愛されている実感を何に求めるのか《週刊READING LIFE vol.135「愛したい? 愛されたい?」》
2021/07/19/公開
記事:高橋由季(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「今度、時間あるとき、飲みに行かない?」
何年ぶりだろう、友人である彼女からの突然のメールだ。
「しばらく出張が続いて時間がとれない」と答えると、
「ランチでもいいから……」
今すぐに、聴いてほしい話があるということなのだろう。
話したい内容は、何となく想像できた。
久しぶりに会った彼女は、「最近どう?」と、当たり障りのない話から、核心部分へと話を進めていった。
「いま、付き合っている人がいてさ……」
彼女は、私が昔勤めていた会社の同僚であり、先輩にあたる。
一緒に働いていたときは、同じ部署だったが、年齢が10歳以上も離れていたこともあり、2人で飲み行ったり、人生について語ったりしたことはなかった。
私が、次のステージに進むべく、会社を退職してから連絡を取り合うようになり、いつの間にか仲良くなっていた。そして、一緒に飲みにいったり、一緒に旅行にいったりするようになった。
会社の同僚時代は、随分年上の先輩だったこともあって、当然敬語で話していたのだが、友人関係となった今は、完全にため口である。
友人関係であれば、頻繁に会ったり、連絡をとったりするのであろうが、彼女とは、電車で2時間以上離れたところに住んでいるので、頻繁に会うことはできない。
彼女は独身、ずっと同じ会社に勤めていて、生活サイクルも全く違うため、連絡もとりずらい状況にある。
今回も、久々の連絡だった。
2人が会うときは、必ず彼女から連絡が入り、私から誘うことは滅多にない。
久々に会った彼女の話題は、会社の同僚のウワサ話と、自身の恋愛事情であった。
「Y君って知ってる?」
「Y君? 一緒に仕事したことはないけど、知ってるよ」
「いま、Y君と付き合っているの……」
恋愛の話だろうと予想はしていたが、相手が想像外だった。
というのも、彼女は長年、Y君ではない、ある男性と付き合っていたからだ。
彼女は高校を卒業後、上京し、ある企業に就職した。
彼女が働くようになった4年後、同じ部署に配属された男性がいた。
彼は、彼女より5歳年上で、いつも面白いことを言っているようなお調子者の男性だ。
会社のなかでは、中心的な人物だったともいえる。
彼女は、彼に惹かれ、付き合うようになった。
数年後、私は同じ会社にアルバイトとして勤めることになるのだが、2人の関係には全く気付かなかった。理由を考えれば、私の感覚が鈍いからなのだろうが、この部署は和気あいあいとした雰囲気であり、男性と女性が2人きりで話をしていても、会っていても、特に関係を怪しむこともなく、何も違和感もなかったように思う。
彼女と彼が付き合っていたことに、気付かなったことには、もう1つ理由がある。
それは、彼が結婚していたからだ。妻と3人の子がいた。
まさか、結婚している人と付き合っているとは、思いもしなかった。
いわゆる不倫というヤツだ。
どうゆうきっかけで付き合うようになったのか、下世話なことは聞かなかったが、次第に彼女は、彼にのめりこんでいったのだという。
そして、どんな理由なのかは知らないが、彼女は彼にお金を貸していた。
彼がどのような理由で、お金が必要だったのかは知らない。
しかし、事実として、彼が「お金がない」というと、彼女は少しずつお金を渡していた。
少しずつといっても、積もり積もって、総額500万円を超えていた。彼は妻子と別れることもなく、彼女にお金を借りながら、関係を続けていたのだ。
そんな関係が数年間続いた頃、彼から別れを切り出された。
彼が地方に転勤したのがきっかけとなった。
これで、彼女と彼の関係は終了した……ようにみえた。
しかし、その後も彼が上京するタイミングで「夜ごはん、行かない?」と連絡が来るという。
そして、誘われるままに、彼女は彼に会いにいく。
その心情が、私には理解できなかった。それで、彼女に聞いてみた。
「もう、別れているんだよね?」
「……私は別れたとは、認めていない」
彼女の言い分では、自分が別れを認めない限りは、交際中ということになるらしい。
彼から別れを切り出されたとき、彼女から「別れる」との返事はしていないのだという。
だから、交際は続いている。
「貸したお金はどうなったの?」
「返すとは言っているんだけど、もう少し待ってと言われている」
客観的にみれば、借金男は、彼女の好意につけこみ、返済する気がないように思える。
それに500万円もの大金をどうやって返すというのだろうか。
「お金は返すから」と言いながら、返済はせず、平気な顔をして、彼女の前に現れる。
当然、そんな彼からの誘いは断るかと思いきや、彼女は逢いにいく。逢いたいのだ。
なんて、悪い男に捕まったんだ、と思うかもしれない。
しかし、たまにしか来ない彼からの連絡を彼女は待ち望んでいるように思えた。
「彼のこと、今も好きなんだね?」
「そんなんじゃない!」
それは、少し強がっているような口調だった。
どうしようもない借金男の文句を言いながら、どこか嬉しそうにみえる。
彼女は、借金男に執着しているように思えた。
執着しているのは、彼に貸したお金ではなく、借金男自身にだろう。
500万円の借金は、2人の関係性を切ることのできない、彼女にとっての印籠のようなものに思えた。「借金があれば、私との関係を切ることができないでしょ?」というように、そこにすがって生きているようだった。借金があるから、そこに、安心感を求めるというか、500万円貢いだことが、愛の証のようだった。
例えば、500万円をポンと返済され、彼との関係性が全くなくなることを、彼女は望んでいないだろう。このまま、不安定ながらも繋がった関係性を心地よく思っているのだ。
1年に1回であっても、借金男から連絡が来ると嬉しいという。
それが、彼から「愛されている」という実感が得られる瞬間なのだ。いつ来るかわからない連絡を待ち続ける彼女は「愛してほしい」という感情であふれているようだった。
私にはその執着が理解できなかった。
彼女は、完全にその場から動けなくなっている。
貸したお金が戻ってこなくても、人生の勉強代金と切り替えることもできるだろう。
きれいサッパリ忘れて、次の人生を歩みだせばいいのに、と思っていた。
その後、何回か彼女に会うことがあったが、話はいつも、借金男の話だった。
彼女にとっては、相当魅力的なのか、ずっと関係が続いていたようだった。
もう10年以上、借金男一筋だったはずだ。
彼女は40歳が目前に迫っていた。
だから、今回も、借金男の話に違いないと思っていた。
だからY君と付き合っているとの話を聞き、意外に思った。
借金男以外の男性の話を聞くのは初めてだったからだ。
借金男との関係がどうなかったは、あえて聞かなかったが、「もう会う気はない」と言っていた。貸したお金は戻ってこなかったが、やっと、次の人生のステージに進んだのだ。
今回の相手は、同じ会社の違う部署の人、しかも独身。しかし、気になることが1つあった。
「Y君って、子どもがいるんじゃなかったっけ?」
「そうなのよね」
Y君は、家庭の事情でシングルファーザーになっていた。小さい子ども2人の父であるY君1人が仕事をしながら育てるには困難が多すぎるということで、実家の両親と一緒に暮らしていると聞いていた。
二人の馴れ初めについては、詳しく聞かなかったが、Y君は、人当たりの良いイケメンである。優しい雰囲気があって、惹かれていったことは容易に想像できた。
Y君は子どもを両親にあずけ、彼女とのデートを繰り返していたようだ。
とても幸せな日々だったという。
「結婚するつもりなの?」
結婚したら、一度に2児の母になる。彼女がそんな人生を考えているか気になった。
「私は彼を愛しているし、子ども2人を育てたいと思っている。でもね、彼の両親が反対しているらしいのよ。子どもが小さいうちは再婚はダメだって。それで、彼から少し距離を置こうといわれているの」
1年くらい付き合っているらしいが、最近はうまくいっていないようである。
今度は、障壁のない恋愛かと思いきや、またまた難しい相手となったようだ。
「距離おくって、別れ話ってこと?」
「別れようとはっきり言われたわけじゃないけど、もう会うのをやめようって言われた。今、新規プロジェクトに関わっていて、それが忙しいっていうのも理由みたい。会いたいと言っても、忙しくてなかなか時間がとれないらしくて。メールしても、返事がこないしね。それを責めてしまったのかもしれない。だからプレッシャーをかけるのは止めようと思う。本当は、隠すことなく、堂々と付き合いたいんだけどね」
今回も、周囲の人には、内緒で付き合っている。
私が聞いたときは、すでに、別れ話まで進んでいたが、彼女は、それが別れ話だとは認めていなかった。関係を何とか修復しようとしていた。
しかし、彼女の気持ちとはウラハラに、彼の気持ちは冷めていて、もう修復不可能のように思えた。
私が彼女の立場であれば、彼が「距離をおこう」「もう会うのはやめよう」と言われた時点で、2人の関係性は破綻していると考えるだろう。自分が愛していようが、彼が自分を愛していないから、恋愛関係は成り立たない。そして、彼の気持ちが離れていることを察して、彼との関係を終わりにする。恋愛関係というのは、双方が好きどうしだからこそ、成り立つものであると思う。
一方が、その関係性をやめたいと思えば、その時点で、関係は終わりになるはずだ。
しかし、彼女の考えは違う。
相手の心が離れても、別れを切り出されても、「自分が愛しているから別れない」という。
どちらか一方に愛がある限りは、別れは成り立たないというのだ。
私が彼を愛しているなら、彼も私を愛してくれるはず、という方程式が彼女の中に存在しているように思う。
ただ、「愛していたい」というのであれば、愛してさえいればよい。
相手の気持ちがどうであろうと、自分だけで完結するはずである。
しかし、彼女の場合は、愛した分だけ愛してほしいのだ。
そう感じたのは、酔った彼女が言った言葉だった。
「わたし、カラダの関係がないと、だめなのよ」
カラダの関係?
相手の幸せを願うのではなく、ただ、そばにいるだけで良いのではなく、カラダの関係がないと「愛」を感じないという。
そばにいるだけでも、そこに愛はあるように思うのだが、彼女はそれでは物足りないのだという。赤裸々に、「肌と肌の密着なのよ」と言っていた。
愛していたくて、愛されたい。
それを文字とおり、肌で感じるということだろう。
彼女は、相談する人を間違えていると思った。
私は、この手の話に、正直ついていけない。
同感もできない。
だから、なぜ、いつも彼女が私に相談をしてくるのか、よく分からずにいた。
彼女と私の、感覚は全く異なるように思えるからだ。
私は、思い出す限り、自分の口から「愛している」という言葉を発したことがない。
愛を感じたことのないのではなく、「愛」って言葉が、こっ恥ずかしいのである。
反対に、相手から「愛している」なんて真顔で言われても噴き出してしまうだろう。
私が、恥ずかしい言葉第1位にあげるくらいの「愛」という言葉を、彼女は何度も使い、彼への想いを伝えてくる。
お酒を飲んでなければ、まともに聞けないレベルである。
しかし、同調しない私だからこそ、彼女にとっては、話しやすいのかもしれない。
一通り話終わったあと、彼女は「アンタと話していると、前向きになれる」と必ず言う。
しかし、それは私と話しているというより、自分の気持ちを声に出して、話しているうちに、自分とは違う冷ややかな私の反応を見ているうちに、自分を客観的に見ることができるからなのかもしれない。結局この日も、話を聞いてもらってスッとした、と言っていた。
その後のY君との関係は、予想とおり、うまくいかなかった。
Y君が、子どもとの時間が確保すべく他の会社に転職することになったことをきっかけに、完全に途絶えたようだった。
それでも、彼女はY君とは、別れていないと言っていた。
しかし、Y君は、借金男のように、よりを戻す気もないのに、彼女に連絡してくることはなかった。ズルズルとした関係が続かなかったことは、幸いだと思った。
最近、しばらくぶりに彼女から連絡が入った。
「N君知っている? いまN君と付き合っているの」
浮かれた気分が伝わってくるようだ。
N君は、彼女より、ひと回り以上年下である。
独身ではあるが、なんだか不穏な未来が予想できる。
確か、長年付き合っている彼女との結婚を考えていると聞いたことがある。
私でよければ、話を聞こう。
彼女の人生をどう思うだろうか。
男運の悪い人生だと思うだろうか。
結婚せず、子もいなくて、普通の人生じゃなくて、気の毒に思うだろうか。
彼女はたくさんの愛のなかで生きてきた。
自分が愛しているという思う人から愛され、幸せな時間がたくさんあった。
他人に理解されるかなんて、どうでもよい。
何が、普通かなんて、どうでもよい。
普通が幸せだとは限らない。
彼女の生き方には、理解しがたいことも多くあるが、たくさんの愛に恵まれた彼女を羨ましく思うこともある。きっと、そんな人生があっても良いのだ。
いろんな選択肢のなかで、彼女は自分の人生を生きてきた。
生き方は人それぞれ、正解はないのだ。
□ライターズプロフィール
高橋由季(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2020年の天狼院書店ライティングゼミに参加
書く面白さを感じはじめている
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