今日も、ご飯がおいしい。《週刊READING LIFE Vol.154 人生、一度きり》
2022/1/10/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部公認ライター)
最近、ご飯がおいしい。
特に大した変化はない。
コンビニ弁当が革命的な進化を遂げたなんて話は聞かないし、外食するにしても大体同じ店だ。
もちろん、我が家の台所を預かる母の料理の腕も、変化はない。冷蔵庫の調味料も同じ顔ぶれだ。
ではなぜだろうか?
分からぬ。
一つ考えられるとすれば、私の体が不調だからかもしれない。
私は幼少時から、腎臓に持病がある。今まで薬やちょっとした手術などでだましだまし生きながらえてきたが、それが最近、どうやら限界が来たらしい。
検査で得られる数値は悪化の一途をたどり、体の不調も顕著になってきた。体の各部位が痛み、はたまたかゆくなり、疲労感は半端なものではない。
が、それでも、まあ、そんなこともあるだろう、とのんびり構えていたら、医師から食事制限について厳にせよ忠告があった。
無論、今までもそれは気をつけていた。塩分、タンパク質、カロリー、それらは腎臓を患ったことのある人なら、誰しもが気をつけていることだろう。もちろん、自分もだ。
しかし、今回はそれに加えて、リンとかカリウムとかを厳しく制限されてしまった。
曰く、カリウムは取り過ぎると不整脈になるのだとか。
しかしここまでくると、正直食べられるものも少なくなってくる。
特にカリウムはほぼ全ての食物に含まれていて、特に生野菜や海産物に多いという。かといって、肉ばかり食べていては栄養が大変偏ってしまうし、何より刺身などの生魚は、私の大好物である。
方法的にも心情的にもかなりきつい。
だからであろうか。
一食一食のありがたみが増し、それに伴って、感じるおいしさも飛躍的に向上したのではないだろうか。
人間、人生は一度きりである。
だからこそ、好きな物を食べ、好きな事をし、好きに生きるのが良いだろう。
そう言って、自ら死期を早め、しかしその短い人生の中で偉業を成した偉人は大勢いる。
また、人生は短い故、嫌なことをしている時間はない、と主張した人もいる。
一度きりの人生、だから好きに生きる、と今ある生活を手放した人や、理想の土地を求めた人もいる。
が、実際、そんな度胸が万人にあるわけはない。
一日でも長く生きたいし、平穏な生活を手放すわけにはいかない。そもそも、困窮にあえぐ人にそのようなこと言えるわけがない。
人間、好きで生活に苦しんでいるわけではない。社会や環境が、そこからの脱却を許さないことが多いのである。
してみれば、人生一度きりと思えること自体が贅沢なのかもしれない。
私は10年ほど教員として地方の公立高校に勤めているが、そういった現実をイヤでも目の当たりにすることがある。
生徒の進路についてだ。
多くのご家庭では、幸いなことに、
「人生一度きり。あなたがやりたい事をしなさい。生きたい道へ行きなさい。悔いのないように」
というようなことをおっしゃってくれる。生徒にとっても、教員にとっても、大変ありがたく思う。
しかし、中にはもちろん、「やはり高校を卒業したら働いてほしい」「大学に行かせるお金はない」というようなお言葉もいただくことがある。
もちろん、両者には優劣はなく、是非もない。
が、ここで改めてご了承願いたい。世の中には「当然」などという言葉はないのである。
「人生は一度きりだから、“当然”悔いのないようにすること」なんて、口が裂けても言えない。
人生は一度きり。
だからこそ、悔いが残るのではないか。
本当はああしたかった。こうしたかった。でも環境がそれを許さなかった。自分の努力不足? そうかもしれない。しかし、その努力する機会すら与えられない場合はどうなる?
それを見て、志ある人は、「一度きりの人生を精一杯生きていない」と嘆くのだろうか。
それこそちゃんちゃらおかしいというものである。
親ガチャ、子ガチャ、家族ガチャ、なんて混沌とした言葉が生まれる世の中である。人生が自分の意図や力以外で大きく左右されてしまう世の中である。
そんな中で、人生、一度きりと意識して生きるのは、相当な意志と努力と、そして環境が必要に思えてしまうのである。
「平民は生きぬように、死なぬように」だったか。
今日も私は一度きりの人生を無駄遣いしている。やりたくない事は山積みだし、外は寒いし……いや、それは関係ないか。口開けてぼけーっとする時間も多い。
そんな時にご飯を食べる。
相変わらずおいしい。
そこで私は空元気を充填する。
元気ではない。空元気だ。
しかし元気は元気。無いよりマシである。空元気大いに結構。
そうやって、1日を乗り越える。
思うに、人生を丁寧に生きるとか、真剣に生きるとか、そうかしこまるほどのことはないのではないだろうか。
いや、もちろん、一度きりの人生だから、と思い切った行動をするのはすばらしいと思う。変化や未来を恐れず、自分の信じた方へ、好きな方へと進める行動力には、私も一人の人間として憧れ、尊敬するところがある。
だが、人間、誰しもそんなに強いわけではない。また、環境が許さない場合もある。
だから、大切なのは、生きているからこそできたり感じたりすることを、しっかり心に留めておく、といったことくらいか。
ご飯がおいしい。
朝日が美しい。
夜空がきれい。
今日も歩動ける。
などなど。
小さな、それこそ些細なことでよいのだと、私は思う。その小さな気づきこそが、一度きりの人生とともにあることを示しているのではないだろうか。
近所の老婦人は、毎朝、朝日を拝んでいるという。今日も目覚めさせてくれてありがとうございます、1日がんばります、と心のうちに祈念して、1日を始めるという。
田舎ならではだろうか? いや、そこは関係あるまい。その老婦人はそうやって人生をかみしめていると思ったのだ。そのためだろうか、老齢になっても、未だに健康的に過ごしている。
あるいは、幼い頃、私と同時期に入院していた年上の女性がいた。その方は退院した次の日、学校でソフトボールをしていたらしい。1分1秒がもったいない、とでも言わんばかりに。そうやって、急ぐように、若くして亡くなった。
人生は短い、とか、そんなことは他人事だから言えるのかもしれない。悔いの無い人生を、なんて、その女性に口が裂けても言えない。
人生、一度きりである。
だからこそ、悔いが残る。
全ての人が、自分の好きなように生きられるわけではない。
突然、終わりを告げられることだってある。いや、予告なく終わることも多いだろう。
世の中にはいつ死んでも悔いが残らないように、1日を全力で生きている人もいるらしい。
そういう生き方には憧れるが、私には無理だ。実感がないところに行動は移らない。
そして今、私は、まがいなりに命の危険を宣告されている。
そこで何か変わったか、というと、冒頭で言ったとおり、ごはんがおいしくなったくらいである。いや、それもこのためなのか、分からないのだが。
きっと、もし明日死ぬことになっても、私はごはんがおいしい、と満足して、いつも通り無為に過ごすのだろう。
いざ死を前にして、後悔ばかりするだろう。
それでいい。当然だ。そこまで真剣に生きてきたわけではない。
だけどもしかなうのなら、そうだな、最後は母の手料理の味を思い出して、終わりたいものである。
□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READING LIFE編集部公認ライター)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。
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