「本当にやりたいこと」は「いつでもできること」だった《週刊READING LIFE Vol.175 死ぬまでにやりたい7つのこと》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2022/06/27/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
もう19年も前のことになる。お盆に私の運転する車で母の墓参りをした帰り道、父は笑いながらこう言った。
「まだネコたちの面倒をみないといけないからなぁ、あと10年は生きないといかんな」
「うん」
これが父と交わした会話で私が覚えている最後の会話になった。それから3週間も経たない内に、父は出張先で心筋梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人になった。私もびっくりしたけれど、本人はもっとびっくりしたに違いない。東京へ出張に出かける朝、まさか二度とネコや可愛がっていた孫に会えなくなるとは思いも寄らなかっただろう。
研究者だった父は76歳になってもなお、自分の研究テーマを持ち、精力的に仕事をしていた。父の仕事について、私はあまり父と話をしたことはなかった。やっていることは何となく知っている程度で、詳しく聞こうと思ったことはなかった。ただひとつ知っていたのは、鎌倉時代にできた和歌集のデータベースをつくろうとしていたことだった。それは、母が取り組んでいたものでもあった。
書斎に積み上げられた書類やパソコンに保存されているデータを見ても、何が完成していて、何をやり残していたのか、私も弟も詳しいことがよく分からなかった。幸いだったのは、父の思いを引き継いで下さる研究者仲間の人たちがいてくれたことだ。一緒に研究に携わって下さっていた方たちから、父が何をしようとしていたのかを教えて頂き、私は、父の持っていた資料やデータをその方たちに託した。
パソコンの横に積み上げられていた書類がなくなり、すっきりした机を見ながら
「自分でやり遂げられなかったのは悔しかっただろうな」
と私はぼんやりと思っていた。
「本当は私に後を継いで欲しかったかもしれないな」と思うと、胸がギュッと締まる感じがした。父と同じ道に進むことを選ばなかった自分、近くに住んでいたのにあまり顔を出さなかった自分、一緒に母の墓参りに行った時もぶっきらぼうな返事しかしなかった自分のことばかりが思い出された。
それに父だって、仕事以外にもやりたかったことは他に沢山あっただろう。
私はそれをどれだけ知っていただろう? 私はそのために何をしただろうか?
後悔ばかりが浮かんできた。そして父もきっと、母を亡くした時にそう思っていたのかもしれないなと思った。だから、母のやり残したことを形にしようとしたのかもしれない。
それ以来、私は「人間いつどうなるか分からない。だから悔いのないよう精一杯生きよう」と思って生きてきた。やりたいと心が動いたことは、やってみた。たとえその時には上手にできなかったとしても、やり続けていけば何とか形になってくる。「やり残した」とか、「やっておけばよかった」と後悔したくなかった。それが父からの最後の教えだとも思っていた。
つい先日、古い書類を入れていたファイルボックスを整理した。うっすらとホコリをかぶったファイルボックスの中には、A4の書類が入る大きさのグレーの封筒があった。その封筒には、父が亡くなった時に手続きした除籍謄本などの他、何通かの手紙が保管されていた。父が倒れた時に居合わせてくれた方からの手紙や、研究仲間の方からの手紙だ。父の最後の様子を知らせてくれたそれらの手紙は、私の心を慰めてくれるものでもあり、感謝の気持ちを呼び起こしてくれるものでもあったけれど、同時に、父に対する私の後悔を思い起こして辛くなるものでもあった。だから、その手紙の存在を忘れたことはなかったけれど、この19年間読み返すことはなかった。
私は久しぶりにその封筒を手にして、思い切って中に入っていた手紙を読み返してみた。そこには、父がどんな思いで研究に取り組んでいたのか、自分の研究をどういう形にしたいと思っていたのか、一緒に研究に携わっていた人たちの視点から見た父の姿が綴られていた。そこには私の知らない父の姿があった。
不意に興味が湧いて、もう少し父のことを知りたくなった。色々な手がかりから調べていくと、父が書き残したいくつかの論文に突き当たった。父と一緒に研究を進めていた方が、父が亡くなった後、父の論文を整理して発表して下さっていたのだ。
それは、大学での外国語教育について書かれた論文だった。自分の考えを外国語で書き表すための練習が、コンピュータを使って誰でもできるようになる方法を開発する研究だ。もう40年近く前に書かれた論文だった。論文からは、言葉の定義に厳格だった父の様子が垣間見えた。そしてまた、外国語の語彙や文法の知識だけでなく、大事なのは「何を必要な情報として伝達するかということを自ら明確にすることだ」と書かれていた。
「ほんと、そうだね。私も今そういうことを伝えていきたいと思っているんだよ」
私はいつの間にか、父と対話をするかのように論文を読んでいた。
そしてまた、父は外国語教育における教授技術の「標準化」も目指していたらしい。名物教師の名人芸的な教授技術は長年の経験と努力と創意工夫によって培われたものだけれど、名人にしかできないものではなく、その技術を誰もが利用でき、同じように効果を上げることができるようにしたい。それが父の目指すものだったらしい。
「誰もが簡単に活用できるようなものをつくる。その道筋をつけていくこと」
それが父のやりたかったことだ。
今もし父が生きていたら、私はきっと沢山の話ができただろう。
「そうだよね!」と意見が一致して盛り上がれたかもしれないし、
逆に主張が対立して
「それは違う!」と喧嘩になったかもしれない。けれど、父とは全く違う道を歩んだ私が、結局父が持っていたテーマとよく似たことを人生のテーマにしようとしている。それを父が知ったら、きっと喜んでくれたかもしれない。私は違う形で父の思いを受け継いでいるのだと思ったら、19年前に感じた後悔も少し薄れていくのを感じていた。
そしてまた、死ぬまでずっと自分のテーマを追い続けてきた父の人生は、幸せだったのだなと思えた。やり残したのではなく、道筋をつけ、後を引き継ぐ人にバトンを渡したのだと思えた。
そんな父の人生を思いながら、私は自分のノートに書いていた「死ぬまでにやりたい7つのこと」を見返した。書いてあることと言えば、「オーロラや皆既日食をこの目で見たい」とか、「どこそこへ旅をしたい」とか、「仕事でどうなりたい」といったことばかり。
「全部、自分がやるって決めたらすぐできることじゃん。さっさとやれば?」
自分で書いたものに自分で笑ってしまった。そんなことよりも、やはり私も父のように、自分のテーマを追求し続ける人生を送りたいと思う。ただ、もう後悔はしたくない。
父は私には言わなかったけれど、母を亡くした時に沢山のことを後悔したに違いない。そして私も、父を亡くした時に、「なぜもっと優しい言葉をかけなかったのだろう」、「もっと頻繁に実家に行って顔を見せておけば良かった」などと、後悔ばかりしていた。
でも、「優しい言葉をかける」とか、「頻繁に顔を見せる」なんて、普段書く「やりたいことリスト」にはなかなかあがってこないものだ。いつでもできると思うことほど、やらなかったりする。そして、二度とできなくなって初めて「やっておけばよかった」と後悔するのだ。
だから、「自分の大切な人のために、自分は何ができるのか?」、「その人がやりたいことをやるために、自分は何ができるのか?」をやりたいことに加えていこうと思う。それが私にとって、本当に後悔のない人生になると思うからだ。
そうと決まったら、まずはここ1年位行っていない両親の墓参りに行ってこよう。そして、「私も違う道を歩んだけれど、二人と同じようなテーマで頑張るよ」と墓前に報告しようと思う。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。
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