叫んだ。
リアルタイムで流れるチャットのコメントもいっぱいついていて、概ね成功していると言えるだろう。
私はほっとしていた。
 
そしてトリ。
朝日先輩の告白タイムだ。
 
朝日先輩がステージ上に立つ。
仁王立ちしてるとますますカビゴンのように見える。
 
「今日は、俺の代わりに言いたいことあるヤツがいるんで、そいつに主張してもらおうと思います」
 
え……?
私、そんなの仕込んでいないけど。
 
誰が出てくるんだろう、とドキドキしながらステージを見つめていると、出てきたのは音だった。
 
朝日先輩が音にマイクを渡す。
音がマイクを受け取って、すーっと息を吸い込むのが見えた、気がした。
 
「今日、私が伝えたいことがあるのは、中田ナオさんです」
 
「ナオちゃん、いつも仲良くしてくれてありがとう。
 
大学で東京に出てきて、友達もいなくてすごく不安だった私に、授業で声をかけてくれてありがとう。
 
あのとき、私に気づいてくれた人がいた! ってすごく嬉しかった。
 
学園祭の実行委員会にも誘ってくれてありがとう。
 
きっと、私が羨ましそうにしてたから、誘ってくれたんだよね。
 
私は、自分から一緒にやりたい、って言う勇気が無かったんだ。
 
きっと、そんな私に気づいて、誘ってくれたんだよね。
 
ありがとう。
 
実行委員でも学園祭を一緒に作ることができて、楽しかったです。
 
今年は、コロナが流行して、直接会える機会は減っちゃって寂しかったけど、
 
オンライン開催に向けて一生懸命企画の準備をしているのはよくわかったよ。
 
もっと、私が協力できればよかったな。
 
今日、どうしても私はナオちゃんに会って伝えたかった。
 
私にとって、ナオちゃんはかけがえの無い友達です。出会えてよかったって思ってる。
 
これからも、ずっと仲良くしてくれると嬉しいな。
 
本当にいつもありがとう」
 
パチ、パチ、パチ……。
 
まばらな拍手が聞こえてきた。
人数を絞って配置していた委員会のスタッフが拍手をしていた。
 
だんだん拍手は大きくなった。
 
チャットのコメントも8が連続して踊っていた。
拍手している、って意味だろう。
 
私のこと、そんな風に思ってくれていたなんて。
かけがえの無い友達だって、今でも思ってくれていたなんて。
 
下を向くと涙がこぼれそうだったので、私はグッと上を向いた。
 
そして、座席から思いっきり大きな声でステージに向けて叫んだ。
 
「私も! 音のこと大事な友達だと思ってる!
 
最近は冷たくしてごめん!
 
許してくれるなら、ずっと友達でいてほしい! 」

 

 

 

後で音に聞いたところによると、3月くらいに朝日先輩から連絡が来たのをきっかけに、彼に私とのことを相談していたようだ。
表参道のカフェで朝日先輩に会ってから、ちゃんと彼は音にアプローチしていたのだ。
私を使おうとしないあたりは他の男どもよりも男らしい。
少し彼を見直した。
 
音は私が彼女に対して、行き場のない怒りや嫉妬心を抱いていたとも知らず、何か失礼な振る舞いをして、私の機嫌を損ねてしまったのでは無いかと気に病んでいたようだ。
 
学園祭の実行委員に入ってから関係が悪くなったので、学園祭の準備をする中で無意識のうちに私のことを怒らせるようなことをしてしまったのでは無いか、それが心配でよく私と一緒に準備をしていた朝日先輩に相談したらしい。
 
朝日先輩は音の相談を受けて初めて私と音の関係がこじれていることを知り、私たちの仲を心配してなんとか仲直りしてほしい、その一心であの企画を利用することを思いついたのだ。
 
私は自分の勝手さを大いに恥じた。
自分が認められない、気にかけてもらえないと無駄に膨らんだ承認欲求によって失礼な態度をとっていたのは私の方だ。
朝日先輩のことも無意識のうちに見下していたかもしれない。
この男は私がお膳立てしてやらなければ何もできないだろう、そうバカにしていたのかもしれない。
 
そんな捻くれた私のことを心から思ってくれた二人には感謝してもしきれない。
 
ことの経緯を聞いた後、今度は我慢できなかった。
涙がぽろっとこぼれた。
こぼれた涙によって浄化されるかのように、私の心の黒いモヤは晴れていった。
 
「朝日先輩には感謝しないとだね」
 
「そうだね、私たちのキューピッドだね」
 
朝日先輩がキューピッドの格好をしているところを想像したら面白くて、二人で顔を見合わせて笑った。
 
並んで歩く雨上がりの並木通りは、すっかり晴れて青空が広がり、大きな虹がかかっていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市在住。IT企業に勤める40代中間管理職。
仕事の疲れをカレーで癒す日々を送る。
ライティングは2020年から勉強中。読んだ人の心を明るくする、そんな文章を書けるようになりたい。/blockquote>
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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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