人生の最後は食卓で《週刊READING LIFE Vol.175 死ぬまでにやりたい7つのこと》
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2022/06/27/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
死ぬ前にすることといえば、当然ながら心残りがないようにしたいものである。
そこで、私の心残りは何だろうと考えて、小さい頃の「ある一覧」が思い出された。少し本論から逸れるが、このことから話そう。
なに、大したことではない。私は幼少期から小中学生時代と、度々入退院を繰り返していたが、その際、
「病気が治ったら食べたいもの」
の一覧を作ったのだ。
入院中は当然病院食だし、これが、体験した方はお分かりかと思うが、大しておいしくないのである。
それもそのはず、健康的な食事というのは、栄養素の綿密な計算の上にできあがっている。様々なものが制限されている上、なんと言っても子どものことである。味のはっきりしたものを食べたいはずだ。
さらに追い打ちをかけるように、私の病は腎臓によるもので、したがって厳しい塩分制限やタンパク質制限が加わっている。
味の核たる二要素を制限されているのである。年端もいかないお子様が、だ。
そりゃ、不満も募るというものである。
だから、その病気……主にネフローゼと呼ばれる腎臓病を患った子どもは、みな一様に同じことを考える。
「病気が治ったら、○○が食べたい」
この○○に当てはまるものも、大体決まっている。
一に、「カップラーメン」。塩分の塊のようなあのジャンキーな味は、一度食べたら忘れられない。
普通の「ラーメン」という意見もあるが、カップ麺独特の、あの塩辛さがたまらないのである。
二に「ポテトチップス一袋」。ポテトチップスというものは、実は塩が表面にかけられているだけなので、意外にも塩分は少ない。しかし塩分制限をされている身では多くを食べられず、おやつとして与えられるのは、きっちり計測されて別の袋に分けられた、一部分だったのである。
したがって我々は、一袋全てを食べきるという豪快さに憧れる。
三以降は人によって様々だが、大体の子が制限をされている、塩分の多いものを挙げることが多い。
私もいくつか候補を書いた。折しもテレビでは数多くの料理番組や、おいしいもの紹介映像が流れるご時世である。初めて聞く名前の料理や、この店のこれが食べたい、といった候補を日々書き連ねていった。当時でも、「書くだけならタダだからな」ぐらいに思っていたはずだ。
結論として、その願いは叶った。
カップラーメンも食べたし、一応有名店であるラーメン屋にも入った。
ポテトチップスも様々な味のものを食べたし、料理だって、いろいろな種類を味わった。担々麺には衝撃を受けたし、回鍋肉(ホイコウロウ)なんてこんなに美味しいものがこの世にあったか、と思い、腹が痛くなるほど食べた。
そうだ、食事だ。私は思う。
私にとって「死ぬまでにしたい七つのこと」とは、何のことはない。食事をすることだ。
もちろん、ただの食事ではない。吟味に吟味を重ねた、最高の料理だ。
といって、高級料理店に行くとかではない。子どもの頃に書き連ねたような、ありきたりな、しかし強烈に食べたくなる料理がいい。
だから、当然、ラーメンは外せない。
カップラーメンでもインスタントラーメンでも、料理店のラーメンでも何でもよい。
だが、その中の一つには、あの懐かしい「中華そば」の味を入れてほしい。やはり何事も原点は最強である。
となれば、もう一つはポテトチップスだ。現在は様々なテイストが出ているが、これもやはり昔ながらの「コンソメ味」は抜かせない。
他はどうだろう? 私は幼い日にどんな料理を願っただろうか?
子どもらしくハンバーグだろうか? イヤ違う。ハンバーガーだ。これも入院時の憧れだった。当然ながら某店のハッピーセット付だ。これも外せない。
ハンバーガーとくれば次はピザだ。幼い頃は、その存在すら知らなかった。初めて知ったのは、小学校高学年くらいか。隣町に宅配ピザ屋ができ、我が家は辛うじて配達できる範囲にあった。初めて注文をとった日の感動は……さすがに覚えていないが、それでも未知との遭遇に感極まったことだろう。考えてみれば、その一回以降食べた記憶はない。あまり家族の口に合わなかったのだろう。せっかくだ、これも食卓に並べよう。
では次はオーソドックスに「肉」で行こう。
ステーキだ。肉の部位については詳しくないから、とりあえず柔らかくて美味しいところをもってきてほしい。
味付けは……以前、家族で行った、あのステーキ屋さんの味がよい。同居していた父方の祖父は、外食が好きで、結構いろいろな所につれていってくれた。その中でもおそらく最高額をたたき出した店だと思われる。たまたま通常の席が空いていなかったので、豪華な予約席に座らせてもらったのも、良い思い出だ。
「肉」ときたら「魚」とくるのは必然。であれば、寿司である。
我が故郷山梨県は、もてなしのための料理というものに乏しい。よくきく「ほうとう」は、あくまで家庭料理であって、よそ様に出すごちそうではない。そこで候補に挙がるのが、寿司である。
豆知識であるが、山梨の寿司は「甲州寿司」といって、寿司ネタ全部に甘辛いタレをつけるのが慣わしである。まあ、今でこそあまり姿を見ないが、老舗の寿司屋に行くと、メニューの一環としてそろえてある場合がある。
ともかくも、やはりお祝いごとやおもてなしには、寿司である。当然これも入れよう。山梨県民はマグロの赤身の消費量が全国でも一二を争うほどであるというから、トロより赤身だ。
さて、七つめは「梅しそご飯」だ。
え? 何となく想像はできるけれど聞いたことがない?
それもそのはず、これ、我が家の母が開発した料理だからである。
いや、開発という大げさなものではない。何せ白米に、梅をつぶしたものと紫蘇を刻んだものとを入れ、混ぜるだけなのだから。
シンプルであるが、この上なく美味しかった。旨かった。
これをこそ食べたい。
これを、母の手作りのこのご飯を食べることを、死ぬまでにしたいことのうちの七つに入れたい。
ああそうだ。私はおそらく、これをこそ、死を目前にして堪能しておきたいのだと思う。
最初、この七つの食品を食べることを、死ぬまでにしたい七つとしたかった。だが違うのだ。
そんな豪勢なものでなくてよかった。今まで食べられないからといって、無理に並べる必要もなかった。
私はただ、食卓で、家族そろって、食事をすることを最後に望むのだ。
誰がどうやって調べたかは知らないが、死を目前とした人間がすることは、「いつも通りの日々を過ごす」か「家族と一緒に過ごす」かであるらしい。
さもあらん。考えてみれば簡単なことだ。幼い子が入院を続けた中で渇望すること。それは美味しい食事でもあるかもしれないし、自由な時間かもしれないが、「家に帰る」ことが第一であるはずだ。
今でこそ言えるが、入院中、人知れず泣いたことは何度もあった。注射や病気からくる痛みは問題ではない。夜中に、家族がいない場所に取り残されるあの感覚は、実際に味わった人ではないと分からないだろう。
死を悟った際には、私は家に帰ることこそを望む。
七つ挙げよというのなら、家に帰ってから行うことを六つ考えよう。
食事もそうだし、洗濯をしてもいい。愛犬に餌をあげたり、作り残したプラモデルを作ってもいいな。
私は、家にいる喜びを全力でかみしめながら、そうして逝くとしよう。
畳の部屋、犬が顔を出す縁側、趣味を詰め込んだ自室、みんなが集まるキッチン。
一つ一つの部屋で、記憶をたどりながら、そうしている間に逝くのが理想か。
いや、最期はやはり食卓が良い。その際メニューは何でもよい。母が作ったものであれば、何でもよい。
家族みんなでご飯にしよう。
食卓を囲んで、みんなで話をしながら、ご飯を食べよう。
桃畑の様子や愛犬の様子、今日一日の出来事を聞きたい。明日は何をするのかを聞きたい。私がいなくなった後も、どうなるのか聞きたい……そうして、私は逝くのだ。
思えば、死ぬまでに心残りをなくすようにしておけ、と言われたところで、どだい無理な話だ。
人間はどんなことがあっても後悔はできる。できるが、しないこともできる。後悔は山ほどあるが、まあ、いいや、と思えるように。
後悔に切りがないのであれば、それをなくすよりも、満足する時間を少しでも長く確保することに、重きを置いた方が、幾分建設的ではなかろうか。
こうして見ると、「死ぬまでにやりたいこと」を考えるということは、そこまで無駄でも無粋でもない。
なぜなら、己自身の大切にしているものが、浮かび上がってくるからである。
その上で、やはりまだ命のあるうちは、後悔をしないように、それらを大事にしたいものである。
後悔は切りが無いとは言ったが、少なくすることはできるのだから。
仏壇の写真を見ながら考える。
この人たちは、それができたのだろうか。それとも、後悔だらけだったのだろうか。
そして私は死に臨んで何を思うのだろうか。
おそらく、実際にそのときになれば、ここで話したことなど参考にならないのではないだろうか。
死というものは、あまりにも身近で、あまりにも未知だ。
だが幸い私にはまだ命がある。まだだ。まだ死ねない。
ならば、最期まで生ききってみせよう。最期まで、足掻いて見せよう。
いずれ来るその日まで、私はひたすら生きていくことに専念するだろう。
今日も日が沈み、明日に向かう。
明日は未知の世界である。いつも通り起きられる保証などどこにもない。
だが、それでも明日の朝日をいつも通り拝めたら……
みんなで朝食にしようか。
□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。
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