週刊READING LIFE vol.124

“身体”で感じる空間《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》


2021/04/19/公開
記事:住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「尺」と「メートル」の違いをご存知だろうか。
 
いま私は、伝統的な建築物にまつわる技術、建物の保存方法やつくられるときの伝統的な技術、修復するための技術……などを広く学ぶための学校に通っている。
 
半年間の座学が終わり、実習がこれから始まろうとしていた。
 
実習が始まるにあたって、各自で準備するもののリストが配られる。
その中に《「尺」の目盛りがついたメジャー》というものがあった。
 
「尺(しゃく)」とは、むかしの日本の長さの単位だ。
1尺は約30cm。1尺の1/10の約3cmの長さを1寸(すん)といい、そのさらに1/10の約3mmを1分(ぶ)という。
「一寸先は闇」とか「寸止め」の「一寸」は「約3cm」ということになる。
 
日本の古い建物は、「尺」の単位でつくられている。
だから、古い建物を調査するときは、メートルで考えるより、尺で考えたほうがいい場合がある。
実習では、「尺」の感覚に慣れるためだろうか、課題図面を「尺」で描くことになるという説明を受ける。
 
最初の実技実習の日。まずは簡単なもので練習を、ということで、小さな障子が各班に配られる。その障子をスケッチし、寸法を測り、読みとった数値をスケッチの上から記録していく……という課題が出た。
 
スケッチは、なんとか終わった。
スケッチは手描きで、定規の使用は禁止されている。
フリーハンドで障子のまっすぐな線を描かないといけない。
普段、図面を描く仕事はしているけれど、いつもはパソコンのCADで描くのだ。手描きをすることなんてほとんどない。
とはいえ、一級建築士の試験は手描きだし、試験に合格するために山ほど練習をした。
 
なんとか、まあ、描けただろうか。
 
……と思っていたら、先生から「線が曲がっている」「こことここの間隔が違う」「この見えがかり線はもっと薄いよね」などと注意がとぶ。
 
ひええ。きびしい。
 
学校には、建築の設計士、大工さんや建具屋さんや左官屋さんなどの各種の職人さん、それから役所の職員さんなど、建築に携わるさまざまな職種の人が集まっている。
なかにはきっと建築学科で学んでいない人だっているはずだ。
図面を描いたことのない人だっているかもしれない。
だけど「普段から図面を描いている設計士の人は、描けるでしょ」とより厳しくチェックされるようだった。
いやいや、ふだん手描きなんてしないのだから、慣れてなんていないのだけど……!
などと思いながらも、時間のあるかぎり修正し、注意を受けた箇所はより慎重に線を引いた。
 
スケッチはひとまず完成し、寸法をはかる段階にすすめるために、メジャーを手にする。
巻き尺の先の金属の爪を引っ張り、金属製の目盛りテープを引き出す。テープの先を測ろうとしている障子にあてた。
 
いざ、計測だ。
 
「……」
 
あれ、……読めないぞ。
 
「……」
 
しばらく硬直してしまった。
 
目盛りの数字は、「13.9」を指している。
「13.9」は読める。
 
……だけど、これはいったいどのくらいの大きさなのだろうか。
 
学校の指定では、単位は「尺」で書け、とある。
1尺1寸1分5厘を「1.115」のように記すように指示がある。
2寸2分ならゼロは省略して「.22」と書くそうだ。
 
では、「13.9」は「13.9尺」なのか。
用紙には「13.9」と書けばいいのか。
 
そうでは、なかった。
 
横にいた大工さんが、「メジャーの赤字の“10”のところが1尺だよ。だから“13.9”は“1尺3寸9分”だね」と教えてくれる。
 
でも頭の中で変換が追いつかない。
よく分かっていないまま進め、「.01」と書くべきところを「.1」と書いてしまうようなミスを、たくさんしてしまう。
 
後から冷静になって考えると、メジャーは「尺」ではなく「寸」で記されていたのだ。
だから尺で表記するなら、一桁ずらせばよかったのだ。
とても単純なことだったのだけど、若干パニックの私は、気がつけなかった。
 
これからは、「尺」と仲良くなりたい。

 

 

 

「尺」は「身体尺」といって、人の身体の大きさを基準に考えられた寸法の一つだ。
 
「1尺」の長さは、時代とともにだんだん長くなっていき、今は約30cmだけど、そのはじまりは手の大きさを基準にしていたといわれている。
 
手を広げたとき、親指の先から中指の先までの長さが「1尺」とされていて、長さをはかるときは手をあてて、「広げた手、○○個分の長さ」というふうに大きさを確認していた。
「寸」も同じように、もとは「親指の太さ」が基準だった。
 
ほかにも、欧米で使われている長さの単位「feet(フィート)」は、足の長さを基準にした単位だ。feetは複数形で、その単数系はfoot(フート)、まさに足(foot)だ。
「インチ」は「寸」と同じように、成人男性の親指の幅が基準だという。
 
正確な“ものさし”がなかった時代、人は身体のパーツをもとに、大きさを把握していたのだ。
 
私たちがふだん長さを測るときに使っている「メートル」は、18世紀に考えられたものだから、「尺」や「フィート」よりずっと新しい単位だ。
今は光の速さを基準にしているらしいけれど、もともとは地球の大きさを基準に考えられた単位で、「地球の北極から赤道までの子午線の長さの1000万分の1」などといいうように決められていた。
 
世界で共通の単位を使うことは、国の枠組みをこえたやり取りを行うときにはきっと便利なのだと思う。
 
だけど、「もの」をつくるときは、人の身体の感覚に沿ったスケールのほうが使い勝手が良いものだ。
 
たとえば木造住宅の柱は、基本的には1.82mの間隔で立っている。
1.82mというのは、6尺の長さだ。
つまり多くの住宅は、いまでも「尺」の考え方で建っているということだ。
 
柱は壁のなかに隠れて見えないかもしれないけれど、部屋の大きさならもっと分かりやすい。
 
部屋の大きさは、「6畳」や「8畳」のように、畳の枚数で表現することが多い。
畳の長辺の長さは、1.82mの間をあけて柱が立ったときに、その間にちょうどはまる大きさ(つまり1.82mから柱や壁のぶんだけ引いた大きさ)だ。
だから畳も「尺」の考え方に由来する大きさといえる。
 
「6畳」という大きさは、「メートル」の考え方であらわすなら「9.93平方メートル」だ。
だけど、おそらく多くの人が、「9.93平方メートル」といわれるより、「6畳」といわれたほうが大きさを想像しやすいのではないだろうか。
 
柱の太さは10.5cm(3寸5分)や12cm(4寸)だし、戸の厚さは実は1寸(約3cm)でつくられているし、土地の広さをあらわすときにつかう「坪」は畳2枚分の大きさだから、6尺×6尺という大きさだ。
 
私たちは知らずしらずのうちに、「尺」でできた空間のなかで生活している。

 

 

 

「身体尺」でつくられた空間は、衣服のように私たちの身体を包み込み、居心地良くフィットする。
 
建物は、外の暑さや寒さから身を守るという機能を十分に保持していなければならないし、ときにはファッションとして自己主張したり、“理想”を具現化するツールになることもある。
 
だけど身体にフィットする感覚は、その裏側に「身体をもとにした寸法の感覚」が潜んでいる。衣服を身体に合わせてつくるように、空間も身体の感覚に沿わせてつくるのがいい。
 
「尺」と「メートル」の違いは、単なる単位の新旧ではないのだ。
ふだん「尺」をつかって長さをあらわすことはないけれど、だからメジャーを使って測ることはには……若干の慣れが必要かもしれないけれど、「尺」の感覚は私たちの身体が理解している感覚だ。
 
「尺」の寸法感覚をもっと自在に操れるようになれば、空間も、もっと身体の感覚に沿ってあやつれるようになるかもしれない。
衣服を試着し、好みのサイズ感の洋服を着るように、肌感にあった建築をつくるために。
 
「尺」と、もっと仲良くなろう。
 
最近できた、わたしの目標だ。
 
 
 

□ライターズプロフィール
住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

数年前にお茶をはじめてドハマりする。現在、お茶が楽しい町、京都と金沢で二拠点生活中。

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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