週刊READING LIFE vol.190

どうにかして本を読みたかった私がたどり着いた本の楽しみ方《週刊READING LIFE Vol.190 自分だけの本の読み方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/24/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

 
 
母へどう言い訳しようかと、迷いながら帰宅する足取りは重かった。
小学5年生の春に実施された視力検査で、前の年には1.5だった視力が0.5になっていた。どうりで黒板の字が見えにくかったはずだ。急激な視力低下の原因に思い当たりがあり過ぎて、自業自得だとは分かっているけれど、正直に言えば母から大目玉をくらうのは目に見えている。両親が眼鏡をかけているとかコンタクトだったら「遺伝かな」で済むかもしれないが、残念ながら我が家の父と母は視力が良い。ゆえに、絶対原因を追究されるに決まっている。
 
「今日は、帰りたくないなあ」
ランドセルを背に、まるで終電間際のカップルのようなセリフを吐くと、友達が「そんなことくらいで怒られないよ」とあんまり当てにならない慰めをくれる。友達は、私が悩んでいる大元の理由を知らない。そう、普通なら親に心配されて眼鏡を作ってもらうだけだ。私も、最終的にはそうなるだろう。だけど、どうして視力が低下したかの原因を聞かれると非常にまずいのだ。今までの苦労が水の泡になってしまう。
 
そうこうしている内に、家に着いてしまった。友達と別れ、玄関の前でしばし考え込む。どうやら母はテレビを見ているらしく、網戸にした窓から音が漏れてくる。
どうか機嫌が悪くありませんように。祈りながら「ただいま」と努めて明るめの声を出す。視力検査の件は、私からは言わないでおこう。つまらない時間稼ぎだけれど、平和を愛する私には自分から言い出す勇気がなかった。
 
先に帰っていた妹と一緒におやつを食べた後、宿題に取り掛かった。終わったら速攻で友達の家に行こう。珍しくテキパキと宿題を終わらせると、私は近所の友達の家に向かった。遊んでいても、頭の中ではどう言い訳しようかということばかりが巡っていて心から楽しめなかった。その反面、いつかはバレるのだからと半ばやけくそのような気持ちにもなり、どう母に言うのが正解か分からなくなった。
 
ところが、その時は突然訪れた。夕方、私たち姉妹が飼っている犬の散歩から戻ってくると、母が唐突に尋ねたのだ。
「そう言えば、視力検査の結果を○○(妹)がもらってきたけど、あなたはもらったの?」
その言葉に、油を挿していないロボットみたいにゆっくりとした動きで妹を振り返る。すると妹は、「両方1.5だったよ!」と嬉しそうに私に向かって笑いかけた。
そうか、良かったね。天真爛漫に視力を公表できる妹がお姉ちゃんは羨ましいよ。
そして、更なる一言が、私を窮地に追いやった。
「お姉ちゃんは?」
今、一番聞かれたくないことだった。
 
当然同じくらいの視力だと思っているであろう、二人の眼差しの圧が怖い。
「えーと、ちょっと悪くなってたんだよね」
少し予防線を張りながら、母の様子を窺う。
「あら、1.0とか?」
母がハードルを高くした。
「ううん、もう少し下かな」
「え? 0.8くらい?」
心なしか、母の顔が険しくなった。もう、なるようになれ、だ。
「……0.5だった」
消え入りそうな声で呟くと、母が驚いて「検査結果を持ってきなさい」と言った。
じっと検査結果を書いた紙を見た母は、次に私を真っすぐに見つめた。そして何かに感づいたように詰め寄った。
「何でこんなに悪くなったの? まさか、またあんなことしてるんじゃないでしょうね?」
 
来た。恐れていた質問が。
時代劇なら、遠山の金さんがお白洲で罪人の咎を白日の下に晒すシーンだ。前科のある私は、もう言い逃れができずに有罪確定だ。
押し黙った私を見ると、母は図星だったことを確信してかボルテージが上がっていく。
「前にも言ったでしょう! どうして自分で自分の目を悪くするようなことをするの! せっかくやめたと思ったのに。もう知らんよ!」
母の怒りはもっともだ。前に一度注意されていたにもかかわらず、何かの依存症のようにやめられなかった私が悪い。
 
それは、暗闇で本を読むことだった。小学生の頃、我が家では20時に消灯というルールがあった。当時本が大好きだった私は図書館で借りてきた本を熱心に読んでいたけれど、続きが気になるのに強制終了されて寝なくてはならないことに納得がいかなかった。まあ、子どもを早く寝かせたいという親の気持ちも、今だったら分からなくもない。
 
「読みたいけど、読めない」ジレンマに陥った私は、二段ベッドの上段に横たわって何とか読める方法がないものか考えた。ちょうど私の横には高窓があり、いい感じで月明かりが枕を照らしていた。しかも消灯とはいっても豆電球を点灯したままにしているので真っ暗ではないのだ。
下段の妹は、すでに寝息を立てている。こっそり梯子を下りると、私は机の上に置いていた本を手に取って上段へと戻った。月明かりを背にして本を開くと、思ったよりも字が見えた。
これなら、いける! 私が、自分だけの秘密の本の読み方を手にした瞬間だった。階下の両親や妹に気づかれないよう細心の注意を払いながら読むのは、スリルがあった。両親が眠る前に子供部屋を覗くことがあったけれど、足音に気づくと枕の下に本を入れて眠ったふりをしてやり過ごした。深夜になれば、誰も私の読書を邪魔する人はいない。明かりはつけられないけれど、暗がりの中で読むこと自体、ちょっとロマンチックな感じがした。
 
悦に入った私は、調子に乗って気が緩んだのだろう。ある朝、寝ぼけ眼だった私は失態を犯した。枕の下に本を隠す前に寝落ちしてしまい、本が堂々と広げられた状態だったのだ。ちょうど起こしに来た母の追及に屈して、私は図らずも事実を話す羽目になった。当然、何をやっているのかと叱られた。初犯だったため、もうやらないようにと念を押されただけで放免されたが、人間、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、しばらくすると周到に再犯を繰り返すようになっていた。だから、睡眠時間を削って見辛い字を追うことを続け、小学生にして眼精疲労の酷かった私の視力がどんどん下がっていったのは、ある意味当たり前のことだったのかもしれない。
 
そもそも、私が本を好きになったのは、父が小学校2年生の時に買ってくれた『若草物語』がきっかけだった。見知らぬ国の、見知らぬ文化の中で、魅力的な登場人物が生き生きと描かれていた。主人公が悲しくなれば私も泣きたくなったし、窮地から脱すれば心から安堵した。登場人物たちの生きる姿に勇気をもらい、まるで自分も一登場人物となって横で眺めているような錯覚を覚えた。結末はどうなるのだろうと気になって仕方がなかった。図書館で次々と本を借りるようになり、様々な物語を好んで読むようになった。休み時間にはドッジボールをするより本を読んでいたかったし、読みながら帰って電柱にぶつかりそうになったり、田んぼに落ちそうになったこともある。田舎に住む小学生に、知らない世界を色鮮やかに見せてくれるのが本だった。
もし、私が主人公のような暮らしをしていたら。もし、私がそんな場面に出くわしたらどうするのだろう。空想の世界が広がり、現実では経験できないことも本だったら可能にしてくれる。そんな没入感が私をとりこにし、こっそり暗闇で本を読むという行為にまで駆り立てるようになったのだ。
 
一旦落ちた視力は回復の兆しを見せず、なぜか月明かりで本を読まなくなってもどんどん低下していった。中学生や高校生になると部活や他のことに時間をとられて、以前のようには本に浸る時間を捻出することが難しくなった。大学を経て社会人になり、結婚して子育てや仕事の両立に忙しくなると、ますます本を読まなくなった。たまに気になった本を買ってみても読破に至らず、どうしても睡眠やこまごまとした雑事が優先されてしまう。集中して本に没頭する楽しみは、もう私とは縁が無くなったような気がしていた。
 
それでも、最近ようやく子育てが終わり働き方を変えたおかげで、自分の時間がとれるようになった。再び市の図書館に通うようになり、書店で気兼ねなく選書する時間も今の私にはある。
しかしながら、今度は別の問題が浮上してきた。老眼と、本を読む姿勢の辛さである。再び「読みたいけど、読めない」ジレンマの登場だ。
 
一応老眼鏡は持っている。数年前小さな字が見えづらくなって購入したものだ。そんなお年頃になったことを認めたくなくて、よっぽどのことがなければ掛けなかったけれど背に腹は代えられなくなった。本を読むときに掛けていても、時間が経てば目がぼやけてくる。たぶん購入した当時よりも老眼が進んできたので、度数を合わせてもらえばこの問題は解決するかもしれない。あとは、長時間本を読むために首を傾けていると肩が凝って仕方がないことだ。首の疾患がある私にとっては尚更だ。子供の頃はどんな姿勢で読んでいても何ともなかったのに、体はとても正直だ。対処法としてソファの肘掛けの部分にクッションを重ねて、首にあまり負担がかからないようにもたれ掛かってみると辛さが軽減されるので今のところベストな姿勢のようだ。ただ楽な姿勢だけに、うっかりそのまま寝てしまうのが要注意ポイントだ。更にお腹の上にクッションを置いて、その上に本を立てて読むと手の位置がしっくりきて楽だ。
 
昔は何も考えずに集中できた読書が、読み終えるために快適な環境づくりから必要になってきた。しかし、こうやって自分ならではの本の読み方を工夫するのも面白い。歳を重ねれば本を読むのが億劫になる人も多いが、これから長く読み続けていくためにその時々に応じたやり方を更新していくことが必要なのだ。体制が整えば日常から非日常への扉が開かれ、存分に物語の世界を味わうことができる。子供の頃の没入感を懐かしく思い出しながら、のめり込む楽しさをもっと感じていきたいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、推し活、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2022-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.190

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