老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第28章 食べるだけでなく、作ってみよう〜料理は人を幸せにする《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2022/12/05/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
料理は、しはりますか。
 
食べることは誰でも100%、毎日行うことですが、料理をする、ということは、全ての人がしていることではありません。しかし食事をするというからには、それを生み出し作り出している人がいるはずで、野生の動物でもない限り、土地から採れた素材そのものをそのまま食べる、という人はいないはずです。食べる人がいるなら作る人がいる。当たり前のことですが、ふとした瞬間に「作る」ことが忘れられがちなことに気付きます。
 
手料理というのはなぜか、特別な美味しさがあります。
もちろんプロが作る料理は美味しいのですが、それはある意味プロだから当たり前で、私たち素人が作る料理も、なぜか、どこか、作り手の顔を想像しているだけでも美味しく感じてしまいます。
ちょっと想像してみてください。コンビニにいくとおにぎりやお弁当、お惣菜が並んでいます。それらはそれなりに美味しいものではありますが、しかしどこか物足りなさを感じます。それにはもちろん、大量生産するための機械的な調理プロセスだったり、流通に耐えうるために添加される添加物のせいだったりするのですが、やはりちょっと、手作りのものに比べて「美味しくない」と感じる人は多いはずです。
 
それもプロではない、所謂素人であり普通の私たちが作ったものでも、なぜか手作りだと美味しい。プロでなくてもその気になればかなり美味しく作れるのが料理というもので、これができるかできないかということは、人としての存在価値を揺るがすほどの差を生むものだと私は感じているのです。
 
美味しい料理は、単純に、食べる人を幸せにします。
 
美味しいものを食べながら怒る人はいませんし、また悲しい気持ちを持っていたとしても、なぜか美味しさがその気持ちをほぐして顔に笑顔を生み出してしまう。美味しいものが人を幸せにするパワーは、他の何者にも叶うものではありません。
 
料理する、しないは個人の自由ではあるのですが、自分の両手で人を喜ばすことができるスキルは、50年も生きているのであればそろそろ手に入れておきたいものです。
 
 

なぜ手料理は美味しいのか


手作り神話というものがあります。これは、手作りで作ったご飯は美味しいと信じられているある種の信仰みたいなもので、この言葉に多くの女性たちは傷ついてきました。
これは「料理は手作りのほうが美味しいし、価値がある。出来合いのものや加工品などはだめだ、料理は手作りするべきだ」という少し極端な考え方を意味しています。
 
最近では共働きの家族も多く、男性の多くは家事、それも料理をするケースが増えたので昔ほどではありませんが、ひと昔前は家庭における料理は女性の仕事であり、家族のために毎日料理を作ることが主婦の仕事だと信じられている時代がありました。男は外で稼ぎ、女は家で家族を守る。そんな図式が世間の当たり前であったので、料理が上手でない女性たちは肩身の狭い思いをして過ごしてきました。
 
また子育て世代になると、自分や配偶者のためだけでなく、子どものために料理を毎日作り始めます。そこで料理ができないとか、苦手だとなると、ますますこの手作り神話で苦しめられることになります。
 
人は人を傷つけようと思っていなくても、軽い気持ちで発した言葉が人を傷つけることがあります。何気なく「料理は手作りがいい」と言われることで、自分のことを非難されたり、否定されていると感じる方は、決して少なくはありません。
 
そのため私も、決して「手作りがいい」という神話を振りかざしたいわけではありません。ただなぜか、どんなに不器用だろうとも、どんなに出来上がりが上等ではなくても、手作りしたものには手作りされたというエネルギーが乗るために、独特の美味しさが備わります。
 
もちろん「味」という客観的評価であれば、一流シェフなどのプロが作ったほうが美味しいとなるのが当たり前ですが、そういう美味しさではない、何か人の心に直接訴えかけるような、感情を揺り動かしてくれるような、また存在を包み込んでくれるような、そんな特別な美味しさがあります。これはプロの料理人には作り出せないもので、素人だからこそ、出せる価値なのではないかと思います。
そしてこれはどんな料理にでも存在するもの。見た目が美しくなくても、味付けがいまいちでも、この「手で作った」という事実があり、また一所懸命に作ったという事実があれば、必ず手作りのよさが備わります。
 
ですから料理が苦手、と考える方に特にお伝えしたい。「ああ、また、手作りしろと言われるのか」と捉えずに、軽やかな気持ちであらためて、手作りにチャレンジしていただきたい、と思います。
 
 

料理ができない、としない、は違う


料理が苦手、という人がいます。
しかし食べることが苦手、という人はほとんどいらっしゃいません。
つまり、食べられるのであれば作ることができる、という理屈になるので、本質的に料理ができない人というのは一人もいらっしゃらないことになります。
 
誰でも本当は、料理ができるのです。
 
しかし、今の一般社会で言われるような、キラキラしたメニューや豪華に作り込んだメニューができなかったり、また日常でレシピを見ずに、感覚で美味しいものをつくることができないとコンプレックスに感じているだけで、誰でも本当は料理ができるのです。ですからまずはご自身に、料理が苦手、という言葉を与えないでいただきたい。
 
料理ができない、と料理をしない、は違います。
 
できない、というと少しネガティブで後ろ向きな気持ちが乗っかってしまいますが、料理をしない、というのはできるけどあえてしない、という意味になります。料理はしてもいいし、しなくてもいいんです。したくなければしなくてもいい。決して強制されていやいやするものではありませんから、「料理しなくちゃ」と構えてしまって楽しくないのであれば作らなくていい。
しかし本来料理は、そんなに難しいことではありません。
 
美味しい料理など、レシピを見ればいくらでも作ることができます。昨今は便利になって、スマホで検索をしたらどんなレシピでも無料で手に入れることができるようになりました。レシピはうまくできていて、その通りに作れば誰でも美味しいものを作ることができるようになっています。ですから料理が苦手という言葉を自分に与えてしまうのは、もうこれで終わりにしましょう。
 
料理が下手だろうと、時間がかかろうと、それでも誰かのために、食べるものを作ろうとする想いが大切なのです。
ご自分の家族や友人、大切な人たちに、自分の時間と手仕事という労力を使い、美味しいものを作り出そうとする気持ちを持つことが大事で、その気持ちがある人とない人では、人としての厚みや存在感に圧倒的な差を産みます。
 
自分の周りの人や関わる人に、優しい気持ちをもって、その相手を心から大切にしようと想い行動できる人は美しいのです。
 
「料理なんかしなくても、人のことは大切にできる」
と思う方もいらっしゃるでしょう。
 
しかし料理以外で人を喜ばせようとすると、その人がそれが好きかどうか、興味があるかどうかが関わってきますので、良かれと思ってしたことがなんの役にも立たないばかりか、その人を傷つける可能性を持っています。
 
しかしその点、美味しいものはグローバルかつユニバーサルです。美味しいものを食べて幸せにならない人は、世界に一人もいらっしゃいません。
ですから、手作りで美味しい食を生み出せる力というのは、人類最強のライフスキルと言っても過言ではありません。
 
また、もちろん料理は、自分自身のためでもあります。
普段一番後回しにされがちな自分に、自分を元気にするための「食」を作ることができて、またそれをいただくことは、自分自身を大切にすることに繋がります。
 
自分を大切にできない人は、自分以外の他人を大切にすることはできません。自分を犠牲にして他人を幸せにすることは、自然の摂理としては間違っています。
自分も幸せ、そして周りも幸せ、だから世界が幸せで満ちた場所になる、ということを理解し、自分が幸せを生み出す源として在って欲しいと思います。
 
 

苦手でもこれだけは作れるようになりたい、鉄板料理3選


いくら料理が苦手だろうと、いくら料理が下手だろうと、この3つだけ作ることができたら絶対に大丈夫というレシピをご紹介します。
 
1つ目、それは美味しいご飯が炊けること、です。
 
何も特殊な炊き方をしろと申しているのではありません。世の中には炊飯器というものも存在します。また炊飯用の多種多様な鍋も手に入りますので、美味しいお米を炊くことは、そんなに難しくないはずです。
 
お米の選び方、洗い方、水加減、火加減、そこさえ押さえておけば誰でも美味しいお米がちゃんと炊ける。幸いにも私たち日本人は、美味しいお米さえあれば満足度がぐっとあがります。主食と言われる所以はこの辺りにあるのかもしれませんが、とにかくご飯を炊くことができることは、基本中の基本と言っても過言ではありません。
 
そして2つ目は、お味噌汁です。
ご飯とセットになっているお味噌汁という存在。こちらを手際よくちゃっちゃと、しかも美味しく作れるということは、最高の特技になり得ます。
この時、できれば本物にこだわりたい。だしの素を使うのではなく、昆布やカツオ、いりこなどから丁寧に出汁をひくことができたり、また具材も2、3種類を用意して、その時に必要なエネルギーを作り出し整えることができるセンスがあるとなおいい。
 
そして忘れてはいけないのが主役である味噌の存在です。
味噌には白、赤の違いがあったり、麦味噌、米味噌、玄米味噌など酵母や製造のプロセスの違いによって、さまざまな味噌があります。そのうちのどの味噌を使うかという、味噌を選ぶ時にもその人のセンスが現れます。
 
味噌汁は一番手頃にできる、究極のパワーメニューです。
それを愛する人のために作ってあげられるという姿勢が、人を愛し、大切にできる人だという在り方に繋がります。
 
食べ方は在り方だと普段からお伝えしてきていますが、作り方も在り方、食への向き合い方もその人の在り方そのものになります。
 
そして最後3つ目は、お漬物です。
糠漬けでもいいし、また塩もみでもいい。ありあわせの野菜でさっと作れたり、また糠床であれば普段から仕込んでおけば、いつでも美味しい漬物を食べることができます。
 
もし糠床があり、そこにいつもなんらかの野菜が入っていたら、いつでもすぐに食べることができます。また塩もみも知っていれば、その場ですぐに作ることができます。特に大きな準備や買い物が必要なわけではなく、食べたい時にすぐにささっと準備できるというのは、その時の気持ちが乗りやすいし、何よりも「作らなきゃ」というストレスがありません。料理は本来楽しいもの。ですからそこにストレスや無理を感じていただきたくはないのです。
 
3つのレシピはいかがでしたか。
きっと「これだけでいいの?」と思われたのではないか、と思います。
難しい料理はレシピを見ながら作ればいい。大切なのは気負わず、楽しく、そして最大限に美味しくて人を元気にすることができるメニューのレシピを、ライフスキルとして自分のなかにもっておくこと。そしてそれはライフスキルなのですから、自転車に乗るように、また歯磨きをするように、いつでもやりたいときにさっとできるものでなければなりません。
ご飯、味噌汁、そしてお漬物という、日本食の土台を支えるビッグ3、作り方はどれもとても簡単です。ただしそれを「美味しく」「丁寧に」作ろうとする姿勢を持つことが、自分の、人としての在り方そのものになります。
 
 

人を幸せにできる人でありたい


若い頃は、どんなふうにして生きていくか、どんなスキルを手に入れ、仕事を手に入れ、お金を手にして生きていけばいいかを考え、行動する時間だったかもしれません。そしてそれがどのような結末を持って今に至っているのかは、本当に人それぞれだと思います。自分が満足のいく結果を作れている人もいれば、そうではない人もいる。またそうではない場合でも、それを「こんなものだろう」と思い込もうと、無理をしてしまっているかもしれません。
 
しかし、ちょっと待って欲しい。
人生は一回きりだから、今のその生き方のままで、一生を終えてもいいのだろうか。
 
人生100年時代と言われ、その半分が過ぎようとしている今、本当に自分はどんな人として生きていきたいのか、またどんな人と関わり、どんな仕事をして、どんな存在として残りの人生を過ごせばいいのかと立ち止まり、見直すタイミングです。
 
私はもうこれでいい、これ以上何もすることがない、と満足していらっしゃるならばそのままでもいいでしょう。
しかし、いかがでしょう。自分はもっと何か、できることがあるのではないかと思っていらっしゃいませんか。
 
人は人を幸せにしようと思い、人を大切にすることで初めて、自分の魂を喜ばせることができるものです。
 
食や食べることを通して、そんな自分の在り方に気づき、本当に生きたい自分の人生を歩むことができる人が、とにかく増えてほしいと願います。
 
食べ方は在り方。
食への関わり方は、あなたの人生への関わり方そのものです。
 
どうか美味しい生き方をしておくれやす。毎日が美味しさで包まれていきますように。
 
 
《第29章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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