第18章 積極的おひとりさまご飯のススメ《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》
2022/03/07/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
おひとりさまは、好きですか、嫌いですか。
男性でも女性でも、「一人でご飯食べるなんていや」という人もいれば、「一人焼肉全然オッケー」みたいな人もいます。どちらがいい、悪いではないですが、そもそも食事って誰かと食べるものなの?という疑問すら湧いてしまう。普段私は誰かと一緒に食べる食事の豊かさを語ることが多いのですが、今日は敢えて伝えたい、おひとりさまご飯の楽しさを。
人は生まれた時から、誰かと一緒にご飯を食べます。母乳やミルクから始まって、子どもたちはまず親と一緒に食事をすることを体験します。そのうち保育園や幼稚園が始まると、そこでお友達や先生といった家族ではない他人と食べるということを体験します。また学校にあがったらお友達と一緒に給食を食べたりと、常に誰かと一緒に食べるという体験を繰り返していくので、気づいたら一人でご飯を食べるという体験をすることなく大きくなっていきます。つまり、食事は誰かと一緒に食べるもの、というふうに、自然と心にインプットされていくのです。
しかし小学校の高学年ぐらいになると、塾に通い始めることで一人でご飯を食べる機会を体験する子どもが増えます。また塾だけでなく、習い事やスポーツなど、自分の時間が大事になってくる年頃になると、むしろ食事は一人で食べるもの、と言っても過言ではないぐらい、一人で食べることが当たり前になります。大学に行き親元を離れて一人暮らしをすると、一人でご飯を食べることがむしろ当たり前になっていきます。こうやって人は成長の過程で、大勢のみんなで食べる食や一人で食べる食を体験経験していきます。
人と食べるのがうざい、と思うとき
人と一緒に食べることが人生のデフォルトではあるけれど、ときに誰かと一緒ということがめんどくさくなるときがあります。
子どものころ、親から「全部食べなさい」「早く食べなさい」「綺麗に食べなさい」「宿題はやったの」「テレビ見ながら食べちゃだめ」「テーブルに肘ついちゃだめ」というような、いわゆるお小言のオンパレードのなかで食事をするという経験をするとします。そうすると食べる体験自体を楽しめない大人になります。
子どもは往々にして親が思うように動かないもの。親はしつけや愛情のつもりでいろんなタスク(小言)を課してきますが、実はそれらは全く子どもに響いていないだけでなく、誰かと共に時間を過ごす体験そのものを辛くてしんどいもの」にしてしまいます。そうやって知らないうちに、本来楽しく美味しい体験であるはずの食事が、辛くてめんどくさくてうざいものに変わってしまうのです。
また大人になると、必然的に他人と一緒に食事をする機会が増えます。
学校の友達とだったり、会社の同僚、上司、部下だったり、また彼氏彼女だったり、さまざまな人たちと同じ釜の飯を食う、みたいなことが、頻繁に発生します。
ここで多くの方がつまずきます。
なぜなら、食べることを楽しむ前に、目の前の人とどんなコミュニケーションをしたらいいのか、迷子になるからです。誰かと一緒に食べる食事は、そのコミュニケーションの質を向上させる役割があります。つまりこれはどういうことかというと、目の前の方とのコミュニケーションそのものが豊かで、くつろいでいて、楽しいものであればあるほど、食は美味しく豊かにその場を盛り上げてくれますが、反対にコミュニケーションがうまく行かず、なかなか通じないどころか、お互いに敵意を抱くようになってしまう場合、食はそのマイナスの空気をも助長してしまいます。その結果人との関係性が悪くなるばかりでなく、その時一緒に食べていたものも、嫌いなものとしてインプットされてしまう。
それほど食にはパワフルな力があります。何を、誰とどう食べるかは、その人の人生そのものを左右するぐらいの力があるのです。
だったら、一人で食べたらいい
そこで生まれたのが孤食の文化です。個食ともいいますが、つまり一人で食べるご飯のことです。
昔は一人で飲食店に入り、食事することはなんだか気恥ずかしいものでした。なんとなく周りの目が気になりますし、「あの人、一人で食べてかわいそう」的に見られることに、心地悪さを感じている人がほとんどでした。ただ単純に美味しい食事をいただきたいだけなのに、一人で食べているというその悲惨な状況を周りがどう捉えるだろう、ということが気になり、一人では外食ができないという人が多かったのです。
しかしそこから「ひとり」が尊ばれる時代になってきました。
尊ばれる、というか、許される、というか。
ファストフードやラーメンといったカウンターの店なら一人で入れるけれど、テーブルを囲む席ばかりの場所には一人では行きづらいものでした。しかし一人の時間を楽しむことが社会的に許される時代背景になると、むしろ一人で楽しむ文化が食の分野にも生まれ始めました。
つまり、昭和の時代だと、付き合っている相手がいないとか、結婚せずにパートナーがいないとなると、ものすごく肩身の狭い思いをすることが多かったのが、一人で一体何が悪い、と、一人を楽しむ文化が生まれてきたというわけです。またそういう層へのマーケティングも活発になり、おひとりさまマーケットなるものが生まれました。
本来二人もしくはそれ以上で楽しむものも、一人で体験できるような工夫がされています。例えば焼肉や鍋料理みたいなものは、大勢で突くからいろいろ食べられて美味しいものですが、そういうものですら一人で食べる人のことを配慮して、一人分のポーションで販売されることが多くなりました。
社会的な需要も手伝いました。それはつまり、シニア層です。
伴侶に先立たれたものの、自分一人で元気に生きるシニア層が膨大に増えていきました。そうすると一人分を作るのは手間暇が大変かつ材料が無駄になりやすい。また外食にいこうとするも、年齢からくる心理的ブロックがあったり、また身体的に不自由で行けなかったりすることが多く、それならばとコンビニやスーパーでは一人で食べる用の惣菜や食材セットを多く販売するようになりました。
このようにしてやっと一人で食べることは市民権を得て、一人のご飯は決して恥ずかしいものでも、惨めなものではなく、むしろおひとりさまの時間を楽しむ貴重な機会として受け止められるようになりました。
おひとりさまの魅力は人目を気にしない粋
一人だろうと二人だろうと大勢だろうと、50歳を超えるのであれば、どんな人、場所でも自在に食べこなせる存在でありたい。大勢でワイワイガヤガヤ言いながら、自分の好きなもの、嫌いなものをテーブルに一斉に並べて、大勢と会話しながら周りとの関係性を楽しむ食事も卒なくこなしたいけれど、それと同じぐらい大切なのが、一人で食べることを楽しめるようになること。それはつまり、自分だけの時間をとことん楽しむことができる大人であることを意味しています。
一緒に食べる人がいないから仕方なく一人で食べる、ではなく、自らすすんで一人の時間を慈しみ楽しみたい。そのためには人目など気にしてはいられません。大勢でいくことが望ましい居酒屋や、大切な人をデートに連れて行くであろう高級なレストランでも、とにかく一人で入り美味しく食べる度胸と余裕が欲しいところ。そもそも食べることは純粋に、自分の「食べたい」という生理的欲求を満たすものですから、人の目を気にせず思う存分楽しみたいのです。
江戸っ子の粋をまとう〜外食編
外の食事で豊かなおひとりさまご飯を体験するには、蕎麦屋が最も適しています。できればチェーン店や立ち食い蕎麦といったファストフード的な蕎麦屋ではなく、昔からある老舗蕎麦屋で、一人昼間から肴をつまみながら一杯ひっかけたい。
東京は神田にあるまつやは、藪そばとならぶ神田の二代巨頭、木造の一戸建てである店構えには風格を感じさせます。
明治17年、福島家の初代である市蔵氏が創業、その後二代を経て、関東大震災後には小高家の初代、政吉が継承しました。二代目賢次郎はそばの製法技術を「魚藍坂の藪そば」の出身で後の大森梅屋敷藪そばの創業者関谷作太郎氏に学びました。
小高家三代目の登志は前述「蕎風会」にて「神田藪そば」の先代、「上野蓮玉庵」の先代、「神田錦町 更科」の先代等々老舗の錚々たる方々にそば打ちの技法並びに営業のノウハウを学び、その集大成が現在の「神田まつや」の姿と言われています。
つけ汁は下町らしく少し濃いめで甘め。いわゆるいまどきのスタイリッシュな蕎麦屋ではなく、昔ながらの佇まいを残していることが、むしろここで食べることを一つのステイタスにしているようです。
蕎麦屋では普通、蕎麦や丼ものをいただきます。さっと食べてお腹を満たして終わり、みたいな食べ方なのが普通でしょう。しかし通はそれだけでは満足しません。蕎麦屋のつまみを肴に一杯飲みながら食事をし、最後の〆に蕎麦を食べるのがなんだかとても、かっこいい。
板わさや焼き鳥、天ぷらのたねや卵焼き。普通のお惣菜のようなメニューが並んでいます。ちょっとずつ好きなものだけ、好みのままにいただきます。焼き鳥やら天ぷらであれば、それだけで食べた方が美味しい店はごまんとあるけど、それを蕎麦屋で食べるのがなんだか通で江戸っぽい。
気取って高級なものを食べるわけでもなく、またおひとりさまを卑下してファストフードや「しかたない」食事をするわけでもなく、ただただ単純に自分が食べたいものを食べたいだけ食べる、そしてそこにはなんのてらいも気取りもない、という食べ方が、なんともスマートな江戸っ子風食の楽しみ方なのではないかと思います。
思いっきり非日常な日常を〜家編
反対に自宅で食べるお一人様は、思いっきり凝ったものをいただきたい。
家で一人だとついつい、簡単なお茶漬けで済ませたり、冷蔵庫にある残り物だったり、また時にはコンビニやスーパーのお惣菜で簡単に済ませてしまいがちな毎日の食事。ここは思い切って真逆に振って、非日常をとことん味わいたい。
一人だからこそ凝りに凝りまくったワイン煮などを作るもよし、魚をまる一匹買ってきて一人Youtubeを見ながら捌いてもよし、気合を入れてチャーシューやローストビーフを作ってもよし、ご飯と味噌汁、主菜に副菜と一汁三菜を作るもよし、一人だからこそ誰にも気兼ねすることなく、思いっきり「料理」をしてみるのも面白い。
一人でさっさと済ますことができるからこそ、逆に思いっきり手間暇をかけ、普段やらないことをやりたい。食べることをただ栄養やカロリーを摂取することだととらえず、それらがむしろ自分の枠を広げ、自分が知らない世界と繋がる扉であることを存分に楽しむように食べたいのです。
一人、家のキッチンで、食材を目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、その食材から伝わるエネルギーを感じ、食材と向き合いエネルギーを感じあえる時間を作る。食べることは人に自然の生命力を与えてくれる行為ですから、人間の根本的な欲望が見え隠れします。しかし食べることを貪欲に楽しむことを失ってしまうと人は、とたんに感じる力を失っていきます。
小さなことに感動して涙したり、嬉しくて楽しくて笑いが止まらなかったり、日常の小さな出来事に一喜一憂、泣いたり笑ったり魂を震わせるようなことが、大人になればなるほど失われてしまいます。50歳にもなると少しばかり長く生きてきた分、知ってることも多くなるし、体験の数も深度も増していきます。しかしそのために感動する心や感応する感覚を失ってしまっていては本末転倒。人は人生を楽しみ慈しむために生まれてきたはずなのに、年を取ればとるほど感動を失い、理屈っぽくなり、つまらない大人に成り下がってしまっては、一体なんのために体験経験を繰り返してきたのかがわからなくなります。
美味しいものを口にすると、心が感動で震えます。
その感覚は大人になっても自然に感じられるもので、それこそが人が一生涯持ち続けることができる、感動のスイッチなのです。
50になったら、全てを悟ってつまらない、というていではなく、全てのものは美味しく楽しく美しいと感じられる人でありたいと、蕎麦をすする酔っ払いをよそ目に、今日も美味しくご馳走さまと呟きほくそ笑みたい。
《第19章につづく》
□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
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