あなたが「遺す」「言葉」は何ですか?《週刊READING LIFE Vol.179 「大好き」の伝え方》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/08/01/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
「想いっていつまで伝えられると思います?」
講師の私からの問いかけに、会場の参加者は「いつまでって?」という戸惑った顔をする。自分の想いはいつでも伝えられるだろうに、この講師はなにを言い出すのだろうとでも言いたげな顔つきだ。
とある公共の団体から毎年引き受けている遺言の講演会。広めのホールに1席置きにマスク姿の参加者が座っている。参加者は60代、70代の方たち。市の広報に告知を出すと50名ほどの席があっというまに満席になる遺言の講演会での一場面だ。
自分の子どもへの想い、自分の友人への想い。人は自分の想いをいつでも伝えられる「ような」気でいる。
私もかつてはいつでも伝えられる、そう思っていた。それは今曲がりなりにも健康で、いつでも伝えられるような状況にあるからの思い込みに過ぎない。
交通事故、高齢であれば認知症。ある日突然伝えたかった言葉を伝えないままこの世から自分が居なくなってしまうことがありうるのだ。
司法書士の仕事をしていると、「想いが伝えられていた」場面、逆に「想いが伝えられなかった」場面、に出会うことがある。
ある三姉妹のお父様が亡くなった。三姉妹ともすでに結婚して家族をつくり自分たちそれぞれの家を立てていた。そしてひとり実家に暮らしていたお父さんが亡くなった。
お父さんの相続の手続きをお仕事としてさせてもらった後、この実家は空き家になった。相続の最後の書類の引き渡しの時に、三姉妹がそろって私に申し出たことがある。
「青木さん、この家を使ってくださる方に売りたいのです。良い不動産屋さんをご紹介いただけませんか」
私の経験の中では、実家を売るや貸すはなかなか決心がつかない人が多いので、この申し出に驚いた。
「それでいいのですか? みなさん同意なのですか?」
「はい、姉妹みんなそれでいいと思っています。父がそう言っていましたから」
聞くと、このお父さんは事あるごとに三姉妹に言っていたという。
「この家はお前たちが育った家だ。でもそれぞれもう家を建てて立派にやっている。想い出もあるし寂しいだろうが、家がお前たちの負担になることは望んでない。私が死ぬことがあったら、この家は売って、そのお金で孫たちの学費にしてくれたら嬉しい。」
正月やお盆。実家にあつまる三姉妹の顔を見るたびにこのお父さんは想いを伝えていた。
同じ年に、偶然だが、別の三姉妹のお父様の相続をさせていただいたことがある。
相続の手続きが済んだあと、同じくこちらも空き家になった。こちらは家が駅に近いところにある家で、固定資産税もそれなりにかかっていた。空き家のまま所有していることは負担になっていたはずだ。
ところが、この三姉妹はこの家を貸すことも売ることもできなかった。売ろうか、貸そうかという話になるたびに
「そんなことをしたら父が悲しむのではないか」
「お父さんはこの家をどうしてほしかったのだろう」
と話し合いで堂々巡りになってしまっているという。
この三姉妹それぞれの話の違いは、亡くなった人が想いを伝えてあったか、伝えてなかったのかの違いだ。想いが言葉として伝えられてないときは、あとに残された人が想いを類推するしかない。
これはあくまで「資産」や「もの」に関する想いだが、気持ちの想いを伝えるのでも同じではないだろうかと思う。
司法書士という職業柄、遺言の作成のお手伝いをすることがある。
遺言は御存知の通り、その方がなくなったあとのことを自分で決めておくことができる法律書面だ。
私は遺言の中でも公証役場で作成する公正証書での作成をすすめることが多い。
公正証書遺言というと堅苦しく聞こえるが、公正証書遺言の中には「付言事項」といって自由に文章を付けることができる項目がある。法律云々ではない、個人的なメッセージを書き足せるものだと考えていただくといいかもしれない。
遺言作成の依頼できたクライアントさんに、
「自分が亡くなったあとに、残される人たちへのメッセージを遺言の付言事項にいれませんか?お手紙みたいなイメージです」
と私は必ずすすめる。
「え?例えばどういう?」
「そうですね、お子さんになら、お子さんが生まれたときのことやこれから兄弟姉妹仲良くやっていってほしいとか、今回の遺言がこういう資産の分け方になっているのは、こういう考え方で分けたからみんなわかってほしいとか」
「あと、気恥ずかしいかもしれませんけれど、それぞれにどういう気持でいるとか、今までありがとうとか、愛しているとか書いても良いかもしれません」
そういうと、クライアントさんは、照れくさそうに頭を掻いたり、それなら先生が代筆してくださいと言われたりする。
「いや、今回は財産の分け方だけ決められればいいので」
というクライアントさんに私は真顔で聞いてみる。
「ご家族への感謝とかお気持ちって今まで伝えたこと、ありますか?」
クライアントさんも真顔になってこちらを向く。
「もし伝えたことがないなら、伝えたほうがいいです。もちろん今、お手紙でも言葉でも伝えてほしいと思いますけれど、遺言ってそれをつたえられる最後のチャンスなのかもです」
この提案をして、
「わかりました、書いてみます」
と言ってくださる方たちがいる。私が代筆というか口述筆記して内容を書くこともある。
公正証書遺言の付言事項に自分の気持を書いて作成をされたある男性がいた。70代後半。遺言を作成して3年ほどして亡くなった。亡くなったあと、息子さんから電話がかかってきた。
「父が亡くなりました。遺言と一緒に青木さんの名刺が入っていたので電話しました。父の相続の手続きお願いしてもいいですか」
予約をとって、ある日息子さんが事務所に来てくれた。
息子さんとお目にかかるのはその時が初めてだった。
生前のお父さんの話をよもやま話として聞かせてもらいながら、そのお父さんの様子や表情をおもだしていた。
息子さんが話の途中で突然言った。
「あの、ありがとうございます。青木さんのお陰で、遺言読んで、僕、泣いたんです」
お父さんが亡くなって、言われたとおりの引き出しを開けるとそこに遺言が入っていたそうだ。遺言を読むのはその時がはじめて。そしてお父さんの遺言の付言事項を読んで泣いたという。
そうだった。
このお父さんに付言事項のことをすすめると、最初は乗り気ではなかった。それでもある日、今から事務所に行っていいかと電話がかかってきた。来られた手には手書きの付言事項の下書き。「これでええかね」と、照れくさそうに私に手渡してくれたあれだけ渋っていたのに、文章を読んでみると、奥様やお子さんへの素直な気持ちが綴られていて、嬉しくなると同時に驚いたのだった。
いいですね! と思わず私が褒めると
「いや、照れくさいからな、死ぬまでは読んでもらいたくはないわ」
お父さんはどんな想いで遺言の付言事項を書いたのだろう。
息子さんは続けた。
「お前が生まれてくれて本当に嬉しかった。ありがとうって書いてあって。もうお前は立派だからこれからもお母さんを守って頑張ってくれ。任せたから、お前なら大丈夫だって書いてあって」
そこまでいうと息子さんは下を向いた。涙をこらえているようだった。
「遺言を読んでいて父の声が聞こえて来た気がしたのです。父がそんな風に思っていてくれたなんて、はじめて知りました。もっと父と話をしたかった」
そういうと、顔を上げてポロポロと私の前で泣かれたのだった。
「30代からの想いを伝える遺言講座」という講座を開催していたことがある。遺言はものを遺すだけでない、言葉を遺す笹舟になりえると思ってはじめた講座だ。
人は人のことが好きである。
でもそれを多く人は伝えない。伝わっていると思ったり、どこかで伝えていると勘違いしたりする。
英語圏のように相手への好意や愛を言葉にして表現する文化がないというのも作用しているのだとは思う。
夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳した有名な話がある。夏目漱石が英語教師をしていた時、生徒たちが「I love you」を「あなたを愛しています」などと訳した時に、「日本人はそんなに直球で愛を伝えないから「月が綺麗ですね」とでも訳すといい」といった逸話だ。
いや、わかる確かにわかる。
でも、人は言葉にして伝えられたいのだ。そして伝えたいのだ。遺言でなくても良い。人への想いを、大好きだという想いを伝えて欲しい。誰はばかることなく。
あなたは最近、だれに想いを伝えただろうか。もし自分の寿命があと1ヶ月だとしたら、あなたは誰に何を伝えるだろうか。
遺言を何度も読み返しているのです。これは宝物ですと、伝えてくれる息子さんの涙をみながら、このお父さんの想いを伝えることが、付言事項に書いたことで間に合ったのだと思った。
昨年私の父が亡くなった。
突然自宅で足がもつれて倒れて、大学病院で検査すると悪性の脳腫瘍。そのまま入院になったが、2週間後にはもう口がきけなくなって、そこから2週間で亡くなった。
つい1ヶ月前まで元気だった父が、あっという間に逝ってしまった。遺言を遺す間もなかった。
もし父が遺言を書いていたら、付言事項にメッセージを書いてくれていたら、父はどんな言葉を遺してくれただろう。
遺言は「遺す」「言葉」だ。
あなたは誰にどんな言葉を遺したいと思うだろうか。
□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。
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