麩(ふ)は何処で買うのか問題《こな落語》
2022/02/21/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
相変わらずの情勢でして。流行病のせいか、何処へ行ってもガラガラ状態です。
特に、寄席(よせ)なんざぁへ行こうもんなら、寒々しい状況で御座ぇます。何たって、寄席は大声で笑わせる場所ですからね。
えっ? 何ですって? 笑わせない噺家でもかって?
アンタ、変なツッコミ入れちゃいけませんぜ。寄席は大概、空いてるから寒々しいんですよ。冬だけに。
今回の噺に登場するのは、長屋一の抜け作・与太郎と何故か良い仲で町内一別嬪(べっぴん)さんのお節ちゃん。何でも、寒いのでおでんを作ってあげたら、与太郎が一丁前のことを言ったそうで……
困り果てたお節ちゃん、いつもの蘊蓄大家に相談しにやって来ました。
「こんにちは。大家さんいらっしゃいますか」
「はいはい、これはこれは、お節ちゃん。毎日寒いねぇ」
「はい。大家さんも、変な流行り病に気を付けて下さいね」
「お節ちゃんは優しいねぇ。はい、気を付けますよ。そいでもって、今日のところは、何か御用かな」
「えぇ、大家さんに教えて頂きたいことが出来まして」
「私に解かることでしたら、お答えしますよ。何たって、ウチの与太が世話に為ってますからね」
「有難う御座います。実はですね、このところ寒い日が続いたもんで、与太さんに温まって貰おうと思って、おでんを拵(こしらえ・ここでの読みは「こさえ」)えたんです」
「ほぅ、やっぱお節ちゃんは優しいねぇ。上手に出来たのかい。与太も喜んだろう」
「それがですね、私は上方(関西)の出なもんで、関東のおでんのことをよく知らなかったんですよ。でもですね、昆布出汁(こぶだし)に上方では使わない濃い口醤油で仕立てたんですよ。自分なりに満足いく出来だったんですよ。それでも、与太さんったら……」
「オイオイ、お節ちゃん。なにも泣くこと無いじゃないか」
「それがですね、聞いて下さいよ、大家さん」
「はい、私はこうして聞いていますよ」
「マッタク、もう。大家さん迄冷たい言い方して」
「あ、ごめんごめん。お節ちゃんが可愛いもんだから、つい意地を焼かせたくなるんだ。勘弁な」
「与太さんが、与太さんが、おでんに肝心の物が入ってないって怒ったんですよ」
「お節ちゃんは、具は何を入れたんだい?」
「ハイ、大根にじゃが芋と結んだ昆布、蒟蒻(こんやく)に卵に薩摩揚(さつまあ)げとつみれと餅巾着、それに焼き竹輪と焼き豆腐、最後にはんぺんを入れて煮込みました」
「そんだけ入(へ)ぇってれば十分だろうに。そいで、与太の奴は、何が足らねぇって騒いでるんだ」
「何でも、竹輪麩(ちくわぶ)が入ってないって叱られたんです」
「何? 麩が入ぇってないって、与太が言うのか。ケッ、彼奴(あいつ)は何時(いつ)から一丁前のことを言う様に為ったかねぇ。それは済まなかったねぇ、お節ちゃんや」
「いいんです。私の気が回らなかっただけですから」
「ィヨ! お節ちゃんは、美人の上に謙虚だねぇ」
「有難う御座います。それで、、竹輪麩って何ですか? 大家さん」
「何?? お節ちゃんは、竹輪麩を知らないのかい?」
「はい、聞いたことありません」
「そうか! そういやぁ、お節ちゃんは上方の生まれだったねぇ」
「関西出身だと知らなくて当然なのですか?」
「別に、大阪の人間を差別している訳じゃないんだ。よく、御聞き。竹輪麩てぇのは、江戸周辺しか出回ってない代物(しろもん)なんだ」
「じゃぁ、私が知らなくても当然ですね。でも、何で江戸には竹輪麩なんて変てこな名前の物が有るのですか? それに竹輪麩って竹輪何ですか? 麩なんですか?」
「うん、竹輪麩は竹輪じゃなくて麩だ」
「えっ! 竹輪じゃないんですか? 麩ということは、上方で鍋物に入れる角麩(かくふ)と同じじゃないですか!」
「そうだよ。竹輪麩は小麦粉で拵(こさ)えるんだ。麩ってぇぐれぇだから」
「それじゃ何で、竹輪って名前が付いたんですか?」
「それはな、お節ちゃん。竹輪麩は竹輪の代用として作られたんだ。
上方では、竹輪というと江戸でいう“白竹輪”のことを指すだろ? あの、焼き目が付いてない代物」
「そうですね。滅多なことでは、焼き竹輪を使いませんね」
「そうだろ、そうだろ。白竹輪は日持ちがしないから、直ぐに煮物や鍋に使うか、焼きを入れるかするんだ」
「それで、焼き竹輪なんですね」
「そうだよ。しかも、白竹輪は魚のすり身を使うからどうしたって高価に為るだろ。だから、代用品として小麦粉を練って茹(う)でた竹輪麩の登場と相成った訳だ」
「あ、それで、落語の『時蕎麦』で美味しい当たり屋さんは竹輪を使っていて、不味い外れ屋さんは(竹輪)麩を使っているんですね?」
「ぃよ! お節ちゃんは、落語を嗜むのかい? 粋なもんだねぇ。もっとも、与太なんぞ付き合っていると、落語より笑えそうだけどな」
「嫌ですよぉ、大家さん。こないだなんかは、与太さんと寄席に行って、立川小談志師匠の『時蕎麦』を聞いたばかりなんですから。小談志師匠の『時蕎麦』は絶品ですね」
「そうだなぁ。大師匠(師匠の師匠)の柳家小さん人間国宝も『時蕎麦』を得意としてたからねぇ。って、そうじゃない! お節ちゃんや、解かったかい? 解ったら、次におでんを仕立てる時は、竹輪麩を忘れず入れてやんなさい」
「解かりました。
ところで、大家さん。竹輪麩はやっぱ、製麺屋さんで買えるのですか? 小麦粉で作るだけに」
「いやいや、麺屋じゃ竹輪麩は扱わないなぁ。竹輪麩は大抵、蒟蒻(こんにゃく)屋さんが商ってるよ」
「何で、蒟蒻屋さんなんですか? 小麦粉で作るのに」
「そうだねぇ。これを説明していると長く為るから、また今度にしようや。それより、そろそろ与太が帰ってくる時間だ。蒟蒻屋さんに寄って、竹輪麩買って何か煮物でも拵えてやんなさい」
「はい、そうします。これ以上、大家さんの蘊蓄に付き合ってると、明日に為っちゃいますから」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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